If you can’t stand YOUR Heat…
おとなになった、わたしへ。
げんきですか?
あつく……ないですか?
ちゃんと「ふつう」に、なれましたか――?
冬夜の卵焼きは、甘くない。
ふわふわしてて、ほんのりとしょっぱい。
お箸で持ち上げたときに、ほゆんっていうか、ふやんっていうか、柔らかい感じがする。噛んだ瞬間、だしの味がじゅわんと広がる。
『卵焼きはな、ダシがちゃーんと染みてんのが、うまいねん――。』
関西人って、ほんとにずっと関西弁なんだね。最初は慣れなかったけど、気づけば私もちょっとくらい喋れるようになったよ。おおきに、感謝感謝やで。
気づけば、出会ってもうすぐ3年。同棲はじめて1年ちょっと。
あのままずっと、ひとりでずっと、閉じた世界でただ生きてただけだったら、きっと私、こんな味も、あんな言葉も、知らないまま、死んでたんだろうなぁ……。
最後のひとつをゆっくり味わって、私はまた、仕事場に戻った……、じゃない、ちゃんと言わなきゃね。
「ごちそうさま。今日もありがと、冬夜。」
今日は朝早くから働いたおかげで、夕方になる前くらいに、仕事が終われた! いやー、すごいね、私!
さーてと、早く帰って美容院の予約しよーっと! 今の詩温さんを邪魔できる者なんて、何もない! 帰宅だ帰宅〜!
「うわぁぁぁぁぁん!」
……え?
「うああぁぁぁんぁぁん!」
見てない見てない。帰ろ……っと。
「あああああぁぁぁぁぁ!」
わかった! わかったって!
私の目は、病院の前で泣きじゃくる子どもに吸い込まれてしまっていた。
どうしようかな、なんて話しかけよう。
「ねえ、大丈夫?」
こういうときの私の口は、面白い。考えるよりも先に、気づけば言葉が出てたりする。
「こわいの、もう、いやなの。」
女の子の身体は、震えていた。真っ赤になった顔、極端に熱い手のひら。
間違いない。この子、私と「同じ」だ――。
抱きかかえると、思ってたよりもちゃんと重い。じわり、じわりと熱が伝わってくる。
「おねえ、ちゃん……?」
急に泣き止んで、きょとんとしている。私、あんまり子どもには懐かれない方なんだけどなぁ。もしかしてこの子、私が「同じ」だってことに、気づいたのかな。
「美月ー!」
「美月ちゃん!」
背の高い人がふたり、こっちに向かって駆け寄ってくる。ひとりは、この子のお父さんかな。もう一人は、あの「失敗しない」女医にそっくりすぎる、先生。
美月というらしいこの女の子は、ふたりの姿を見た瞬間、びくっと肩をすくめて、私の腕に強くしがみついた。
「やだ、いや……やだ……!」
涙で服がびちょびちょになる。
『帰りたい……、帰りたいよ……、ねえ、帰りたい……。もう、いや、やだ……、やだ……!』
なんか、嫌なこと、思い出しちゃったな。
私は、美月をぎゅっと抱きしめてあげてから、ゆっくりと頭を撫でた。
「おねえちゃん、やっぱり、あったかい……。」
「すみません。この子、急に逃げ出してしまって……。助かります。」
男の人は続けて言った。
「美月、この島の検査は、ぜんぜん怖くないんだったよね? この前だってほら、楽しかったーって、大喜びだったじゃないか。」
美月は、しばらく考えるような顔をしてから、あれ?といった感じの顔になって、何やらニヤニヤし始めた。おい、なんだ、私の嫌な引き出しだけ開けて、当人はもう、けろっとしてるじゃないか。
でも、まあ、よかった。
「ほら、美月。お姉さんにちゃんとお礼言って、こっちにおいで。」
「うん!わかった!」
もう、笑えてるみたい。大丈夫だな!
「おねえちゃ……おねえさん、おなまえは?」
「しおんおねえさんだよ、よろしくね……みぃちゃん、とかでいいのかな?」
美月は嬉しそうに頷いて、元気な声で言った。
「ありがとう、しおんおねえさん!」
「すみません。うちの子、本土での検査がトラウマになってるみたいで、島に来てからもたまにこうなるんです。今日はあなたがいてくださって、助かりました。」
美月の父親らしい人物は、そう言って、なにやらチケットみたいなのを渡してきた。
「これ、よかったら、どうぞ。居住区の端っこのほうで、カフェをやってるんです。2名様分ですから、ぜひ、お友達などお誘いになって、お越しください。」
冬夜にお土産ができちゃったぞ。ルンルン気分がちょっとだけ戻ってきた気がする。
「大人になるころには、ちゃんと、消えてくれてたら、いいんですけどね。」
消えないよ、向き合うしか、ないよ。そう言おうとした私がいるのに気づいて、ちょっと何言おうとしてんだって、思った。
「やっぱりこわーい!」
「また、怖いの? 美月ちゃん。」
「うん、せんせいの、かお。」
「なによそれ……、怒るぞ?」
遠くから聞こえてきた美月と女医の会話が面白くて、私は笑いながらその場を去った――。
ああ、笑ってはみたけど、胸の奥には、じわりと何かが残っている。誰もいない歩道で小さく深呼吸をして、気づいた。
はあ、やっぱり、あの泣き顔が、頭に焼きついちゃって、離れない。
『――熱です、そうです、うちの子、また学校で……、はい、すぐに!』
『ママ?』
『あのクソ教師。教育委員会に訴えてやる! 詩温、大丈夫? ママがすぐに病院に連れていくからね。』
――ああ、やっぱり、出てくる?
なんか今日は、「思い出す」日なのかなって、薄々思ってはいたんだけど、いざこうなると、ちょっと、「来る」なあ。
おとなになった、わたしへ――。
いいよ、大丈夫。今日も私は、あなたと話せる。話せるくらいに、ちゃんと幸せだから――。
原因不明の高熱。それが、能力によるものだって、わかるような医者がいるほどの都会じゃなかった。
学校で、友達と遊んでいると、突然身体が熱くなる。つらくて、苦しくなって、病院に運ばれて。
優しかったママは、どんどん怒ってばかりになって。
大好きだった先生は、私のことを「普通じゃない子」って、みんなに説明し始めた。
『お熱、測りますね。』
『お熱、測りましょうね。』
『お熱ありますね。』
お熱……、お熱……、熱……。
こんな熱、なくなればいいのにって、何度も思った。なんで私だけが、私だけが、こんな目にあうんだろうって、泣いた。泣き続けた。
検査、検査、検査ばかりの毎日を過ごした。学校なんて、行けなくなった。病院の中の、偽物の学校で過ごした。友達はどんどん退院して、気づけばいちばん長く居るのは私だけになった。
また、血をとるの?
また、レントゲンをとるの?
また、よくわからない管を繋ぐの?
「次は楽になるからね」とか言って、楽になったこと、一回もなかった。
やった、やっと。退院だ!
嬉しい気持ちに、また熱が沸く。
病室に、引き戻されて、熱が引く。
私の身体の、どこが悪いの?
医者なら早く、治してよ。
早く私を、「普通」にしてよ。
ある日、病室にひとりの男の人が現れた。知らない人なのに、怪しいはずなのに、その人の言葉が、ひとりぼっちの私には、すっごく刺さったんだっけ。
『検査が、楽しい時間ならいいのにね。そうすれば君は、苦しくない。僕はね、もう君のように苦しむ子を、絶対につくらない。ひとりにしない。だから、待っていてほしい。きっと、君の夢が叶う島を、作るから。』
この島に来るまで、あれはきっと、私の心が作った、魔人かなんかなんだと、思っていた。でも、あの人は、ちゃんと、存在していた。
みんなの光として、ちゃんと、約束を守って、みんなの幸せをつくってくれていた。
『助けて……、熱いのは、熱いのはもういや、いや!』
ううん、大丈夫。もう、助かったよ。だってさ、ほら。
「詩温! 今日は早帰り言うてたのに、なかなか帰って来おへんから、俺心配で……。今からちょうど探しに行こ思ってたとこやってん。よかった……!」
ちっちゃい頃の私へ。
元気だよ。
相変わらず熱いし、「普通」になんて、なれやしなかったよ。
でもね――。
「私さ、誰かに、ゆっくり冷まして欲しかったんだと思う。ゆっくり、じっくり?」
「なんやそれ、もう、冷めてもうてるで。」
「え?」
「晩飯や晩飯、せやから、またいつもの頼むわ。」
そうだね。ほんと、冬夜といると、私、熱くてもずっと、幸せなんだよ?
「ねえこれ、じゃーん。」
「なんやこれ……え! 無料券やないか!」
「好きでしょ、こういうの。」
「あたりまえやん!」
熱くて熱くて、耐えられないように熱い身体を、冷たくて涼しくて、ひんやりとする優しさで包んでくれる、そんな人に、出会える人生だよ。だから、生きて欲しい……ううん、一緒に、生きていこう。
これからも、ね。




