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帝国の船団の到着

 通商産業省の小部屋に、重苦しい雰囲気が流れた。


「君の名推理はよくわかった。フォンサール公爵陰謀論はあり得なくはない。だがな?」


 大袈裟にため息を吐いてから、マルカンは続ける。


「フォンサール公爵と、ハインツ皇子が結託してるかもしれないからって何だと言うんだ。まず、ハインツ皇子を叩く材料を見つけないとどうしようもないぞ」

「そんなの、捏造でもなんでもするさ。マルカン卿も最初からそのつもりだったのだろう?」

「さてね」


 マルカンはとぼけ、書類を再びめくった。だがこれらは全て、ミアラ王国の通商産業省の文官たちが目を通し、認可した記録だ。そう簡単に、東シュタイン商会の違反が見つかるはずもない。エルンストがくっきりとした黒い眉を上げた。


「善人ぶるなよ。さっきから、ハインツ皇子の商会の使用している倉庫の住所を気にしてるじゃないか」

「ん、そうか?」

「そこに麻薬でも、兵器でも仕込めばいい。そして火事を起こして騒ぎを起こし、多くの人々の目に触れさせるんだ」


 考えていたことは大体同じだったとマルカンは肩をすくめた。マルカンは、海軍で十分な権力を持っている。押収品から麻薬や兵器を調達し、密かに仕込むことも難しくなかった。そしてハインツ含め帝国に悪意ありとすれば、ヴァレンティナとの婚姻を白紙に戻せるだろう。


「しかし、コートニー卿はでっち上げに手慣れているような……」

「何だと?」

「もしかして、前婚約者ファビアンにわざと女性を近付け、ふしだらな行為をさせたのか?」

「まさか。ファビアンの懐を叩いたら埃が出ただけさ」


 エルンストは顔色ひとつ変えず、首を振った。一瞬だけ、笑みをこぼす。


「でも、この捏造関係は、最終的にマルカン卿が罪を被ってくれると助かるがな」

「もしも露見したら、コートニー卿も共犯者だと必ず証言するよ」


 互いに乾いた笑みを浮かべる。そうして、ことを起こすのは帝国側の関係者が入国してからが最も良いだろうと細かい打ち合わせをした。


 ◆◆◆


 数日後、ついにヴラドワ帝国の大船団がミアラ王国へと到着した。首都にある港地区の人々は予め知らされてはいたものの、海を埋め尽くす帝国の大船団に恐怖した。名目は、ハインツ第7皇子の救助に対する謝礼ということであるが、子どもでもおかしいと思う眺めであった。


 ミアラ海軍は、通常の貿易の妨げになるとして、ごく一部の船のみの入港を許可した。あとは、港周辺に錨を下ろし、待機させる。これなら直ちに危険ではないからだ。


 また、下船してミアラの土を踏む代表者は、ヴラドワ帝国の外務事務次官フェルナンド・ジケルとその部下、護衛ら30名とした。一度港地区の迎賓館に案内された彼らに、ハインツは早速合流した。召し使いたちを退室させ、何やら密談しているという。


 ヴァレンティナは逐一報告を聞いたが、帝国の皇子と要人が会話することを、止められはしない。


(ハインツ皇子は、どのように結婚話を進めるのかしら)


 どこか他人事のように、ヴァレンティナは成り行きを眺めていた。


 ヴラドワ帝国の皇子とミアラの女王が結婚するという噂話は、尾ひれをつけて広がっていた。だが噂はまだ噂のままであり、公式にはなっていない。一国を治める女王として覚悟や、ハインツへの同情はあるが、自由な少女の心が、ハインツは嫌だとまだ抵抗していた。


 ヴァレンティナはまず、外務事務次官フェルナンド・ジケルと謁見室にて対面し、謝礼の品々と、皇帝からの書簡を受け取った。


 その夜、ヴラドワ帝国の人々を歓迎する晩餐会が開かれ、次いで舞踏会となる。


 煌々と光を放つシャンデリアの下、ハインツは、ホールで最も目立っていた。今までもミアラで仕立てた、十分に立派な衣裳を着ていたが、今夜は帝国から持ち込まれたものだ。


 布地は職人が年に一枚程度しか作成できないような、難しく繊細な織地であり、更に金糸で刺繍が施されていた。ハインツは元々体格が良く、顔立ちも整っていて見映えがする男である。商会を大きく育て上げたと言うからには、頭も相当切れると思われた。


 もしも第一皇子に生まれていたら、きっとヴラドワ帝国で華やかな生涯を送れたのだろう。ヴァレンティナは、彼に同情をした。


「――ええ、冷たい海に落ちてもうだめだと思ったときです。彼女が私を救ってくれたのです」


 我に帰ると、ハインツがジケル外務事務次官に対し、熱心に話をしていた。


「何のお話ですの?」

「おや、酔ってしまわれましたか?陛下が海に落ちた私を、救って下さったときの話です」


 酔っているのはハインツだろうと、ヴァレンティナは眉をひそめた。船が沈み、海に落ちたハインツを助けたのは、近くを通りかかった漁船の漁師と聞いている。そもそも、ヴァレンティナは絶対に海になど出ない。母を奪った海を、ひどく恐れていた。


「私は人魚ではなく、妖精の血を引いているだけの人間です。泳ぎは得意ではありません」

「でも、私は今、恋の海に溺れていますからね。どうぞ助けて下さい」


 何がおかしいのか、ハインツとジケルたち帝国側の者は大いに笑った。


「比喩が多すぎて、わかりませんわ」

「では直接的に申しましょう。女王陛下、あなたを愛しています」


 恭しくハインツはヴァレンティナの手を取り、甲にキスをした。帝国の者たちが一斉に歓声を上げる。愛してなどいないくせに――ヴァレンティナの胸の奥が、切なく痛んだ。この世にこんなに寒々しい台詞があったのかと感心はできた。


「あなたのお気持ちに感謝します」


 謝辞を述べるとは、すなわち受け入れるということだ。


 ハインツの鳶色の瞳は、達成感に輝いた。

 彼は、偶然出会った二人が、お互いに惹かれ合ったというシナリオを用意したらしい。かなり無理があるが、ミアラ王国の人々はこのようなロマンチックな話が好きだ。ヴァレンティナの祖父と、妖精姫が恋に落ちた話に寄せたのだろう。


 そのとき、出入口の方が騒がしくなった。近衛騎士の一人がヴァレンティナに近付き、そっと耳打ちをする。


「陛下、港近くの倉庫で火災です」

「大規模なの?」

「いえ、現在は消し止められましたが、ハインツ皇子が関わっている商団の倉庫から、大量の重火器が発見され……」


 思わず眼差しをハインツに向けるヴァレンティナだが、彼にも関係者がやって来ていた。


「陛下、御前から下がらせて頂きます」

「ええ、どうぞ」


 ハインツは足早にホールの薄暗いところへと移動していく。ヴァレンティナは、ずいぶん幼稚なやり口だなと呆れていた。


 ハインツのような男が、自身と関係のあるところに危険なものを保管しているはずがない。ハインツとの結婚に反対する誰か、の仕業だろう。

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