とある男の盗み聞き。
「あらあら、お熱いこと」
王宮の庭園にて。
馬車に取り付けられた【虚影機】から送られた映像を魔力によって離れた場所に描き出す大掛かりな装置を前に、コロコロと笑っているのは、ホリーロ公爵夫人ヤハンナだった。
映っているのは真っ赤になったイオーラと、とろけるようなレオの笑顔である。
「……」
その映像を、目を細めて眩しい気持ちで見つめていると、ヤハンナ夫人がその横にいる女性に話しかけるのが聞こえた。
「若いって素晴らしいですわね、ドレスタ夫人」
「ええ、誠に。こちらまで胸が躍るような心地がいたします」
柔和な笑顔で応えたのは、コールウェラ・ドレスタ夫人らしい。
現王妃の教育係であり、イオーラとウェルミィの家庭教師でもあったという彼女は柔らかい雰囲気を持ちながら、その実、一部の隙もない佇まいで背筋を伸ばしている。
「幼少の頃からご覧になっていたドレスタ夫人から見て、イオーラ様とウェルミィ様はどのような方でしたの?」
親しさを示す為か、わざわざ二人の名を呼ぶヤハンナ夫人に、コールウェラ夫人が笑みのまま小さく首を傾げた。
「そうですわね……どちらも、大変ご聡明であらせられましたわ」
「聞き分けの良い子どもであった、と?」
「いえ、物覚えの良い、あるいは勘の良い子どもであった、という話ですわ」
ーーーお転婆だった、って言えよ。
ご婦人同士の会話は、とかく回りくどいといつも思う。
話を聞きながら苦笑を押し殺していると、その間にも二人の会話は進んでいく。
「ウェルミィ様は……そう、常に何かを探るような目をしておられる方でしたわ。最初は、エルネスト伯爵家の娘は彼女だけだと思っていたのですけれど」
「隠されていた、ということですの? イオーラ様は不遇を託っていたというのは、有名な話ですものねぇ」
「左様でございますね……そのイオーラ様に、わたくしを出会わせてくださったのは、ウェルミィ様でしたわ」
「あら、ご当主様に内緒でご勝手に?」
「いえいえ、正規の方法で教える相手を交代させられまして。優秀な教え子と思っていたのですけれど、熱を入れすぎてしまったらしく……どうもわたくしの指導が厳しかったようで、より優秀な教え子をご紹介いただいたのです」
わざとらしく、嘆くように額に手を当てたコールウェラ夫人は、すぐにうふふ、と扇を広げて笑う。
冗談なのだろう、同様にヤハンナも笑った。
「なるほど。どうでしたの? 本当にウェルミィ様より優秀な教え子でございまして?」
「そうですわね……手の掛からない方ではありましたけれど、手応えという意味では、ウェルミィ様の方がございましたわね。彼女は、演者ですもの」
「あら、それは不思議な評価ですわね」
ーーー確かに。
普通は、物覚えがいい方が優秀と評されるだろう。
我が身も、兄と引き比べて常に優劣をつけられて鬱屈したものだと、思わず遠い目になる。
コールウェラ夫人は、思い出すように空に目を向ける。
「イオーラ様は一度教えれば、全てを完璧にこなされてしまわれる方でございました。礼儀礼節に限らず、知識や勉学においても同様でございます。ウェルミィ様はそうではありませんでしたけれど……それは決して、劣っているという意味ではございません」
「でも、物覚えがよろしい方のほうが、教師としては楽なのではなくて?」
「物覚えは、ウェルミィ様もよろしゅうございましたわ。比べる相手がイオーラ様でなければ、教え子の中でも1、2を争うほどには」
ーーーおいマジかよ。
自分の知る限り、ウェルミィは優秀ではあったが、決して飛び抜けてはいなかった。
その後のイオーラの功績を考えれば、むしろ相手にもならない程度だった筈だ。
それが……今コールウェラ夫人は、現王妃にすら劣らないと評したのだ。
ーーーいやでも、そうか。
ウェルミィは、あの時の様子を考えれば、愚者を演じていたのだ。
ーーーああ、だから演者、か。
コールウェラ夫人は、聞き耳を立てるこちらの内心など知らず、笑みを深くする。
「元が平民の出であるとは思えないほどに、立派な淑女になられましたしね。その上で彼女は相手に合わせて淑女の姿を演じ分けることが出来るのです。時に高慢に、時に貞淑に、己が望む姿を。……それは、イオーラ様にはない才覚ですわ」
「ドレスタ夫人は、ウェルミィ様も買っていらっしゃるのね」
「ええ。御二方とも、わたくしの大切な教え子ですもの」
そこで、入口の方で仲間に手振りをされて、そっとその場を離れる。
ーーーとんでもねぇな。
二人の会話を聞いて、改めてそう思い。
ーーーマジで身の程知らずだったな。
思わず、苦笑する。
「何笑ってんだ?」
「いや。ちょっと面白い話を聞いてな」
仲間が不思議そうな顔をするのに、はぐらかすようにそう答える。
そして庭園を出ると、打ち合わせをしながら歩く。
すると厩舎へ向かう前に、どうやら庭園の中でも、摘むための花を育てている辺りに出る。
そこで、四人の男女が立ち話をしているのを目撃した。
「ほんっと信じらんない! 今の今まで休憩なしよ!? 日も上がる前から起きてるのに!」
「ねー。もうクタクター!」
その中の女性の一人が愚痴を言っていて、服装からどうやら侍女のようだ。
顔を何気なく見て、思わず驚いた。
整った顔に爪を立てたような傷痕が走っていて、歴戦の騎士のような迫力があったからだ。
もう一人は、愚痴に同調しながらもニコニコとしており、頭がハチミツ色をしている。
そんな彼女の言葉に、鎧を着た騎士のような男性が頭を掻いて、横の土で汚れた服装の庭師を見た。
「まぁ、今日みたいな日は忙しいだろうしな。ご苦労さん」
「……ウェルミィ様達の方が大変だろう。君らが休んでないってことは、あの人たちはもっと休んでない」
「それはそうだけど!」
どうやら、彼らはウェルミィ達の知り合いらしい。
随分気安い様子から、ただの侍女達ではなさそうだが。
「何だ、あれ?」
「さーな。だがまぁ、祭りだしな……連中の手元見ろよ」
仲間の呟きに、歩きながらニヤリと笑い、親指で気になったところを示す。
男連中は後ろ手になっており、そこに花束が握られていた。
「これから、夜の祭りに誘いでもかけるんじゃねぇか?」
「っか〜、羨ましいねぇ!!」
独り身の仲間がケッと吐き捨てて、目を逸らした。
「お前も帰ったら美人が待ってるし、あーあヤダヤダ!」
「誰のことだよ?」
本気でそう思ったから聞いたのだが、仲間は半眼になった。
「お前、後で殺すからな」
「いや何でだよ!?」
「ウルセェ。帰ったらチクってやる。ボコボコにされろ!」
何だか理不尽なことを言われた気がするが、それ以上追及する前に、厩舎についた。
他の仲間は先に揃っていて、挨拶を交わすと本題に入る。
「さーて、竜騎隊一世一代の一発勝負の時間だ! 全員しくじるんじゃねーぞ!」
『おう!』
応えてから、素早く全員で鎧を身につけると、厩舎から引き出した愛竜の背に乗り込む。
「アーバイン、テメェが号令しろ!」
仲間の声に……アーバインはガシャン! と兜の風防を下ろすと、声を張り上げる。
「ショータイムだッ!! 王都中に、アバランテ辺境領のヤバさを見せつけに行くぞォ!!」
というわけで、次回ショータイムです!
一体何をしようとしているのか、盗み聞き男アーバインくんの活躍にこうご期待!




