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【ノベル6巻発売中!】悪役令嬢の矜持〜婚約者を奪い取って義姉を追い出した私は、どうやら今から破滅するようです。〜  作者: メアリー=ドゥ
第四部/裏 其は、森羅にして万象故に。

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アロンナの和解【前編】


 ーーーヘーゼルが出て行った後。


 アロンナは、黙ってエサノヴァの話を聞いて、少し目眩がした。

 何も知らなかった自分の周りで起こっていた、出来事の大きさに。


「全て、奥様の為であった、と?」

「……はい」

「私は、お館様の為でもあったけどね」


 申し訳なさそうに目を伏せている娘の返事と、その肩を抱いている元・夫の返事。

 けれど、それを飲み込み切れない、などと言っている場合ではない。


 ーーーあれが、奥様。


 ウーヲンの件で大広間に集まった時に、感情的に吼えていたのも。

 拘束されて、大広間を出ていく時に笑みを見せたのも。

 

 船で出国する時に、話をしていたのも。


 言われれば、違和感はあった。

 普段のエサノヴァとは、少し違う……何かを行う時に見せる、どこか滑稽な振る舞いと、時折覗かせていた自信に満ちた態度。


 言われてみれば、それは奥様とよく似ていたように思えた。


 エサノヴァ自身も、元々大人びた態度を取る子ではあったけれど、それが奥様の影響であったというのなら、それ自体も納得出来る。


 ついてこないのは、感情。

 自分が育てたと思っていた娘が、最初から自分の手を離れていたという事実の方だった。


 ーーーわたくしは。


 どう、声を掛ければ良いのだろう。


 『気にしていません』と言うべきなのか。

 『よくやりました』と告げるべきなのか。

 

 『どうしたら良いか分からない』と素直に気持ちを吐露すべきか。

 『何故、何も教えてくれなかったのか』と詰った方が良いのか。


 けれどアロンナは分かってしまう。


 主命であれば、何も言えないのは当然で。

 けれど褒めてあげるには、あまりにも騙され過ぎていた。


「アロンナ」


 そこで声をかけてきたのは、元・夫。

 本当の名は『イズィース』というのだと……その全てが嘘のまま、アロンナと婚姻を結び、離縁した人。


「すまなかった」

「それは、何の謝罪でしょうか?」


 表情に気持ちを出さないように努めているから、顔に力を込めたままアロンナが出した声は硬質で、エサノヴァが軽く肩を震わせる。

 

 しかしイズィースは、どことなく悲しそうに微笑んだまま、きちんとその理由を口にした。


「エサノヴァを、我々の娘を利用してしまったこと。長年、君を騙すような真似をしていたこと。……そして君を傷つけると分かっていながら、君と結婚したことだ」

「婚姻を後悔をなさっている、ということでしょうか?」

「いや……どう言ったら良いだろうね。君と一緒になったことそのものには、後悔はないけれど。お互いに利用した、と言うには、私の方が多くを知り過ぎていたことに関しては、フェアではなかったと思っている」


 イズィースは、冷静だった。


「君は……優しいからね」


 アロンナは、ついに我慢しきれずに唇を噛む。


 言いたいことは、幾らでもある。

 彼らだけでなく、姉や御当主様の振る舞いまで含めて、色々。


 けれど。


 ーーーだから、わたくしは、落ちこぼれなのです。


 デスタームとして過ごすには、優し過ぎる。

 デスタームとして生きるには、普通過ぎる。

 

 姉ヌーアの言葉は、気遣いでもあり、同時に呪いでもあった。

 それは、アロンナにとって否定の言葉なのだ。


 自分の『普通』を抜け出すことが出来ないのに。

 それでもデスタームとして……〝影〟の家の者として生きるしかない、アロンナには。


 けれど、イズィースの言葉はそれで終わりではなかった。


「私は、そんな優しい君だから。一度でも共に暮らせて良かったと、思っているんだ。ただ、私のことは許さなくとも良い。それでも一度は、顔を見て謝罪をしておくべきだと。オルミラージュ夫人に言われて、私もそう思った」


 アロンナは目を閉じる。

 けれど、塞いでいない耳に、イズィースの声は響いた。


「けれど、出来れば。エサノヴァは許してあげて欲しい。この子は、オルミラージュ夫人にこれからもお仕えしたい、と言っている」

「いえ、お父様。それも……お母様が辛くなければ、で良いです」


 エサノヴァの言葉に、アロンナは目を開いた。


「お側でなくとも、ウェルミィ様の為に働くことは出来ますから」


 娘は、伏せていた目を上げて、こちらを見ていた。

 その茶色の……アロンナによく似た瞳には、気遣いが浮かんでいた。


 娘にまで、気を遣われている。

 姉の、夫の、主人の言う通りに過ごしてきたアロンナの脳裏に、記憶がよぎる。


 オルミラージュに戻った頃の記憶。


『お母様は、お父様のことをどう思っておられるの?』


 そう問いかけてきたエサノヴァは、どちらだったのだろう。


『どう、とは?』

『憎んでおられますか?』

『いいえ。そのような感情はありませんよ。貴女はあの人を嫌っているのですか?』

『そういう訳ではありませんけれど。……もし、会う機会があれば、三人で話せると良いですね』


 ーーーあれは、エサノヴァ?


 そうではない、気がした。


 だって、そう。

 旅行に向かわれる前に、奥様は。


『ねぇ、アロンナ。もしエサノヴァが戻ってきたら、貴女はどうするの?』


 そう言われた時は、たまたま二人きりで。


『お決めになるのは、御当主様と奥様では?』

『私は、貴女の気持ちを聞いているのよ。デスタームではない、母親としてのアロンナの気持ちを』

『そう……ですね』


 アロンナは、少しだけ考えてから。


『娘ですので……お許しいただけるのであれば、共に暮らしたいと、思います。そんなもしもがあるのなら』

『そう』


 奥様は、その返答に小さく微笑んだ。


『なら、もしもがあればそうしてあげて』

『……? 何か、理由が?』


 すると奥様は、何でもないことのように言葉を口にした。


『私は、お母様に愛を返せなかったもの。仲良く出来るなら、それは良いことよ』


 と。

 

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