8月(中)ーー警備計画
アリーセ王国は、夏真っ盛り。今年は急に暑くなったので、私もちょっと夏バテ気味だし、花壇のお花もぐったりとしていて可哀想になってくる。
王宮や公共の施設では建物内の空気を定期的に冷却しているので涼しいけど、結構な量の魔力を消費するので、大抵の人は市販の〈氷結の腕輪〉とか〈そよ風〉の魔法陣を刺繍した服で暑さをしのいでいる。あと、夏は図書館に行く人も増えるかな。
うちのギルドはウォルフガング室長が豊富な魔力に任せてギルド中を常時快適な温度を保ってくれているおかげでとても涼しい。というわけで、記録的な猛暑に見舞われた今年、ギルドには多数の職員が「休日出勤」していた。
調査官室でも中年3人組やベテラン調査官がのんびり仕事をしながら涼んでいる。みんな魔導師なんだから、自分一人くらいなんとかできるでしょうにと思ったのだが、そんなことをした日には家族からの非難が殺到するらしい。哀愁を漂わせて説明されたけど、確かに、唸るような暑さに耐えているときに、旦那さんや父親が一人涼しそうにしていたら、控えめに言って「ズルイ!」って思うかも。
ちなみに私は夏の間はもっぱら〈工房〉に入り浸っている。
〈工房〉は、もともと実験や材料の保管のために、室温・湿度・明暗を設定することができるようになっているからね。涼しくすることも暖かくすることもできる。これを活用しない手はないのだ。
そんな私が休日にもかかわらずギルドにやってきたのはなぜか?
もちろん、お仕事のためである。
まぁ、お仕事するのは午前中だけなんだけどね。午後からはミュルミューレちゃんと一緒に服飾街1番エリアにある「カレンドゥラ服飾店」に行く予定だ。
休日出勤の原因でもある「秋の狩猟祭」の警備体制の見直し作業は色々と難航していた。シエル君やミハイル室長代理から話を聞いたところ、外国からのお客様のご要望が第一優先とのことだった。なので、まずは、東西の警備担当者に要望を確認したうえで、うちの国の騎士団と近衛に話を持っていこうとしたのだ。
だが、どちらの国からも意訳すると「部外者であるお前に王族の警備体制なんて重要機密を教えるわけないだろう、バーカ」という返事が返ってきた。
これに対する私の反応は、意訳すると「誰もお前らの警備体制の詳細なんて聞いてないわ! 主催者に準備してほしいこととか配慮して欲しいことを聞いただけだよ、バーカバーカ!」というものだった。
あっと、これは全然意訳じゃない。ストレートに私の本音だね!
返事の手紙を握りしめてムスッとした顔をしていた私を見て、ミハイル室長代理は「人選ミスったかな」と言い、シエル君は「うちみたいな小国は、当日何を言われても大丈夫なように準備しておくしかないんですよ」と宥めてきた。
それならそうと早く言って欲しかったよ!
しかし、収穫もあった。東の大国から出席されるリヒト・ディソーネ第2王子殿下の警備担当者のお名前は、シュナイダーさんで、西の大国から出席されるルース・デラルナ王弟殿下の警備担当者のお名前はガルシアさんというらしい。
名前が分かればどんな人なのかちょっとは調べられるかもしれないからね。次の打ち合わせの時に、騎士団と近衛に尋ねてみようと思っているリストの一番上に載せておく。
もう一つ悩んでるのはギルドの警備体制そのものの見直しだ。何が難しいって、今年は王族の方々がお忍びで参加するわけだけど、王族の方がいらっしゃる区画に、臨時雇いの冒険者を警備として立たせるわけにはいかないらしい。
しかも、ベル王女殿下が「当日は自分たち姉妹とリヒト王子殿下、ルース王弟殿下の4名だけで回りたいから、近衛や騎士団が張り付くのはやめてくれ」と言い出したのだ。
一番はじめにこの要望を室長代理から聞いた時は耳を疑った。あと、我らが第一王女殿下は結構ワガママだなって思った。自由に出歩きたいのはわかるけど、こっちは警備しないわけにはいかないんだよ!
お忍びの時点で既に警備が大変なのに、さらに王女殿下方に分からないように警備しないといけないなんて。王女様のわがままのせいで、私の仕事の難易度は格段にはね上がった。
でも、第一王女殿下はまだ10歳。周りが諌めなかったのは、多少のわがままには目をつむってあげたいと思ったからか、わがままの結果を見てもらおうと思ったからかのどちらかであると信じよう。
私が頭を悩ませながらヘケナ草原の地図に水晶の定規とコンパスで線を引いていると、ミュルミューレちゃんがやってきた。
「先輩、おはようございます! 市場で『から揚げ弁当』を買ってきたので、あとで一緒に食べましょう」
「やった! いつも売り切れで最近食べてなかったから嬉しいなぁ。お店の唐揚げって、家で作るのとなんか違うんだよね。ありがとう」
お礼を言うと、ミュルミューレちゃんはにっこりと微笑んでから私の持っている地図を見た。
「もういっそのこと、冒険者を雇うのやめて、騎士団と近衛兵に冒険者のふりして警備してもらったほうが早くありませんか?」
「いいアイデアだけど、今年だけ急に冒険者を雇わなかったら今年は何かありますよって言ってるようなものだよ。それに、冒険者の中には毎年このお仕事をあてにしている人もいるからね」
「うぅ、確かに。しかし、なんだってお忍びで参加するかなぁ。何も今年でなくてもいいのに」
ミュルミューレちゃんが頭を掻きむしって言った。
「そうだよね。あっ! でもやっぱりミュルミューレちゃんの言う通り、騎士団と近衛には初めから全区画警備に入ってもらおう」
「んー、どういうことですか?」
首を傾げるミュルミューレちゃんに今思いついたことを説明する。
「二重に警備体制を敷くの。冒険者には例年通りの警備に入ってもらって、例年通りの警備にあたってもらう。ただし、『お客様』がその区画に入ったら隣の区画に応援にいってもらうなり他の冒険者の対応に行ってもらうなりして、可能な限り『お客様』との接触の可能性を減らす。でもって、騎士団には冒険者とは別の警備体制を作ってもらって『お客様』対応に専念してもらう」
ちなみに『お客様』というのは、王族御一行様のことだ。調査官室の中とはいえ、打ち合わせで「王族の方々が~」とは言えないからね。
「なるほど! 先輩に賛成です。でも警備を二重って経費がもったいないです」
「うん。もったいないね。でも、『秋の狩猟祭』で万が一『お客様』に何かあったらまずいと思うんだ。このくらいは仕方ないよ」
田舎の小国としては、今回のイベントをつつがなく終わらせて、何事もなく『お客様』に自国に帰ってもらうことほど大事なことはない。
特にこの6月にアリーセ王国はギリア海の守備を担当中に、まんまと空賊にゴーレム核を盗まれるという大失態を演じたばかりである(世間ではそういうことになっているらしい。)。重ねて問題を起こすことだけは避けたいところだ。
「そして何よりこの方法だと、私たちの仕事がとっても減る。だって、騎士団と近衛の警備体制は彼らに任せればいいし、ギルドの警備体制は基本的には例年通りでいいんだもん」
私がそう言うと、ミュルミューレちゃんが尊敬の眼差しでこちらを見てきた。
「さすが先輩!」
「そうと決まれば、明日さっそくシエル君とミハイル室長代理に相談ね。これで今日他にやることはないわ! ちょっと早いけど昼ごはんを食べて、カレンドゥラ服飾店に行っちゃおう!」
というわけで午後一番、私はミュルミューレちゃんと一緒に服飾街1番エリアに向かい、空いた時間で他の高級店のウインドウを存分に堪能してから、藍色のマントを夜空に見立てて幾つもの星を散らした意匠の看板を掲げる「カレンドゥラ服飾店」の扉を叩いた。




