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【ノベル6巻発売中!】悪役令嬢の矜持〜婚約者を奪い取って義姉を追い出した私は、どうやら今から破滅するようです。〜  作者: メアリー=ドゥ
第四部・表 導くは双玉。

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そして、彼女は居なくなった。


 ーーー事件当日。


「会場に戻ったら、周りに気をつけな」


 お手洗いからパーティー会場に戻ろうとしたウェルミィに、そう声を掛けてくる人物がいた。

 大広間と手洗いを繋ぐ通路の脇道……昼に案内された庭へと続く通路の壁に、腕を組んでもたれている。


 スッと前に出たヒルデとヌーアの間から、ウェルミィはその男性を観察した。


 赤いバンダナを頭に斜めがけに巻き、袖や裾のヒラヒラとした白服と、色とりどりの紐を編んだような腕輪や腰飾りなどの装飾品を大量に纏っている。

 おそらくは正装なのだろうけれど、見慣れない服装だった。


 服装のせいで細身に見えるが、おそらく肉体は戦士のように引き締まっているだろう。


 肌が日に焼けており、ツルギス様やソフォイル卿と似た気配がするからだ。

 人懐こそうな顔立ちだが目つきだけは鋭く、口元にはニヤニヤと笑みが浮かんでいる。


 年齢は、クラーテスお父様より下で、エイデスよりは上くらいだろうか。


「貴方は?」

「別に、誰でも構いやしないよねぇ?」


 どうでも良さそうに問いかけをはぐらかした彼は、片目を閉じて体を起こす。


「すぐに知ることにゃなるだろうけど、コイツは予定にない(・・・・・)行動だからな。ま、ちょっとしたお節介だねぇ」

「どう見ても不審者なのですけれど?」

「まぁ、そう言われても仕方ないねぇ。が、忠告は本物だ。疑うなら『ルジュに会った』とアバランテ辺境伯に言ってみると良い。それで通じるからねぇ」


 そう言って踵を返した彼の背に、指示も出していないのにヌーアが滑るように近づいていくが……。


「おっと、そういうのはナシだ」


 と声を上げて、ルジュと名乗った男の姿が掻き消えた。

 まるで、風に溶けるように。


『辺境伯の次女に宜しく。俺ぁ、あの子の差金だからねぇ』


 最後に声だけをそう残して、廊下に静寂が残った。


「なるほどね……」


 ウェルミィは、彼の正体を何となく察する。


「……何が『なるほど』なんでしょう?」


 状況が全く分かっていないのだろうヘーゼルが、斜め後ろから小さく問いかけてくるのに、ウェルミィは閉じた扇の先を口元に当てる。


「彼、語尾のイントネーションに訛りがあったわ。名前を出したアバランテ辺境伯も、似た訛りがあるわね。つまり南部住みなのでしょう。ヌーア、彼の服装と姿を消した魔術に心当たりは?」

「ええ、ええ。あの方は、奥方様がお察しの通り〝風〟の者ですねぇ。伝統服を身につけているのは珍しいですが。使われた魔術はおそらく〝風渡り〟……手練れですねぇ」

「〝影渡り〟と同じ、血統魔術かしら」

「いえ。御当主様も似た魔術をお使いになられますし、幾人か使い手に心当たりはございますねぇ。ただ、素養がある者は、ええ、彼の地に多いでしょうねぇ」


 ヌーアは遠回しに、『あれは〝風〟の血統魔術ではないが、ウェルミィの考えに推測に間違いはないだろう』と返してきた。

 そのまま、トン、トン、と口元を扇の先で叩きながら、先ほどまでいた大広間の記憶を思い起こす。


「あの服装、会場で見かけなかったけれど」

「彼の方は、ご自由と伺っておりますからねぇ。あるいは、ご参加なさっておられないのかと思いますねぇ」

「ふぅん……まぁ、なら良いわ。行きましょう」


 ウェルミィが促すと、今度はヒルデが口を開く。

 目は真剣だけれど、口元には柔らかな微笑みを浮かべていた。


「その前に。本当にあれは、放っておいて大丈夫な人物でしょうか?」


 どうやらこちらもあまりピンときていないらしい彼女に肩を竦めてから、ウェルミィは自分が辿り着いた答えを口にする。


「大丈夫じゃない? だってあれ、多分〝風〟の公爵本人だもの」

「ああ、そういう……」

「……え?」


 ヒルデはそれで納得するが、ヘーゼルがポカンとするので、少し説明する。


「私の正体を知っているのにあの口の利き方よ? 他国の侯爵夫人にそんな自由な振る舞いが出来るのは、地位の一切ない人間か、一番偉い人間だけよ。で、辺境伯だけでなくあそこの次女と知り合いなんでしょう? なら、平民じゃないわ」

「はへ〜……」


 ヘーゼルが納得したので、ウェルミィは歩き出した。

 辺境伯の次女は以前に一度、会ったことがあるので、ヌーアに問いかける。


「貴女の娘の、義理の姉妹だったわよね。あそこの次女」

「左様にございますねぇ」


 元々は子爵家の娘でありながら何故か辺境伯の養女になり、後継者と目される青年と結婚した彼女は、聡明な人物だった。


 名前は、リオノーラ・アバランテ。


 彼女が、人口に対して食料が困窮していた〝風〟の領地に、それを融通する取引を持ちかけ、散発していた小競り合いを収めたという話は、聞いていた。


 『予定外の行動』というのは、ルジュという偽名を名乗った〝風〟の公爵自身に、そう振る舞うことに何らかの危険があるが、恩を返す為の行動、というような意味合いなのだろう。

 何故リオノーラへの恩をウェルミィに返すのか、と言えば……おそらく今の忠告が、ライオネルの先行きに何がしかの関わりがある、ということだから。


 以前会ったリオノーラという少女は、名誉欲とは無縁の存在であるように見受けられた。

 そしてウェルミィを試すほどに、頭が回る。

 

 ここが恩の使い所、と思ったのだろう。

 しかし、南部辺境領に居ながらにしてウェルミィすら知り得ない情報を知っているのは、どういうことなのか。


「あの子は一体、何者?」

「さて、娘からは何も。帰ったら調べてみましょうかねぇ」

「そうね」


 ウェルミィはそう答えて、忠告の内容に意識を戻す。


「気をつける、ってことは、これから何か起こる……」


 先行きに対する忠告、というのは、最近よく耳にするものだった。

 それは、〝土〟やエサノヴァの動きを起点にして、今はエイデスの過去にまで及んでいる。


 なのに誰も、先行きを知っていそうな者は、具体的なことは口にしない。

 正直、それで良いように動かされるのは腹が立つけれど『考慮に入れない』というのもまた、ウェルミィには出来ないことだ。


 万一無視して何かが起こった時に、取り返しがつかなくなるからである。


「……ヌーア。戻ったら貴女は、レオとお義姉様に付きなさい。私は、ヒルデと一緒にエイデスの側にいるから。何かが起こるというのなら、どちらかを狙われるのが一番不味いわ」


 テレサロの可能性は、排除する。

 もし彼女に危機が及ぶのであれば、伝える相手はウェルミィではないか、もう少し具体的な内容を口にするだろう。


「一応、皆に何か起こるかも、って言付けておいてくれる? エイデスには私が言うわ」

「仰せのままに」


 ヌーアの答えに一つ頷いて、大広間に戻ったウェルミィは……すぐに、その自分の判断を後悔することになった。


※※※


 違和感は、パーティーも終盤に差し掛かった時に訪れた。

 それとなく周囲に意識を配り続けていたウェルミィは、ふと、何かが気にかかったのだ。


 ーーー何?


 会場は、そろそろ人もはけ始めようかという頃合いであり、けれどまだ、皆が『なんとなく今は帰りたくない』と思っていそうな盛り上がりの、名残が漂っている。

 

 人波の中に感じた違和感の正体を探りながら目線を戻すと、そこで一人のご令嬢が目に入った。


 清楚で、しかし少々華やかさを感じる、そんな服装のご令嬢。

 結い上げた髪に飾り用の小さな帽子を留めて、顔の半分をヴェールで覆っている。


 質素でもなく華美でもない、そんな一番目立たないドレス姿だが……その覗いた『片目』を見た瞬間、ウェルミィは動いていた。


 ーーー朱色の瞳……!?


 〝朱の瞳の一族〟は、リロウドと帝国には存在するが、大公国は基本的に四公の血族が貴族とされている。

 ならば、その瞳はおかしい。


 彼女はスルスルと人を縫い、こちらに早くも遅くもない速さで迫ってきていた。


 ウェルミィが気付いたことに気付いたのだろう、その瞳が笑みの形に歪む。

 手には……濡れたような光沢の刀身が長いナイフ。


「ーーーエイデスッ!!」


 来賓と話をしていたエイデスが、叫びを聞いてこちらを振り向き……その時には、もう眼前にヴェールの女がナイフを腰だめに構えて迫っていた。


 彼と女の間に体を滑り込ませて、ウェルミィはエイデスに倒れかかるように、大きく両手を広げる。


 咄嗟の行動だった。

 考える前に、体が動いていた。


 自分の腹の辺りにナイフが迫るのを、時間の流れが遅くなったように緩やかな視界に捉えて、歯を食いしばると……エイデスの腕が、横抱きに腰を抱くように差し込まれる。


 彼にも忠告を伝えていたことが、仇になった。

 ナイフが、その腕に刺さってしまう。


 ーーーダメよ!!


 と、ウェルミィが叫ぶ暇もなく、さらに状況が動く。

 ドン! と視界の外から体当たりを喰らい、エイデスと共に押し出されたのだ。


 代わりにナイフの軌道に飛び込んだのは……ヒルデ。

 音もなく、彼女の肋の下辺りに刃が突き立てられる。

 

 ーーー!!


 一瞬、頭が真っ白になっている間に、ヴェールの女は躊躇いもなく踵を返して、人波の間にまた沈んで行った。


「待て!」

「ヒルデッ!!」


 エイデスの静止とウェルミィの悲鳴が重なり、近場だけでなくパーティー会場全体からも注目の視線が集まる。


 ヒルデが倒れ込んだ瞬間、近くにいた女性陣が悲鳴を上げる。

 つんざくような悲鳴に、少し離れたところにいたお義姉様の影からズミアーノが姿を現し、ヌーアが飛ぶような速度でこちらに移動して来る。


「テレサロ! 来てッ!!」


 叫びながら、ヌーアと一緒にヒルデの側にかがみ込もうとするウェルミィの腰を、エイデスが抱いて止めた。


「離しなさい!」

「まだ危険だ。それに、お前では治療出来んだろう」


 エイデスは、言葉こそ冷静だけれど、その手に力が籠っていた。


 彼も感情を抑えていることを悟って、ウェルミィも、少し冷静になった。


 一度深く息を吸い、吐く。

 その間に、ライオネルの面々が集まって来て、ヒルデを診ていたヌーアが口を開いた。


「傷が肋を抜けて、心臓に達しておりまして、抜けませんねぇ。それに、刃におそらく魔毒が塗られております。すぐに治療が必要ですねぇ」

「癒せる!? テレサロ!」


 ウェルミィの問いかけに、真っ青な顔をした彼女が膝をつきながら、ヒルデの体に視線を走らせた。


「魔力の流れが……き、傷か、毒、どちらを先に……! 同時には無理です!! 分けないと、体の負担が……!」


 真剣な、しかし泣きそうな声でテレサロが言い、ウェルミィは背筋が凍りつく。


 傷は心臓。

 毒は魔毒。


 どちらも、一刻も早く治癒しないと命に関わる。


 ーーーでも、テレサロは一人しか……。


 ヒルデが死ぬ。

 それを考えた瞬間、叫び出したい衝動に駆られた。


 けれどそこで、レオが鋭く声を上げる。



「ーーーオレイア・・・・! どうにか出来るか?」



「はい。可能です」


 その口から出てきた名前も、落ち着いた声音の答えも、予想外だった。


 ーーーオレイア?


「テレサロ様、まずは傷を。わたくしが仮死状態にして、血流と魔力流を緩やかに。魔毒の影響を抑えておきます」


 幼少から仕えてくれている侍女オレイアは、そっとヒルデの瞳を覗き込んで、その瞳から紫の靄のような光を放つ。

 すると、眉根を寄せて痛みに耐えていた彼女の意識が失せ、その体から力が抜けた。


 ヒルデの呼吸が、極端に緩やかになる。


 そこから、テレサロは迷わなかった。

 彼女は気弱で焦りがちな少女ではあるけれどーーー人の命が掛かっている時の彼女は、紛れもなく聖女だった。


「やります!」


 ヒルデの体に手を添えた瞬間、癒しの光が体を覆う。

 即座にヌーアが反応してナイフを引き抜き、血が吹き出しかけた傷口に強く布を押し付ける。


 傷は、ほんの数秒で癒えた。


「治りました! 次は魔毒を癒します!」


 ヌーアが傷のあった場所から手を離すと、テレサロが再び治癒魔術を行使する。

 流れた血は元に戻らないが、オレイアが目を閉じると、瞳孔の開いていたヒルデがまばたきをして意識を取り戻した。


 血の気が引いて真っ白だった顔に、徐々に色が戻っていく。


「ヒルデ!!」


 今度こそ、ウェルミィは飛び出した。

 エイデスも止めず、膝をつくと、お義姉様とシゾルダ様も近くに来る。


「ご無事で、何より。我が姫君……」


 こんな状況だというのに、彼女は笑みを浮かべて軽口を叩いた。

 何故か瞳の奥に申し訳なさそうな色まで見て取り、ぎゅっと眉根を寄せる。


「バカ! 良いのよ、こんな時まで気を使わなくて!」


 守ってくれたのに。

 ウェルミィは思わず、目頭が熱くなる。


 緊張が解けたのかへたり込んだテレサロの体をオレイアが支えて、彼女たちがそっと退くと、入れ替わったシゾルダ様が、声を震わせながら彼女の頬を撫でた。


「よくやった……って、言いたくないな……でも、良かった……」

「護衛の仕事を、きちんと務めたんだから……褒めて欲しいね」


 ヒルデが片眉を上げると、次にお義姉様が口を開く。


「……よくやりました、ヒルデントライ・イーサ。国に帰ったら、栄誉を」

「ありがたき幸せです、王太子妃殿下」


 ヒルデよりも痛みに耐えるような顔をしているお義姉様に、首だけ動かして応じると、彼女は目を閉じた。

 唇を噛んでいるお義姉様を、側に立つカーラとミザリが心配そうに見ている。


 そこで、衛兵が担架を持って走ってくるのが遠目に見えたので、ウェルミィは彼女に声を掛ける。


「目を閉じたままで良いから、聞きなさい。今から部屋に運んでもらうから、しっかり休むのよ!」

「仰せのままに。……しかし、大袈裟では? 癒えましたよ」

「全然、大袈裟じゃないわよ!! この場にテレサロが居なきゃ、死んでたわよ!!」


 どれだけ精強な軍人が受け手で、癒す側が熟練の治癒士であっても、治癒魔術というのは肉体に多大な負担を掛けるのである。

 その負担は、時間と治癒士の練度、傷の深さによって増大するのだ。


 聖女テレサロの奇跡の力でなければ……そしてオレイアのよく分からない力がなければ、今の致命傷を癒すなんてことは出来なかっただろう。


 ウェルミィは、運ばれていくヒルデと付き添うシゾルダがその場を抜け出すと、部屋の端に寄った貴族たちのざわめきを聞きながら、男連に目を向ける。


 エイデスが、ソフォイルに問いかけていた。


「ソフォイル卿。犯人の姿を見たか?」

「レオニール殿下の側で、遠目にですが。人混みに紛れて消えましたね」


 テレサロの夫である彼は、チラチラと彼女の様子を気にしながらも、エイデスの言葉にしっかりと応える。

 すると続いて、アバランテ辺境伯が口を開いた。


「二つの入口には、しっかり兵が立っており、扉は閉まっておりますな! まだこの中にいる、ということですかな!?」


 彼らは魔獣退治や対人戦闘を経験している、歴戦の猛者であり、流石に落ち着いていた。

 そんな辺境伯の言葉に、エイデスが首を横に振る。


「いえ、潜伏しているのではありませんね。文字通り、消えたのです。直前に魔術の気配を感じました」

「……呪玉の類いは、原則こういう場には持ち込み禁止の筈なんだがな」


 レオは怒りを瞳に宿らせているが、彼は首を横に振った。


「……呪玉を見逃したかどうかは、分からんがな」


 高位貴族が揃うパーティー等では、基本的に招待客自身の危険物の持ち込みは禁止である。


 決闘は既に古い価値観であり、法的にも禁じられている。

 魔術発動の媒介になる呪玉も、同様の措置を取られているのだ。


 例外はそれこそ魔宝玉などの高価な装飾品や、護衛としての役割を負う者に限られる。

 テレサロの……先ほど見たオレイアの力に関してはよく分からないが、多分同質のものだろう……力は、呪玉を媒介しない類いの力だ。


 奇跡の力、あるいは血統魔術というものは、そう呼ばれているだけで発動条件が違うのである。

 リロウドの解呪が、呪玉と魔力を介しはしても、現象を発動する魔術と違い、精霊に呼びかける手段であるように。


 だからこそ危険視されたり、奇跡の力と呼ばれている。

 でなければ、養護院で育ち、呪玉のような平民から見れば高価なものを手に出来なかったウーヲンは、自在に〝変貌〟の魔術を使うことなど出来なかっただろう。


 しかし、少し前までなら引いていた筈のレオは、納得しなかった。


「別の方法だったとしても、刺客を見逃したのは大公国側の怠慢だ。きっちり、落とし前はつけてもらう」

「……イーサ伯爵令嬢の分くらいは追求しても構わんだろうが、今は、犯人の捕獲を優先すべきだ」


 エイデスは否定はせずに、話を戻す。


「気にかかるのは、あの魔術……」

「ええ。『影潜み』ではありませんね」


 彼の呟きに、それまで黙っていたツルギス様がそっと言い添えた。


「オルミラージュ侯爵の予測通りならば、刺客は既にこの場にはいないでしょう」

「そうだねー。痕跡は追えるけど、どうするー? 流石にオレ、ミィが危なかったしヒルデがやられたから、ムカついてるよー?」


 いつも通りにヘラヘラと、けれどちょっと危ない気配を見せているズミアーノの言葉を聞いたところで、彼らに歩み寄って、ウェルミィは会話に割り込む。


「流石に、今すぐは不味いわ。ズミアーノ、痕跡はどのくらい残るの?」

「そうだねー……まぁ、一日くらいは大丈夫じゃないかなー?」

「なら、それで少し落ち着いた後に動いて貰うわ。今すぐ追ったところで、貴方一人では対応出来ない場所に逃げ込んでいる可能性があるもの。……セイファルト、それにラウドン」

「「はい」」

 

 ウェルミィ達が襲われた時、セイファルトはカーラの側に、ラウドンはヒルデとは反対側を警戒して貰っていた。

 二人とも、表情には出さないけれど、自分と同じように事態を防げなかったことを悔やんでいる筈だ。


 正直、こんなに直接的で危険なことが起こるとは、正直思っていなかった。


 何かが起こる、とは考えていたけれど、ここは大公国の重要な人物が揃う夜会の場であり、警備体制も厳重なのだ。

 まして大公国の兵だけではなく、各国の手練れまで揃っている。


 『忠告』の後は、食事や水分は摂らないように気をつけていたけれど、その程度では足りなかったのだ。


「絶対に捕まえるわよ。ーーー許さないわ」


 これは、ウェルミィのミスだ。


 あの時、ヌーアではなくヒルデをお義姉様の側に行かせていれば。

 あるいは、全員を一か所に集めて纏まっていれば、流石に計略は失敗しただろう。

 

 何よりも、忠告を受けた時点で場を辞していれば、こんなことには。


 ウェルミィは、ミシミシと音が立つ程に扇を握り締める。


「よくもヒルデを……私を敵に回したらどうなるか、思い知らせてやるのよ……!」


 するとエイデスが、扇を握るウェルミィの手にそっと、グローブを付けた左手を被せる。

 

「……何?」


 見上げると、彼は冷たい目をしていた。

 最初の夜会の断罪劇で見せていた、あの瞳。


 久しぶりに見た、彼が感情を抑えている時の色合いを、その青みがかった紫の瞳に浮かべたまま……エイデスが静かに呟く。


「不測の事態は、お前の責任ではない。そして結果、誰も死にはしなかった。……大切なものを傷つけられた怒りは分かるが、本気でやるのなら、激情は妨げになる」


 そうして、彼は耳元に唇を寄せて来る。


「犯人が敵に回したのは、お前だけではない。ーーーオルミラージュと、ライオネルの全てだ」


 言われて、ウェルミィは目を閉じた。

 

 ーーーそうだわ。


 忘れてはいけない。


 もう、ウェルミィは一人ではないのだ。

 皆が、そしてエイデスがいる。


「貴方の言う通りね。……相手は、獅子の尾を踏んだのよ」

「ああ。これは皆の責任であり、誰の責任でもなく……そして思い知らせるのは、我々・・を敵に回すとどうなるか、だ」


 と、彼は冷たい笑みを浮かべた。


「そうだろう? ウェルミィ」

「ええ、エイデス」


 ウェルミィも、彼の笑みと同種の笑みを浮かべて頷く。


 そうして、全ての処理が始まろうとした、その時ーーー〝水〟の大公ピエトロ・ハイドラが殺害された報が、飛び込んできたのだ。

 

活動報告に、 今日の更新と若干関わりのあるss『ウェルミィとリオノーラ』を置いておきますー。

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