内乱の終焉。
本日二話目です。間違って投稿しました……。
「スージャ」
ウェルミィ達が見守る前で。
支持を受けたバーンズは、先日と変わらず自信に満ちた太々しい笑みを浮かべて、赤い瞳を横に立つご令嬢に向ける。
「俺の勝ちだ。ふざけた内輪揉めは、もう終わりにしようぜ」
片手を伸ばして誘われたらスージャ・クジャ公爵令嬢は、睨みつけるように目を細めた後……コツ、コツ、と歩み寄ってバーンズの胸元に収まる。
彼がその体をしっかりと抱き締めると、呆然としていたスージャの父、クジャ公爵が顔を真っ赤にして声を上げた。
「何をしている! ふざけるなよ、何故我がクジャ家がロキシアの小坊主の傘下に降るのだ! スージャ! 我らは……」
「黙れよ、クジャ公爵。テメェと父上は、もう用済みだ。隠居してもらう」
「「な!?」」
クジャ公爵だけでなく、バーンズに諸共に名指しされたロキシア公爵も勝ち誇った顔から一転、息を呑んだ。
「お前、何を言って……」
「当たり前だろうが! ロキシアをここまで盛り返したのは、俺とスージャだろうがよ! テメェらはその間何をしていた? クソみてぇな誇りとやらに縋って、領を潰しかねない遊びに興じてたんだろうがッ!」
覇気を剥き出しにしたバーンズの咆哮に、ビリビリと場の空気が震える。
ーーーえっと。
いきなり始まった親子(?)喧嘩に、ウェルミィが思わずエイデスの顔を見上げると。
彼は〝火〟の来賓席に居るレイダック帝国王太子殿下一行を、小さく顎を動かして示した。
レイダック殿下は、バーンズに似た太々しい笑みで、イースティリア宰相閣下とアレリラ夫人は特に狼狽えた様子もなく、目の前の言い合いを静かに眺めている。
「こいつはな、俺達と帝国の総意だ。俺が立ち、スージャを娶ることで、ロキシア領は再び統一される。文句があるなら、かかって来いよ。テメェらが俺らに勝てるってんならな」
途端に、クジャ公爵とロキシア公爵の顔が引き攣る。
自信があり過ぎる、と思っていたけれど、おそらくバーンズは、その自信に見合うだけのありとあらゆる強さを兼ね備えているのだ。
彼らの周りにいる取り巻きと思しき若者らの中には、聡明さを窺わせる者……ロキシア領の中では体格の良くない男性や、大人しそうな女性らも混じっていた。
バーンズはおそらく人を見る目があり、優しさも備えた人物なのだろう。
「手強いわね……」
苛烈で有能、外交を行う上でこれ程厄介な人材もいない気がした。
しかも後ろ盾は、帝国の面々である。
「ねぇ、外務卿? あんな人を立てて良かったの?」
ちょっとした皮肉混じりに問いかけると、エイデスは薄く笑みを浮かべた。
「敵に回せば厄介だが、味方にすればこれ程頼もしい相手もいないだろう? コビャク陛下はそうした考え方をなさる方だ。お前も、イオーラも、そしてズミアーノも……違うか?」
「そう言われると、何とも言えないわね」
「彼には、我々に対する恩がある。〝水〟と〝土〟を落としたのだからな。その恩を大切に育て、友好を築くのが私とお前の仕事だ。違うか? 外務卿夫人」
「それは、そうね」
ふふ、とウェルミィが笑うと、どうやら向こうのやり取りも佳境を迎えたようだった。
「スージャ……お前、お前はそれで良いのか!? ロキシアに降るを良しとするのか!?」
するとそれまで黙っていたスージャが顔を上げ、無表情にクジャ公爵を見る。
そうして自らバーンズの首に手を回すと、フッと妖艶な微笑みを浮かべた。
「ロキシアの誉れが何か、お父様はお忘れでして? ーーーわたくし、自分より弱く愚かな男に興味などございませんの。バーンズより優れた男がロキシアに居るのなら、どうぞ、連れてきて下さいませ」
その言葉を聞いて。
ウェルミィは、彼女とは仲良くなれそうな気がした。
※※※
そうして、再度の大騒乱が終わった後……ウェルミィには、幾つかの出来事が起こった。
エイデスと共に割り当てられた客間のドアの隙間に、手紙が差し込まれており、差出人は〝土〟の公爵家。
そこには、予想通りに先日逃げ込んだ場所で待つ旨が記されていた。
もう一つは、お義姉様とレオだ。
「わたくし達も、行くわ」
「ダメよ、お義姉様。危ないじゃない」
「同じ理由で、わたくし達もあなた方を止めることが出来るのよ、ウェルミィ。譲りません」
それはもしかしたら、お義姉様との初めての喧嘩だったかもしれない。
王太子妃として立つお義姉様は、まるで一回りも二回りも大きくなったような錯覚を覚える程に、手強かった。
「お義姉様? もし王太子と妃が身罷ったら、ライオネルがどうなるか……その責任を賭してでも、それは通すべき要望ですの?」
「同じ言葉を返すわ、ウェルミィ。オルミラージュの正当な後継である貴女とエイデス様は、何故危険を侵すのです?」
「エイデスの人生を歪めた禍根を、そのまま放置しろと言うの? あの場からも逃げおおせたエサノヴァを、大公国が捕えられると?」
「あなた方も同様に取り逃したでしょう。真実を知るという意味であれば、わたくしにもその権利があります。……忘れたの? ウェルミィ。婆やの件があるのなら、その頃から〝土〟はわたくし達の陰で動いていたのよ」
言われて、ウェルミィは反論の余地を失った。
ーーー貴女の聡明さを今は恨むわ、お義姉様……。
そう。
ヤハンナ様側とは違う〝夢見の一族〟の勢力……〝土〟に移ってしまった『語り部』の動きが。
エルネストの没落の遠因となった、その可能性があることを、ウェルミィも気づいていた。
自分が気づく程度のことを、お義姉様が気づかない訳がない。
昔から……誰よりも、ウェルミィのやることを理解していた、お義姉様なのだから。
「……それでも」
「どうしてもと言うのなら、レオは置いていくわ。万一があっても、王家の後継者がそれで絶えることはないでしょう」
「イオーラ、それは無しだ。俺がいなくても、まだナニャオがいる。君達だけを行かせるつもりはない。それを選択するのなら、俺は誰も行かせないよ」
ウェルミィは頭が痛くなって来た。
「……エイデス」
「分が悪い、と思うがな。この場において、最上位の決定権はレオにある。全員で行くか、全員で行かないかだ」
エイデスは、オルミラージュ当主としての振る舞いをやめるつもりはないのだろう。
誰かが『危険だから行かない』と決めれば、行かない。
そういう人だ。
過去の遺恨と、未来の安寧であれば、未来の為に自分の苦痛を耐える人だから。
エサノヴァ達のことは追い続けるだろうけれど、それが今すぐである必要はないと。
そして仮に、真実が明かされなくとも……罪が裁かれるのであれば、自らの手で殺そうと考える人でもない。
エイデスがピエトロに受けさせようとしたのは、あくまでも法の裁きなのだ。
「お前の選択は尊重する。が、妥協案はない」
「……そうね」
ウェルミィは考えた。
未来のことだけであれば、赴く選択肢はないのだ。
けれどそれは、罪を放置するという意味である。
危険を侵さなければ、得たいものは手に入らない。
それが、ウェルミィの今までの生き方だった。
目を閉じて、どう決断すべきかを探る。
自分だけが赴くのが、ウェルミィの最善。
けれど、それは自分だけの最善だ。
そうではない答えは。
「……向こうは一体、何を狙っているのか、よね……」
起こっている出来事には、何か種がある。
お義姉様やエイデス、ズミアーノでも見抜けない魔術なんて、何かそこにカラクリがないとおかしいのだ。
ウェルミィは、今までの全てを考慮する。
エサノヴァの行動や、その後ろにいる『語り部』の行動までも、全て。
ーーー今までは、傷つけて来なかったのよ。
エルネストの没落は、お義姉様の父である前伯爵が死んだことに起因している。
けれど、殺されたのではない。
ご病気で亡くなったのだ。
それはゴルドレイも言っていたことで、何らかの外的要因ではない。
救わなかったことはあっても、関与はなかった筈。
となれば、明確にこちらを傷つけようと意図した出来事は……あの、エイデスを狙ってヒルデが傷ついた件だけ。
今まで、周りで動くだけだった向こうが、直接的な行動に出た理由は何か。
何故、ウェルミィを中心に物事を動かそうとしたのか。
あの件で、何か向こうに明確なメリットがあるとするのなら。
ーーー私が、本気になったこと……それ以外に、何かある?
あの事件の時に、隠せた筈の逃亡の痕跡を隠さなかった理由。
わざわざサンセマ公爵に化けていたことを、ウェルミィにだけ明かしていた理由。
『語り部』が、帝国宰相を通して婆やのことを伝えてきた理由。
こちらの思考を、ウェルミィがそれに直面した時にどう振る舞うかを、読み切った上で……何の邪魔も入らない状況を、作り出そうとしたのなら。
もし、自分がエサノヴァだったなら。
ウェルミィは、今まで積み重ねてきた全てを動員して、脳内でエサノヴァを演じ切る。
ーーー全部、上手く回っているのよ。私達に都合の良いように。
それがエサノヴァの狙いである筈だ。
ウェルミィが彼女らを完全に敵視しなかったのは、誰も損をしていないから。
こちらが不快にならないような立ち回りをするのであれば……エサノヴァと自分の思考は、とても近い場所にある筈。
遠くは、婆ややオレイアの存在によって。
近くは、ローレラルの行動を操ることによって。
そして今、ピエトロの罪は暴き、エサノヴァがその犯人であることを特定させた。
『大公選定の儀』は予定通りに〝火〟に覇権が渡った。
その意図は。
ウェルミィ達にとって最良の形で、しかしこちらの予測を上回る形で、物事を回す意図は。
自分がもし、こうしたことが起こる未来を知っていたとしたら。
その上で、自分自身に仕掛けようとしたら。
ウェルミィであっても、エサノヴァのように振る舞う。
自らの手で全てを誘導して。
重要な場面では己がそこに居ることによって、状況を操る。
お義姉様を救おうとした断罪劇も。
ズミアーノと直接対峙した時も。
ヒルデの時、もしウェルミィが彼女の立場であったなら……何らかの必要があったなら、自らの手でそれをしようとしただろう。
万端の準備を整えて。
そう、ヒルデを救う準備は整っていた。
〝風〟の公爵の行動こそイレギュラーであったとしても。
あの場には、オレイアがいた。
レオが、ようやく明かした『彼女の手綱』を握る人物だった。
譲渡したのは、エサノヴァだ。
それをレオが明かす契機になったのは、エサノヴァがヒルデを刺したからだ。
あの場には、テレサロがいた。
誰よりも優れた癒し手が、いたのだ。
その為に……テレサロをあの場に存在させる為に、ズミアーノが動いた『精神操作の魔薬』の件を……ピエトロが仕掛けた罠を、放置したのなら。
『語り部』の夢見の力によって、未来が視えていたのだとしたら。
どんな秘密があるのかは分からないけれど、それらが全て、ウェルミィを誘き出すためのお膳立てだとするのなら……。
「……呼び出すのは、殺す為ではないわ、ね」
エサノヴァが、ウェルミィとの対面を望むのであれば。
「殺すだけなら、タイミングが他に幾らでもあったもの。エルネストの家に居た時の方が、幼い頃の方が、遥かに楽だった筈だわ……」
ウェルミィは、平民だったのだ。
お母様と一緒に護衛もなく、サバリンに与えられた屋敷で暮らしていた。
エサノヴァの行動が、ウェルミィの思考との間に齟齬が出る件が、二つある。
一つは、ダリステア様やツルギス様の状況を、見捨てたこと。
もう一つは、ヘーゼルとミザリの状況を放置したこと。
自分なら、それを知っていて救わないことが、あり得るだろうか。
救う、と信じたかったけれど、多分。
それがお義姉様を救う為であれば、ウェルミィなら割り切った筈だ。
アーバインを捨て置いたように。
お義姉様を追いやったように。
特に、未来に救われることが分かっているのなら、心を痛ませはしても……おそらく、止まりはしない。
ウェルミィを救い、全てを整えて、今、この状況を作り出す為だったのなら。
「……お義姉様達を連れて、行くわ。けれど中に入るのは、私達四人以外は、自分と伴侶の身を自分で守れる人間だけよ。そこは譲らないわ」
ツルギス様とズミアーノ、ソフォイル卿とテレサロ、それにヒルデとシゾルダ様、ヌーアと配下の〝影〟ら……。
「それでいい? お義姉様」
「ええ。異論はないわ」
「わたくしも参ります。……辺境伯にゴルドレイ様をお借りしていただけますか?」
オレイアが口を挟んで来たので、お義姉様が首を傾げる。
「ゴルドレイを?」
「はい。あの方は私と対になる者です。テレサロ様にとってのソフォイル卿、と言えば通じますか?」
ウェルミィは、深く息を吐いた。
「……十二氏族に関わる話ね」
「左様にございます」
〝闇の拳士〟という存在が、魔女であるオレイアと対になると言われている。
〝精霊の愛し子〟を守る者達が、お義姉様の側には、ちゃんと居たのだ。
役者が、揃い過ぎている。
誰の意思も介在していないのなら、それこそ女神の采配と言われてもおかしくない程に。
「良いでしょう」
他の面々は、ラウドンやセイファルトであっても連れていけない。
万一を考えれば、戦うことを専門としていない者は、少ない方が良いのだから。
そしてウェルミィとエイデスが誰かを連れていくことも、エサノヴァと『語り部』は読んでいる筈だ。
もし望まないなら、ウェルミィなら、それを手紙に書き記すだろうから。
そこまで話し合いを終えたところで……ドアがコンコン、と鳴った。




