ウェルミィ・オルミラージュの敗北。②
ーーーそうして、3ヶ月。
「今日はようやく、お義姉様にこの子をお披露目ね♪」
ウェルミィは上機嫌だった。
娘のいる生活に慣れるまでの間は、ヘーゼルと一緒にわたわたしながら、ヌーアやアロンナに子どもの世話を教えて貰う日々だった。
何せ、すぐに壊れてしまいそうな小さい我が子には、理性というものがない。
感情の赴くままに生きていて話も通じない……ウェルミィにとって、そんな強敵は初めてである。
これまで相手にしてきた誰よりも厄介で、そして絶対に勝てない相手だった。
今はすやすやと眠っているけれど、いつ起き出して泣き出すか分からない。
たくさんの手助けを乳母を含めて貰っていても、屋敷の中で泣いていれば目が覚める。
ヘーゼルも寝不足気味で、エイデスも似たようなものだった。
彼は元々眠りが浅いたちなので、別邸に居ても良いと言ったのだけれど、『慣れる』と返された。
朝、仕事に赴く前に顔が見たいらしい。
親バカだろうかと思う。
「今日は出かけなくて良いの?」
ウェルミィが尋ねると、エイデスは薄く笑みを浮かべる。
「王太子妃殿下がおいでになるというのに、家長がいなければ礼儀が立たんだろう?」
「って言って、休みを入れたのね……」
客間でウェルミィの横に腰掛けて、こちらの髪を撫でながら。
娘を見てエイデスが目を細めると、コンコン、とドアノッカーの音がした。
「おいでになられました」
「通せ」
聞こえて来た家令カガーリンの言葉に、エイデスは返答しながら腰を上げる。
「お義姉様ね!」
「ああ。そして、もう二人」
「え? 三人なの? ……レオ? と、誰?」
聞いていないけれど。
思わず眉根を寄せるウェルミィに、エイデスは小さく首を横に振る。
「レオではない。だが、二人とも見ず知らずの誰かではない」
彼はどこか緊張しているようだった。
「誰なの?」
「それをお前に伝えるのも、私ではない。だが……後悔を胸に抱く者は許されて良いと、私はそう思うのでな」
「……?」
そうして、開いたドアの先を見ると……そこに立っていたのは、お義姉様とミザリだけだった。
「ウェルミィ、体は大丈夫?」
「ええ、とても元気よ」
「そう。なら、良かったわ」
すっかり王太子妃殿下の風格を纏ったお義姉様は、嬉しそうに頷いて、エイデスの座っていたウェルミィの横に静かに腰掛ける。
「他にも来客がいるって聞いたんだけど。今」
「ええ。別室で待っていていただいているわ。その前に二人で話したくて」
「では、我々は出よう。先に彼らに会っておく」
エイデスが言い、侍女らと共に部屋を出る。
間際に、ミザリが小さく手を振ったので、振り返しておいた。
「ミザリ、すっかり板についたわね」
「ええ。でも、中身は変わっていないわよ。あれは、お仕事用の顔ね。ヘーゼルは?」
「似たようなものよ。お友達だもの」
ふふ、とお義姉様と笑い合ってから、ウェルミィは改めて問いかけた。
「それで、そろそろお客様の名前を教えてくれても良いんじゃない?」
そう問いかけると、お義姉様は柔らかく頷いた。
「一人は、クラーテス様よ。……お義母様と一緒に、来て貰ったわ」
「……!」
ウェルミィは、その言葉に深く息を吸い込んだ。
「ねぇ、ウェルミィ」
「会わないわ」
お義姉様から顔を背けて、即座に断じた。
今更、何故会わないといけないのか。
奥歯を噛み締めると、背中の方から少し困ったようなお義姉様の声が聞こえる。
「ウェルミィ……」
「あの人は、お義姉様を殺そうとしたのよ。絶対に許さないわ!」
思わず腕に力がこもりそうになるけれど、生まれたばかりの娘を抱いている腕でそれは出来なかった。
だけど、お義姉様は諦めてくれない。
「ねぇ、聞いて? ウェルミィ」
お義姉様が静かに立ち上がって回り込むと、ウェルミィの顔をそっと両手で包む。
思い切り眉根を寄せた顔を上げると、目の前にいつもの、優しい笑顔があった。
「ウェルミィ。……貴女の抱く、その憎しみは、本来わたくしのものよ。貴女に預けた覚えはないわ」
表情と裏腹に、その言葉には確かな力があった。
そして、はっきりと告げる。
「ウェルミィ。わたくしは、あの人を許すわ。だってお義母様は、わたくしが知らなかったのと同じように、知らなかったのだもの。わたくしがサバリンの子ではないことも、お母様のことも、エルネストの事情も」
「知らないからって、許されて良いことと悪いことがあるわ!」
「ええ。でも、わたくしは許すわ。……だってわたくしが願うのは、ウェルミィ、貴女の幸せなのだから」
お義姉様は、娘に目を落とす。
「可愛いわね、ウェルミィ。貴女の娘よ。わたくしよりも、もっともっと、貴女にとっては可愛いでしょう?」
「……ええ」
「誰かが、この子からエイデス様を奪ったら……貴女は、その人を許せるかしら。わたくしは、貴女がそんな目に遭ったら、地獄の底まで追い詰める覚悟があるわ。その血筋に至るまで、根絶やしにしても足りない……」
「お義姉様……」
「きっと、お義母様も同じだったのではないかしら」
お義姉様は、娘を潰さないように、そっとウェルミィの頭を胸元に抱き締める。
「ねぇ、ウェルミィ。知らないことは罪ではないのよ。そして、わたくしの気持ちがわたくしのものであるように……貴女の気持ちは、貴女のものなの」
その温かさに包まれて、ウェルミィは目を閉じる。
お義姉様の声だけが聞こえる。
「貴女が自分の破滅と引き換えにしてでも、と、望んでくれたように……わたくしは、今、とても幸せだわ。だから貴女も、本当に幸せになって良いのよ」
「でも……でも……!!」
「貴女は分かっているのでしょう? だって、お義母様は平民で、魔術が使えないもの。……そして貴女の朱色の瞳は、全てを見抜くのだから」
「……!」
「お義母様が、クラーテス様を裏切った訳ではないことも。お義母様の葛藤も。全部全部、貴女は分かっていた筈よ。その上で、わたくしの為に、全てを切り捨てた。……だから、わたくしは返すわ。貴女がわたくしの為に捨てようとした、とっても大切な、最後の一人を」
お義姉様が体を離して、ウェルミィを見下ろす。
いつだってウェルミィに向けてくれる、その柔らかな微笑みで。
「だってお義母様も、ウェルミィのことは、確かに愛していたのだから」
「……お義姉様。それでも、私は、許せないのよ……!」
「許せないと思うのなら、その気持ちをぶつければ良いわ。でも、会って話さなければ、お義母様がどう思うかは分からないでしょう? それにウェルミィも」
お義姉様はまた娘に目を向けてから、ウェルミィの額に口付けを落とす。
「だって貴女も、母になったのだもの。お互いを大切に想う二人が、わたくしの為に傷つく必要は、もうないのよ」




