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天照の灯  作者: 早田 サナカ
【スピンオフ】Until You Lightened Me
16/18

If you can’t stand YOUR Heat…

 おとなになった、わたしへ。

 げんきですか?

 あつく……ないですか?

 ちゃんと「ふつう」に、なれましたか――?



 冬夜(とうや)の卵焼きは、甘くない。

 ふわふわしてて、ほんのりとしょっぱい。

 お箸で持ち上げたときに、ほゆんっていうか、ふやんっていうか、柔らかい感じがする。噛んだ瞬間、だしの味がじゅわんと広がる。


『卵焼きはな、ダシがちゃーんと染みてんのが、うまいねん――。』


 関西人って、ほんとにずっと関西弁なんだね。最初は慣れなかったけど、気づけば私もちょっとくらい喋れるようになったよ。おおきに、感謝感謝やで。


 気づけば、出会ってもうすぐ3年。同棲はじめて1年ちょっと。


 あのままずっと、ひとりでずっと、閉じた世界でただ生きてただけだったら、きっと私、こんな味も、あんな言葉も、知らないまま、死んでたんだろうなぁ……。

 最後のひとつをゆっくり味わって、私はまた、仕事場に戻った……、じゃない、ちゃんと言わなきゃね。


「ごちそうさま。今日もありがと、冬夜。」



 今日は朝早くから働いたおかげで、夕方になる前くらいに、仕事が終われた! いやー、すごいね、私!

 さーてと、早く帰って美容院の予約しよーっと! 今の詩温(しおん)さんを邪魔できる者なんて、何もない! 帰宅だ帰宅〜!


「うわぁぁぁぁぁん!」


……え?


「うああぁぁぁんぁぁん!」


見てない見てない。帰ろ……っと。


「あああああぁぁぁぁぁ!」


わかった! わかったって!


 私の目は、病院の前で泣きじゃくる子どもに吸い込まれてしまっていた。

 どうしようかな、なんて話しかけよう。


「ねえ、大丈夫?」


 こういうときの私の口は、面白い。考えるよりも先に、気づけば言葉が出てたりする。


「こわいの、もう、いやなの。」


 女の子の身体は、震えていた。真っ赤になった顔、極端に熱い手のひら。

 間違いない。この子、私と「同じ」だ――。


 抱きかかえると、思ってたよりもちゃんと重い。じわり、じわりと熱が伝わってくる。

「おねえ、ちゃん……?」

 急に泣き止んで、きょとんとしている。私、あんまり子どもには懐かれない方なんだけどなぁ。もしかしてこの子、私が「同じ」だってことに、気づいたのかな。


美月(みづき)ー!」

「美月ちゃん!」


 背の高い人がふたり、こっちに向かって駆け寄ってくる。ひとりは、この子のお父さんかな。もう一人は、あの「失敗しない」女医にそっくりすぎる、先生。


 美月というらしいこの女の子は、ふたりの姿を見た瞬間、びくっと肩をすくめて、私の腕に強くしがみついた。


「やだ、いや……やだ……!」


 涙で服がびちょびちょになる。


『帰りたい……、帰りたいよ……、ねえ、帰りたい……。もう、いや、やだ……、やだ……!』


 なんか、嫌なこと、思い出しちゃったな。


 私は、美月をぎゅっと抱きしめてあげてから、ゆっくりと頭を撫でた。

「おねえちゃん、やっぱり、あったかい……。」


「すみません。この子、急に逃げ出してしまって……。助かります。」

 男の人は続けて言った。

「美月、この島の検査は、ぜんぜん怖くないんだったよね? この前だってほら、楽しかったーって、大喜びだったじゃないか。」


 美月は、しばらく考えるような顔をしてから、あれ?といった感じの顔になって、何やらニヤニヤし始めた。おい、なんだ、私の嫌な引き出しだけ開けて、当人はもう、けろっとしてるじゃないか。

 でも、まあ、よかった。


「ほら、美月。お姉さんにちゃんとお礼言って、こっちにおいで。」

「うん!わかった!」

 もう、笑えてるみたい。大丈夫だな!


「おねえちゃ……おねえさん、おなまえは?」

「しおんおねえさんだよ、よろしくね……みぃちゃん、とかでいいのかな?」

 美月は嬉しそうに頷いて、元気な声で言った。

「ありがとう、しおんおねえさん!」


「すみません。うちの子、本土での検査がトラウマになってるみたいで、島に来てからもたまにこうなるんです。今日はあなたがいてくださって、助かりました。」

 美月の父親らしい人物は、そう言って、なにやらチケットみたいなのを渡してきた。

「これ、よかったら、どうぞ。居住区の端っこのほうで、カフェをやってるんです。2名様分ですから、ぜひ、お友達などお誘いになって、お越しください。」

 冬夜にお土産ができちゃったぞ。ルンルン気分がちょっとだけ戻ってきた気がする。


「大人になるころには、ちゃんと、消えてくれてたら、いいんですけどね。」

 消えないよ、向き合うしか、ないよ。そう言おうとした私がいるのに気づいて、ちょっと何言おうとしてんだって、思った。


「やっぱりこわーい!」

「また、怖いの? 美月ちゃん。」

「うん、せんせいの、かお。」

「なによそれ……、怒るぞ?」


 遠くから聞こえてきた美月と女医の会話が面白くて、私は笑いながらその場を去った――。



 ああ、笑ってはみたけど、胸の奥には、じわりと何かが残っている。誰もいない歩道で小さく深呼吸をして、気づいた。

 はあ、やっぱり、あの泣き顔が、頭に焼きついちゃって、離れない。


『――熱です、そうです、うちの子、また学校で……、はい、すぐに!』

『ママ?』

『あのクソ教師。教育委員会に訴えてやる! 詩温、大丈夫? ママがすぐに病院に連れていくからね。』

 

 ――ああ、やっぱり、出てくる?

 なんか今日は、「思い出す」日なのかなって、薄々思ってはいたんだけど、いざこうなると、ちょっと、「来る」なあ。


 おとなになった、わたしへ――。

 いいよ、大丈夫。今日も私は、あなたと話せる。話せるくらいに、ちゃんと幸せだから――。


 原因不明の高熱。それが、能力によるものだって、わかるような医者がいるほどの都会じゃなかった。

 学校で、友達と遊んでいると、突然身体が熱くなる。つらくて、苦しくなって、病院に運ばれて。

 優しかったママは、どんどん怒ってばかりになって。

 大好きだった先生は、私のことを「普通じゃない子」って、みんなに説明し始めた。


『お熱、測りますね。』

『お熱、測りましょうね。』

『お熱ありますね。』

お熱……、お熱……、熱……。


 こんな熱、なくなればいいのにって、何度も思った。なんで私だけが、私だけが、こんな目にあうんだろうって、泣いた。泣き続けた。


 検査、検査、検査ばかりの毎日を過ごした。学校なんて、行けなくなった。病院の中の、偽物の学校で過ごした。友達はどんどん退院して、気づけばいちばん長く居るのは私だけになった。


 また、血をとるの?

 また、レントゲンをとるの?

 また、よくわからない管を繋ぐの?

 「次は楽になるからね」とか言って、楽になったこと、一回もなかった。


 やった、やっと。退院だ!

 嬉しい気持ちに、また熱が沸く。

 病室に、引き戻されて、熱が引く。


 私の身体の、どこが悪いの?

 医者なら早く、治してよ。


 早く私を、「普通」にしてよ。



 ある日、病室にひとりの男の人が現れた。知らない人なのに、怪しいはずなのに、その人の言葉が、ひとりぼっちの私には、すっごく刺さったんだっけ。


『検査が、楽しい時間ならいいのにね。そうすれば君は、苦しくない。僕はね、もう君のように苦しむ子を、絶対につくらない。ひとりにしない。だから、待っていてほしい。きっと、君の夢が叶う島を、作るから。』


 この島に来るまで、あれはきっと、私の心が作った、魔人かなんかなんだと、思っていた。でも、あの人は、ちゃんと、存在していた。

 みんなの光として、ちゃんと、約束を守って、みんなの幸せをつくってくれていた。


『助けて……、熱いのは、熱いのはもういや、いや!』

 ううん、大丈夫。もう、助かったよ。だってさ、ほら。


「詩温! 今日は早帰り言うてたのに、なかなか帰って来おへんから、俺心配で……。今からちょうど探しに行こ思ってたとこやってん。よかった……!」


 ちっちゃい頃の私へ。

 元気だよ。

 相変わらず熱いし、「普通」になんて、なれやしなかったよ。

 でもね――。


「私さ、誰かに、ゆっくり冷まして欲しかったんだと思う。ゆっくり、じっくり?」

「なんやそれ、もう、冷めてもうてるで。」

「え?」

「晩飯や晩飯、せやから、またいつもの頼むわ。」

 そうだね。ほんと、冬夜といると、私、熱くてもずっと、幸せなんだよ?


「ねえこれ、じゃーん。」

「なんやこれ……え! 無料券やないか!」

「好きでしょ、こういうの。」

「あたりまえやん!」


 熱くて熱くて、耐えられないように熱い身体を、冷たくて涼しくて、ひんやりとする優しさで包んでくれる、そんな人に、出会える人生だよ。だから、生きて欲しい……ううん、一緒に、生きていこう。

 これからも、ね。

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