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9月(中)ーー見回り

金色の風船とリボンで飾り付けられた品評会の展示会場にはすでに人だかりができていた。


 品評会というのは、農作物や工作品などを一堂に集めて優劣を競う大会のことで、品目ごとに1等から3等までを決め表彰する大会のようなものだ。昔は秋の狩猟祭とは別に行われていたらしいけど、一気にやった方が盛り上がるだろうという豪快な理論で十数年前から一緒に開催されるようになった。


 豚、牛、馬、レース編み、刺繍、ワインに林檎などなど、品目ごとにエリアが分かれているのだが、一番賑わっているのは「お化けかぼちゃ」だろう。今日も大勢の人が5〜6mもある大きなお化けかぼちゃを見上げていた。


 何が良いって、このお化けかぼちゃはお子様方に人気があるんだよね。悪徳錬金術師を見張るのに飽きてきた頃合いの子供達なんてお化けかぼちゃに一直線だ。


 さらば! 悪ガキどもよ!!


 私が「フハハハハ」と悪役っぽく腕を組んで笑って子供達に別れを告げていると、先輩のマカオン調査官が胡乱げな目で私を見ながら近づいてきた。


「イーゲン、お前ついに壊れたのか?」


「ついにってなんですか!?」


「いやだって、お前気持ち悪い笑みを浮かべてたし……」


 先輩の心ない一言に私はいたく傷ついた。なので、朝からたまった鬱憤を先輩にぶつけて晴らすことにした。


「マカオン先輩、一つ教えてあげます。女性に気持ち悪いなんて言ってるからいつまで経っても年齢=彼女いない歴なんですよ」


「はぁ!? 余計なお世話だし! そもそも綺麗なお姉さんにはそんなこと言わないし!!」


「最悪。容姿で態度を変える男とか真っ当な女性なら相手にしないと思います」


 さらに、「ザ・綺麗なお姉さん」の代表格(注:エリーセ選)のアレクサンドラさんが残念なものを見る目でマカオン先輩を見てくれたおかげで、マカオン先輩は黙り込んだ。


 私達は先輩に素敵な彼女が出来ますようにと祈念すると、憮然とした表情の先輩に別れを告げ、来たときとは別の道からギルドに向かった。長居をしても良いことはなさそうだからね。


 結局、私とアレクサンドラさんは午前中だけでギルドと品評会の会場を3度も往復して、ようやくお昼休みに入った。


 お昼休憩は各人1時間で、交代で休憩をとっていくことになっている。


 臨時警備スタッフ用の休憩室で昼食をとるというアレクサンドラさんと別れて調査官室に戻ると、先に休憩に入っていたシエルくんがお昼ご飯も食べずに机に突っ伏していた。

 

「お疲れ様。大丈夫?」


 屋台で仕入れてきた冷たいコケモモのジュースを机の上にことりと置くと、シエルくんが顔を上げた。


「あぁ、エリーセ先輩戻って来られたんですね。これはコケモモですか? ありがたくいただきます」


 ゆっくりとコケモモのジュースを飲み干すシエルくんの目は赤く腫れていて疲れが見えた。いつも爽やかなシエルくんしか見たことがなかったけど、シエルくんでもくたっとしてることがあるんだね。心配しつつもちょっと新鮮な感じがしてまじまじと見つめていると、シエルくんが困ったように言った。


「エリーセ先輩、そんなに見つめられると照れるというか……」


「あっと、ごめんごめん。ちょっと心配になっちゃって」


「僕ならもう大丈夫ですよ。ヤマは超えたはずです」


「ならいいんだけど、無理しちゃダメだよ?」


 そう言って追加で特製ポーションの栓を切って渡す。レオン達にも定期的に卸してるこの特別なポーションで午後を乗り切ってもらおう。正体を告げずに渡してみたら、シエルくんはポーションを口に含むや固まった。


「先輩、これってもしかして……」


 おそるおそるという感じでシエルくんが尋ねてきた。

 さすがは即効性の完全回復薬〈エリクシオール・ポーション〉、一口飲んだだけでシエルくんに爽やかさと潤いが戻っている。兄弟子を拝み倒してレシピを譲って貰っただけのことはある。


「んー? 消費期限が迫ってたし、私には効果がないからね」


「だからといって、栄養剤がわりに使うのはいかがなものかと思いますよ?」


 シエルくんがちょっと呆れたように言った。


「『必要な人に必要な物を』がうちの一門のモットーよ? 私が必要と判断したんだから問題は何もないわ」


「……先輩ちょっとかっこいいこと言ってますけど、消費期限が迫ってたってさっき自分で言ったばかりですからね?」


「しまった。でもどっちも本音だし、別にカッコつけたいとかそういうのじゃないんだからねっ!」


 慌てて取り繕うと、ポーションを飲んでいたシエルくんが咳き込んだ。


 ああー!! せっかくの〈エリクシオール・ポーション〉が!! なんともったいない。


「失礼しました。先輩がカッコつけようと思ってないことはこれまでの付き合いでよく分かってるつもりですから、変な言い方しないでください。それよりエリーセ先輩にお伝えしておきたいことがあるんです」


 シエルくんは口を拭うと、盗聴防止用の〈結界〉を張りながら声を落として言った。


「なぁに?」


「午後の警備、気をつけてください」


 シエルくんが私のことを心配してくれているのは伝わって来た。けれども気をつける理由がわからず、私も声を落として尋ねた。

 

「えっと、どういうこと?」


「6月のサキシオル島での一件で、ギリア海の警備を担当していたうちの国が東西の大国から空賊におくれをとった責任を問われているのはご存知ですか?」


「え?」


 あれって空賊というか、西のヘリファルテと東のヴェレンクラフトの特務部隊の仕業だったんじゃないの? 自分たちの所業なのに警備してたアリーセ王国の責任を追及するって、いくらなんでも無茶苦茶だし、酷すぎない?


 そう思っての「え?」だったのだが、私の驚きをシエルくんは別のものと勘違いしたようだった。


「いや、違うんです。エリーセ先輩はたまたま居合わせただけですから、先輩が責任を感じたりする必要は全然ないんですよ。デトリアーノを止めるなんていくら先輩でも無理ですからね」


 慌ててシエルくんがフォローしてくれる。そうじゃないと言いたかったけれども、レオンから耳にタコが出来そうなくらい言い聞かされている。分かってるよ、東西の大国の関与について私は見てないし、知らない。

 

 仕方なく、シエルくんの勘違いはそのままにしておく。


「責任追及と言っても非公式な形ですが、最終的にベル第一王女殿下が東西のどちらかから婿を取ることで落ち着きそうです。属国化の第一歩ってところですね。すでに東西の間ではどちらがベル王女殿下の『(ハート)』を射止めるかで凌ぎを削っていますし、秋の狩猟祭に王女殿下が参加されるのもその一環と見て間違いないと聞きました」


「うわぁ」


 10歳の女の子に随分とえげつないなというのが私の率直な感想かな。ついでに言うと、こんな話は聞きたくなかった。政治とか外交の世界は複雑怪奇な上に、決して気分の良いものではない。

 

 うちのギルドでも、ギルド長や室長とか役職者はよく王宮に呼ばれてるけど、やっぱりこういう話が多いのだろうか。他人任せにするべきことじゃないのは分かってるんだけど、それでもやっぱり権謀術数がめぐらされる世界って私にはしんどいなぁ。


 けれども、例えば目の前にいるシエルくんなんかは、そういったことも卒なくこなしてしまうんだろうなと思う。少なくとも外目にはかなりスマートに物事を運んでそうだ。


 親しい友人がどこか遠くに行こうとしているような錯覚に陥ってぼんやりシエルくんを眺めていると、シエルくんが心配げに私を覗き込んできた。


「ほんと、午後からの警備は注意してくださいよ。先輩なら万が一の事態が起きても大丈夫だって信じていますけど、ベル王女の婚約を阻止しようとする勢力が邪魔してくるかもしれませんし、東西の大国が水面下で争ってる可能性も高いですし、何より……」


「何より?」


「……とんでもないじゃじゃ馬って噂です」


 うちの第一王女殿下はいったい何をやらかしたんだ?


「いやでも、私の受け持ちエリアには来ないはず……はず……」


 私の呟きはシエルくんの張った〈結界〉に触れると甘い砂糖菓子のように溶けて消えていった。


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