11 遠く降り続ける雨
【S(少し)F(不思議)】【少し痛い】
ある研究所に来た俺は、施設の窓から下を見下ろした。
そこには一面の豊かな緑が広がっており、今時見る事は出来ない自然が溢れる光景だ。窓に張り付くようにじっと眼下の森を観察すると、キラキラと光る物を発見出来る。
「あそこで光っている箱ですか?」
指を指して質問してみると、隣に居るこの研究所のお偉いさんは頷きながら、長い解説を語り始めたのだった。
近代では自然環境が悪化し生態系は崩れ、生き物の多くは人間による人口繁殖ばかりとなっている。
ここはその、何十年と前から人工繁殖を行っている自然環境に関する施設の一つだ。建物も古くなり劣化も激しく、そう長くは使えない施設だろう。この手の施設の多くは閉鎖され、地球上にまともな生態系なんて無くなり、地上の生態系は絶滅の一途を終盤近くまで歩んでいる。
この施設にまだ何の意味があるのか分からないが、俺は今度からここで働く事が決まっていた。
なので本日は、職場見学としてやって来ている。アンドロイドと言っても、人工知能によって人間と同じように学習しないといけない不便さを俺は持つ。労働力としては人間より無理が効くので、稼働率としては良くなるのだが。
今居る森は『環境区』と呼ばれる場所で、本日はカード管理についての研修らしい。
この小さな森『環境区』と、そのカードは動物の繁殖に必須なものである。
さっき俺が指差した箱。あれが人工子宮みたいな装置になる。そして、その中に管理するべきカードが入っているのだ。
カードは、研究施設に保管されているサンプルのDNAや、体を構築する各種タンパク質だとかなんだとか……要は精細胞や卵細胞だとか、生き物が生まれる素で出来ていて、あの箱で育てていくと動物が生まれるらしい。ここは、そんな装置がいくつも設置されている場所である。
詳しい事は知らない。
それを語るお偉いさんの言葉は耳をすり抜け、俺は深い緑の中でぼんやりと光る箱をずっと見つめていた。事前知識であの装置は、特殊な蝶の分泌液で出来ているという事は知っている。
箱は蝶の分泌液で作ったシートで構成され、虹色に輝いて水に浮いた油のような模様を映し出す。深い緑の中でそれは、一層綺麗に思えた。
カードは一定期間この装置の中に置かれて育ち、誕生した際にその生き物が暮らす地域に転送されるそうだ。
この環境区も名前ばかりで、今では環境状態が良好とは言えない。だからこそ、あの蝶のシートは外部の有害なものを防いでくれるため重要なんだとか。
このシートには使用期限がある。今、目の前にある装置はとっくに取替え時期を過ぎており、いつ壊れても仕方ない状態だった。
だが、もうシートの生産は終わってしまったらしい。
なので今の装置が壊れたら交換する物がなく、この研究所で動物を繁殖させることも無くなってしまうだろう。
隣で語る声はまだ止まなかった。
俺はその話を適当に流しつつ、目の前の自然と、生まれてくる生き物を変わらず眺め続けている。話の間にも、俺が見つけた装置のシートはボロボロと崩れ始めているからだ。
だけど中の生き物は今にも生まれそうで、転送準備も同時に動いていた。準備状態でもある、箱の一面が揺らぐようにブレて見えだした。
ブツン
と大きく千切れるような音があたりに響いた。
見れば例の装置は無くなり、代わりに周辺は霞がかって見える。霧は白く、光の加減であの虹色がゆらゆらと消えては浮かんでいた。
しばらくその場で立ち話を続けていれば、警報がけたたましく研究所内を打ち響かせ始め耳をつんざく。周囲の人間は一斉にどよめき、環境区の屋外に居る人間も建物内に避難するため走る姿があった。
騒ぎの詳細を聞けば、先程消えた装置が原因だと担当者は言う。
本来なら、あのように崩れる前に替えなくてはいけない物。使用期限もとうに過ぎ、壊れかけの装置を使っての育成が上手くいくはずもなく、内部はかなり不安定な状態になっていたそうだ。
内部にあるカードも装置の保護を対して受けられず、破損や汚染を抱え成長していった。今回生まれた個体は生まれながらに病にかかって誕生したと、担当者は画面を見つつ解説した。
その病気の正体は判明してないが感染病らしく、転送先に行って周囲の動物に感染させて回っているらしい。感染源の動物には抗体が出来ているため、死なずに被害を拡大させている。異常の出ているものが次々と確認されていると聞かされた。
ずさんだなとは思ったが、物資も無く惰性で行われている閉鎖間際の施設だ。こうもなってしまうのか。
そこで俺に出た初任務は、その感染源の捕獲と回収である。地図で位置を確認し、研究所を早々に出た。
建物の外は環境区とは似ても似つかわない。
一面茶色い荒れた土地が見え、岩が時折ある以外、草木の一本も生えてはいないのだ。
歩き始めると雨が降ってきた。雲は暗く濃い赤紫色にうずまき、ポツポツと体を刺す雫が落ちる。
強い酸性雨。
俺はコートのフードを頭に被り走り出した。多少だが耐性のあるコートなので、帰るまでもってくれよと願う。
小雨はどんどん激しさを増していった。細い、鋭い針のような酸性雨が、コートから露出している手や顔に刺さる。チクチクと痛む肌の表面は、次第に丸く黒い穴が空いていく。顔や手足は黒い斑点が段々と増えてきて、肌色の部分が溶け消えていく。黒い穴に深く侵食されるごとに、少しずつ痛みが増し、走る足を急かすのだ。
顔を上げ、生き物が居るとは思えない広大な大地を見渡す。
どこまでも、どこまでも遠くまで、糸のように細い雨が地面を刺していた。
2004.11.29
今回は悪夢っぽくない夢をお送りしました。
どの辺から悪夢なのかの判断は難しいところです。
とりあえず、ラストは酸性雨に打たれてこの後死にそうな終わりだったので、載せてみました。
ちなみにこのアンドロイドも『アンドロイドは〜』のあいつです。
彼の出て来る夢は今のところこの三つでお終い。
もう十年くらい出てこないので、多分この酸性雨で死んだのかなと思います。
それと遅くなってしまいましたが、当時の夢日記のメモを載せたほうが良いかと思い掲載します。
ネタバレになるため日付の部分のみ。それと当時の拙い殴り書きの絵とか黒歴史なのでお察しください。
短編に載せられそうな夢日記のメモを、実家より発掘してコピーしてきました。
それでは皆様、今夜も良い夢を。




