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意外な候補

 シャンデリアの輝くホールに戻ると、ハインツは楽しそうに貴婦人と踊っていた。いっそ、自分以外の人と恋に落ちてくれたなら、とヴァレンティナは願ってしまう。


 しかし、ダンスのターンの合間にハインツはしっかりと視線を送ってきた。抜け目ない男である。



 ◆◆◆



 翌日、ヴラドワ帝国船籍の沈没事故について、全体会議が開かれた。貴族院の面々と海軍の上層部が集まっている。


「だから、外国に我が国の船を売るのは反対だったのです!事故があったときに付け入られてしまうではありませんか!」


 貴族院のひとり、フォンサール公爵が声を張った。ヴァレンティナは、かつての婚約者ファビアンの父の顔を冷静に眺める。目付きや高い鼻がそっくりだ。自分以外は愚か者だと思っていそうな節も。


「お言葉ですが、フォンサール公爵は当時、反対派ではなかったと思いますが」


 ヴァレンティナはただその一言だけを発した。思うどころではなく、正確に覚えている。船舶は単価が高く、莫大な利益を生むのでフォンサール公爵は諸手を挙げて賛成していた。


 そもそも、船を外国に売ることは、国家機密を売ることに等しく、かつては常識はずれだった。ミアラ王国国土の7割が海に面する海洋国だ。培ってきた造船技術は、外国の脅威から国を守る最重要情報の塊である。


 だがヴァレンティナは、母の命を奪った船舶事故が1件でも少なくなることを願い、船を売る施策を推進してきた。結果的に競争が発生し、世界中の船のレベルは上がった。また、ミアラ王国の真似できない技術により、利益も上がっている。


 今ではミアラ王国の船舶は世界中の海を泳いでいる。


「我が国は付け入られてはおりませんよ。ただ、陛下が慈悲深く、事故被害者を受け入れているだけです」


 宰相のネリウスが、ヴァレンティナの代わりに発言をした。長年支えてくれているだけあり、考えていることは大体一緒だ。


「どうでしょうね。あの皇子ときたら、我々が強気な態度に出られないのをいいことに、我が物顔で王宮をのさばっているではありませんか」


 フォンサール公爵が皮肉な笑みを浮かべた。実際、ハインツ皇子とほか数名は港の迎賓館ではなく、王宮の貴賓室に移動した。ハインツが、いつもヴァレンティナの顔が見れるところにいたいと要望してきたからだ。


「ハインツ皇子の商船は、何かに衝突した訳でもないと乗組員全員が証言しております」


 海軍の副将マルカンが、低くよく通る声で報告書を読み上げた。短く刈り込んだ茶色の髪は、いつ見ても同じ長さをしている。


「ただ、口裏を合わせているかのように同じ物言いをするとこらは不審であります。いわく、未明に浸水が始まり、処置する間もなく沈没したと。船底に問題があったのでしょう。帝国には今まで500以上の船舶を売却しています。今までも同様の事故が多発していた、ミアラ王国の船に構造的な問題があったなどと偽造した証拠でも提出されたらどうするおつもりですか?」


 打ち合わせ済みの問題提起に、ヴァレンティナはほんの僅かに微笑んだ。会議を早く終わらせるため、マルカンから質問するように要請してあった。

 実は、海軍の副将マルカンはいつも海上にいる大将とは違って話す機会が多く、ヴァレンティナとは気安い仲だった。ヴァレンティナは口を開き、用意してある答えを全員に聞こえるように話し始める。


「まず、船舶売却の契約書を改めるようにヴラドワ帝国に告げるでしょう。なぜなら、船舶にどのような瑕疵があろうと、売却が完了した時点で、我が国は一切の責から離れ、また賠償に応じないと明記してあります」


 これは責任逃れの契約ではない。船を引き渡す段階で、十分な点検を両国立ち会いのもとで行っている。その先から持ち主の管理責任となるのは、当然の帰結であった。


「では、ミアラ国の海域で、ミアラ造船の船舶で故意に海難事故を起こしたハインツ第7皇子の狙いは何とお考えでしょうか?」


 問われ、ヴァレンティナは無骨なマルカンの瞳を見つめ返した。ここまでは打ち合わせ通りだ。だが、この問いの答えをマルカンはまだ知らない。


「ハインツ皇子の狙いは、私の配偶者の身分です」


 少々の恥を忍びながらも、ヴァレンティナは会議室に響き渡る声量で答えた。一斉に皆の両目が見開かれる。


 ――別にプロポーズされたとかじゃないけれど。


 ヴァレンティナには、確信があった。ハインツは晩餐会や舞踏会、王宮の貴賓室と要求をエスカレートさせている。ミアラ王国の全てを求めているのが透けて見えた。そのうち、寝室にお邪魔したいなどと言いそうだ。


「ですから、私が指摘した通りでしょう! 陛下の横を空けているから、帝国の第7皇子などに狙われるのですよ! 私の息子との婚約を破棄するから!」


 なぜかフォンサール公爵は勝ち誇ったようにふんぞり返った。彼から指摘された覚えが、ヴァレンティナにはない。


「あの野郎!!」


 重厚な会議室の机が、ドゴッと鈍い音を立てた。マルカンが拳を振り下ろしたのだ。いつにない剣幕に、ヴァレンティナは表情には出さずに驚いた。


「マルカン卿?」

「陛下、帝国の第7皇子などにまさか尊い御身を与えるつもりなのですか?」

「あり得ません。単に情報共有のために皆に知らせたまでです」


 何て言い方をするの、とヴァレンティナは胸のうちで慌てた。しかしマルカンは真剣そのものだった。彼の背後で、炎でも燃えているかのように熱気が膨れ上がっている。


「あんな皇子など、絶対におやめください。陛下が婚約破棄されて以降、国中の独身男は陛下から配偶者にと、御指名を頂く栄誉を待ちわびております。恥ずかしながら、私もそのひとりであります」

「えっ?」


 女王らしくもなく、ヴァレンティナは戸惑った。マルカンが独身なのは知っていたが、いずれ国内の誰かを指名するから待てと命令した覚えはない。どこでそんな話が広まったのだろう。マルカンは立ち上がり、ヴァレンティナの席の横まで来て跪く。


「陛下。私は、あなたをお慕いしております。海軍の情報伝達にかこつけ、陛下と言葉を交わせるひとときを最高の喜びとして過ごしてきました」

「……!!」


 はっきりと恋心を示されたとき、何と答えるべきか、ヴァレンティナは知らなかった。マルカンの茶色い瞳は、近くでよく見たら意外とかわいいという発見だけはした。


「マルカン卿、ここは会議の場だぞ」


 海軍の大将、シューベルトがため息をついて彼を諌めた。マルカンは顔を赤くしながらも、退かない。


「はい、わかっております」

「……陛下の婚姻相手は我が国の重要な問題ではある。だが、陛下はそんなことお前に言われるまでもなくご存知であり、だからお悩み遊ばしているのだ。陛下に謝罪しなさい」


 ヴァレンティナはドレスの下にそっと冷や汗をかいた。


(最近はエルの気持ちがどうなのか、やきもきしてるだけだったわ!)


「はい。会議に相応しくない発言をし、場を乱したことを、お詫び申し上げます」


 冷静さを取り戻したマルカンが、丁寧に謝罪をした。だが慕っている云々は、撤回されていない。ふと横を見ると、エルンストは明らかに不機嫌そうだった。


「……では、議題に戻りましょう。引き続き、乗組員の生活支援と代替の船の手配――」


 ヴァレンティナはどうにか会議を続けたが、心は上の空だった。


 会議が終わり次第、ヴァレンティナはそそくさと部屋を出る。後ろについてきたエルンストに振り返り、小声で質問をした。


「どうして私が、国内の誰かを結婚相手に指名するなんて話になっているの?」



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