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【ノベル6巻発売中!】悪役令嬢の矜持〜婚約者を奪い取って義姉を追い出した私は、どうやら今から破滅するようです。〜  作者: メアリー=ドゥ
第四部・表 導くは双玉。

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もう一つの物語。


「意味が分からないんだけど?」


 ウェルミィがイズィースを睨むと、彼はひどく申し訳なさそうな表情になる。


「無理もないかと思います。……ですが、事実なのです。お館様が、幾つもの未来をご覧になる力がおありということは、皆様ご存知かと思います。ですがお館様は仰いました。『自分の力は夢や未来を見るのではなく、違う世界を垣間見る力なのではないか』と」


 『語り部』は自分の運命を悟った時から、どうにかする方法を、夢を渡りながら探り続けていたのだ、という。


 出来る限り、自分の身の内に潜む【魔王】の力を堰き止めて。

 歴代の『語り部』と違い、子を為してその運命を引き継ぎもせず。

 

「そうして、どこの世界でもご自身が救われないことを悟ったお館様は、一つの計画をお立てになられました……」


 ーーー『別の世界から、もう一人のウェルミィを連れてきて、手助けをして貰おうと思う』と。


 意識だけならば、魂だけならば世界を渡れることは『語り部』自身が証明している。

 なら、強大な力を……自分が知る限り最も強大な【魔王】であるエイデスの力を借りられれば、『二人のウェルミィ』を同時に同じ世界に存在させて、自身の命運を歪めることが出来るのではないかと。


「そうしてお館様は……【魔王】と成ったエイデス様と、向こうの世界で亡くなられたウェルミィ様の魂のお力を借りて、自らと世界を救うことを、画策なさいました」

 

 【魔王】エイデスに支払う対価は、『夢』だったそうだ。


「ウェルミィ様が、生き延びる世界……それを見せると、お館様はお約束なさったのだそうです」


※※※


 ーーー遥かなる世界で。


 処刑台に立ったエイデスは。

 『返せ』と、絶望の中で天を呪っていた。


 ーーー何故、貴様(・・)はいつも、私から大切なものを奪う。


 義母も、義姉も死んだ。

 友人も。


 そして、ウェルミィもまた。


 いつもだ。

 彼らが、何をしたというのか。


 『罪なき者は天に召される』などというくだらない綺麗事で飾ったところで、その運命を作り出した存在が、彼らの命を欲したから奪われたのだと、エイデスは天を呪う。


 ーーー返せ。


 女神が慈愛の化身だなどと、欺瞞も良いところだ。


 ーーー義母と、義姉だけでなく、友人らのみならず、ウェルミィまでも、だ。


 もう、赦し難い。


 ーーー返せ……!


 地獄の底に叩き落とされようと、這い上がって女神を殺し、全員を奪い返してやる。


 エイデスはそう固く誓い、処刑台で首を吊られた瞬間にーーーブツン、と意識が途切れた。


 そうして……意識が戻った時・・・・・・・


 エイデスは一人、生き物の気配すら感じない荒野の中に立っていた。


『聞こえる? 聞こえるかい? ああ、この世界でもダメなのかな』


 そんな『声』が聞こえて、エイデスは空を見上げた。


『なら、また見つけないと。見つけないとな』


 どことも知れぬ荒野の中で、その『声』に問いかける。


「誰だ、お前は」


 するとその『声』に驚きが混じる。


『あれ、あれ。聞こえた? 聞こえたのかな? 君には、今の君には、この世界の君には、僕の声が聞こえたかい?』

「誰だ、と聞いている」

『やった! 僕は夢見。ただの夢見だよ。あるいは『語り部』さ。今回の【魔王】エイデス・オルミラージュ。ああ、良かった。良かった。届いたよ!』

「【魔王】……?」


 言われて、エイデスは魔術で作り出した鏡を宙に浮かせ、それを覗く。

 自分の髪と瞳の質感が、見慣れた自分のものではなかった。


 ーーー何が起こった?


 エイデスの記憶は、『王太子婚約披露パーティー』で冤罪を掛けられて拘束されたウェルミィを牢から攫い、挙げ句に死なせたズミアーノらを殺して、首を吊られたところで途切れている。


 そもそも、ここはどこだ。

 考え始めると、ぼやけていた記憶が徐々に蘇ってくる。


 首を吊られた後の、記憶が。


 ーーー私が傍に逝くのを恐れたか、女神よ。


 そう、エイデスは確かに【魔王】になった。

 現世においては既に人ではなく、不死に近い肉体を手に入れていたことを、思い出した。


 死の瞬間に、どこかの地の底に眠っていた『力』と、新たに生まれた『力』が、肉体の中に入り込んだのだ。


 エイデスは、天でも地獄でもなく、現世に留め置かれた。

 まるで『来るな』とでもいうように。


『この世界の君は、僕と話せる。良かったよ、良かった。君は、とてつもない力を持つ【魔王】だ。どの世界にも現れたことのない、かつてない力を持つ【魔王】だ』

「だからどうした」


 女神が定めた運命とやらは、どこまでも人を愚弄している。

 こんな『力』を得たところで、ウェルミィは、そして大切な人々は、この手の中には帰ってこない。


 エイデスが、義母と義姉を失った時に刻まれた火傷痕の残る左手を見ると。

 そこに、二粒の宝石が転がった。


 一つは、ウェルミィの瞳に似た朱色のもの。

 もう一つは、以前のエイデスの瞳に近い青みがかった紫のもの。


『石だ、石だね。君と繋がってるね。何で出てきたのかな、不思議だな。でも、何だか良さげだな』

「お前は、会話をする気がないのか」

『あるよ、あるとも。ズミアーノでも、マレフィデントでも、ルトリアノでも、他の君でもない、唯一の【魔王】よ。その『力』を貸してくれないか? 君なら、君なら。夢の壁を破って、世界を渡れるんじゃないか?』

「……渡ってどうする」


 『語り部』の言葉は要領を得ず、また興味をそそられるものでもなかった。

 仮にそれが出来たところで、女神を殺せる訳ではないだろう。


 そう思っていたが。


『生かさないか、生かさないか。僕と一緒に、ウェルミィを。何者でもないのに、何かを成し遂げる彼女を』

「何だと?」


 『語り部』の誘いに、口にした名に、エイデスは顔を上げる。


「生かすとは、どういうことだ」

『どんな夢でも、彼女は死ぬんだ。事を成し遂げた後に、死ぬんだよ。そして【魔王】が生まれる。世界が焼かれる。【魔王】は倒される、倒されるけど、それじゃ終わらないんだ』


 『語り部』の話は、要領を得なかった。

 だが、何を求めているのかだけは分かる。



「面白い……!」


 

 ウェルミィを生かす。

 それがどういう意味なのかは不明だが、彼女が生きるのならば。


 生きていてくれるのならば。


 ーーー女神の定めた運命を、覆す方法があるのなら。


 それが成し得るのなら、ウェルミィをヤツの手から取り返すことが出来る。


 それが、ここにいる自分ではなくとも。

 ここではない、何処かであろうと。


 成し遂げたなら、それは酷く痛快なことだろう。


「『語り部』とやら。その方法を教えろ」

『良い、良いよ。まずは、別の世界にいる君を見つけよう。僕が教えるよ。まだ、ウェルミィが死んでいない世界の君だ。彼に、その手の宝石を渡すんだ。こうやって、こうやって探すんだ。分かる? 分かるかい?』


 言われて、エイデスは『語り部』の方へとさらに意識を集中する。

 この世の理を超えたその方法は、言葉では言い表せないが。


 今のエイデスには、理解出来る。

 『力』を得た、〝万象の知恵(ソロモン)の魔導卿〟ならば。


 『異なる(ことわり)』を解すことが、魔導の真髄故に。


『こっちだ、こっち』


 『語り部』に誘われるままに意識を飛ばしたエイデスは、その先に薄ぼんやりと浮かんできた影に目を凝らす。

 徐々に鮮明に浮かび上がったのは、まだ銀の髪と青みがかった紫の瞳を持つ自分自身。


 紫の宝玉をまず投げると、宝玉が『自分』の方向ではなく『過去』に吸い込まれるように漂い、消える。


 しかし、鏡像である自分がこちらに気付いた。

 驚いた様子を見せる鏡像に、エイデスはもう一つの宝玉を投げながら、言葉を発した。


 それは今度は二つに別れて、片方は『過去』に向かい、もう片方が鏡像の手の中に収まる。


「お前は守れ」


 告げたと同時に、鏡像が消え……しばらくして、断片的に『向こう』を目にすることが出来るようになった。



 そうして『語り部』との対話を通して、エイデスは一人の少女に必要な『力』を与えていった。

 名も知らぬ彼女が鍵だと言う『語り部』の、望む通りに。


 〝希望の朱魔珠(ウィルヴァーミリオン)〟は、確かに未来を見せた。

 【魔王】エイデスの望む、ウェルミィが救われた未来を。


 自分の知らない未来で、彼女が義姉を救う為に叫ぶのを見た。

 

 〝太古の紫魔晶(ロストヴァイオレット)〟は、確かに誓いを叶えた。

 【魔王】エイデスの、『ウェルミィを生かす』という誓いを。


 その横には……自分ではない自分が、確かに立っていた。


「よくやった」


 ボソリと、一言だけ彼に告げる。

 そうして、『向こう』を蝕もうとしていた核を失った【魔王】の力を、全てこちらに引き寄せて、身の内に取り込んだ。


 ーーーこれでいい。

 ーーーこれだけでいい。


 見たかったものが、見れた。


 そう思い、満足した【魔王】エイデスが、目を閉じようとした時。


 『向こう』の景色が乱れ、朱色の光が、小さな穴を穿つ。



『ーーーエイデス!』



 そんな叫び声が……遥か彼方から響くそんな声が聞こえて、【魔王】エイデスは閉じかけていた目を開き、思わず手を伸ばした。


 彼女の声。

 自分を呼ぶ、彼女の声。


 その声は、【魔王】である自分を……エイデスと、呼んでいる。


 景色を乱した魔宝玉の光が、割れる。


 残ったのは、朱の魂と、それに引き寄せられている『語り部』の魂。

 ほんの些細な切っ掛けで消えてしまいそうな、微かな光。


 エイデスは【魔王】の力を込めて、その魂たちに手を伸ばす。

 そして優しく包み込むように、手元に引き寄せると……。



 ……朱の魂は、人の形を成した。



 勝ち気な美貌に、不敵な笑みを浮かべた、プラチナブロンドの髪と……朱色の瞳を持つ少女に。


「ウェル……ミィ……?」

『何をボケた顔してるのよ。全く冗談じゃないわ! まさか貴方に私の魂を(・・・・・・・)送りつけさせる・・・・・・・なんて! 戻ってくるのに、めちゃくちゃ苦労したんだからね!! ほんとコイツ、とんでもないヤツだわ!』


 実体のない彼女は、手元に浮かぶ小さな『語り部』の魂を睨み付けた。


『二度とやるんじゃないわよ!』

『分かってる、分かってるよ。悪かったと思ってるよ。でも約束だよ。ちゃんと、ちゃんと戻ってきた。そうだよね、そうだろう? ウェルミィ。だから、僕との約束も果たして。果たしてよ?』

『おとなしくしてるならね!』


 ふん、と鼻を鳴らしたウェルミィが、こちらに向き直る。


『エサノヴァに感謝しなさいよ! あの子が体を貸してくれなかったら、ここに戻って来れなかったんだから!』

「何故……」

『何故、ですって!? 『何でも言うことを聞く』って約束したでしょう! 私が、貴方が嫌がってるのに勝手にどこかに行く訳ないでしょ!?』


 彼女は、変わっていない。

 エイデスの知る、そのままのウェルミィだ。


 ーーー幻では、ない。


 エサノヴァという名前らしいあの少女は、ではまさか。


「ウェルミィ……お前だったのか?」

『え、気づいてなかったの!?』


 エイデスは、何故か頭がぼんやりとしている気がした。

 まるで、夢の中に居るように。


 そう、考えればおかしい。

 誰とも知らない相手に、自分の『力』を与えられるものなのか。


 『向こう』とエイデスを繋いでいたものは、何だったのか。


「……魂の絆、か」

『そうよ。答えないと思ってたら、本気で気づいてなかったのね……まぁいいわ。私を元の体に戻して。ついでに『語り部』に体も作ってあげてね。今の、3つの【魔王】の力を吸収した貴方なら、簡単でしょう?』


 まるで当たり前のようにそう言うウェルミィに、エイデスは首を横に振る。


「だが、私はズミアーノやシゾルダ、ツルギスを殺し、帝国を荒野に変えた。お前を再び手にしたとしても、世界から追われることになる」

『は?』


 ウェルミィはポカンとした後に、本気で意味が分からない様子で言い返して来た。



『何言ってるの? 貴方が、自分の感情だけで(・・・・・・・・)そんなことする訳(・・・・・・・・)ないじゃない(・・・・・・)



「……?」


 ウェルミィの反論に、エイデスはますます眉根を寄せる。


「どういう意味だ?」


 するとウェルミィが、射殺すような目を『語り部』に向けた。


『ウェルミィ、ウェルミィ? 怒らないで、怒らないでよ。だって、仕方ない、仕方ないよ。きっと、そうしないと協力してくれなかった。くれなかったよ』

『貴方、本当に体を手に入れたら覚えときなさいよ……? 何をしたの』

『記憶を……少し、夢を見せたんだ。君が死んだって誤解してたから、一番最悪だってエイデスが思ってる結末を。それだけ、それだけだよ』

『今すぐ解きなさい!』

『解けるよ、解ける。【魔王】に強い暗示なんて掛けられない。自分の力で解けるんだよ』

『そんな小細工までした上で、『エイデスのところに帰りたければ協力しろ』って私に言ったの!? ふざけてるわ!』

「なん、だと……?」


 そんなやり取りを聞きながら、エイデスは記憶を思い返す。

 確かに自分は、ウェルミィの死を確認して、【魔王】と化し、ズミアーノを、


「殺し……た?」


 いや。

 記憶に齟齬がある。


 ーーーもしそこで『力』を手にしたのなら、この、処刑の時の記憶は何だ?。


 そう気付くと、頭の中で何かがひび割れた。

 もし『力』を先に手にしていたのなら、何故、その後ライオネルに戻り、令息達を殺した後にレオに捕まるのか。


 処刑されて死ねた(・・・)のか。

 既に、【魔王】と化してしていたのなら。


 そこで、偽りの記憶が完全に砕ける。


 ーーーそうだ、私は。


『残念、間に合わなかったねー?』


 突き止めた帝国のアジトに単身乗り込んで、そう、ズミアーノに言われ。

 ベッドの上に横たわるウェルミィを見て。


 ウェルミィを失ったと絶望に沈んだ瞬間に……【魔王】の力が体に入り込んだのだ。


 そうして、目を見張ったズミアーノの顔を見ながら……『世界を滅ぼせ』という、脳裏に強く響く感情に支配されそうになり。


「私は、自ら……封印を」

『そうよ! 思い出したの!?』


 咄嗟の行動だった。


 この荒野は、『封印』の内側だ。

 エイデスは自我を失う前に、ライオネルを……ウェルミィの大切な人々を襲うだろう『力』を、自分ごと封じ込めたのだ。


 元々、帝国に存在していた何らかの封印が、『かつての【魔王】の力を封じているもの』だったことを理解出来る程、知覚が広がったことが、功を奏した。


 それを、利用したのだ。


 思い出したと同時に、意識がハッキリする。

 どこか夢見心地だったのは、どうやら『語り部』の見せた悪夢を、信じ込んでいたことが原因だったようだった。


 その間も、『語り部』は必死にウェルミィに言い訳していた。


『悪いと思ってる、思ってるけど、だから代わりに、エイデスの心を目覚めさせた。目覚めさせたよ? その代わりじゃないか。ちょっと夢を見せて、協力して貰っただけじゃないか』

『……そうね。貴方にマシなところがあるとしたら、それはそうだわ。それだけは褒めてあげても良いけど、やり過ぎはやり過ぎなのよ!』

『ごめん、ごめんよ』

『本当にもう……まぁ、今までろくに人付き合いも出来てないし、仕方ないとは思うけど。これからは覚えなさいよ!』

『分かった。分かった。体をくれたら、そうする』


 ウェルミィは小さく一度頷くと、こちらに向き直って、両手でエイデスの頬を挟み込む。

 触れている感覚はないが、こちらを真っ直ぐに見つめてくれる彼女の瞳に、どこか懐かしさを覚えるほど、自分の記憶が遠かった。


「私は、どれだけの時間、一人で過ごした?」

『向こうでは、そんなに経ってないんじゃないかしら? ここの中は、夢の中という感覚が近い気がするしね。……でも、そろそろ目覚める時間よ』


 ウェルミィは、嬉しさを抑えきれない様子で、ペタペタと頬を叩くような仕草をする。


『ねぇ、エイデス。……実はね、どんなことがあっても、貴方や私が不幸になることなんてないのよ。『語り部』は難しく考え過ぎたの。だからややこしいことをしたのよね。まぁお陰で『向こう』は救われたし、私は帰ってこれたし、もうどうでも良いんだけど』

「考え過ぎた……?」


 『語り部』は、自らを器の役割から解放する為に事を起こした。

 思い返しても、その行動に何かしら考え過ぎている感じはなかったように思う。


 だがウェルミィは、呆れた顔をした。


『エイデス。貴方、封印されてる間にバカになったの? お義姉様は〝精霊の愛し子〟なのよ。お義姉様の周りでは、全ての物事が上手く行くの。その加護は、お義姉様が大切に思う全てのものを守るのよ』


 ーーー確かに、そんな話は聞いたことがある。


 だが、そうであれば何故、歴代の〝精霊の愛し子〟の中に不幸になる者が出たのか、と考えて。

 すぐに、答えに辿り着いた。


 ーーー子が、生まれたから、か。


 〝精霊の愛し子〟が『語り部』の瘴気同様に受け継がれていくものならば。


 初代も子がいたから、血脈は継がれた。

 そしてイオーラの母が不幸に見舞われたのは……イオーラがその腹に宿っている時。

 

 おそらく、そこから生まれた子が物心つくまでは、女神の寵愛と精霊の加護が消えてしまうのだ。


 意志の有無で、神や精霊が、人を『真理』に近しい存在として認識するのなら。

 本来は意志が芽生えるまでの間だけ、誰かに狙われぬよう、瞳の色と存在を隠すのだろう。


 だがイオーラの母は、その封印を解く前に、亡くなってしまった。


「そうか……封印が解けたイオーラの周りでは、真に不幸になる者はいない……」

『ええ。なら、お義姉様に心から愛されてる私と、私が大切に思う貴方が不幸になることなんて、あるわけがないでしょう?』


 言われてみれば、真実を知ってみれば、ごく当然のことのように思えた。

 そこで、不貞腐れたような『語り部』の声が聞こえる。


『それがズルい、ズルいんだ。僕は助からないのに、君たちはいつも助かるんだ。だからおかしいって言うんだ』

『だから、それが考え過ぎだって言ってるの! 初代の時も二代目の時も一緒よ。あなたは、ただお義姉様に好かれ(・・・・・・・・)れば(・・)良かったの。そうしたら、きっと貴方も助かったのよ』

『そんなこと分からない、分からないじゃないか』

『だったら、これから試せば良いでしょ! それより、ちゃんとここにエイデスと私がいることを伝えたんでしょうね!?』

『伝えた。伝えたよ。こっちの僕はもう死んでるから、ちゃんと声が届いた筈だよ』


 『語り部』がそう口にした直後に、荒野の果てから地鳴りが響く。

 エイデスが施した封印が……破られる気配を、感じる。


『世界は、平和なのよ。『向こう』もこっちも、小さな騒動はあっても、今も昔も……貴方が、私とお義姉様を救ってくれた時から、ずっとね』

「『向こう』はともかく、何故こちらがそうだと分かる。【魔王】は生まれたのだ」

『ええ。でも【魔王】は貴方でしょう? エイデス。だったら世界がその力で滅ぶことなんて、ないじゃない。そうでしょ?』


 また、当たり前のようにウェルミィが言い。


「ああ。……そうだな」

 

 エイデスが答えると、荒野の果てが、今度はひび割れる。

 作り出した封印世界が壊れてゆき……そのひび割れの向こうに、人影が見えた。


 魔力の気配が、それを誰であるかを察知させる。


 十二氏族ではない。

 こちらは、『向こう』ではないから。


 だが、〝精霊の愛し子〟とその伴侶だけは、変わらない。

 彼らを取り巻く人々が……そして、ウェルミィを大切に想う者達の気配がする。


 殺したと信じ込んでいた青年らの気配も、ある。

 『向こう』とは違う結末を辿っただろう者達の……それでも救われたのだろう者達が、そこにいる。


『私は、生きてるわ。あの時だって、逃げようと暴れたから、ズミアーノに眠らされていただけよ』

 

 ウェルミィの言葉に重なるように、呼び掛ける声がする。


「エイデス! 探したぞ!」

「ウェルミィ! そこに居るの!?」


 イオーラとレオの声が、聞こえる。


「私は……」

『お迎えが来たわよ、エイデス』

「私は……!」

 

 エイデスは、ウェルミィの魂を抱きしめる。

 

「奪われていなかったのか。私は、お前を……失ったと」

『言ったでしょ? ずっと、魂で繋がっていたじゃない。寝てる間に勝手に『向こう』に飛ばされて、ちょっと怒ってるわ!』

「すまない、ウェルミィ……」

『仕方ないから許してあげるわ! ねぇエイデス。私頑張ったのよ? せめてお帰りくらい言ってくれても良いんじゃない?』

「……お帰り、ウェルミィ」

『ただいま』


 満足そうに笑った彼女が、耳元で囁く。


『愛してるわ、エイデス』


「ああ……私もだ」

『二度と、余計なことしないでね!』

「約束しよう」


 戻ってきてくれた、と、実感した途端、頬を涙が伝った。


『もう、泣かないでよ! ……私まで、泣いちゃうじゃない』


 膨れ面で涙を堪えるウェルミィに、エイデスは、小さく微笑んだ。


「ああ、すまなかった」


※※※


 イズィースの話を聞いて、思わず、ウェルミィは目を閉じる。


 ーーーバカね。


 もう一人のエイデス……【魔王】の選択に、そう内心で悪態をついた。

 別の世界で、自分が失ってしまったウェルミィを救う、なんて。


 ーーーそんなことしたって、『私』は戻ってこないでしょうに。


 横に立つエイデスを見上げると、彼は何となくバツが悪そうな顔で、眉根を寄せていた。

 何故かこっちを見ない。


「……ねぇ」

「それは私ではない。……だが、気持ちは分かる」


 自分が得られない幸福であっても、そんな未来が欲しいと思う程、大切に想っていてくれるのは、嬉しいけれど。


「だから、こんな騒動になったってこと?」

「はい。ですが少なくとも、この世界のお館様に溜め込まれた瘴気は失せました。向こうの【魔王】エイデス様に、魔宝玉を通して取り込まれたのでしょう。おそらくは同時に、お館様とウェルミィ様の魂も『向こう』に渡ったのだと思われます」


 あのエサノヴァが『ウェルミィ』だったのなら。

 そして、その魂をこちらに送ったというのなら。


 ウェルミィにも、そう、送られた彼女の気持ちは、分かった気がした。


 ーーー『エイデス!』と。


 あの、嬉しそうな幻聴は、それはそうだろうと。


 ウェルミィなら……もしそれがこちらの世界を救う手段であったとしても……『自分のエイデス』から引き離されることを望む、とは思わなかったから。


「いずれまた、どこかに……あるいは再び〝夢見の一族〟に『語り部』は生まれ、瘴気は溜め込まれるのでしょう。ですが、帝国には浄化を広くもたらす手段が存在し始めており、瘴気と化した魔力を霧散する方法も、人に魔力を譲渡する研究も進められております。やがて、【魔王】の生まれぬ世になること……そこまでを、お館様は考えておられました」


 イズィースは、どこか寂しげだった。

 彼は彼で、『語り部』に忠誠を誓っていたのだろう。


「もし裁きが必要と判断なさるのであれば、どうか、私めに。ですが、エサノヴァは……ウェルミィ様に体をお貸しして、自分の時間を犠牲にしてでも、協力してくれた娘です。お慈悲をいただければと、思います」


 言われて、ウェルミィは周りを見回すが。

 レオもお義姉様も首を横に振り、バーンズ様も肩を竦めるだけ。


 他の誰も、ウェルミィに視線を向けたまま、口を開こうとしない。

 ズミアーノとヒルデだけが、おかしそうな顔をしているのが気に入らないけれど。


「ああもう! 『私』がやったことの責任を、私が誰かに押し付ける訳ないでしょう! 許すわよ! 全員それで良いんでしょう!?」

「お前が良いなら、誰も文句は言わん。世界は救われ、【魔王】は生まれなかった。取り込まれず霧散した瘴気だけは気になるがな」


 エイデスも、笑いを堪えるように目を背けた後、ポツリと呟く。


「しかし、合点がいったな」

「何が?」


 瘴気からお義姉様を救おうとした時に、湧き出てきた自分のものではない『力』を、エイデスも感じたらしい。

 自分ではない自分の声や、魔宝玉の存在も。


「イズィースの発言を、事実と受け入れよう。騎士と乙女が理屈が分からずとも生まれ落ちて存在するように、別の我々も存在する、そう仮定すれば、謎が解ける」

「だから、何の謎なの?」

「何故、他の誰にも分からず、お前にだけ看破できる魔術があったのか、という謎だ。ズミアーノの件の後に『向こう』のお前が死んだというのなら、それはそうだろうな」


 あの婚約披露パーティーの辺りで、何かウェルミィ達自身に、今回の件で繋がることがあっただろうか。

 ウェルミィが首を傾げていると、エイデスがようやく説明してくれた。


「あれが【魔王】として強大な力を得た、もう一人の『私』の力を借りたものだったからだろう。だから、『もう一人のお前』が四公の血統魔術すらも操り、あれほどの身体能力を誇り、そしてエサノヴァを取り逃がした時、彼らから与えられた魔宝玉が反応しなかったのだ」


 全て『向こう』から齎された、エイデスや〝精霊の愛し子〟を超える、【魔王】の魔術や呪具だったから。

 でも、何でウェルミィだけが見抜けるのか……とそこまで考えて、ようやく思い至った。


「……え。そんな理由なの?」

「そうだ。私は契約魔術によって(・・・・・・・・・・)お前に嘘がつけない(・・・・・・・・・)


 だから、仮に【魔王】のものであっても、隠蔽魔術や〝変貌〟の魔術のようなものは、ウェルミィにだけは効かなかったのだと。

 確かにあの婚約披露パーティーの時点では、ウェルミィはエイデスと既に契約を交わしていた。


「同じ魂であるから、その契約が生きた。……そして向こうのお前が死んでも魂が残っていたから、契約魔術が切れなかったのだろうな。魂の繋がりは何よりも強い。故にその繋がりを通して、どちらかのお前がいる場でのみ、こちらで【魔王】の力を行使できたのだろう」


 エイデスは、何故か愉快そうな笑みをこちらに向けてくる。


「それを何故、状況に合わせてあれ程的確に使えたのか。……そう、お前なら出来るだろう? 誰よりも『ウェルミィとエイデス』のことを理解しているのだからな」

「……不公平だわ。未来が分かってて、そんなエイデスの力が借りれるなら、私だって同じことが出来たわよ!」


 ーーー『今回は私の勝ちね』、ですって? ただのズルじゃない!


 それで私のエイデスに勝っただなんて、自惚れも甚だしい。


「負けてないわよ! 私のエイデスは【魔王】にならなかったもの!」

「自分と張り合ってどうする」


 エイデスは、ますます面白そうにウェルミィの頭を撫でる。


「私の負けだ。……どこの世界に居ても、お前は最高の女だ、ウェルミィ」

「なんか嬉しくないわ!」


 ウェルミィが膨れると、周りで見ていた面々から、何故か笑いが起こる。


「何よ、もう!」

 

15時に四章終章を投稿しますー。

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― 新着の感想 ―
[良い点] エサノヴァ、ここまでどことなく不気味な感じがあったけど嫌いにはならなくて、時々アグレッシブなところとか妙に気になる魅力のあるキャラという印象だったのですが、中身がウェルミィということで合点…
[良い点] 自分が世界の危機になるなら無自覚に自らを封じるとか、エイデスは魔王になってもエイデスですね。まぁウェルミィもどこまで行ってもウェルミィでしたが。今となっては「今回は私の勝ちね」のセリフが可…
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