デキてるわね、あの二人。
ーーー自信家ね。
ウェルミィから見たバーンズ・ロキシア公爵令息の第一印象はそれだった。
同じ自信を秘めていても、どちらかといえば冷徹な印象のあるエイデスやウェグムンド侯爵と比べて、押し出しの強い尊大な印象がある。
年頃は、ウェルミィとさほど変わらないくらいだろう。
通り一遍の経歴くらいは知っているけれど、ロキシア公爵令息が、帝国のロンダリィズ伯爵家との繋がりが強い……要は魔導機関の開発業務提携をもぎ取って来て〝火〟と帝国の繋がりを強めた人物らしいので、その態度も理解出来る。
「ウェグムンド侯爵。オレにも、諸国に名を轟かせる魔導卿をご紹介いただけませんか?」
「それは勿論」
と、男性三人が挨拶を始めたところで、さりげなく引いたアレリラ夫人が、そっとウェルミィの側に寄ってくる。
「……少々宜しいでしょうか、オルミラージュ夫人」
「ええ、何か?」
ウェルミィがパラリと扇を開くと、両手を体の前で合わせて立つ彼女が、視線をこちらに向けないまま小さく囁く。
「『イオーラ・ライオネル王太子妃の身辺にお気をつけ下さい』と、後ほどオルミラージュ侯爵にお伝えいただければと思います。彼女は『常ならざる災厄』の鍵となる人物です」
「……お義姉様が?」
アレリラ・ウェグムンド侯爵夫人。
彼女は、現役のバルザム帝国宰相秘書官筆頭と呼ばれる地位にある人物だ。
ズミアーノの件の後にウェグムンド侯爵と婚姻なさった、という話を聞き及んでいる。
「どういう意味ですの?」
「詳しい話は、帝国秘に当たるのでお伝えしかねます。ですが、閣下のご様子から、オルミラージュご夫妻は信頼に値する人物であると判断致しました」
つまり、それをこちらに伝えるのは『彼女の独断である』ということなのだろう。
「……伝承に関わることだという認識で、よろしくて?」
お義姉様は〝精霊の愛し子〟である。
その存在は朱の瞳の一族の当主であり、同時に十二氏族の長だとも言われている。
それが、彼女の言う『常ならざる災厄』に関わりがあるということなのだろう。
「ご聡明であらせられますね」
「宰相秘書官を務められる程のお方にそう認識されるのは、光栄ですわ」
女性文官、それも国の中枢に仕える程の地位にまで成り上がったのは、おそらく諸国歴代で彼女が初めての人物である。
ウェルミィが知る限り最も職務として地位の高いヒルデントライですら、魔導士部隊の隊長程度の地位なのだ。
「……真なる紫瞳を持つ方は、稀です。その意味を、オルミラージュ夫人はご理解しておられますか」
「ええ」
お義姉様は、彼女のお母様の形見であるネックレスと魔術によって、紫瞳の持ち主であることを秘匿されていた。
連綿と受け継がれているはずの『真なる紫瞳』とやらが認識されていなかったのは、きっと〝精霊の愛し子〟とそれに関わる人々が、その存在を隠していたからだ。
ーーーウェグムンド夫人は、〝精霊の愛し子〟が重要であると考えてはいても、どういう存在かは知らない……。
ウェルミィはそう判断した。
その上で、交渉に当たる。
「血脈については、どの程度ご存じですの?」
十二氏族のことは知っているのなら、逆にウェルミィの知らない情報を、彼女はどの程度掴んでいるのか。
自己判断で話せる範囲のことで、どれだけ情報を引き出せるか。
ウェルミィが目まぐるしく考えながら、言葉を口にすると。
「貴族の起源については、多少。彼女同様に、隠者や乙女、騎士と、神爵といった存在がありますね」
ウェグムンド夫人のノータイムの返答に、内心で舌を巻く。
ーーーこの人、とんでもないわ。
ウェルミィの匂わせに対して、即座に応じた、だけではない。
ソフォイルやテレサロが災厄に対応する鍵になることに絡めて、自分が持つ情報を『伏せて』渡してきたのだ。
隠者と、神爵。
それはウェルミィの知らない情報である。
十二氏族以外にも、『常ならざる災厄』とやらに際して現れる特別な存在が他にもいる、ということだ。
そしてそれらは〝語り部〟……エサノヴァの主人にも通じる。
隠者、いうのは、〝語り部〟のことなのかどうか、は、判断がつかなかった。
神爵というのは、聖教会で教皇よりも上に位置する地位で、テレサロ同様に神の祝福を受けた存在だという。
「確認されておりますの?」
ウェルミィの再度の切り返しに、ウェグムンド夫人は初めて、微かに笑みを浮かべた。
「一人は」
「なるほど……」
彼女は情報を渡してきた。
ならばウェルミィも、一つは渡さないといけない。
「……お義姉様は、全ての頂点に立たれるお方ですわ。血脈は継がれ、鍵であるというのなら、きっと中心にいるのはお義姉様と〝語り部〟でしょう」
こちらの返答に、ウェグムンド夫人は満足そうに一つ頷いた。
「感謝致します。今後も、オルミラージュ夫人と良いお付き合いをしたいと考えております」
「ええ。叶うのであれば、大公国に居る内にもう一度お話ししたいですわね」
おそらくは叶わない願いだろう。
この国は自国ではなく、詳しい話をするには少々危険が大き過ぎる。
けれど、お義姉様の身の安全を確保する必要があると伝えてくれただけでも、ウェルミィが彼女に大きな恩を感じるのに十分だった。
そこで、話を変える。
「帝国としては、つまり?」
「ええ。ロンダリィズ伯爵家とも、帝室の繋がりは良好ですので」
帝国はこのまま〝火〟を推す。
ライオネルがお義姉様を通してそちらにつけば、大公国、帝国、ライオネルの関係はさらに良好になるだろう。
「バーンズ公爵令息は、信用に値する人物ですの?」
「ええ。クジャ公爵令嬢も」
ウェグムンド夫人の言葉に、さらにウェルミィは目を瞬いた。
ーーーあの二家は、敵対的だと聞いたけれど。
同じ〝火〟の一族だけれど、その中の二大勢力。
言うなれば、以前のライオネルにおける軍閥と文閥のような険悪に近い関係と聞き及んでいた。
こちらの反応に、ウェグムンド夫人は静かに告げた。
「……家の関係と、個人の関係は、必ずしも一致するものではありませんので」
すると、ちょうどそこに、噂のスージャ・クジャ公爵令嬢が姿を見せた。
「あら、バーンズ。抜け駆けとは感心しませんわね」
すらりとした長身の、ロキシア公爵令息よりも背の高い、こちらも赤毛の女性である。
狐目と言われる少々釣り上がった目尻に赤いラインを引いており、鋭い印象を感じる。
「相変わらず失礼な女だな。友好国の方と歓談するのは、次期大公として当然のことだろう?」
「自信過剰も大概になさっては? いかにロキシアといえど、我がクジャの良質な燃料がなければ使えぬ機関を作っているのですから」
「はん。どれだけ良いモンだろうと、テメェらは掘り出すだけだろ。技術に優れたうちに比べりゃ、ど田舎の炭鉱夫じゃねーか」
ーーーいや、バチバチ過ぎるでしょ。
仮にも他国の来賓がいる場で、よくこういう態度をお互いに取れるものだと、ウェルミィが思っていると。
「相変わらずだな。オルミラージュ侯爵の前だぞ」
ウェグムンド侯爵が、敬語すら使わずに彼らに声を掛ける。
どうやら、彼自身はある程度親しいらしい。
「おっと、これは失礼」
「オルミラージュ侯爵。クジャ公爵家が一女、スージャと申します。わたくしのこともお見知り置きを」
「ええ」
話に割り込んできたクジャ公爵令嬢に、ロキシア公爵令息は興が削がれたように肩を竦めた。
「面倒臭いのが来たので、オレはこれで失礼しますよ」
「ええ。また後日」
と、そこから少しクジャ公爵令嬢とも歓談した後、その場は解散となった。
そうして、全員がいなくなったところで、ウェルミィはエイデスに声を掛ける。
「……ねぇ、エイデス」
「どうした?」
「〝火〟って、内情が面倒臭いのかと思ってたけど、そうでもないみたいね」
すると、エイデスが不思議そうな顔をする。
「何故だ?」
「だって、あの二人デキてるわよ」
ウェルミィが読み取った瞳の色。
あの二人は、口で罵り合いながらも、お互いを見る目に熱が籠っていた。
そして、ウェグムンド夫人の言葉。
「多分、どっちが勝っても良いんだわ。両家の関係は険悪みたいだけど、将来的に解消されるわね」
ウェルミィの評価に、エイデスが小さく微笑む。
「お前は、本当に優秀だな」
「お褒めに与り光栄だわ。そっちも何か引き出せた?」
「ああ」
エイデスは、頷きながら答える。
「ーーーこの大公選定は、出来レースだ」




