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天照の灯  作者: 早田 サナカ
天照の灯
12/18

第十二話 記念「火」

「イケメンくん!その子やばいって!もうバケモンみたいになってんだって!」

「うちらで水のバリア作るからさ、ちょっと待ってて……!」

 双子の声を遮って、蒼葉は言う。

「ありがとう。でも、必要ないよ。化け物なんかじゃない。灯里なら、きっと、わかってくれる。」


「灯里。」

 その声に私は、我に返って、身震いした。

 謝らなきゃ……。

 でも、声が出なかった。怖かった。許されないのも、許されるのも、どうしようもなく、怖い感じがした。やっと、本当に会えたのに、私は、どうして、こんなになってしまうのだろう。


「ずっと、君を探していた。でもずっと、君から逃げてきた。変だろ?俺、結局昔からずっとバカで、自分勝手なんだ。でも、もし、もしもうひとつだけ、自分勝手をしていいのなら……。」

 そう言って、蒼葉は、優しく私の左手をとった。

「あの日の続きを、させて欲しい。」

そして、その手を、彼の右頬に、マスク越しに押し当てた。

「だめ!」

 ほんの少しだけ、小さな火の粉が出てきて、マスクが焼かれていく。ゆっくりと彼の頬があらわになる。蒼葉は、やっぱりあのときの傷を……!

「ねえ、熱いよ。火傷しちゃうって、ねえ……!」


「ねえ、蒼葉、あのときは、本当にごめ……」

 久しぶりに見た彼の素顔。

 彼の、右頬には――。


 小さな傷跡のようなものがあるだけだった。


「えっ?」

 蒼葉はゆっくりと笑った。

「な。大したことないだろ?男ならこれくらいの傷、誰だってあるさ。だから、もう苦しまないでほしい。謝ったりなんて、しないでほしい。」


「蒼葉……!」

 火の粉が少しずつ大きくなって、小さな人形たちのような姿になって、蒼葉と私の身体を、円形に取り囲んだ。こんなの、初めてだった。

「改めて、久しぶり。灯里!」

「うん……!久しぶり、蒼葉!会いたかった!」

 しばらく見つめあっていて、蒼葉がハッとした顔をした。

「そうだ、君に伝えたいことがある。この島は……」


「ねえ、何やってるんです?灯里。」

 後ろにいたのは、楓だった。


「もしかして、敵さんと、馴れ合いですか?ふざけてます?」

 聞いたこともないような、強い声だった。彼女の手には、私がさっき飲んだ薬と同じ薬(・・・)の、カラの包装シートが握られていた。


 なんで、楓が……それを?


 瞬間、私をすり抜けた突風が、蒼葉を突き飛ばした。

「蒼葉!」

 双子たちが水のクッションを作り、蒼葉を受け止める。

「楓!やめて!私の、大事な人です!」


 楓は笑った目のままに、首を傾げた。

「大事だろうが、なんだろうが、知ったこっちゃなしです。敵は敵ですよ。」

 違う、蒼葉は敵じゃない……!


「灯里、もう、過去の清算は済んだのでしょう?ではもう、要らないはずです。灯里はもう、過去になんて囚われる必要ない!」

 違う、まだ何も、済んでない……!


「灯里は、明日もわたしと一緒に、ご飯を作って、お風呂に入って、一緒に……幸せをいっぱい作るんですから……ね?だから、その人を殺してください。灯里ができないなら、わたしが……!」


「違う!」

 気づいた瞬間、私の炎は、楓に向かっていた。

「灯里……、どうして……?」

 私の炎は、楓の直前で止まって、そのまま消えた。

「楓、蒼葉は……。」


「『今だ!』」

 尖った水流が、私の頬を横切って、楓を飲み込む。

「あぅ……。」

 楓は、空中に揺蕩(たゆた)う水に手足をとられ、身動きが取れなくなった。

 双子は指鉄砲の銃口を向ける。

「要はこうすれば!」

「いいんでしょ!」

 双子の指には、水の力が圧縮されていく。


「楓!」

 発された、水鉄砲。だめだ、私の炎じゃ、間に合わない――!



「うっ!」

 上がったのは、低いうめき声。銃弾を受けたのは、楓を庇った、蒼葉だった。


「『蒼葉くん!』」

「蒼葉……?」


  蒼葉は、左腕を押さえながら、答える。

「大丈夫。かすり傷だよ。さあ、これでイーブンです。話を、聞いてもらえませんか、事業部長。俺は、あなたのことも助けたい。」


「助ける……?いったい、何からです?」

「この島から……、いや、あなたの、お父さんからですよ。」

 一瞬、楓の風は迷いを見せた。

「あなたは、気づき始めているはずです。その身体がもう、長く持たない運命だということに。能力を使うたび、激しい痛みが、伴っているはずです。」

 楓は黙って、俯いていた。


「事業部長、あなた、このままだと、殺されますよ。あなたの、お父さんに。」

 楓は、俯いたまま、はっとしたような顔で、目を見開いた。そして何かを言おうと、顔を上げた、その時だった。


「事業部長!」

「しっかりしてください事業部長!」


 職員たちが、楓に駆け寄って、彼女を励ます。

「あんな、うちを辞めたような奴の言うこと、聞く必要ないですよ、事業部長。社長は、あなたのことを愛していらっしゃいますよ。」

「騙されたらだめですよ、事業部長!」

「社長のことを悪く言う奴らなんて、軽く吹き飛ばしてくださいよ!」

「そうですよ!私たち、私たちだけが、『仲間』でしょう?」


 彼らの声に、作り笑いのような顔で応じた楓は、震えながら、また強い風で、蒼葉を突き飛ばした。その風圧に、双子たちもふらつきながら、また水のクッションを作る。

「ねぇギブギブ!そいつ説得する作戦なんてやっぱ無理だって!やめようよ、蒼葉くん!」

「うちら、自分のこと守るだけでもやっとだわ。蒼葉くん、次きたらもう、受けらんないよ!」


 私には、いま目の前で起こっていることの意味が、よくわからなくなってきていた。誰が、誰のために、何のために戦っているのか。どうして、私たちが戦わなければならないのか――。

 力が思うように、温まらない。私の感情は、向かうべき方向を見失ったように、ぐちゃぐちゃになっている。

 さっきまで動いていたはずの身体が、重い。薬が、切れたんだろうか。目の前で起こっていることが、全部遅れて頭に入ってくるような感じがする。


 気づけば楓は、もはや血の通っていないくらいに真っ白な手を、高く掲げていた。

「やっぱりわたしは、事業部長だし、加賀屋公彦の娘なんです。最後まで、お父さんの夢を、守ります。だから……、死んでください。敵さん。」

 

「だめ!」

 その声は、私の口から発せられていた。青い火柱が、壁のように蒼葉たちを取り囲み、風を受け止める。


「楓、もうやめてよ……。」

 私の言葉は、涙に震えていた。

 楓は少し後ずさりして、風を弱める。


「事業部長!」

「こんな奴らの言うこと、お聞きになるんですか!」

「そうや!能力者に悪い人間なんておるはずない……、脅されてるんや、あの小田垣とか言う奴に!」

 氷の能力者たちが、身体に刃を纏い始める。今にも、襲いかかろうという構えだった。


「待って、待ってください、皆さん……。ちょっとだけ、お願いです。灯里と、話させてください。」

 楓が、私のもとに近寄ってくる。

 私も、ゆっくりと楓の方へ向かう。

「事業部長!危険です、下がってくださ……」

「灯里!待て……」

 職員たちや、蒼葉の声は、温かい風で、かき消されていく。


 炎と風が、私と楓を、ゆっくりと取り囲んでいく。蒼葉や双子たちや、戦っていた職員たちの姿が、声が、段々と焔の向こうに隔絶されていく。

 私たちは、まるで太陽のなかにできた空洞にいるみたいに、温かな世界にふたり、包まれていた。


「ねえ、灯里。ここでなら、わたし、ただの、灯里のことが大好きな、『楓』でいて、いいですか?」

 私は頷く。きっと、楓はこのときを、ずっと待っていた。そう感じたから。

「ありがとう、灯里。わたし、痛くて、つらくて、でも、わたしは、わたしをしなきゃ、いけなくて……。ずっと、ずっと、怖かったんです。寂しかったんです。でも、お父さんを、助けたかったから、お父さんを……、わたし、でも、もう……!」


 太陽のなかで、私は、楓のことを、強く抱き締めた。

 今の楓がいちばん欲しいもの、それは、「自分を止めてくれる、この島の『普通』じゃない存在」なのだと、気づいたからだった。


「ねえ、楓。手、出してください。」

 楓は、少し不思議そうに、右手を差し出した。


「二週間記念、なんでしょ。今日。」

 そう言って私は、楓と私の右手の薬指に、小さな炎のリングをつけた。


 火の粉みたいな青い炎が、ふたり指輪の周りを、ふわふわと舞っている。

「熱かったら、言ってね。」

「全然……、あったかい……。」

 楓は、安らかな笑みを浮かべ、涙を流していた。こんな楓、初めて見た。


 温かく、ゆっくりと過ぎる時間の中で、私たちは、抱きしめ合っていた。


 永遠みたいに光る時間。

 でも、終わりのときは、突如として訪れた――。

2025/05/22 旧第十話「深紅の(メイプル)」を分割し、前半部分を中心に整理。

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