有能な味方、厄介な敵。
ーーー大公殺害の二日前。
大公国で開かれた歓迎の夜会の後に、ヒルデントライは寝室で二人の女性と対峙していた。
いつの間に入り込んだのか、全く気配を感じさせなかったエサノヴァと……オレイアである。
「〝夢〟の中に呼び出して、申し訳ないわね。少し話があるの」
椅子に腰かけて足を組み、そんな風に謝罪したエサノヴァは『争いに来たわけではない』と言った。
そのまま続けて彼女が口にした内容に、ヒルデントライは呆れて首を横に振る。
ウェルミィ達に及ぶ危険を排す為の協力と、【魔王】の復活の話。
「……ボクに、そんな荒唐無稽な話を信じて、協力しろと?」
そうしてオレイアに目を向けると、彼女も懐疑的な様子を見せている。
どうやら、エサノヴァの味方という訳ではないらしい。
しかし、ヒルデントライとも意見が違うようだった。
「……それが、ウェルミィ様をお助けすることになるのなら、前半部分に否はありません。ですが後半部分は、賛同できかねます」
「無理もないわね」
説得しに来たくせに、あっさり肯定するエサノヴァを、ヒルデントライは冷たく睨みつける。
確かに、今の彼女は朱色の瞳を備えていた。
しかし顔立ちはミィに似ても似つかず、ましてオルミラージュ侯爵らの裏を掻いて逃亡した犯罪者である。
信用出来る訳がなかった。
〝変貌〟の魔術や、【変化の腕輪】のことはヒルデントライも知っており、彼女がそれを行使していないとは限らない。
何せ、最初に隠蔽魔術を使ってミィをそうした罠に掛け、『目』を信用し過ぎないように忠告したのは、ヒルデントライ自身である。
「命を賭けろと言われて、そう易々と承諾出来る訳がないだろう。与太話がそれで終わりなら、帰ることだね」
どうやらこの場所は、自室の形をしているが自室ではないようで、呪玉が反応しなかった。
「そういう訳には、いかないのよね」
エサノヴァは小さく首を傾げる。
「だって、このままだと『私』が死ぬわ。ーーーでも、これを乗り越えて生きれば、『私』と私は確実に、お義姉様を救えるの」
そうして、真っ直ぐに見つめられたヒルデントライは、思わず舌打ちする。
エサノヴァの口調が、仕草が、その意志の宿る瞳が……確かに、自分の知るミィだと、自分の理性ではない部分が訴えていた。
しかし、それが幻惑かどうかを見抜く判断材料がない。
エサノヴァが『ウェルミィ』であるかどうかが、極めて重要な状況だった。
彼女は、こちらを見据えたまま、静かに話し続ける。
「最良の方法で全てを終わらせる為には、『私』に本気になって貰う必要があるのよ」
「なら、何故その事実をミィに伝えない? 君が『ウェルミィ』だと言うのなら、ミィが王太子妃殿下の為なら命を賭すと知っている筈だ」
その問いかけに、エサノヴァはふんわりと笑みを浮かべる。
「そうね。『私』なら、一も二もなくそう動くでしょう。けれど、それだと私の目的が、達成されないのよ。だって、『私』なら決して、お義姉様を一時的にでも危険に晒すような真似は、しないから」
「馬脚を現しているじゃないか。なら君は、逆説的にミィではない。王太子妃殿下を危険に晒す選択をするのだろう」
「ええ。でも、私は『ウェルミィ』よ。お義姉様が助かることが分かっているのなら、一時的に危険を許容する程に大切なものが、もう一つあるでしょう?」
エサノヴァは、人差し指を立ててこちらに向ける。
「そう、『私』の親友であるけれど、私の親友ではない貴女を『助かる危険』に晒すのと、同じ理由よ。その為に、オレイアにも事情を明かしているのよ」
「……よく分からないな」
「私を『ウェルミィ』だと思っていないから、分からないだけよ」
言われて、ヒルデントライはその意味を考える。
目の前の彼女が、ミィであってミィではない存在だと、仮定したとしたら……それでも、どこか違和感は感じるが。
別の世界から来たのだと言う、彼女は。
「……なるほど。オルミラージュ侯爵に関わる何かが、まだあるのかな?」
ヒルデントライがたどり着いた答えに、エサノヴァは嬉しそうに頷く。
「ええ。そしてもう一つ。私はウェルミィ・リロウドであって、ウェルミィ・オルミラージュではないのよ。あの『王太子殿下婚約披露パーティー』の前に、私は貴女にもテレサロにも、出会っていないわ」
「……どういうことだ?」
「私は、ズミアーノの策略を知る機会がなかったの。だからあの夜会で、ダリステア様の魔術にそのまま掛かった。……そして拘束されて貴族牢に入れられた後に、彼に帝国に連れ出されたのよ」
ヒルデントライは、その日二度目の舌打ちをした。
そうだった。
ミィがあのパーティーの前にズミの……あの厄介極まりない幼馴染みの策略を看破したのは、テレサロが王太子殿下に近付いた件がきっかけだったと言っていた。
それがなかったのなら、エサノヴァ……今目の前にいるウェルミィ・リロウドは、その後にヒルデントライと会うことはない。
ーーーだから、ミィの親友ではあるが、自分の親友ではない、と。
「気づいたかしら。『私』なら、貴女も危険には晒さないでしょうね。でも私はそうではないの。だから、貴女なのよ」
朱色の瞳が少し悲しそうな色を宿し、自嘲するように、エサノヴァは言葉を重ねる。
「貴女の協力がなくとも、私は『私』を刺しに行くわ。……その時貴女は、『私』を見捨てないでしょう?」
「……ッ」
それは明確な脅し。
けれどそれが起こった時、どちらにせよ。
「謀ったな、ウェルミィ。話を明かした時点で、もう君の思い通りということか!」
「ふふ。私を、ウェルミィだと認めてくれたわね」
ヒルデントライは、ミィの護衛である。
これから起こることを知っていながら、それを見過ごす訳がない。
「申し訳ない、とは思うけれど、他に方法がないの。レオは、貴女が危機に陥ればオレイアに助けるように命じるでしょう。その段になれば、もう、ある程度の事情は伝わっても構わないわ。……私が『ウェルミィ』であることと、お義姉様に関すること以外は」
そこが、交渉ということなのだろう。
エサノヴァは……いや、ウェルミィ・リロウドは、そっと自分の胸に手を当てる。
「私は知っているわ。本気になった『私』なら、全力でお義姉様を助け出すように動くのを。そして、私と『私』の利害が決して一致しない理由は……私の目的が『私のエイデス』の為に、貴女やお義姉様を利用しようとしているから」
ウェルミィ・リロウドは、微笑んだまま、寂しそうに目を伏せる。
「そして『私』と違って、私の横には、彼がいないの。……取り戻す為には、こうするしかないのよ」
その顔に。
親しい友人の面影が、これまでで一番強く、重なった。
「だから、お願い。……協力して、ヒルデントライ。そうして、全てが終わるまで、黙っていて欲しいの」
ーーー全く。
ヒルデントライは、思わず目元を覆って天を仰いだ。
「決して、悪いことにはならないと誓うわ。あの場面で、動く誰かが居ないと、エイデスが別の刺客に狙われる……その時に庇う『私』を救えれば良いけれど、万一の可能性も潰したいの。だから」
「……パーティーに、行かなければ良いんじゃないか?」
「それで済むなら、そうしていると思わない? どの未来でも、エイデスが襲われることだけは確定しているのよ。起こることは起こさないといけないの」
「君は、本当に……」
『ウェルミィ』は、味方にすると心強いが、敵に回すと本当に厄介な女だった。
知で、理で、情で。
その全てで、人の心を揺さぶり、利用しようとしてくる。
しかも……そうして利用されることを、悪くないと思うどころか、助けてやりたいと思わせて来るのだから。
「このまま『語り部』のことを放置し続けると、【魔王】の力も、どうしたって解放されてしまうわ。もう限界なのよ、彼は」
「『語り部』を始末したら、力ごと消え失せる、ということは?」
深くため息を吐いて、ウェルミィ・リロウドに問いかける。
だが彼女のことだから、そんなことはとっくに考えているのだろう。
案の定。
「『語り部』が死ねば、瘴気が世界にばら撒かれるだけだわ。限界近い力が解放されれば、仮に【魔王】が生まれなくても、これまでにない数の魔人王や魔王獣が生まれ落ちるでしょうね……【災厄】の規模が、大きいか小さいかの差でしかない」
ウェルミィ・リロウドの言葉に、澱みはなかった。
「でも、もし、私の……そして『語り部』の策略が成功すれば。【災厄】そのものを起こさずに防ぎ切ることも、出来るのよ」
世界の危機と、友人の危機。
その二つを提示されてしまえば、ヒルデントライに断る余地などなかった。
事実かどうか、分からないというのに。
彼女がウェルミィ・リロウドだと信じてしまったから。
ーーーまた、シズが怒るんだろうな。
自分のことを甘い、と思いながら、ヒルデントライは了承する。
「分かったよ、ウェルミィ。やろう。二人の君の為だと言うのであれば」
「ごめんなさい」
「違うだろう、ウェルミィ。友人が頼み事を引き受けた時の言葉は、そうじゃない」
そうおどけてみせると、ウェルミィ・リロウドはパチパチと瞬きをして、それから、どこか嬉しそうに微笑んだ。
「ええ、そうね。……ありがとう、ヒルデ」
「どう致しまして」
笑みで応えたヒルデントライは、ずっと黙っているオレイアに目を向けた。
「ボクは彼女を信じてしまったよ。オレイア、君はどうするんだい?」
「……貴女が、本当にウェルミィ様であらせられるのであれば、一つ質問に答えていただけますか?」
ヒルデントライよりもさらに慎重に、そして真剣な眼差しで……オレイアは直立不動のまま、ウェルミィ・リロウドに問いかける。
彼女は、むしろ嬉しそうにオレイアに頷いた。
その真剣さこそが、忠義の証だと気づいているからだろう。
「良いわよ。何が聞きたいの?」
「かつて、エルネスト伯爵邸で。……薪も厚い毛布もなく、イオーラ様がエルネストの別棟で捨て置かれていた時、訪ねてきた貴女は、私に何と仰いましたか?」
「そんな簡単な質問で良いの?」
逆に拍子抜けしたように、ウェルミィ・リロウドが質問に答える。
「『役立たずのお義姉様には、このゴミみたいなご飯で丁度いいそうよ』……と、言ったと思うけど」
きっと、そのやり取りの時に作っていた顔なのだろう。
随分と神経を逆撫でする笑みと態度で、その『セリフ』を口にする。
「では、もう一つ」
オレイアはそれに頷くこともなく、次々と質問を投げかけた。
「わたくしと初めて会った時に、何と仰ったかは、覚えておられますか?」
「『貴女、ちょっと珍しい色の目をしているのね! 私と同じだわ!』」
「では、オルミラージュ侯爵に平手打ちをした時は」
「『私のお義姉様を、侮辱するな!』」
「結婚式の際、イオーラ様が口になさった言葉は」
最後の質問に、ぴたりとウェルミィ・リロウドは動きを止める。
「……オレイア」
「ええ、理解致しました。貴女は、ウェルミィ様です。……悲しませて、申し訳ございません」
ヒルデントライは気付く。
そう、彼女は、ウェルミィ・リロウド。
ズミの手によって攫われ、その後、魂だけをこちらに渡らされてしまった、と言うのなら……。
……彼女は、オルミラージュ侯爵との婚姻が叶わなかった、ウェルミィなのだ。
思い出を語っているのなら存在し得ない記憶を、彼女はオレイアに問われた。
だからあんなにも、悲しそうな目を。
「普通の人は、そこまで事細かに、人とのやり取りを覚えてはおりません。……私の知る限り、今の質問でそれが可能であるのは、ウェルミィ様ただお一人ですから」
明けましておめでとうございます。
明日明後日は更新出来ないかと思いますが、今年もよろしくお願い致します。




