第十二話 記念「火」
「イケメンくん!その子やばいって!もうバケモンみたいになってんだって!」
「うちらで水のバリア作るからさ、ちょっと待ってて……!」
双子の声を遮って、蒼葉は言う。
「ありがとう。でも、必要ないよ。化け物なんかじゃない。灯里なら、きっと、わかってくれる。」
「灯里。」
その声に私は、我に返って、身震いした。
謝らなきゃ……。
でも、声が出なかった。怖かった。許されないのも、許されるのも、どうしようもなく、怖い感じがした。やっと、本当に会えたのに、私は、どうして、こんなになってしまうのだろう。
「ずっと、君を探していた。でもずっと、君から逃げてきた。変だろ?俺、結局昔からずっとバカで、自分勝手なんだ。でも、もし、もしもうひとつだけ、自分勝手をしていいのなら……。」
そう言って、蒼葉は、優しく私の左手をとった。
「あの日の続きを、させて欲しい。」
そして、その手を、彼の右頬に、マスク越しに押し当てた。
「だめ!」
ほんの少しだけ、小さな火の粉が出てきて、マスクが焼かれていく。ゆっくりと彼の頬があらわになる。蒼葉は、やっぱりあのときの傷を……!
「ねえ、熱いよ。火傷しちゃうって、ねえ……!」
「ねえ、蒼葉、あのときは、本当にごめ……」
久しぶりに見た彼の素顔。
彼の、右頬には――。
小さな傷跡のようなものがあるだけだった。
「えっ?」
蒼葉はゆっくりと笑った。
「な。大したことないだろ?男ならこれくらいの傷、誰だってあるさ。だから、もう苦しまないでほしい。謝ったりなんて、しないでほしい。」
「蒼葉……!」
火の粉が少しずつ大きくなって、小さな人形たちのような姿になって、蒼葉と私の身体を、円形に取り囲んだ。こんなの、初めてだった。
「改めて、久しぶり。灯里!」
「うん……!久しぶり、蒼葉!会いたかった!」
しばらく見つめあっていて、蒼葉がハッとした顔をした。
「そうだ、君に伝えたいことがある。この島は……」
「ねえ、何やってるんです?灯里。」
後ろにいたのは、楓だった。
「もしかして、敵さんと、馴れ合いですか?ふざけてます?」
聞いたこともないような、強い声だった。彼女の手には、私がさっき飲んだ薬と同じ薬の、カラの包装シートが握られていた。
なんで、楓が……それを?
瞬間、私をすり抜けた突風が、蒼葉を突き飛ばした。
「蒼葉!」
双子たちが水のクッションを作り、蒼葉を受け止める。
「楓!やめて!私の、大事な人です!」
楓は笑った目のままに、首を傾げた。
「大事だろうが、なんだろうが、知ったこっちゃなしです。敵は敵ですよ。」
違う、蒼葉は敵じゃない……!
「灯里、もう、過去の清算は済んだのでしょう?ではもう、要らないはずです。灯里はもう、過去になんて囚われる必要ない!」
違う、まだ何も、済んでない……!
「灯里は、明日もわたしと一緒に、ご飯を作って、お風呂に入って、一緒に……幸せをいっぱい作るんですから……ね?だから、その人を殺してください。灯里ができないなら、わたしが……!」
「違う!」
気づいた瞬間、私の炎は、楓に向かっていた。
「灯里……、どうして……?」
私の炎は、楓の直前で止まって、そのまま消えた。
「楓、蒼葉は……。」
「『今だ!』」
尖った水流が、私の頬を横切って、楓を飲み込む。
「あぅ……。」
楓は、空中に揺蕩う水に手足をとられ、身動きが取れなくなった。
双子は指鉄砲の銃口を向ける。
「要はこうすれば!」
「いいんでしょ!」
双子の指には、水の力が圧縮されていく。
「楓!」
発された、水鉄砲。だめだ、私の炎じゃ、間に合わない――!
「うっ!」
上がったのは、低いうめき声。銃弾を受けたのは、楓を庇った、蒼葉だった。
「『蒼葉くん!』」
「蒼葉……?」
蒼葉は、左腕を押さえながら、答える。
「大丈夫。かすり傷だよ。さあ、これでイーブンです。話を、聞いてもらえませんか、事業部長。俺は、あなたのことも助けたい。」
「助ける……?いったい、何からです?」
「この島から……、いや、あなたの、お父さんからですよ。」
一瞬、楓の風は迷いを見せた。
「あなたは、気づき始めているはずです。その身体がもう、長く持たない運命だということに。能力を使うたび、激しい痛みが、伴っているはずです。」
楓は黙って、俯いていた。
「事業部長、あなた、このままだと、殺されますよ。あなたの、お父さんに。」
楓は、俯いたまま、はっとしたような顔で、目を見開いた。そして何かを言おうと、顔を上げた、その時だった。
「事業部長!」
「しっかりしてください事業部長!」
職員たちが、楓に駆け寄って、彼女を励ます。
「あんな、うちを辞めたような奴の言うこと、聞く必要ないですよ、事業部長。社長は、あなたのことを愛していらっしゃいますよ。」
「騙されたらだめですよ、事業部長!」
「社長のことを悪く言う奴らなんて、軽く吹き飛ばしてくださいよ!」
「そうですよ!私たち、私たちだけが、『仲間』でしょう?」
彼らの声に、作り笑いのような顔で応じた楓は、震えながら、また強い風で、蒼葉を突き飛ばした。その風圧に、双子たちもふらつきながら、また水のクッションを作る。
「ねぇギブギブ!そいつ説得する作戦なんてやっぱ無理だって!やめようよ、蒼葉くん!」
「うちら、自分のこと守るだけでもやっとだわ。蒼葉くん、次きたらもう、受けらんないよ!」
私には、いま目の前で起こっていることの意味が、よくわからなくなってきていた。誰が、誰のために、何のために戦っているのか。どうして、私たちが戦わなければならないのか――。
力が思うように、温まらない。私の感情は、向かうべき方向を見失ったように、ぐちゃぐちゃになっている。
さっきまで動いていたはずの身体が、重い。薬が、切れたんだろうか。目の前で起こっていることが、全部遅れて頭に入ってくるような感じがする。
気づけば楓は、もはや血の通っていないくらいに真っ白な手を、高く掲げていた。
「やっぱりわたしは、事業部長だし、加賀屋公彦の娘なんです。最後まで、お父さんの夢を、守ります。だから……、死んでください。敵さん。」
「だめ!」
その声は、私の口から発せられていた。青い火柱が、壁のように蒼葉たちを取り囲み、風を受け止める。
「楓、もうやめてよ……。」
私の言葉は、涙に震えていた。
楓は少し後ずさりして、風を弱める。
「事業部長!」
「こんな奴らの言うこと、お聞きになるんですか!」
「そうや!能力者に悪い人間なんておるはずない……、脅されてるんや、あの小田垣とか言う奴に!」
氷の能力者たちが、身体に刃を纏い始める。今にも、襲いかかろうという構えだった。
「待って、待ってください、皆さん……。ちょっとだけ、お願いです。灯里と、話させてください。」
楓が、私のもとに近寄ってくる。
私も、ゆっくりと楓の方へ向かう。
「事業部長!危険です、下がってくださ……」
「灯里!待て……」
職員たちや、蒼葉の声は、温かい風で、かき消されていく。
炎と風が、私と楓を、ゆっくりと取り囲んでいく。蒼葉や双子たちや、戦っていた職員たちの姿が、声が、段々と焔の向こうに隔絶されていく。
私たちは、まるで太陽のなかにできた空洞にいるみたいに、温かな世界にふたり、包まれていた。
「ねえ、灯里。ここでなら、わたし、ただの、灯里のことが大好きな、『楓』でいて、いいですか?」
私は頷く。きっと、楓はこのときを、ずっと待っていた。そう感じたから。
「ありがとう、灯里。わたし、痛くて、つらくて、でも、わたしは、わたしをしなきゃ、いけなくて……。ずっと、ずっと、怖かったんです。寂しかったんです。でも、お父さんを、助けたかったから、お父さんを……、わたし、でも、もう……!」
太陽のなかで、私は、楓のことを、強く抱き締めた。
今の楓がいちばん欲しいもの、それは、「自分を止めてくれる、この島の『普通』じゃない存在」なのだと、気づいたからだった。
「ねえ、楓。手、出してください。」
楓は、少し不思議そうに、右手を差し出した。
「二週間記念、なんでしょ。今日。」
そう言って私は、楓と私の右手の薬指に、小さな炎のリングをつけた。
火の粉みたいな青い炎が、ふたり指輪の周りを、ふわふわと舞っている。
「熱かったら、言ってね。」
「全然……、あったかい……。」
楓は、安らかな笑みを浮かべ、涙を流していた。こんな楓、初めて見た。
温かく、ゆっくりと過ぎる時間の中で、私たちは、抱きしめ合っていた。
永遠みたいに光る時間。
でも、終わりのときは、突如として訪れた――。
2025/05/22 旧第十話「深紅の蜜」を分割し、前半部分を中心に整理。




