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天照の灯  作者: 早田 サナカ
天照の灯
13/18

第十三話 タイヨウ

「楓、何をしているんですか。」


 驚くほどに優しく冷たい声が、風を止ませて、私たちの世界を現実に引き戻した。


「お父……さん。」

 楓の目線の先、薄ら笑いを浮かべる「お父さん」は、真っ白な、まるで宇宙服みたいなものに身を包んでいる。


「お父さん、わたし、もう……!」

「まあ、今はお父さんでいきましょうか。ところで、お父さん、がっかりですよ。楓、あなたは、この島の『光』にならないといけない。僕と一緒に。それなのに、どうして、皆さんの幸せのために、戦わないのですか?この島の『幸せ』を、この島の人々の生活を、命を、否定するのですか?」


 楓は強く、首を横に振る。

「違うんです。でも、お父さん、わたしは!」

「言い訳は結構。楓のやっていることは、この島の『普通』を壊すことです。今すぐやめて、敵を排除しなさい。」

「お父さん、わたしもう、もう……!」

 楓が掠れたような声で叫ぶ。乱れた風が、彼女の周りを取り囲む。


「駄々っ子ですか。だらしない。さて、ここからは社長です。さあ、業務命令です。楓、そして灯里さん。敵を消しなさい。」

 急に冷たい声になる。あの、地下の「ムーラン」とかいう発電所のときと、おなじ……。


「もう、もう嫌!嫌なの、お父さん!お願いします、お願いです、わたしもう、嫌、イヤぁぁぁぁぁあ!」

「やれやれ。あなたの意志を受け取りました。残念ですよ、加賀屋楓さん。さて、そちらは?」

 社長が私の方を見る。もう、答えは決まっている。

「私も、楓と同じです。」


「はあ、わかりましたよ。」

 数秒の沈黙があった。そして、彼は、怒りを隠せないような声で、言い放った。

「ただ今をもって、風力、火力両発電所を廃炉。設備除却対象とします。」

「お父さん!変です。もう、やめましょうよ!」

 必死に訴えかける楓を見もせずに、社長は冷淡な言葉を返す。

「感情的な反抗に徹するような娘を、育てた覚えはありませんよ。」


「お父……さん……。」

 楓が崩れ落ちる。私は彼女を、また強く抱きしめた。

「監督者として、整備不良は、認めましょう。まあ、どの道、そろそろ更新予定でしたけど。」

「ひどい、楓はずっと、あなたのために……。」

 社長は私を無視して、語り始めた。


「自分が最も輝ける場所、そんな自分だけの『居場所』を見つけられること。これこそが、人生における最大幸福、自己実現の達成であるはずです。楓は、灯里さんは、この島の数多の能力者たちの日常を支えることで、感謝され、敬われ、存在を、強く肯定されるはずだった。産まれてきて、良かったと、『光栄』だと、きっと感じるはずでした。幸せって、こういうことでしょう?」


 一瞬、あたりが静まり返った。

 でも、その静寂の広がりは、意志なんて何も込められていないような軽い言葉で、絶たれていく。


「社長が言うんだから、間違いない!」

「ああそうだ、社長が仰ることは、全て正しいんだ!」

「そうだそうだ!う、羨ましいな、みんなを支える光になれて……」


「目を覚ませよ!」

 響き渡る大声で叫んだのは、蒼葉だった。

「お前ら、正気か?お前らが幸せだとか、居場所だとか、そんなこと言って過ごしてたこの島は、灯里や、楓さんや、お前らが見たことも会ったこともない『ゆりかご園』の子どもたちみたいな、犠牲のうえに成り立っていたんだ!偽物だったんだよ!」

 また、静寂が戻る。

「なんで黙るんだよ!どうして、目を背けようとする?どうして、気づいてても気づかないふりをする?じゃあお前らの中で、灯里に、楓さんに、代われるやつがいるのかよ!誰もいないんだろ?どうかしてる!」


「お前に何がわかんねん!俺らはな、自分の『居場所』が嬉しいんや!その子らだって、子どもらだって、嬉しいからやってるんや!犠牲なんて、どこにもないんや!能力者でもない、この会社から逃げたような奴が、この島に口出しせんといてくれ!」

「じゃあお前には、あの事業部長が、全身から血を流して倒れている、加賀屋楓が、『幸せ』に見えるんだな?そうなんだな?もう一度、よく考えろよ。」


「こんなの、知らなかったんだ……。」

「私、今まで……。」

「事業部長を苦しめていた……のか?俺たちは……。」

 職員たちが、口々に言った。


「くそっ、偽善者ぶりよって……!俺は……」

 紀本さんの声を遮ったのは、駆け寄ってきた姫野さんだった。

「ねえ、もうやめよう、冬夜。」

「詩温……。」

「やっぱり、私たちが、「普通」に幸せになれるはずがなかったんだよ。冬夜だって、優しいんだから、わかるでしょ?今ちゃんと向き合わないと、後悔するって、思ってるでしょ……?」

「それは……。」


 パチパチパチパチ――。

 拍手の音に視線が集まる。

「素晴らしい。価値のある議論でした。楽しく拝聴させていただきましたよ。さて、結論は?皆さん、僕を否定なさるのですね?……わかりました。」

 社長は、表情ひとつ変えなかった。

「では、裏切り者の皆さん。あなたたちはもう、この島の住人として不適格です。まあ、せっかくですし、皆さんに後悔してもらいましょうか。この島の未来が、もっと輝く、運転開始のお知らせがあるんですよ。というのも、つい先程、僕は新しい発電設備、そして新しい娘を手に入れましてね。こっちにきて、ご挨拶しなさい、『タイヨウ』ちゃん。」


『お前……それ……。』

 かろうじて下半分くらいが残っているモニターから、声がする。

「ああ、小田垣さん。まだご存命でしたか。」

『しぶとく生きてるよ。ダクトに毒ガス撒くなんて、汚ぇぞ。お前さんも、歳をとったな。』

「与太話は結構。それより、このタイヨウの意味、ご理解いただけますかね。完成したんですよ、『ポスト・メイプル』が。ついにね。」

『メイプルって、お前、その子の姿……。』


「ああ、そっちにご興味が?まあいい、そうです。昔の楓にそっくりでしょ?そう創ったんです。僕の原点を、忘れないように。」

『イカれてやがる……!』

「お父さん……もう、やめて……こんなの!お父さんじゃな……ううっ……。」

 楓が、意識を失って倒れる。私は楓を抱きかかえて、蒼葉たちのいる方へ連れていく。


「さて、この島の、いいえ、この国の皆さまにご紹介しましょう。この子こそが、いま我が国で唯一稼働可能な核融合炉『タイヨウ』ちゃんです。」

 楓に似ているはずなのに、全然違う雰囲気をもつ子どもが、ゆっくりと手を上げた。

「えらい。ご挨拶ができました。残念ながらこの子、喋ったりはできないのです。ですが、こんなことはできますよ。タイヨウ、『フレア』しなさい。」

 子どもの手からは、何も出ていないようにみえる。ただ、辺りにできた氷や水たまりが、明らかに異様な青白い光を放っている。


『おいお前さんら、逃げろ!あいつはやべえ。見えねえかもしれねぇが、お前さんらの身体が、中から、やられちまう。』

 その声が聞こえてきたと同時くらいに、「タイヨウ」と呼ばれる少女のそばにいた3人の職員たちが、急に血を吐いて倒れた。少女に、触れられてもいないのに。

「『きゃあ!なにあれ!』」

 双子が悲鳴の声を揃える。


「小田垣さん!こちら、救助班!溶解した天井から『ゆりかご園』に到着!子どもたち全員の生存を確認しました!小田垣さんの見立て通り、13人です!皆、VRゴーグルをつけられて、発電をさせられていました!これ、外しますか?」

 どうやら、蒼葉が言っていた話は本当だったらしい。子どもたちの無事は嬉しい。でも、どうやって逃げたら……。

『よし、よくやった!だが、状況は最悪だ。今すぐここから逃げなきゃいけねえ。子どもたちをなんとか引き上げて、全員、撤収だ!あと、ゴーグルは外すな!こんな醜い大人の戦いなんざ、次世代に残しちゃあいけねぇよ。』

「はい!」

 この、小田垣とかいう人。いったい、どんな人なんだろう。


『お前さんら!なにがなんでも、逃げきれ!ワシはもう、二度とあんな災害は見たくない!』

 あんな、災害?

 そういえば、私が生まれる前に、核を使った発電所の、事故が起こったって、習ったような……。


「もう、終わりだ……。」

 職員たちが、肩を落とす。

 そんななか、ひとりが大きな声を上げた。

「まだ、俺らにやれることはある!船や、船を作ろう!詩温、熱で形を整えてくれ!子どもら、助けたらんと!」

「うん!やっぱり、優しいね、冬夜は。」


「船、なるほど、氷と熱の連携で作るんですね!」

「私も賛成です!」

「じゃあ私は、氷の道を作ろう!」

「でもそれ、安全性は……。」

「馬鹿!そんなこと言ってられねぇだろうが!」

「さっき倒れた隊員たちも乗せよう!3人とも、まだ息はある!」

 紀本さんと姫野さんたちが、子どもたちを乗せる船と道を作った。次々と氷柱が現れ、船を地上へ押し出している。


『居住区の地下シェルターならまだ生きてる!最短の入り口は、人口ビーチエリアのすぐそばだ!とにかく、走れ!逃げろ!生きてるやつは、全員生き残れ!がんばれ!』

 モニターの声が、私たちを鼓舞する。この人は、もしかしたら、いい人なのかもしれない。


「俺たちも、逃げよう。」

 蒼葉が楓を担ぎ上げようとして、よろめく。

「いっ……。」

 蒼葉の左腕から、血が滲む。

「大丈夫?私が変わるよ。」

「大丈夫。灯里は……。」


「全く、だらしがねぇな。」

「ゴリラ……、先輩。」

「誰がゴリラだ。事業部長、担いだらいいんだろ?」

 蒼葉が先輩と呼ぶのは、ボロボロの服の、大男だった。

「でも、先輩も、ケガ……。」

「あのな。先輩の仕事ってのは、後輩が抱えきれなくなった仕事を、肩代わりしてやることだろ?ほら。時間がねぇ、行くぞ。」


 蒼葉はその人に楓を預けて、私のところへ来て言った。

「灯里、炎だ。さっきみたいに、壁を作ろう。これで、少しでも時間を稼ごう。」

「わかった!」


 私が両手に力を込めようとしたとき、社長が急に高笑いをはじめた。

「灯里さん、この部屋にはいま、可燃性のガスが()ちていましてね。もちろん、能力を使っていただいても構いませんよ。タイヨウも死ぬでしょう。そして、あなたがたも全員死ぬでしょう。高機能防護服を着ている僕だけが、助かりますよ。それでもいいなら、どうぞご勝手に。」


 タイヨウと呼ばれる子どもは、一歩、また一歩と、ゆっくりと、まっすぐに歩いてくる。

 火が使えない私は、蒼葉と一緒に、悔しさの残るままに踵を返した。


『おい、水の姉ちゃんたち、どれだけ効果あるかわかんねぇが、とにかく全員にシャワーかけ続けてやれ!』

「よくわかんないけど……」

「わかった!」

 何が起きているのか、わからない。ただ、この人は、あの見えない能力への対抗策を、知っているのだと思った。


 私たちは、全員でなんとか管理塔を抜け出し、居住区の入り口にあるビーチに辿り着いた。波発生装置が動いていないのか、海はとても、静かだった。

『みんな、怪我はないか……よ……あ……お……』

 音声が途切れ、モニターの映像が切り替わる。


『2030年、8月31日。23時59分をもって、旧システムは終了。皆さん、システム刷新のお時間です。さあ、やっと蓄電池が動かせますね。』

 加賀屋の声とともに、居住区に電気が灯る。そして、居住区ゲートのドアが、遠隔操作により閉められはじめた。


「やばい!」

 姫野さんがそれに気づいて、ドアを引っ張ったときには、もう、手遅れだった。

『島民のみなさん。ご覧ください。僕の勝利です。テロリスト含め、僕たちの敵は、完全に、袋の鼠ですね。さあ、ネズミらしく、僕の新しい娘の力の、実験台になってくださいね。未来の灯のために!』


 薄明かりのなか、ゆっくりと現れたのは、タイヨウだった。

『さあ、もう一度、フレアです。』

 タイヨウが手を前に振りかざす――その時だった。


 風が、ものすごく強い突風が吹いて、少女を空へと吹き飛ばした。そして、それと同時に、固く閉ざされたゲートをこじ開けた。


 灯里、ありがとう。素敵な、2週間記念日でしたよ。


 そう聞こえた気がしたとき、大男の背から、旋風の黒い影が飛び立った。

 風は、タイヨウの身体を、空へ空へと吹き飛ばし続ける。

「楓っ……!」



 コツン、という音がした。

 風に乗って空から降ってきたもの、それは、花柄の薬入れだった。

 楓は、まだ、本当の「最終手段」を残していたらしい。


『ああ、どうして、楓!やめなさい!やめろ!お前がなんで、なんでお父さんの邪魔をするんだ!楓!楓!』

 社長が叫び続ける。


 直後、私たちの目に、強い光が飛び込んできた。

 まるで、昼間のような、太陽が照っているかのような空。


『くそっ……、くそっ……、こうなったら、何としても、島のシステムだけは……、この島だけは……!』

 社長の苛立った声が島に響く。私たちは、そのなかで、急いでシェルターへと避難していた。私は、最後まで、楓が戻ってくるのを待ち続けていた。それでも、楓は、戻ってこなかった。


 広々としたシェルターの中では、島中の人々が、あちこちにあるモニターを取り囲んでいた。しばらくして、社長には、一本の電話が入ったようだった。


『これはこれは!応急送電のご連絡ですか!……え?そんな、この施設は未来の……、はい?……待ってください、待って、そんな……!やめろ、やめてくれ!やめろぉぉぉぉ!』


「どうやら、歴史は繰り返すんだな。ここもじきに、地図から消えるさ。」

 声のするほうを見ると、そこにいたのは、白い髪と髭の男性。間違いない、この人は小田垣さんだ。

「繰り返すって、どういう意味ですか?」

 蒼葉の問いに、小田垣さんは重々しい声で答えた。

「核ってのはな、難しいんだよ。」


「ねえ蒼葉、やっぱり私、楓探しに行ってくる!」

「無茶言うなよ灯里、外は危ない!それに……あの爆発だと、もう……。」

「そんな……。」

 蒼葉が俯く。小田垣さんが、目線を逸らす。

 楓、楓……!どうか、無事でいて……。


 次の瞬間、シェルター内に、聞いた事のないような警報音が響いた。

『こちら、日本国政府防衛省です。天照島島民に告ぐ。直ちに、地下シェルターへ避難してください。当地において、未承認の核実験が行われたおそれあり。日米合同にて、本件の事態収拾に努めます。繰り返します。天照島民に継ぐ、直ちに……』


 「事態収拾」が終わったのは、一日くらい後のことだった。私や蒼葉たちを含め、島の生存者たちは、シェルターを通じて港まで行き、そこから船に乗って輪島港へと避難した。

 島は、そこにいったい何があったのかさえ分からないくらいに、ボロボロに崩壊し、所々に火柱が立っていた。まるで、そこには元からなにもなかったとでも言いたいかのように。


 社長の声は、あの叫び声を最後に、途絶えたそうだ。悪人の行方は、誰も知らない。

 

 遠ざかる船から見た島は、闇夜の海で光り続けていた。誰かが言った。まるで、「北の灯台」だと。でも、そんなことは、どうでもよかった。


 ただひとつ、言えるのは――。


 島から本土に向かうまで、凪の海には、一切の風が吹かなかった。


 やわらかな風にのって、天使のような美しい女性が、空から戻ってくることなんて、なかった――。

2025/05/10 分割した後半部分を一部修正。第八話→第九話へ。

2025/05/17 内容を一部修正・追加し、第九話→第十話へ。

2025/05/22 旧第十話を分割し、後半部分を修正。

2025/06/07 誤字訂正。

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― 新着の感想 ―
最後の楓の余韻、儚い描写ですね。クライマックス、溢れる描写にドキドキが止まりませんでした!
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