09 深く塗りつぶされた黒いあな
【対人恐怖注意】
俺は何処かのリビングに居た。
誰の家かは分からない。
温かみのある白熱色で照らされてる室内は、ナチュラル色の明るい木材の家具と、ソファーのクッションに萌黄色みたいな明るく、少し落ち着いた色合いでまとめられていた。
俺の他には五人、知り合いがテーブルを囲んで談笑している。
その中で、ソファーに座った俺は出されている冷たい麦茶を飲みながら、一緒に何かの話題に花を咲かせていた。
そこに突然、俺の向かい側に座る友人達の背後にそいつが現れた。
体はやけに細長く、骨格は男に見えるが、骨ばっても関節の節すら見えない長細いそいつは、暗い灰色で身を包んでいた。身長は190センチ以上はあるだろう。かなり長身で、そのくせ腕や胴体は子どもと同じくらい凄く細い。服装は、なんでか判断できない。
だだ、そいつの首から上は普通の人間の物ではなく、白っぽいコンクリのブロックが乗っているだけだった。
長方形のブロックを横長に構え、そこにはペンキで塗りつぶされた様な黒く、深い紺色を混ぜた形容し難い虚ろなあなを、大きな目をこちらに向け立っていた。
俺は無言で近寄り、そいつの胴を軽く手で払う。ふわっと掻き消えるようにそいつは何処かへ消えた。
周りは話に夢中で、立ち上がった俺に向かって「どうしたの?」「なに急に立ち上がってんだよ?」「麦茶のボトルこっちだよ」なんて声をかけていた。
適当に返事を返して、座っていたソファーを振り返る。と、そこにはまた、そいつがいる。
俺を見つめたままだ。
少しむっとしてきて、俺は二、三歩でたどり着くソファーに大股の早足で向かう。
「何の用だよ」
と一言言って返事は無く、腹を一発殴る。手応えは分からない、拳が当たる前にそいつは消えた。
ソファーに座り顔をあげると、まだそいつは皆の後ろに立って俺を見ていた。黒いあながこちらを覗く。
急いで立ち上がり、駆け出して手を伸ばす。触れるかどうかのところで、そいつはまた、消えた。
「なぁ、さっきから居るこれ、なんなんだよ」
俺は振り返って皆を見た。そこには、恐怖に染まる目が並んでいる。
俺の隣に、また現れたそいつは並んで立っている。嫌な予感のまま、視線をそいつに向ける。そいつは何も言わないまま、周りの皆を見ていた。同じように、俺も皆へ視線を動かす。
誰一人、俺の隣を見ている奴は居なかった。
「えっと……いや、ここに……」
また、隣のそいつに目を向ける。そいつは、皆の方を見たままだった。眼球の向きなんて無いから、方角として皆の方向にあるだけだ。
さっきまで椅子に座っていた五人は一塊に集まっている。皆、俺の方を見ている。
慣れ親しんだ顔は、見たこともない誰かの顔になっていた。目が並んでいる。
幻覚なのか。
俺にしか見えない幻覚なら、皆には、俺の方が気味の悪い化物なのか。
そう理解した。隣のそいつは、いつの間にか俺を見ている。高い上から真っ黒なあなで俺を見ている。
「誰だよ、てめーは」という言葉を飲み込んだ。「俺の方こそ、なんなんだ」と同時に思った。
「ぁ……じょ、冗談だよ。皆騙されてやんの〜……」
俺がぎこちなく口元を上げ、皆に向き合う。見たことのない目が俺を見ている。
いつの間にか、そいつも皆の後ろに立って俺を見ている。真っ黒に塗りつぶされた大きな目が、沢山俺に向かっている。やめてくれ。
「どっきりした?だよねー。迫真の演技?」
俺の言葉はどこにも向かう事無く、部屋の中で消えていく。
自分ですら、動く口に反して目が笑えていない事を実感していた。だから、その目をやめてくれ。
誰一人、返事を返さず同じ方向を見つめる。目が沢山固まっている。どこを向くのでもなく、こちらをただ見ている。誰の顔なのか分からなくなってくる。同じ目が沢山並んでいる。塊がある。目が、いくつもの目が並んでいる。
コンクリを塗りつぶしたそいつも俺を見ている。腹の底を見透かすように何も言わずに俺を見ている。
白く青みがかったコンクリに、グチャグチャ塗りつぶされたような暗いあなが二つ向かっている。
焦りに変な汗が体をつたう。口元だけが必死に取りつくった笑顔を作る。段々と、懇願するように目が見開いて閉じなくなる。目の前の沢山の目は、瞬きもせずに見据える黒いあなが並んでいる。顔の見分けが付かない。顔や体の境目が分からない。目だけがあって、他は一塊に混ざって、一つの塊みたいだ。一番後ろに立つ、そいつとは違う目が並ぶ。目が、否定と拒絶の恐怖の目が並ぶ。
コンクリのそいつは、俺をまだ見てここに居続ける。恐怖に駆られて俺を見る皆の後ろで、恐怖に見つめ返す俺を高い所からただ見ている。俺の底を眺めている。視線を暗いそのあなに向けた。
口もないのに、笑った気がした。
目が 目が
まだ俺を見続けている。
2016.01.07
年明けて七日目の正月早々からこんな夢ってなんだこれは。
って、久し振りに嫌な夢を見たので、08の後編仕上げてないのに上げてしまいました。
後編は後日仕上げて、この話の前に挿入します。
でもやっぱり、リアルタイムな方が書きやすいですね。実体験だし。
今年もまた、良い夢を。




