とある侍女のお仕事。【前編】
「ご主人様ー!! 一日千秋の想いでお待ち申し上げておりましたー!」
「げ、ローレラル……!」
その能天気な声を聞いて、ウェルミィ・オルミラージュ夫人付き侍女、〝傷顔〟のヘーゼルは船外に目を向けて顔をしかめた。
ライオネル王国内海を越え、大河を遡って王都の港に到着し、甲板に皆が集まっている。
ピョンピョンと跳ねそうな勢いで手を振り喜びを表現するローレラルの姿を見て、ラウドンが船上から、にこやかに手を振り返していた。
王太子殿下夫妻の姿を一目見よう、という感じなのだろう、後ろにはそれなりの数の民衆の姿も見える。
「お義姉様は今日も大人気ね!」
「あの方々が見たいのは、レオでしょう。わたくしの為に集まっている訳ではないと思うけれど……」
「そんな訳がないでしょう!」
「断言するな」
ウェルミィとイオーラ、王太子殿下は相変わらずのやり取りをしている。
「やっと帰国だな……何もしてないのに疲れたよ」
「色々あったわね」
そんな風に言葉を交わすのは、どことなく沈んだ顔をしているセイファルト様とカーラ様だ。
この二人、どちらかといえばカーラ様の方がドライであまり仲睦まじい感じのない婚約者同士なのだけれど、肩が触れるくらいの距離感である。
ーーー良いなぁ。
と、ヘーゼルはオルミラージュ私設騎士団副団長のシドゥを思い出した。
側にいる時は熱烈にアプローチされていた気がするし、祭りの時にデートまでしたけれど、別に付き合っている訳ではない。
でも、こうして旅行で離れると寂しい気がして、自分がどうしたいのか分からなくて、最近はちょっと悩んでいる。
一人で生きて行こうと決めたのに、優柔不断だなぁ、と思わないでもない。
御当主様が刺され、ヒルデントライ様が襲われた件を聞いたら、彼もセイファルト様のように『自分がその場にいれば』と悔やむだろうか。
御当主様が留守の間、大旦那様が領地のことを預かっておられたので、家令のカガーリンと共に私設騎士団の面々は護衛として居残っていたのだ。
ヌーア侍女長がこちらに来られたことが騎士団が残された理由だったので、彼のせいではないけれど、根が生真面目な人だから。
ーーーあたしも、何も出来なかったなぁ。
ヘーゼルは、ウェルミィみたいに賢くもないし、ヌーア侍女長のように何でも出来る人でもない。
パーティーの時だって、青ざめて立っているだけで何も出来なかった。
「あー、傷顔がまた何か悩んでるねぇ〜?」
いきなり耳元で声を掛けられて、思わずビクンと体が跳ねる。
その間延びした能天気な声と距離感が壊滅的に近過ぎる相手は、当然王太子妃付き侍女のミザリだ。
「ッいきなり話しかけて来るんじゃないわよ……!」
「またどうでも良いことで悩んでそうだから〜」
少し背伸びして爪先立ちになっていた彼女は、トン、と踵を下ろしてにひひ、と笑う。
ミザリは、何かの治療を受けたようで、少し性格が変わっていた。
変わったというよりも『普通』になって来た、という感じなのだろう。
今の笑顔も、感情も何もないような『いつもの笑顔』ではなく、悪戯をして喜ぶ子どものような笑顔だ。
「ミザリ達のお仕事は、なんかすっごい事をすることじゃなくて〜、アロイやミィがいつも通りに出来て、楽しくお話してられるようにすることだよぉ〜?」
「……」
言われて、ヘーゼルは気づく。
確かにそう、彼女の言う通りである。
騎士や護衛と違って、自分たちの仕事は、戦ったり血腥いことに首を突っ込むことではない。
けど、『確かにその通りね』と言うのはなんだか癪だった。
相手がミザリだからだ。
「……分かってるわよ、そんなこと」
「本当かな〜?」
「うるさい! いつもいつもあんたは鬱陶しいわね……!」
悪態をついたヘーゼルは、そこでちょいちょい、と手招きするウェルミィに気づいた。
慌てて近づいて、小柄な彼女に顔を寄せると、小さな声で告げられる。
「貴女の仕事は、今からよ」
「今から?」
もう旅行の終わり際のこんな時に、どんな仕事があるというのだろう。
そう思っていると。
「貴女の影に、イズィースとエサノヴァが居るわ。……本邸に戻ったら、アロンナに居るから話すかどうかを聞いて、会うというなら場所を用意してあげてちょうだい」
ウェルミィの言葉に、ヘーゼルは目を見開く。
アロンナ・デスターム侍女長代理。
グリンデル伯爵家に没落させられたという子爵家に嫁いでいたことから、ヘーゼルがオルミラージュ本邸に下働きとして入った時に、仕事を押し付けて来ていた女性である。
それ自体は誤解……というか、エサノヴァの曲解によるものと聞いていたし、その後に侯爵夫人付き侍女として必要な教育を叩き込んでくれた女性だ。
「エサノヴァ……って。それに、イズィース?」
「ああ、エサノヴァの父よ。事件は解決したの。それで、色々あったのよ」
エサノヴァは、ヘーゼルに冤罪を被せようとして行方をくらまし、挙句にウェルミィにまで冤罪を被せようとした相手である。
色々あって、何でその家族を会わせることになるのだろう。
そう思っていると。
「詳しいことは話せないけれど、大体全部私のせいだったのよ。イズィースとエサノヴァは、その為に動いていただけだったの。だから、宜しくね。……アロンナには、恩があるでしょう? 返す機会よ?」
ウェルミィが片眉を上げて笑みを浮かべるのに、ヘーゼルは納得いかないながらも頷いた。
女主人の命令である。
それに、アロンナ侍女長代理に恩があるのも事実だった。
元々、仕事量はともかく、下働きの仕事も覚えたいと思っていて、侍女としての教育も根気強く教えてくれていたのだ。
あの人は仕事熱心で真面目なだけで、決して悪い人ではないのだと、ヘーゼルはもう知っている。
「アロンナ侍女長代理の為、なのですね?」
「ええ」
ウェルミィは楽しそうだった。
ーーーこういうところだけは、本当に変わらないわね。もう!
人を良いように動かそうとしたり、驚かせたり……実はそういうことを楽しんでいるのはないか、とヘーゼルはジト目でウェルミィを睨みつけた。
「あら、不敬ね」
「そんなことはございません。いつもこんな顔です」
「確かにそうね。昔からぶっちょ面だったわ」
ーーーそこは、そんなことないって言うところでしょうか!
そう思いつつ、人前なのでヘーゼルはジッと我慢した。
今度二人きりになったら文句言ってやる、と思いながら。




