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天照の灯  作者: 早田 サナカ
【スピンオフ】Until You Lightened Me
18/18

Deux gouttes d’eau

「聞いてよ羽音(はのん)。マジでさ、普通付き合って一週間で浮気とかする?」

「だからやめときなって言ったじゃん。」

「えー。いい男だと思ったんだけどなぁ。」


 お姉は、絶望的に男を見る目がない。

 浮気男に引っかかるのはしょっちゅうだし、この前なんか、「妹ちゃんにも交ざってもらおうよ」とか言い出す性癖最悪野郎(ゴミクズ)に捕まってた。


「お待たせいたしました。」

 うちらのテーブルには、意識してないのに全く同じになったチーズバーガーセットが置かれた。

「ね、今の店員さんイケメンじゃない?」

 お姉は、すぐこの調子なので、困る。お姉の手から溢れる、みずみずしい()を見ないふりして、笑って、ごまかす。


 本当は、お姉が欲しい言葉はわかっている。次がんばれって応援とか、それ酷すぎるねって共感とか、そういう言葉が、そういう「妹」が、お姉はきっと好きだと思う。

 でも、うちはいつも、間違えてしまう。間違えたく、なってしまう。

「お姉さ、しばらく付き合うのとか、やめたら? 最近ずっと、彼氏ばっかだったじゃん。」


 ポテトに伸びていたお姉の手が、止まった。

「それはさ、違うじゃん。だってうちら華のJKよ、恋して恋して楽しまないと! おばさんになってからじゃ遅いぞ〜!」

 お姉はポテトを一気に5本くらい掴んで、豪快に口の中に入れた。


「そういえばさ、あんたの方はどうなん? あんた彼氏いるって爆弾発言してから、全然話してくれてないじゃん。うまくいってんの? どこまでいった?」


 どこまで……ねぇ。

「そのことなんだけどね……。」


 うちからは、自分でも驚くくらい暗い声が出てきていた。

 お姉は、それでも、聞かせて聞かせてと、少女のような目を、うちに向け続けていた。

 そして、お姉の周りに、パッと小さな水の雫が広がったように見えたとき、うちは、「妹」をするしかないんだと、気づいた。


 自分の口が、自分じゃないみたいな口調で、自分じゃないみたいなことを、喋っていた。

 彼とは順調とか、あれしたとか、これしたとか。

 本当は、ちゃんと手すら繋いだこともないのにね――。


 いつからだろう。

 うちが、うちじゃない何かを、ううん、お姉にとっての「妹」を、するようになったのは――。



 うちらは、温かくて、「普通」な親のもとにうまれた。アウトドアが大好きなパパとママに連れられて、ふたりの座席が並ぶチャイルドシートに乗せられて、お花見にも、海水浴にも、紅葉の山にも、雪の積もった牧場にも……行った。いっぱい、いっぱい、笑いあった。お姉と……、いっぱい。


 でも、そんな日々は、急に終わりを告げた。大雪の夜の帰り道、凍った坂道は、ママの運転する車の自由を、奪った。

 あのとき、パニックになって叫ぶママの声と、どうにかしようと頑張っていたパパの声が、していた気がする。

 でも、気づけば、次に聞こえてきたのは、お姉の泣き声だった。お姉は、うちよりも早く、パパとママの身体が、もう二度と温かくならないことを知ったようだった。


 毎日、毎晩、泣いて、泣いて、泣き続けるお姉の涙は、お姉の力となって、宿った。

「大丈夫。私がずっと、そばにいるよ、ずっと一緒だよ。」

「ありがとう、羽音。」

 パパとママが亡くなったことは、本当に悲しかった。でも、それよりも大きな、()()()()()()()()()()()()()の安らぎを、うちは強くありがたがって、お姉の手を握り続けた。お姉には、自分しかいない。そう思うことで、うちは自分を、大切にできたんだと思う。

 うちの力は、そんな(ゆが)んだ想いによって、気づけば宿っていたものだった。思えば、このときから、うちとお姉の心には、大きな溝があったのかもしれない。


 中学生になったくらいから、うちらふたりの溝は、どんどんと目に見えるものになっていった。

 お姉の机の周りには、いつも人が集まっていた。

 うちの机にあったのは、小さな詩集だけだった。


「ええー? それで、どうなったん、付き合うん?」

「うん……。やばい、よね?」

「あたりまえじゃん、すごいよ海音(かのん)! うちらがアドバイスしたかいがあった!」


 お姉には、かわいい女の子のお友達がたくさんできた。「普通」の女の子って、こんな感じなんだろうなって、うちはそれを眺め続けた。

 でも、眺めているだけじゃ、いつか本当に置いていかれるような、お姉が離れていってしまうような気がして、うちは焦り始めた。


 そして、高校生になるとき、うちは、お姉に言った。

「私……、ううん、うち、お姉みたいになりたい。お姉みたいになれたら、ずっと、ずっと一緒に、笑っていられる?」

 お姉の雫は、パッと弾けた。


 俗に言う「高校デビュー」を果たしてしまったうちは、また、お姉と「セット」みたいになれた。

 けど、同じような顔でも、同じような声でも、同じような服を着てても、選ばれるのはお姉のほうなんだと思った。

 別に、それはそれでよかった。正直、付き合うとかめんどくさいだろうし、そんなに楽しくもなさそうだから。

 それでも、やっと近くに戻れたのに、「彼氏」とかいうぽっと出のやつに、お姉は何度も奪われる。

 ねえ、お姉は、うちより、そんな奴らが大事なの?

 ねえ、お姉は、もう、うちのこと、要らないの?


 男と付き合えば、お姉の気持ちも、わかると思った。そういえば聞こえはいいけど、お姉にちょっと、「妹」がいなくなるかもって気持ちになってほしくて、うちは安っぽい告白の言葉を受け入れた。


 勉強のできない「彼」の、唯一のすごいところは、ギターが弾けること。曲を作れること。

『ねえ、その言葉、たしかハナモリとかいう人の詩からの、引用だよね?』

 そして、なぜか詩を好むこと。

『学校にいるときと、全然雰囲気違うんだね。こっちの方が、羽音さんらしくていいよ。』


『音楽ってさ、人の一番大事な思い出を、ちゃんと留めてくれていて、思い出させてくれる。だから、好きなんだ。』


『いつかさ、羽音さんと一緒に、歌を作りたいな。歌詞は任せていい?』


 そういえば、そんな約束してたっけ――。



 追憶から覚めると、うちはまだ、姉に向かって「妹」をしていた。よくもまあ、こんなにも嘘が次々に出てくるものだと、自分のことながら感心する。

 でも、これで、お姉が離れないなら……。そんなことを思いながらも、うちの頭に浮かぶのは、昨日の出来事だった。


 本当は。

 うちは昨日、「彼」と別れた――。


 部活に向かうお姉を見送って、うちは昨日、「彼」のもとに向かった。

 相変わらず勉強もせずに、学校を早退して、河川敷でギターを背負って立っている彼は、やっていることはただの不良なのに、どことなく真面目な雰囲気を放っているので、不思議だ。


『来て……くれたんだ。ありがとう。』

 会うのは、いつぶりだろう。


『曲、聴いてく……?』

『完成したんだ、おめでと。』

『いや、完成は、してないよ。』

 彼は溜息をついた。


『じゃあ、弾くから。』

 そう言って、彼は、ギターを手に取った。


 温かい感じがした。嗅ぎ慣れた匂いがするような、懐かしい触感があるような……。

 ふと、旋律に浮かんだのは、お姉との時間だった。ずっと、ずっと、留めていたい景色。うちは……、私は、お姉の手を強く握っていた。お姉は私を、確かに必要としてくれていた。その記憶だけが、私を強くしてくれる。なのに、その記憶が、私をこんなにも不安にして、弱くする。


『涙、拭きなよ。』

 気づけば彼は、数枚のポケットティッシュを手渡してきていた。

『ありがとう。』


 そして、しばらくして言った。

『歌詞はもういいから、せめて、タイトルだけでも、つけて欲しいな。今の曲から、何が浮かんだ?』


『握る、手……。』

 気づけば、そう、答えていた。


『そっか。君は僕の曲に、僕の知らない誰かを、重ねるんだね……。ありがとう。でもやっと、僕も、気持ちが整理できそうだよ。君にはずっと、ずっと、僕の声なんて、届いていなかったんだね。』

 そう言い残した彼の背中を見ていても、うちの手には一滴すら浮かばないのだから、笑える。

 本当に、うちって、嫌な人間だ――。



「ねえお姉、さっきまでの話さ、忘れて。ほんとのこと、言うね。うちも……、別れた。」

 それを聞いて、お姉はハンバーガーの包み紙を丸めながら、言った。

「だと思った。あんた変だったもん。」

「お姉、ごめ……」


「大丈夫。うちがずっと、そばにいるよ、ずっと一緒だよ。いつかこうやって、助けてくれたじゃん? だからお返し。やっと、返せた。」


 覚えてて、くれたんだ。

 もう、それだけでよかった。

 やっぱり、お姉のことが好き。

 たとえ、どんなに不安でも、怖くても、いまは大好きな人の言葉を、信じたい。


「でさ、今度行きたい島があって……、ね、羽音、聞いてる?」


 並んで浮かぶ、ふたつの雫を、信じていたい。

 だからきっと、うちは、これからも「妹」をやめない――。

2025/06/07 誤字訂正。

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