〝土〟の大罪。
ーーー出来レース、ね。
ウェルミィは『大公選定の儀』に出揃った人々を平睨しながら、あの時のエイデスの言葉を思い返す。
〝水〟を落とす情報を、帝国は掴んでいた。
そして〝土〟の立候補者が座る筈の場所には、大公国を継ぐ資格を持たないエサノヴァ。
あの時点ではそれは分からなかったけれど、『語り部』がウェグムンド侯爵に接触していたという事実から、エイデスは〝火〟の勝利を予測していた。
『〝土〟を勝たせる気があるのであれば、『語り部』は帝国を脅して手を引かせた筈だ。しかしウェグムンド侯爵家は、そうした様子を見せなかった』
そうなると、対抗馬として残るのは、後ろ楯の薄い〝風〟だけ。
辺境伯だけでなくライオネル全体が〝風〟につかなければ、〝火〟が勝つのは確かに自明だった。
『だがそうなると、我々の予測からは外れる』
『〝土〟が勝つ、ってやつね』
『そうだ。その点については、考え直さねばならない』
エイデスは難しそうな顔をしていたが、それは彼とレオ達の問題だと、ウェルミィは割り切った。
ウェルミィとエイデスは、全ての情報を共有している訳ではない。
お互いに自分が関わる立場にないことに関しては、相手に任せるという線引きをしていた。
それは非情な訳ではなく、相手を信頼しているから。
自分達の関係は『一心同体』ではなく『伴侶』なのだ。
お互いにやるべきことをやり、必要のない隠し事はせず、その上でお互いが自分の大切なものを守る為に動く……そういう関係である。
今ウェルミィがやるべきことは、エイデスの仇を勝手に殺し、エイデスの命を狙ってヒルデントライを傷つけた人物を暴き出し、断罪することである。
「被害者である大公には、恨まれるだけの理由が幾つかございますわ」
〝無貌の殺人鬼〟の正体について言及する前に、ウェルミィは〝水〟の大公ピエトロ・ハイドラについて語る。
「我が夫の件のみならず、帝国でも内情を混乱させるような暗躍をなさっておられましたのよ。精神操作の魔薬をばら撒かせ、帝国内を混乱に陥れた……その証拠も、ございますわ」
ウェグムンド侯爵から預かった書簡には、事件や実行犯の足取りに関する情報が記されていたのである。
「ですけれど、大公暗殺が行われたのは、ライオネル王国の指図でも、帝国の指示でもございません。大公国内部の人間によって成されましたのよ」
ウェルミィの言葉に、大公の代わりに席に立つブラード・ハイドラ公爵令息が口を挟む。
「……オルミラージュ夫人。我が父の罪は一度置いておくとして、貴女は、父を殺害した実行犯をご存知であるということでしょうか?」
「ええ」
その問いかけに、首を縦に振って頷く。
実際は状況証拠だけのハッタリだけれど、こういう状況で迷ったり曖昧な素振りを見せるのは悪手なのだ。
「まず、ハイドラ公爵令息が情報をお持ちである、朱の瞳を持つ女性の件に関して。現時点で重要なのは、大公閣下の罪同様に、瞳の色ではなく『それが女性である』という点ですわ」
ヒルデントライの件が起こった時に、エイデスらと出した結論。
そしてこれまで、ライオネル内部のみで留め置いていた情報を、ウェルミィは明かす。
「一年程前、オルミラージュ本邸で騒ぎを起こしてライオネルを出奔した人物が、〝土〟と繋がりがあったことを、私達は確認しております。その人物が、大公国に逃げ込んだということも」
実際は、国の上層部と何らかの取引があって『わざと逃した』とウェルミィは考えていたけれど、そんな事は言う必要がない。
「そして脱獄現場を調べたところ、彼女は『影渡り』という魔術を使えていたことが、発覚しておりますのよ」
『影潜み』以上の、自由に影から影へと渡ることの出来る魔術。
「ーーーそれは、〝土〟の血統固有魔術ですわね? サンセマ公」
ウェルミィの言葉に、ざわり、と場がざわめく。
驚きの種類は二つあった。
一つは、ライオネルが〝土〟の血統固有魔術の『解析』が出来たという事実に関して。
もう一つは、それが要人警護や国際要請に依らず『大公国の外』で使われたという事実に関して、だ。
魔導技術の発展は、別に帝国の十八番ではない。
むしろ属人的魔術の研究に関しては、エイデス、ズミアーノ、お義姉様を擁するライオネルの方が上回っているのである。
古代の魔導具である【変化の指輪】を解析したのと同様、血統固有魔術についても、ウーヲンの件があってから本腰を入れて研究を行っていたのだ。
そしてもう一つの驚きは……外で魔術が使われたのが事実であれば、それが大公国側の『大罪』に当たるという部分だ。
大公国四公家の血統固有魔術は、厳密に管理され、大公国外での使用を国際情勢で原則禁じられているのである。
理由は一つ、危険すぎるから。
水の『変貌』も土の『影渡り』も、使い方によっては容易く国家を転覆させることが出来る魔術だ。
そして他国にも、同様の縛りがある一族が存在する。
ライオネルなら、王家がそれに当たった。
金瞳の持ち主……レオなどは『戦略級大規模破壊魔術』と呼ばれるものを操る素養がある。
おそらく、アトランテの上妃陛下も使えるだろう。
これは国家間条約によって、対人戦闘、いわゆる人族同士の戦争などで使用することが禁じられている。
魔獣大進攻などの、一種の災害に対応する際にのみ行使を許される魔術だ。
もし条約を破れば、本来は契約魔術等により即座に命を奪われる。
ライオネルで預かっているウーヲンは、まだ自分の意思で契約魔術を結ぶ年齢に達する前に失踪していたから、それを逃れただけ。
さらに、何故か〝水〟の血族を守る筈の〝影〟が彼を見失ったからだ。
『厳密な管理』というのは、一族の血を引く者が生まれた時点で記録され監視され、一定年齢に達すれば契約魔術によって縛る、ということなのである。
即ち、その管理をすり抜けて『他国で魔術を行使した〝土〟の一族がいる』ということは、出生すら秘匿された、あるいは監視から漏れた一族の者がいる。
発覚すれば、諸国からの経済制裁のみならず、一族の責任者が処刑される程に重い罪である。
ハイドラ公爵令息の顔色が徐々に悪くなっていくのに対して、サンセマ公爵の姿をしたエサノヴァは顔色を変えない。
薄く笑みを浮かべたまま、こちらを黙って見つめている。
「如何でして? サンセマ公爵……〝土〟の魔術であれば、多くの警備の目を掻い潜って大公閣下の私室に侵入することも、可能なのでは?」




