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4月(中)ーーきのこマウンテン

 シエルくんが床を蹴って一瞬で間合いを詰める。〈身体強化〉をしているのだろう。早すぎて私の目では動きが追えない。思わず半歩下がってしまったが、足がつく前に〈全自動迎撃装置〉が作動して、シエルくんの〈魔剣〉〈オートクレール〉の刀身が霧散した。


 シエルくんは空中で素早く身を翻すと、降参とばかりに両手を上げて着地した。でも、その間も〈全自動迎撃装置〉から目を離さず、悔しそうというよりかは、好奇心でいっぱいという感じで観察を続けている。私の方は、きちんと作動してくれてよかったという気持ちでいっぱいだけどね。


 しかし、ホッとしたのも束の間、雷が落ちた。



「おまえらっ! 調査官室で何馬鹿なことやってんだ!」



 大きな怒鳴り声に私は思わず首をすくめた。調査官室室長代理、鬼のミハイルさんのご登場である。左を見るとシエルくんが右手に握った〈オートクレール〉を背中に回したが、時すでに遅しというやつである。



「ったく、シエル。おまえはもう少し利口なやつだと思ってたぞ。」



 シエルくんが目に見えて落ち込んだ。

 


「それから、エリーセ!」


「ひゃい!」



 大声で名前を呼ばれたので変な声が出てしまった。



「おまえは簡単に流されすぎだ。ちったぁ断れ。」



 うぅ。正論である。先輩として後輩二人を諫めるべきだった。シエルくんと二人で謝罪すると、ミハイルさんは「そういうことは外でやれ、外で。」とだけ言って勘弁してくれた。そして大きなため息を一つだけつくと「今から会議を始めるぞ!」と会議の開始を告げた。調査官室で会議とは珍しい。


 ミュルミューレちゃんから回ってきた資料をみると、緊急会議の議題は、長期間地下迷宮に調査に出かけたまま帰って来ないウォルフガング室長をどうやって連れ戻すかだった。これは調査官室で会議を開くのも分かる。


 実は、旧王宮地下迷宮自体は2月には完全攻略されていた。第37層まであるダンジョンとしては異例の速さだ。最低半年はかかると言われた完全攻略が調査をしながらにもかかわらず、半分の時間で達成されたのは、途中からウォルフガング室長と騎士団長と宮廷魔導士が誰が一番初めに攻略できるか競争を始めて、お互いの足を引っ張り合いながらも大人気ない攻略をしたかららしい。。


 噂に尾鰭がついて、もはや何が真実か分からないけど、ダンジョンの〈(あるじ)〉を3人が瞬殺したとか、その後誰がダンジョンの〈管理権限〉を得るかで喧嘩し始め、うちの室長が第9階位魔法をぶっ放したとか、騎士団長が〈聖剣〉を抜いたとか、宮廷魔導士長が異界から何やら不思議な生き物を召喚したとか言われている。


 とにかく、最終的に〈管理者権限〉を勝ち取ったのはウォルフガング室長だった。しかし、騎士団長と宮廷魔導士長が地上に帰ると、人智の極みと言われる第9階位魔法〈マジック・キャッスル〉を発動させ、鉄壁の防御を誇る結界内に調査と称して籠城を決め込んだ。一緒に調査に出向いていた調査官たちは、室長を連れ帰ることを諦め、ひとまずギルドに戻ってきた。何度かミハイルさんがギルドに戻るよう言いに行ったが、会うことすらできず、今に至るというわけだ。


 〈マジック・キャッスル〉は、築城魔法を進化させた室長のオリジナル魔法らしい。築城魔法といえば、ダンジョンや災害時のベースキャンプとしてよく使われるものだけど、これを第9階位にまで極めると、それだけで難攻不落の要塞と化す。


 とはいえ、ギルドだって手をこまねいていたわけではない。先月からギルドの依頼掲示板の最上位に燦然と輝く高額懸賞金付き依頼書には、


依頼内容:ウォルフガング室長の捕縛・ギルド本部への連行。

成功条件:迷宮を破壊しないこと。室長は生きていればちょっとくらい大怪我をしていても構いません。

依頼主:アリーセ王国ギルド・リーンハルト本部ギルド長メアジー・ドーツ


と記載されている。依頼書というより指名手配書といった方が良いかもしれないけど。


 これを見た冒険者たちは若手からベテランまで、なかなかの実力者達が我こそはとダンジョン最奥の〈マジック・キャッスル〉に挑んだ。なんだか室長こそが真のラスボスという扱いになっているが、そこは気にしたら負けだ。

 挑戦した冒険者は、有名なところだと、「復活の騎士(リバイバルナイト)」のアンライバルド卿とローエングリン卿、女性ばかりの魔導士集団「東洋の魔女(エスト・ソルシエール)」とかかな。


 だが、誰も〈マジック・キャッスル〉を攻略することが出来なかった。

 ミュルミューレちゃんが配ってくれたプリントに記載されている各冒険者達が使用した魔法や魔道具のリストを眺めていると、単純な火力不足というわけではなさそうだ。なんだかみんなセーブして戦っている感じがする。


 皆が一通りプリントに目を通した頃を見計らって、ミハイルさんが口を開いた。



「問題は〈マジック・キャッスル〉の耐久性が地下迷宮より上だってことだ。なら、とれる方法は二つ。一つは、地下迷宮の強度を上げて最高火力で〈マジック・キャッスル〉を叩く。もう一つは物量作戦で〈マジック・キャッスル〉を〈解除〉していき、地下迷宮が壊れないギリギリの火力で叩く。このどっちかだ。質問あるやついるか?」


「論理的には分かるんですけど、どうやって地下迷宮の強度をあげたり、第9階位魔法を解除するんですか?」



 中年の調査官がげっそりした顔で質問する。



「それを今から考える。」


 ミハイルさんが胃のあたりをさすりながら答えると、調査官室のげっそり度合いが増した。


 後ろの方で中年の調査官たちが「いっそ騎士団に討伐依頼出そうぜ。」「騎士団長か宮廷魔導士長なら嬉々として討伐してくれるだろう。」とヒソヒソ声で話していたが、ミハイルさんが首を振りながら教えてくれた。


「騎士団長は、ギリア海に空賊退治に行ってるから無理だ。宮廷魔導士長は王命を無視して地下迷宮の探索を続け、仕事に穴開けたから今は埋め合わせに奔走して動けん。頼むにしてもどちらも2ヶ月は先だろうな。来月の国際会議に間に合わせるには俺たちでなんとかするしかない。」


 中年組は後ろの方で再び「なら、爆炎のアメリーさんに頼むっていうのはどうだろう。」とかなんとか言い出した。ここまで他力本願だといっそ清々しいね。でもね。


「だーれが、アメリーさんに頼むんだよ? できるやついるか?」


 ミハイルさんがポケットから取り出した胃薬を飲みながら厳しい現実を突きつけた。

 私の方をちらちらとみてくる中年組は無視して、若手組は建設的なプランを捻り出そうとしていた。



「結界装置を王宮か大学あたりから借りてくれば、地下迷宮の補強は可能かもしれませんね。」


 シエルくんが呟く。


「でもでも、王宮が結界装置を貸してくれるとは思えないし、大学からだと申請から装置の移動までもとんでもなく時間がかかっちゃうよ!」


 ミュルミューレちゃんが朗らかにダメ出しする。強い結界をはることが出来る固定型の結界装置は移設することを念頭に置いて作られていない。一から作る方が早いかもしれない。


「〈解除〉の方がまだ勝算がありそうね。そういえば、えげつない方法で魔力吸収する魔法をさっきみたような……?」


 私がいうと、二人も一緒に考えてくれた。そして、シエルくんとミュルミューレちゃんと顔を見合わせて3人同時に叫んだ。



「「「〈きのこマウンテン〉だ!!!」」」


 

 ミハイルさんも中年組も怪訝そうな顔をしている。無理もないよね。私だってまさか〈きのこマウンテン〉が役に立つ日が来ようとは思わなかったし。


 出来る後輩シエルくんがミハイルさん達に〈きのこマウンテン〉の概略を簡潔に説明し、ミュルミューレちゃんが手近にあった魔晶石の上にきのこを生やして実践してくれた。


 ミハイルさんが真剣な顔つきでミュルミューレちゃんの魔導書のページをめくり〈きのこマウンテン〉を検証する。

 魔導士のことは私には分からないけど、途中「おまえ、なんでこんな無駄な術式組んでんだ。これさえなければ立体魔法陣にできて威力倍増だろ!?」「あぁ~んダメです! その術式は白い斑点を星形の斑点にするために必要なんですよう!」「まじでいらねええ!!」という会話が聞こえてきたことは報告しておかなければならないだろう。なんせ、効果が2倍になるということは、単純計算で魔法の階位が一つ上がるということなのだ。


 ミハイルさんがミュルミューレちゃんの独創的な魔導書ときのこの斑点を指定する術式の取り除きに奮闘する一方、私とシエルくんは〈きのこマウンテン〉を錬金術で再現できないかと短杖作りに励んでいた。と言っても、私はシエルくんのオーダーに沿って、〈魔法文字〉や〈陣〉を魔銀の粒に彫っていっただけだけどね。中年組は倉庫に眠っていた旧型の簡易結界装置の整備を始め出し、各人ができることを頑張った。


 徹夜作業の結果、ミュルミューレちゃんのオリジナル魔法〈きのこマウンテン〉は、なんと第7階位魔法に進化し、これに比べるとだいぶ威力が落ちるけど、第5階位魔法相当の短杖もなんとか完成した。


 そして、旧王宮地下迷宮最奥の攻略は3日後に決行されることになった。錬金術師達は短杖作りに、魔導士達は〈きのこマウンテン〉の習得に、聖導士や薬師の方々はきのこ胞子対策に奔走し、その日を迎えた。


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