第五話 Relight(リライト)
――まぶしい。
まぶたの裏には、まだ炎の残像が揺れていた。
目を開けると、そこは「知らない天井」だった。音も、匂いも、何もない。無菌室みたいに静かな空間。
私は、ベッドの上にいた。
薄い毛布。点滴の針。消毒薬のにおい……医務室。
「あ……」
喉が、からっからだった。なんかうまく、声が出ない。
私……、倒れたんだっけ。試験の、最後で。
「気がついたか。」
低くて、静かな声がした。
そちらを向くと、そばのソファにひとり、若い男性が腰かけていた。
マスクで顔の半分は隠れている。声だって、あの頃と全然変わっている。でも、それでも私は……。
「あんなぃ……。してくれた人……?」
掠れ声の私に、彼は水の入ったボトルのキャップを開けて、手渡しながら言った。
「そうだよ。びっくりした。あれは、さすがに、想定外だった。」
蒼葉――。
思わず名前を呼びかけそうになって、寸前で止めた。
私には、分かっている。この人が誰か。目が合ってすぐに、私の中に、懐かしい夏色の景色が、浮かんできたから。ああ、やっとまた、会えたんだ。
嘘みたいな、現実味のないような再会が、確信に変わったのは、君がまた、手を握ってくれたときだった。
でも、今の蒼葉にとって私は、「日向灯里」じゃないほうがいいのかもしれない。
あの時のことを、思い出させたくないから。あの、火傷のことを。今も彼がマスクの下に隠し続けている、悲しい過去のことを。
私のせいで、蒼葉は……。
私は、スカートの腰の折り目を戻しながら、ちょっと足の方に裾を引っ張って、ゆっくりとベッドに座り直した。
「……ありがとう、助けてくれて。」
そう言って、私は笑顔を作った。
本当は、涙が出そうだった。胸の奥の方が、ジリジリと焦げるように熱くて。でも、この感情は抑えなきゃ。絶対に。絶対に。
「大丈夫。君の身体に異常はないって。医療チームが確認してる。いきなり能力を使いすぎたからだろうってさ。あと、君の炎は、制御機器の不具合で起こった『事故』ってことになったから。」
「事故……?」
「そう。事故。だから、配属先の再検討も含めて、しばらくは検査対象扱いになるそうだ。」
「待って!」
私は咄嗟に問いかけた。
「『配属』って、何の話?私まだ、この島を見に来ただけなのに!ねぇ……!」
蒼葉は、一瞬だけ、部屋の天井の角をちらりと見た。
「もし歩けるなら、気分転換に場所を変えよう。案内係の俺に、ついてきてくれる?」
彼は、私に何かを伝えようとしている。そう感じた私は「うん」と返事をして、彼について行った。
私が飛行機に乗ってこの島に着いたのは、お昼前くらいだったのに、あたりはもうすっかり夜になっていた。蒼葉は私の手に、触れるか触れないかくらいの距離を保ちながら、私をどんどんと人気のないところへと連れていく。
私にはその仕草が、彼の秘められた本心のようなものを示している気がして、次に彼が振り向く瞬間が、怖くなってしまった。
先ほどまでいた、中央北の管理塔エリアを出て、そのさらに北にあるデータセンター街区というところまで来て、蒼葉は歩みを止めた。
「なあ、落ち着いて、聞いてほしい。この施設は……」
私はもう、自分を抑えられなかった。
「私、私、あなたを傷つけてしまってから、ずっと、ずっと……」
そのとき、私の声を遮って、強い風が吹いた。
「あれまあ、迷子かと思って来てみたら、駆け落ちですか?わたし、そういうの好きなんで、続けていいですよ。」
声がする方向は、「上」だった。
巻き起こる強い風、その上に、人が、浮いている。
「従業員番号7340番さん。新入社員研修で、教えてもらったはずですよ。ここ、立ち入り禁止なんです。」
「事業、部長……!」
蒼葉が事業部長と呼ぶ、麦わら帽子に白いノースリーブワンピースを着た謎の若い女性は、私たちの方へ、まるで天使のように、舞い降りてくる。
「ついてますからね、GPS。どこ行ったって、わかっちゃいますよ。職員は。」
蒼葉は表情を作り直す。そして、ぎこちない顔で会話を続ける。
「すみません、彼女の気分転換にと散歩をしていたら、迷ってしまったみたいです……。それにしても、再エネ発電事業部長が直々に、こんな新入社員を捜しに来て下さるなんて、嬉しい限りです。」
事業部長と呼ばれる生き物?は、クスクスと笑って言った。
「お空散歩の延長です。最近、天気もいいので、お風呂前のルーティンにしてます。夜街は蓄電池やらLDESやらで回してるので、ノープロブレムなんですよ。すごいですよね、この島。」
蒼葉は作り笑いのまま話し続ける。
「僕たちなら、大丈夫ですから、事業部長はお散歩をお続けになられては……。」
天使は指をこめかみに押し当てながら、唇をキュッと上げて、困ったなとでも言いたげな顔をしてみせて、言い放った。
「お散歩半分、業務半分なんですよね、これ。ちょっとした業務命令なんですよ、お父さん……えっと、社長からの。だから、連れていきますよ。」
「ええ、分かりました。立ち入り禁止区域に入った処分なら、明日しっかりと社長のもとへ伺って謝罪させていただきますので、もう少しだけ、お時間をくださいませんか?まずは日向さんを医務室へとお送りしてからと……」
天使は首を傾げる。
「ん?なんか勘違いしてません?わたしが連れていくのは、そっちのかわいい女の子の方です。一緒にお風呂でも入りません?あとで。」
「わかりました。でしたら改めて、僕がお連れしますので……」
天使の表情が変わる。まるで、氷のような視線だった。
「ねえ、7340番さん。光栄電力株式会社の社達第一号就業規則第四条『業務における上司の指図には従うこと』って、ご存じですよね?お静かにしましょうか、そろそろ。わたしと一緒にお風呂に入れるのは、女の子限定です。」
蒼葉が拳を握りしめる。
「なあ、あか……うっ!」
「お口チャックですよ。業務命令です。」
冷たい風が轟々と吹く。
「承知……しました。」
風を受けた蒼葉は、俯いてそう呟いていた。このままじゃ、蒼葉が私のせいで処分されちゃう。そう思った私は、目の前の天使もどきの目をしっかりと見て、言った。
「待ってください。この人は、私を案内してくれていただけです。ここに行ってみたいと言ったのは私ですから、処分なら私が受けます。」
天使もどきは微笑んだ。
「誰も処分なんてしたりしませんよ。それより、わたしと一緒に来てくれませんか?『配属』の話もしたいですし。お父さんにも、会って欲しいですし。」
「待ってください!この能力者の配属は見送られたはずではないですか!」
蒼葉が必死に訴える。
「あらあら、この子のかわいい寝顔に気をとられて、社内決裁メール、見てないですね?彼女、合格になりましたよ。社長決裁で。最終試験の動画で一発合格だったそうです。すごいですよね!それに、なんです?そんなに彼女がこの島で活躍するのがいやなんですか?わたしたちは、彼女が自由に能力を使って輝ける場所を、彼女の『居場所』をご用意したいだけなのに。あなたはそれを邪魔するんですか?かわいい彼女のこと、独り占めして閉じ込めて、箱入りさんにしちゃうんですか?あなた自身の私益のために。」
蒼葉が何かを叫ぶ。その声は、突然の強風の音にかき消される。
「さあ、日向灯里さん、でしたっけ。あなたの綺麗な綺麗な炎。もっとみんなに必要とされる場所で、使ってみませんか?あなたはもう、何も隠す必要なんてないんです。」
私の身体が、ふわりと宙に舞う。嫌だ!そう叫んだはずの声が、風に掻き消される。
「ほら、コンタクトを外して、綺麗な色違いのおめめを見せてください。」
そう言われても、私は頑として外そうとはしなかった。それより、早く蒼葉と話したい。どうにか、この風から逃れないと……!
もがこうとしても、身体が動かない。けど、私の手には、微かに炎がみなぎっている。
やるしか……ない!
蒼葉の手の、感触。それを思い出して、私は炎を作り出す。炎は玉のようにポコポコと湧いて、少しずつ大きくなっていく。
「へぇ、綺麗な炎。青いんだ。初めて見ました。」
余裕の笑みを浮かべる彼女に向けて、私は目を瞑って炎を向けた。ほんの一瞬でも、彼女の風を止められればいいと、考えたからだった。
しかし、炎は思うように伸びず。静かに消えていった。
「だめですよ、疲れてるんですから。わたしとゆっくり休みましょ?ね?」
私の身体は風に包まれ、どんどんと空へと、彼女の方へと引き寄せられる。
「嫌だ!助けて!」
今度は声に出た。でも、その声はもう、蒼葉には届いていないように見えた。
「心外ですよ。あなたを助けるのは、わたしです。能力者でもない人に、あなたのなにがわかるというんです?たとえあなたたちに愛が育まれたとしても、あなたはきっと、彼を傷つける。彼もまたきっと、あなたを傷つける。」
「そんなの……!」
私の声を遮って、彼女は続ける。
「そんなの決めつけないで。そう言いたい、違いますか?違わないんです。だって現にあなたは、あなたの能力と、なかよくなれていない。」
なかよく……?何を言っているのか、わからなかった。
「わたしと来れば、わかりますよ。誰も傷つけない、力のやさしい使い方。知りたいでしょう?それに、わたしはあなたと仲良くなりたいんです。ねえ、ちょっとだけ、いいでしょ?」
彼女の真意はわからない。それでも、「誰も傷つけない」ための方法を、本当に彼女が知っているのであれば――。
現に、彼女の風は、私たちを捉えたり遮ったりはするものの、痛めつけたりはしていない。むしろ、この拘束にも、温かさすら感じる。それが、不気味で、気持ち悪い。気持ち悪いのに、どうしても、この人が私に向けているものは、悪意ではないのだろうと思えてしまう。
この感覚、最近どこかで、あった。
そうだ、あの動画の語り手の声に、似ている。
蒼葉が何かを言っている。あたたかい風に乗って聞こえた声は「行ってらっしゃい」に聞こえた。
「風って色んなことできて、便利なんですよね。あなたの炎も、もっと綺麗に、色んなことができるようになりますよ。彼と『再会』するのは、ちゃんと能力が使えるようになってからのほうが、きっといいですよね?」
彼女が私の手を取った。すべて、お見通しと言ったような顔だった。
私は、彼女の導くままに、柔らかな風に押されて、その場を去った。
「ちょっとは心、開いてください。手荒な形になってしまったのも、ふたりのお邪魔をしたのも、申し訳ないと思ってます。」
また、管理塔の正面の道に戻ってきてしまった。横を浮いたような足どりで歩く、楓という名らしい彼女は、私の機嫌を取ろうとしてる。
「大丈夫です。きっと、あなたは自分の力となかよくなれて、彼ともいいお友達になれますよ。でも、その前に、わたしともなかよくしてください。それが、わたしの条件です。それ以外は、あなたに必要なものは、ぜんぶ渡します。いいでしょ?灯里さん。」
頷く私の心は、なぜかザワザワと揺れていた。蒼葉とちゃんと、話せなかったから。きっとそれが、燃えきらないような引っかかりとして、残っているのだと思っていた。でも、どうしてか、この人と並んで歩いていることそれ自体に、起因しているような気もしてきて、この人のことを過度に警戒するのは、したくないような気がしてきていた。
それが、この人の放つ、初夏のようなやさしい風のせいだとわかるのは、もう少し後のことだった。
家の扉が開いたとき、私は思わず立ち止まった。
「ここ……、ちゃんと人が住んでるんですよね?」
「もちろん。わたしです。」
楓さんが、なぜかニンマリとした顔で頷く。改めて見ると、スタイルの良い、お姉さんのようでいて、年下のような顔。本当に、不思議な顔をする人だと思った。
外観はちょっと高級そうなフロア貸しマンションの1階だった。ただ、中に入ると、そこにはまったく生活の気配がなかった。床も壁も真っ白で、家具は必要最低限。リビングには無機質なテーブルと、一脚のチェアだけがポツンと置かれていた。
「寝室と、書斎と、あと――、トイレ。」
楓さんは、まるで施設案内のように淡々と指さしていく。本棚も、テレビも、時計すらもない。かろうじて化粧台と化粧品らしきものはあるけど、ぬいぐるみも、ちょっとした植物も、飾られた写真とかも、ない。私は一瞬、息を呑んだ。
「本当に……、何もないですね。」
「要りますか?」
「え?」
「飾っておくものとか、誰かを思い出すものとか、わたしにはそういうの、よく分からないんです。」
そう言って、楓さんはふっと笑った。それはどこか、寂しさと諦めが混じったような、でも穏やかな笑顔だった。
「わたしのお母さんは、わたしが幼い頃に、病に倒れて亡くなりました。覚えていることは、ほとんどありません。そして、お父さんは忙しい人だったので、小さい頃から、わたしは自分のことは全部自分でやっていました。だから、要らないものはすぐ捨てる習慣がついちゃって。」
「そう、なんですね。」
「能力者だと、いくら色違いの目を隠してても、『普通』のお友達、作りにくいじゃないですか。だからわたし、ずっとひとりだから、何もいらないままでした。」
私は黙って頷くしか無かった。
「でも、ここだけは違うんですよ。」
そう言って案内されたのは、奥の扉。その先に広がっていたのは、まるで旅館のような、広々とした『お風呂』だった。
木の香りのする脱衣所、石畳の床。檜造りの湯船からは白い湯気が立ちのぼっていて、ほんのり硫黄の匂いすら感じる。窓の向こうには小さな坪庭まで設けられていた。
「ここ、本当に、自宅ですか?」
「はい。わたしの、一番好きな場所。」
そう言って、楓さんはバスタオルを肩にかける。
「お風呂って、命の洗濯だって、昔どこかで見たアニメのキャラが言ってたんです。強くて、優しい女性で、大好きでした。」
私は、心が軽くなるのを感じた。それが危うい瞬間であることは、重々理解していた。それでも、さっきまで、何もかもが冷たく感じていたのに、この人の言葉には、なぜか火のような熱がある。静かで、でも確かに、あたたかい。だから、危ない……。
「入っていきます?」
「えっ、あ……私は……。」
「疲れてるでしょ。それに、これを見て入らない日本人がいますか?ババンババンバン、バンですよ。」
楓さんの視線はまっすぐで、なんだか、少しだけ、かわいかったので困った。
「誰かとお風呂入るの、子どもの頃ぶりですけど……でも、灯里さんなら、いいかなって思ったんです。あったかそうだし。」
後から思えば不思議だけど、その一言が、決め手になった。
「じゃあ、少しだけ。」
私は、思わず微笑んでいた。
制服を脱ぐ。コンタクトを……外す。
人前で、この目を晒すこと。それがどれだけ苦しいことかを、私は知っていた。でも、一緒にいる人が、「同じ」なら。そんな心配、いらないのかもしれない。
楓さんは、タオルすら持たずに、驚くほどに真っ白で全部がすべすべな肌を、なんの惜しげも恥じらいもなく見せて、湯船の前でこっちこっちと手招きする。この仕草を見ていると、私の抑圧されたような気持ちは、少しずつ、和らいでいったように感じた。
湯船に浸かって、しばらく経ったころ。
「ねえ、灯里さん。」
「はい?」
「灯里さんには、夢って、ありますか?」
「夢、ですか?」
考えたこともなかった。私はずっと、自分の能力に邪魔をされ、後ろ指を差され続ける人生の中で、いつしか前を向くことを忘れてしまっていたらしい。
黙り込む私を気遣ってか、楓さんはそのまま続けた。
「わたしには、夢があるんです。それは、わたしたちの、能力がないと成しえない夢です。わたしのお父さんの夢でもありますけど、わたしの夢でもあります。」
「それって、どんな夢ですか?」
楓さんは、少しの間だけ目を閉じた。そして、柔らかな声で言った。
「みんなが、能力を隠さずに生きられる世界。自分の力が『誰かの役に立ってる』って、感じられる社会。そういうの、素敵だなって思いません?」
「はい、思います。」
心が、ふわっと浮き上がった気がした。
この人の言葉は、どこか理想論にも聞こえるけれど、でも、確かに、私の中の熱く燃えるような部分に触れてくる。
「私は、誰かに……いいえ、蒼葉に。私の火を、また『きれい』だって言ってもらいたいんです。」
力のコントロール方法、この流れで教えてくれたりしないかなと思った部分もあったが、次の瞬間、楓さんは私の右手を、両手でぎゅっと握りこんできた。
「ねえ、灯里さん。」
「はい。」
「見て、あなたの『火』、すごく綺麗ですよ。」
気づけば湯船の周りには、いくつかの灯篭が輝くかのように、小さな火の玉が舞っていた。
「ね、綺麗。わたし、いま心からそう思ってますよ。」
私の心の奥底で、小さな何かが、確かに「溶けた」気がした。
そして私は、はじめてこの天使のような強い女性に、ちょっとした憧れを抱きはじめてしまった。
湯冷めしないような、ちょうどいい温度の夜風が心地いい、そんな夜だった。
お風呂から上がったあと、楓さんは淡々とバスタオルを干し、風の能力で髪を乾かし終えると、ぽつりと言った。
「今夜は、一緒の部屋で寝ましょうよ。」
「ありがとうございます。でも……。」
「これも、灯里さんの力となかよくなるための、大事なステップですよ。」
そう言って彼女がタオルを頭に乗せたまま笑ったとき、どこか、妖艶な若い女性の表情をしていた気がして、私はつい「ぜひ」と頷いていた。
「こっちおいで、髪、乾かしてあげます。あと、今日はわたしの服、着てもいいですよ。制服だと寝にくいでしょうし。下着もまだ着てない新しいのがあります。サイズ……合うかわからないですけど。」
楓さんの寝室も、やはり何もなかった。けれど、ベッドだけは広く、白く、清潔で、石けんみたいなやさしい香りがした。もちろん、所々焦げてなんか、いない。
「灯里さんって、寝相いいですか?」
「うーん……たぶん、普通です。」
「よかった。わたし、寝相が良すぎて、死体って言われたことあります。」
「それ、いいことなんですか……?」
「いいことですよ。」
二人で笑って、枕を並べる。
天井を見上げながら、しばらく無言の時間が続いた。
「私、火が出るのが、ずっと怖かったんです。」
楓さんは黙って、ゆっくりと私のほうを見た。
「でも、こんなふうに、誰かと一緒に能力の話をしてたら、私の火も、ほんの少しくらいは、大事な私の一部なんじゃないかって、味方になってくれるものなんじゃないかって、思えているんです。ずっと、大嫌いだったのに。」
私、どうしてこんなこと、この人に話してしまっているんだろう。そう考え込みそうになったとき、楓さんはそっと私の手を取った。やわらかくて、でも確かな感触。
「すごい。もうそれが答えですよ。それが能力との『きずな』です。」
「きずな?」
楓さんは続ける。
「能力って、『感情』で動くじゃないですか。特に、好きだ!大切だ!って気持ち。だから、灯里さんがその力のことを信じて、愛したとき、その力もまた、灯里さんを信じ返してくれるのかもしれない。わたし、そう思ってます。能力と能力者の関係って、運命で結ばれた赤い糸みたいなものなんです。だから、大切に、愛してあげてくださいね。」
そう言って、彼女はちょっとわざとらしいあくびをして、目を閉じた。
この人といることの、目的は果たされた。今すぐここを、逃げ出したっていい。でも、このときの私は、気づけばそっとまぶたを閉じてしまってた。暖かいそよ風が、私を包み込む。
――灯里さん、いい夢見てくださいね。
聞こえた気がしたその言葉に、返事をする前に、私の身体は夢の中へと溶けていった――。
2025/05/10 内容の一部を修正。末尾部分を次話に移行。
2025/05/17 表現を微修正し、第四話→第五話へ。




