第十三話 タイヨウ
「楓、何をしているんですか。」
驚くほどに優しく冷たい声が、風を止ませて、私たちの世界を現実に引き戻した。
「お父……さん。」
楓の目線の先、薄ら笑いを浮かべる「お父さん」は、真っ白な、まるで宇宙服みたいなものに身を包んでいる。
「お父さん、わたし、もう……!」
「まあ、今はお父さんでいきましょうか。ところで、お父さん、がっかりですよ。楓、あなたは、この島の『光』にならないといけない。僕と一緒に。それなのに、どうして、皆さんの幸せのために、戦わないのですか?この島の『幸せ』を、この島の人々の生活を、命を、否定するのですか?」
楓は強く、首を横に振る。
「違うんです。でも、お父さん、わたしは!」
「言い訳は結構。楓のやっていることは、この島の『普通』を壊すことです。今すぐやめて、敵を排除しなさい。」
「お父さん、わたしもう、もう……!」
楓が掠れたような声で叫ぶ。乱れた風が、彼女の周りを取り囲む。
「駄々っ子ですか。だらしない。さて、ここからは社長です。さあ、業務命令です。楓、そして灯里さん。敵を消しなさい。」
急に冷たい声になる。あの、地下の「ムーラン」とかいう発電所のときと、おなじ……。
「もう、もう嫌!嫌なの、お父さん!お願いします、お願いです、わたしもう、嫌、イヤぁぁぁぁぁあ!」
「やれやれ。あなたの意志を受け取りました。残念ですよ、加賀屋楓さん。さて、そちらは?」
社長が私の方を見る。もう、答えは決まっている。
「私も、楓と同じです。」
「はあ、わかりましたよ。」
数秒の沈黙があった。そして、彼は、怒りを隠せないような声で、言い放った。
「ただ今をもって、風力、火力両発電所を廃炉。設備除却対象とします。」
「お父さん!変です。もう、やめましょうよ!」
必死に訴えかける楓を見もせずに、社長は冷淡な言葉を返す。
「感情的な反抗に徹するような娘を、育てた覚えはありませんよ。」
「お父……さん……。」
楓が崩れ落ちる。私は彼女を、また強く抱きしめた。
「監督者として、整備不良は、認めましょう。まあ、どの道、そろそろ更新予定でしたけど。」
「ひどい、楓はずっと、あなたのために……。」
社長は私を無視して、語り始めた。
「自分が最も輝ける場所、そんな自分だけの『居場所』を見つけられること。これこそが、人生における最大幸福、自己実現の達成であるはずです。楓は、灯里さんは、この島の数多の能力者たちの日常を支えることで、感謝され、敬われ、存在を、強く肯定されるはずだった。産まれてきて、良かったと、『光栄』だと、きっと感じるはずでした。幸せって、こういうことでしょう?」
一瞬、あたりが静まり返った。
でも、その静寂の広がりは、意志なんて何も込められていないような軽い言葉で、絶たれていく。
「社長が言うんだから、間違いない!」
「ああそうだ、社長が仰ることは、全て正しいんだ!」
「そうだそうだ!う、羨ましいな、みんなを支える光になれて……」
「目を覚ませよ!」
響き渡る大声で叫んだのは、蒼葉だった。
「お前ら、正気か?お前らが幸せだとか、居場所だとか、そんなこと言って過ごしてたこの島は、灯里や、楓さんや、お前らが見たことも会ったこともない『ゆりかご園』の子どもたちみたいな、犠牲のうえに成り立っていたんだ!偽物だったんだよ!」
また、静寂が戻る。
「なんで黙るんだよ!どうして、目を背けようとする?どうして、気づいてても気づかないふりをする?じゃあお前らの中で、灯里に、楓さんに、代われるやつがいるのかよ!誰もいないんだろ?どうかしてる!」
「お前に何がわかんねん!俺らはな、自分の『居場所』が嬉しいんや!その子らだって、子どもらだって、嬉しいからやってるんや!犠牲なんて、どこにもないんや!能力者でもない、この会社から逃げたような奴が、この島に口出しせんといてくれ!」
「じゃあお前には、あの事業部長が、全身から血を流して倒れている、加賀屋楓が、『幸せ』に見えるんだな?そうなんだな?もう一度、よく考えろよ。」
「こんなの、知らなかったんだ……。」
「私、今まで……。」
「事業部長を苦しめていた……のか?俺たちは……。」
職員たちが、口々に言った。
「くそっ、偽善者ぶりよって……!俺は……」
紀本さんの声を遮ったのは、駆け寄ってきた姫野さんだった。
「ねえ、もうやめよう、冬夜。」
「詩温……。」
「やっぱり、私たちが、「普通」に幸せになれるはずがなかったんだよ。冬夜だって、優しいんだから、わかるでしょ?今ちゃんと向き合わないと、後悔するって、思ってるでしょ……?」
「それは……。」
パチパチパチパチ――。
拍手の音に視線が集まる。
「素晴らしい。価値のある議論でした。楽しく拝聴させていただきましたよ。さて、結論は?皆さん、僕を否定なさるのですね?……わかりました。」
社長は、表情ひとつ変えなかった。
「では、裏切り者の皆さん。あなたたちはもう、この島の住人として不適格です。まあ、せっかくですし、皆さんに後悔してもらいましょうか。この島の未来が、もっと輝く、運転開始のお知らせがあるんですよ。というのも、つい先程、僕は新しい発電設備、そして新しい娘を手に入れましてね。こっちにきて、ご挨拶しなさい、『タイヨウ』ちゃん。」
『お前……それ……。』
かろうじて下半分くらいが残っているモニターから、声がする。
「ああ、小田垣さん。まだご存命でしたか。」
『しぶとく生きてるよ。ダクトに毒ガス撒くなんて、汚ぇぞ。お前さんも、歳をとったな。』
「与太話は結構。それより、このタイヨウの意味、ご理解いただけますかね。完成したんですよ、『ポスト・メイプル』が。ついにね。」
『メイプルって、お前、その子の姿……。』
「ああ、そっちにご興味が?まあいい、そうです。昔の楓にそっくりでしょ?そう創ったんです。僕の原点を、忘れないように。」
『イカれてやがる……!』
「お父さん……もう、やめて……こんなの!お父さんじゃな……ううっ……。」
楓が、意識を失って倒れる。私は楓を抱きかかえて、蒼葉たちのいる方へ連れていく。
「さて、この島の、いいえ、この国の皆さまにご紹介しましょう。この子こそが、いま我が国で唯一稼働可能な核融合炉『タイヨウ』ちゃんです。」
楓に似ているはずなのに、全然違う雰囲気をもつ子どもが、ゆっくりと手を上げた。
「えらい。ご挨拶ができました。残念ながらこの子、喋ったりはできないのです。ですが、こんなことはできますよ。タイヨウ、『フレア』しなさい。」
子どもの手からは、何も出ていないようにみえる。ただ、辺りにできた氷や水たまりが、明らかに異様な青白い光を放っている。
『おいお前さんら、逃げろ!あいつはやべえ。見えねえかもしれねぇが、お前さんらの身体が、中から、やられちまう。』
その声が聞こえてきたと同時くらいに、「タイヨウ」と呼ばれる少女のそばにいた3人の職員たちが、急に血を吐いて倒れた。少女に、触れられてもいないのに。
「『きゃあ!なにあれ!』」
双子が悲鳴の声を揃える。
「小田垣さん!こちら、救助班!溶解した天井から『ゆりかご園』に到着!子どもたち全員の生存を確認しました!小田垣さんの見立て通り、13人です!皆、VRゴーグルをつけられて、発電をさせられていました!これ、外しますか?」
どうやら、蒼葉が言っていた話は本当だったらしい。子どもたちの無事は嬉しい。でも、どうやって逃げたら……。
『よし、よくやった!だが、状況は最悪だ。今すぐここから逃げなきゃいけねえ。子どもたちをなんとか引き上げて、全員、撤収だ!あと、ゴーグルは外すな!こんな醜い大人の戦いなんざ、次世代に残しちゃあいけねぇよ。』
「はい!」
この、小田垣とかいう人。いったい、どんな人なんだろう。
『お前さんら!なにがなんでも、逃げきれ!ワシはもう、二度とあんな災害は見たくない!』
あんな、災害?
そういえば、私が生まれる前に、核を使った発電所の、事故が起こったって、習ったような……。
「もう、終わりだ……。」
職員たちが、肩を落とす。
そんななか、ひとりが大きな声を上げた。
「まだ、俺らにやれることはある!船や、船を作ろう!詩温、熱で形を整えてくれ!子どもら、助けたらんと!」
「うん!やっぱり、優しいね、冬夜は。」
「船、なるほど、氷と熱の連携で作るんですね!」
「私も賛成です!」
「じゃあ私は、氷の道を作ろう!」
「でもそれ、安全性は……。」
「馬鹿!そんなこと言ってられねぇだろうが!」
「さっき倒れた隊員たちも乗せよう!3人とも、まだ息はある!」
紀本さんと姫野さんたちが、子どもたちを乗せる船と道を作った。次々と氷柱が現れ、船を地上へ押し出している。
『居住区の地下シェルターならまだ生きてる!最短の入り口は、人口ビーチエリアのすぐそばだ!とにかく、走れ!逃げろ!生きてるやつは、全員生き残れ!がんばれ!』
モニターの声が、私たちを鼓舞する。この人は、もしかしたら、いい人なのかもしれない。
「俺たちも、逃げよう。」
蒼葉が楓を担ぎ上げようとして、よろめく。
「いっ……。」
蒼葉の左腕から、血が滲む。
「大丈夫?私が変わるよ。」
「大丈夫。灯里は……。」
「全く、だらしがねぇな。」
「ゴリラ……、先輩。」
「誰がゴリラだ。事業部長、担いだらいいんだろ?」
蒼葉が先輩と呼ぶのは、ボロボロの服の、大男だった。
「でも、先輩も、ケガ……。」
「あのな。先輩の仕事ってのは、後輩が抱えきれなくなった仕事を、肩代わりしてやることだろ?ほら。時間がねぇ、行くぞ。」
蒼葉はその人に楓を預けて、私のところへ来て言った。
「灯里、炎だ。さっきみたいに、壁を作ろう。これで、少しでも時間を稼ごう。」
「わかった!」
私が両手に力を込めようとしたとき、社長が急に高笑いをはじめた。
「灯里さん、この部屋にはいま、可燃性のガスが充ちていましてね。もちろん、能力を使っていただいても構いませんよ。タイヨウも死ぬでしょう。そして、あなたがたも全員死ぬでしょう。高機能防護服を着ている僕だけが、助かりますよ。それでもいいなら、どうぞご勝手に。」
タイヨウと呼ばれる子どもは、一歩、また一歩と、ゆっくりと、まっすぐに歩いてくる。
火が使えない私は、蒼葉と一緒に、悔しさの残るままに踵を返した。
『おい、水の姉ちゃんたち、どれだけ効果あるかわかんねぇが、とにかく全員にシャワーかけ続けてやれ!』
「よくわかんないけど……」
「わかった!」
何が起きているのか、わからない。ただ、この人は、あの見えない能力への対抗策を、知っているのだと思った。
私たちは、全員でなんとか管理塔を抜け出し、居住区の入り口にあるビーチに辿り着いた。波発生装置が動いていないのか、海はとても、静かだった。
『みんな、怪我はないか……よ……あ……お……』
音声が途切れ、モニターの映像が切り替わる。
『2030年、8月31日。23時59分をもって、旧システムは終了。皆さん、システム刷新のお時間です。さあ、やっと蓄電池が動かせますね。』
加賀屋の声とともに、居住区に電気が灯る。そして、居住区ゲートのドアが、遠隔操作により閉められはじめた。
「やばい!」
姫野さんがそれに気づいて、ドアを引っ張ったときには、もう、手遅れだった。
『島民のみなさん。ご覧ください。僕の勝利です。テロリスト含め、僕たちの敵は、完全に、袋の鼠ですね。さあ、ネズミらしく、僕の新しい娘の力の、実験台になってくださいね。未来の灯のために!』
薄明かりのなか、ゆっくりと現れたのは、タイヨウだった。
『さあ、もう一度、フレアです。』
タイヨウが手を前に振りかざす――その時だった。
風が、ものすごく強い突風が吹いて、少女を空へと吹き飛ばした。そして、それと同時に、固く閉ざされたゲートをこじ開けた。
灯里、ありがとう。素敵な、2週間記念日でしたよ。
そう聞こえた気がしたとき、大男の背から、旋風の黒い影が飛び立った。
風は、タイヨウの身体を、空へ空へと吹き飛ばし続ける。
「楓っ……!」
コツン、という音がした。
風に乗って空から降ってきたもの、それは、花柄の薬入れだった。
楓は、まだ、本当の「最終手段」を残していたらしい。
『ああ、どうして、楓!やめなさい!やめろ!お前がなんで、なんでお父さんの邪魔をするんだ!楓!楓!』
社長が叫び続ける。
直後、私たちの目に、強い光が飛び込んできた。
まるで、昼間のような、太陽が照っているかのような空。
『くそっ……、くそっ……、こうなったら、何としても、島のシステムだけは……、この島だけは……!』
社長の苛立った声が島に響く。私たちは、そのなかで、急いでシェルターへと避難していた。私は、最後まで、楓が戻ってくるのを待ち続けていた。それでも、楓は、戻ってこなかった。
広々としたシェルターの中では、島中の人々が、あちこちにあるモニターを取り囲んでいた。しばらくして、社長には、一本の電話が入ったようだった。
『これはこれは!応急送電のご連絡ですか!……え?そんな、この施設は未来の……、はい?……待ってください、待って、そんな……!やめろ、やめてくれ!やめろぉぉぉぉ!』
「どうやら、歴史は繰り返すんだな。ここもじきに、地図から消えるさ。」
声のするほうを見ると、そこにいたのは、白い髪と髭の男性。間違いない、この人は小田垣さんだ。
「繰り返すって、どういう意味ですか?」
蒼葉の問いに、小田垣さんは重々しい声で答えた。
「核ってのはな、難しいんだよ。」
「ねえ蒼葉、やっぱり私、楓探しに行ってくる!」
「無茶言うなよ灯里、外は危ない!それに……あの爆発だと、もう……。」
「そんな……。」
蒼葉が俯く。小田垣さんが、目線を逸らす。
楓、楓……!どうか、無事でいて……。
次の瞬間、シェルター内に、聞いた事のないような警報音が響いた。
『こちら、日本国政府防衛省です。天照島島民に告ぐ。直ちに、地下シェルターへ避難してください。当地において、未承認の核実験が行われたおそれあり。日米合同にて、本件の事態収拾に努めます。繰り返します。天照島民に継ぐ、直ちに……』
「事態収拾」が終わったのは、一日くらい後のことだった。私や蒼葉たちを含め、島の生存者たちは、シェルターを通じて港まで行き、そこから船に乗って輪島港へと避難した。
島は、そこにいったい何があったのかさえ分からないくらいに、ボロボロに崩壊し、所々に火柱が立っていた。まるで、そこには元からなにもなかったとでも言いたいかのように。
社長の声は、あの叫び声を最後に、途絶えたそうだ。悪人の行方は、誰も知らない。
遠ざかる船から見た島は、闇夜の海で光り続けていた。誰かが言った。まるで、「北の灯台」だと。でも、そんなことは、どうでもよかった。
ただひとつ、言えるのは――。
島から本土に向かうまで、凪の海には、一切の風が吹かなかった。
やわらかな風にのって、天使のような美しい女性が、空から戻ってくることなんて、なかった――。
2025/05/10 分割した後半部分を一部修正。第八話→第九話へ。
2025/05/17 内容を一部修正・追加し、第九話→第十話へ。
2025/05/22 旧第十話を分割し、後半部分を修正。
2025/06/07 誤字訂正。




