ウェルミィ・オルミラージュの敗北。①
「うぅ……気持ち悪い……」
ライオネルへの帰国後、しばらくして。
ウェルミィは常に自分を襲ってくる吐き気に精神が参っていた。
「大丈夫か?」
「大丈夫だったら呻いてないわよ……船酔いしてるレオの気持ちが、ちょっと分かったわ……」
エイデスに背中をさすられながら、ウェルミィは枕に頭を沈めたまま呻く。
『ご懐妊です。おめでとうございます』
体調不良と微熱が続いていたことで医者にかかったウェルミィは、そう言われたのである。
「ヌーア……アロンナ……これ、どうにかならないの……?」
部屋に控える、子どもを産んだ二人の侍女に声を掛けるけれど。
「おそらく、ならないかと」
「えぇ、えぇ。そもそも私はつわりというものを経験したことがございませんねぇ」
アロンナはいつも通りに淡々と、ヌーアはとんでもなく羨ましいことを言う。
「いつ終わるのよ……」
「今で三ヶ月ですから、そうですねぇ。もう二ヶ月……人によっては子を産むまで続くこともあるそうですねぇ」
「最悪……」
それでも、ヘーゼルを話し相手に気を紛らわしながら数ヶ月も経つと、徐々に落ち着いてきた。
少しお腹が膨らみ始めた頃合いになると、腰が重かったり別の意味で苦労はしたけれど、体調自体は回復した。
何より、ご飯が美味しいのがとても嬉しかった。
辛いものはお腹に悪いから食べられないのに、ウェルミィの場合『何を食べても甘過ぎる』感じに味覚が変化してしまったのだ。
煮込んでも焼いても、野菜の甘みが受け付けないし、酸っぱく味付けした野菜か柑橘類の中でも甘味の少ないもの、塩味だけのスープくらいしか口に出来なかったのである。
そんな日々の中で、……ウェルミィはクラーテスお父様から、母のことを聞いた。
『会いに行こうと、思うんだ。一度、二人で話さないといけないと思ってね』
『そう……』
ウェルミィには、何も言えなかった。
アロンナには話した方が良い、と言っておきながら、お父様を止めたりする訳にもいかない。
だからだろう。
訪ねてきたオレイアに、ふと、折に触れて思い出すようになった母のことを、漏らしてしまったのは。
『ねぇ、オレイア』
『はい、ウェルミィお嬢様』
『最近、よく考えるの。お母様は、なぜあんなにもお義姉さまを憎んでいたのかしら、って……』
『……』
『私が可愛くて、伯爵家の跡継ぎにしたかったから? でも、それだけが理由じゃ、ない気がするのよね……』
子どもがお腹の中で、動くようになって。
自分が、母になった実感が湧いてきて。
苦しく、なる。
でも、そんな気持ちから目を逸らしていた。
そうして……娘を産み落とした日。
ウェルミィはうとうととしながら、夢を見た。
男女の双子を抱いて、誰かと話す自分の夢を。
ーーー双子?
ウェルミィが産んだのは、娘だけだったと思うのだけれど。
そんな疑問を覚えているのに、夢の自分は、勝手に喋り始める。
『ありがとう、エイデス』
『産んだのはお前だ。子らの名はどうする?』
『ふふ、一人は決まっているでしょう?』
夢の中で、ウェルミィは笑う。
『フェリーテよ。……今度は、人付き合いがちゃんと出来る子に育てないとね? ちゃんと私が『体を作って』あげたんだから』
『……そうだな』
夢は、それだけ。
徐々に遠ざかって、二人の声が聞こえなくなると、最後に聞き覚えのない幼い声が聞こえた。
『ありがとう、ありがとう。もう一人のウェルミィ。僕の願いは叶った。叶ったよ』
その語り口に、どこか聞き覚えがある気がしたけれど、思い出せないまま。
ウェルミィは深く眠りに落ちて……起きた時には、何も覚えていなかった。




