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花元思案 その五 奇策について

 私は架空の歴史を扱った小説を書いています。

 多数の戦いが行われ、さまざまな作戦やはかりごとが出てきます。

 それらを分類してみようと思います。



 さて、計略や作戦や戦術にはいくつか種類があります。

 大別すると、まともな作戦と奇策の二種類に分かれるでしょう。


 このうち、戦記物の小説を書こうとする人が取り組むことになるのは奇策です。

 少なくとも、史実に基づく歴史小説のようなものでなく、架空の戦いを(えが)く場合は、奇策を書く必要があります。


 まともな作戦は面白くないからです。

 軍事マニアは「そうそう、そうなんだよ」と喜ぶかも知れませんが、一般の読者が求めているのはびっくり仰天(ぎょうてん)したり思わず笑ってしまったりするような戦いでありお話です。

 物語として読んで面白いものを書かないと読者の期待に応えられないのです。


 では、面白いお話とはどういうものでしょうか。

 小説や随筆にしろ、詩・短歌・俳句や戯曲(ぎきょく)などにしろ、創作物には大原則があります。

 新しいことを書かなくてはいけないということです。

 まだ誰も書いていない内容や、使われたことがない表現をしなくてはならないのです。


 これは老人の昔話を聞くとよく分かります。

 初めての時は面白く聞けるでしょうが、三回五回となると飽きてきます。

 「それ、もう知っているよ」と言いたくなります。

 「もう知っている」情報はつまらないのです。


 小説の作者は新しいことを書かなくてはなりません。

 そうでないと刺激にならず、楽しく感じません。

 一度書いたことは二度と書いてはいけないのです。


 歴史小説ですら、そうです。

 作戦や布陣や結果は史実通りにする必要がありますし、読者もそれを期待していますが、その作者独自の視点や切り口、語り方や表現にしないと、新味に欠けて刺激にならず、つまらないと感じさせてしまいます。

 作者が頭の中で創作したお話ならばなおさら、読者が知らない新しい作戦、奇抜で変わった策略を書かなければなりません。

 どこかで読んだ作戦をそのまま持ってきても面白くはならないのです。

 簡単なことではありませんが、新しいものを生み出すのが創作なのです。


 このように、奇策を書く理由は読者を楽しませるためです。

 ゆえに、小説においての奇策とは、読者が驚くものを指します。

 戦っている敵の指揮官が驚愕(きょうがく)したと書かれていても、読者に予想されてしまえば刺激にならず、奇策と感じてもらえません。

 引っかけてあっと言わせ、「これは確かに奇策だ」とわくわくさせる相手は読者なのです。

 冷静に考えれば敵にとって意外でなく想定できておかしくない作戦であっても、読者が予想できないのであれば奇策になります。


 また、奇策を思い付けるのは頭がよい人だという前提があります。

 奇策とは奇抜な策略のことですから、誰でも考え付き驚きがないものは、奇策ではないのです。

 こんな策略を思い付いた登場人物は頭がよいなあと読者が感じるようなものでないと奇策とは言えません。

 もちろん、読者が楽しめて物語を面白くするのに役立つものである必要もあります。



 では、奇策の書き方です。


 戦いには、勝つための条件というものがあります。

 敵が堅固(けんご)な城に籠もっているなら、城壁を破壊して城内に入る方法が必要です。

 敵の軍勢が近付いてきているなら、進軍を妨害したり撤退に追い込んだりするはかりごとを主君は軍師に尋ねます。

 こういった目的を奇抜な方法で達成すれば、奇策に見えます。

 勝利や目的達成のためにはどうなる必要があるか、どういうことが起こってほしいかを考えて、それを意外な方法で実現すればよいのです。


 つまり、奇策の基本は、困難な問題を設定し、それを変わった方法で解決することです。

 普通、そういった問題には、従来行われてきて先例のある解決法が存在します。

 それを一ひねりして、意外な方法をとるのです。


 意外な方法とは、通常の手段を別なもので代用するということです。

 城壁を壊すのに投石機を使えばありきたりのやり方ですが、洪水を起こして城壁に激突させれば奇策に見えます。

 川を渡るのに橋をかけるのではなく、上流で山を崩して水をせき止めれば意外性があります。

 普通のやり方をせず、読者が想像していない手段を使えば奇策に見えるのです。

 不可能と思われていることを実現すると、すごい策略に見えます。


 政治的な奇策も同様です。

 政敵の推進する都合の悪い政策を撤回させるのに、問題点を国王の前で列挙して堂々と反対意見を述べれば正攻法ですが、政敵の縁者に色じかけなどで醜聞(しゅうぶん)を作り上げて連座(れんざ)で彼を失脚させ、政策に反対する人物が政権を得るようにすれば、奇策に見えるかも知れません。


 こんな風に、からめ手から攻めるというか、まともでないやり方をするのが奇策です。

 そういう意味で、奇策は一歩間違えれば卑怯(ひきょう)であったり、滑稽(こっけい)に見えたりします。

 それを面白く痛快に読ませる書き方の工夫が必要です。

 そのためには、その問題の平凡でありきたりな解決法はどのようなものであるかを知り、どんなものを書けば奇策に見えて面白く感じてもらえるかの判断ができなくてはなりません。


 また、奇策には、物理的な奇策と心理的な奇策があります。

 物理的な奇策とは、「そんなやり方があったとは!」という驚きで、上記のように、問題の解決に意外なものを使ったり、通常と違う使い方をしたりして解決する場合です。

 心理的な奇策とは、「そんなことができるはずがない!」という驚きで、普通は不可能とか失敗したらひどいことになるなどまともなやり方でないと思われていることを敢えて実行することです。

 損害を回避したり不可能にしている条件を解決したりする場合と、損害が現実となっても無視する場合があります。

 例えば、その城を攻めれば人質となった主君が殺されるので攻めてくるはずがないと敵が思っている時、人質の価値をなくして敵が解放するように仕向けるとか、刺客(しかく)を送って捕らわれている主君を暗殺し、敵に殺された主君の(とむら)い合戦だと味方を奮い立たせて城に突入するといった場合です。

 前者なら知恵者(ちえしゃ)やずるがしこい人物に、後者なら冷酷な悪人に見えるでしょう。


 ここで重要なのが、奇策は周囲を驚かすものだという点です。

 奇策が効果的なのは敵の意表(いひょう)をつくからです。

 予想や対策をしていなかった事態が起きた時、とっさに最適な対応をとるのは不可能で、大抵はうろたえたり呆然(ぼうぜん)としたりします。

 悔しがったり(うな)ったり感心したりといった敵味方の心理の描写がとても大切で、そこを上手く描いてこそ痛快さを読者に感じてもらえます。

 ですから、物理的な効果だけの策略よりも、心理的な影響も大きい策略の方が奇策らしく感じられ、より面白くなります。


 さらに、心理的か物理的かにかかわらず、一つの奇策が複数の効果を持っていると、すぐれた策略に見えます。

 例えば、策略をめぐらせて政敵を失脚させることで、彼と無理矢理結婚させられようとしていた姫君を救うことにもなるといった場合です。

 一つの目的を達成するために複数の策略を組み合わせるやり方もあります。

 打っておいた手が次々に発動して敵を追い詰めていったり、ばらばらな出来事に見えていた主人公の行動が全て強大な敵を倒すための計画の一環(いっかん)だったりすると、読者は痛快に感じるでしょう。

 一つ一つの策略はささやかでありふれたものでも、いくつか組み合わせることで壮大で複雑な(わな)周到(しゅうとう)にめぐらせた印象になります。


 こうした策略を効果的かつ納得できるように読者に示すためには、多くの場合は伏線が必要になります。

 伏線をうまく張ることが奇策の面白さを高め、うまく行けば二重に驚いてもらえます。

 奇抜な作戦ほど、伏線や発動までの経過がうまく書かれていないと、読者をしらけさせる危険が大きいです。 


 なお、奇策を書こうとすると、実行したら本当にその通りになるのか疑問を感じるものになることがあります。

 これはほとんどの場合、問題がありません。

 一見筋が通っていることは絶対に必要ですが、現実にはなかなかその通りにはうまく行かない作戦や策略でも、面白いものであるならかまわないのです。


 戦いには目的があります。

 それを実現するために戦い、軍事行動をするのです。

 何が目的で、どうなれば勝利なのか、どのような戦場なのかを忘れて勝利はあり得ません。


 小説の作者の戦いはどのようなものでしょうか。

 実際に人が死に国の命運がかかる戦いの作戦を立てているわけではありません。

 読者に面白いと思ってもらうことが目的で、勝利なのです。

 徹底的に現実的にすることで本当らしく感じさせるのと、再現不可能であっても読者をあっと言わせようとするのは、やり方の違いであって、優劣ではありません。


 それに、現実的にすると驚きはなくなることが多いです。

 読者の意表をついて驚かすことをねらうなら、多少現実から離れることはやむを得ない面はあります。

 実行可能な奇策は、きっと歴史上で誰かが使っていて新味(しんみ)に欠けます。

 創作なのだから、誰も書いていない新しい作戦を生み出すべきで、そのためには現実から少し離れることも必要になると思います。 


 忘れてはいけないのは、完成度の高い奇策を生み出すことが小説を書く目的ではないことです。

 奇策を使った史実の軍師や武将たちも、勝つために全力で考えた結果そうした作戦を選んだのであって、奇策を使うことそのものや、自分の頭のよさを誇示(こじ)することが目的だったわけではないと思います。

 小説の場合は奇策が売りになることもあり、ミステリーなどはそういうジャンルといえますが、あくまでも小説を読者が楽しめる面白いものにするために入れるということを忘れてはいけません。

 実際、ミステリーを読んでいると、このトリックは再現不可能だろうとか、名探偵がいなくてもすぐに警察が犯人を捕らえただろうと思うことはありますが、それが作品の面白さを損なうことはありません。


 こうしたことに加えて、奇策を楽しんでもらうには、「この戦いに勝てないと大変なことになる」という緊張感や切迫感のある状況を作り出し、戦いを盛り上げる筆力も重要になります。

 同じ母のおにぎりでも、高校時代の昼休みに急いで腹に収めるのと、久しぶりに帰郷した実家で家族や友人たちと思い出話をしながら味わうのでは、おいしさが違うでしょう。

 戦いの流れを計画的に設計し、雰囲気を作り上げ、最も期待と驚きの高まるところで奇策を発動させるのです。



 では、書き手の立場から、奇策を分類して行きましょう。


 前提として、作戦や策略には大きく分けて二つの目的あります。

 敵の兵力や物資に数量的な損害を与えることをねらう場合と、心を攻める場合です。


 例えば、火計はとても一般的な計略ですが、両方の使い方ができます。

 前者の例として、『三国志演義』には、火計の罠に誘い込んで五千人を焼き殺したといった記述があります。

 後者の例としては、進路や退路を遮断して追い詰めたり、敵の兵士を混乱・動揺させたり戦意(せんい)()いだり、敵将に攻撃の続行を断念させたりする作戦が考えられます。

 奇策を作る時は、どちらを目的とするものなのか、事前に決めておかなければなりません。

 作中での使い方や読者に与えたい驚きや印象を思い浮かべて、それを実現できるアイデアを考え出すことが大切なのです。


 さて、奇策の書き方です。

 基本は、(ひと)ひねりすることです。


 例えば、火計を使うとします。

 敵に火をかけて焼き殺したり陣形を崩したりしたいです。

 火矢をたくさん打ち込めば火はつくでしょうが、極めてありきたりで小説として面白くありません。

 ですから、火を放つ方法を一工夫します。

 火のついた丸太を多数敵陣になだれ込ませ、敵兵をはね飛ばしなぎ倒し、枯れた草に覆われた地面が一気に燃え上がったことにするのです。

 その方が敵もびっくりして火矢より大きな損害を与えることができ、思い付いた武将は頭がよく見えます。


 この時、戦場を材木の加工場にしておくと、丸太が積まれていたり敵の足元に木切れや鉋屑(かんなくず)がたくさんあったりしても違和感がありません。

 また、味方がわざと後退して敵を(がけ)のそばに連れてきて、上から丸太を転がすことにします。

 奇抜な策略というのは基本的にその場で思い付いて即使うものではなく、事前に準備しておいて発動させるものです。

 用意していたことが伝わった方が、敵を罠に引っかけた感じがして策略らしくなるのです。

 こうした工夫を一つではなくいくつも重ねることで、単発のアイデアの呆気(あっけ)なさが薄まり、よく考えられた奇策に見えるようになります。


 もう少し具体的に戦場での奇策を分類しましょう。

 大きく分けると八つです。


 まず、使いやすい奇策として新兵器があります。


 これまで大砲の射程は一キロだったのに、巨大な大砲を作って五キロ飛ぶことにしてしまうといった場合です。


 創作論として見ると、設定を変えてしまうやり方です。

 物語の中で敵味方が前提にしていた常識が壊されて更新されるのです。

 敵は驚くでしょうし、天才発明家が仲間になったとか新型の火薬が開発されたといった伏線を()いておいて新兵器を登場させれば、読者は「このためだったのか」と面白く感じてくれるでしょう。


 あまりに都合のよいものが出てくると、戦争物に大切な現実感が薄れてしまうので注意する必要があります。

 漫画で戦闘中に特別な能力が発現したり、修行で段違いの威力を持つ奥義(おうぎ)会得(えとく)したりするのも、相手の予想していなかった攻撃をすることになるので、同系統と言えるでしょう。


 次は、意外なものによる攻撃や防御です。


 これは、意外なものの使用と、意外な使い方に大別(たいべつ)できます。

 あまり戦闘に使わない品物で攻撃や防御をするのが前者、通常とは異なる使い方をするのが後者です。


 戦場にあっておかしくないものを「それを攻撃に使うのか!」と驚かす場合と、最初から「これを使うんだろうな」と分かるように出しておく場合があります。

 いずれにしても、読者の予想をはずして発動の瞬間まで使い方を分からないようにするのです。

 発想の転換が必要ですが、それほど難しくありません。

 ここにあれがあってほしい、こういうことをしたいというものを、他のもので代用すればよいのです。


 陣地の前の広場に(わら)を敷き詰め、火計をねらったのだろうが雨が降っているから大丈夫だと踏み込んだら、落とし穴を隠していたといった場合でしょうか。

 地面の下に長い横穴を掘り、そこから城の内部へ突入してくるつもりかと待ち構えていたら、横穴へ上流の川の水を流し、城の地下の弾薬庫と食糧庫を水浸しにする作戦だったといった場合でしょうか。

 どちらも戦場の状況を読者に説明し、敵に弱点を設定するなど事前の仕込みや伏線が大切です。


 仕掛けた罠を読者の予想とは違う目的や場面で発動させるのもこの仲間です。

 落とし穴を掘っていて、そこへ落とすのかと思っていたら、落とし穴を見付けさせ、「こんなものに落ちるものか」と敵が迂回(うかい)して森の前に来たところへ、ひそんでいた伏兵が一斉射撃のあと突撃するといった場合です。


 これは政略や悪だくみにも応用できます。

 大臣が隣国の手先の商人から賄賂(わいろ)をもらっていると判明し、逮捕して機密を盗み出されるのは防いだと安堵(あんど)しますが、実は連座して失脚した閣僚の後任に隣国の息のかかった人物をすえることが目的だったといった(たぐい)です。

 予想と異なる展開に読者が驚けば、奇策と同様の効果を期待できます。

 奇策を書くのは特別難しいことをしているように見えるかも知れませんが、基本的なストーリーの作り方の一つにすぎないのです。


 三つ目は、予想外の伏兵や急襲です。


 伏兵や援軍の登場などを読者が予想しないところで起こすものです。


 「そこでそう来るとは思わなかったなあ」と読者を(うな)らせることはできますが、あっと言わせるのは難しいです。

 使う戦法自体はありふれたものなので、うまくはまっても驚きはさほど大きくなく、「なるほど、そういう作戦だったのか」と感心する程度で終わることが多くなります。


 これは変わったアイデアというよりも小説としての出来栄えを上げるやり方です。

 単に目の前の敵を正面から攻撃してやっつけるという展開でなく、「この状況をどうするのか」「次はどうなるのか」と読者を物語に引き込んで読み(ごた)えを作り、納得し楽しんでもらうことを目的にしています。


 やはり伏線が重要です。

 たとえば、別動隊が違う道から戦場に向かっていることを事前に書いておいて、決定的瞬間に登場させると劇的な感じになりますが、書き方次第では都合がよすぎると思われてしまうかも知れません。

 別動隊の存在は書いておくけれど、登場までに忘れてもらったり、行く先を誤解させたりぼかしておいたりするといった文章の技量が求められます。


 攻撃方法に一工夫して、意外なものを使うアイデアを組み合わせるなどすると、奇策らしくなります。

 兵を伏せにくい場所に何かの工夫をしてひそんでいるとか、遠くにいるはずの部隊が軍師のアイデアで時間を短縮して戦場に到着しているといった場合です。


 四つ目は、(わな)です。


 事前に戦場に罠をしかけておき、それに敵をはめるものです。


 奇策に見せるには、単純な落とし穴や伏兵にせず、ちょっとしたひねりや工夫をする必要があります。

 効果的な武器を用意したり、罠を張る場所を意外なところにしたり、無能と思われていた武将の変な特技がその罠に役立ったり、その場所に誘い出すために敵の中に内通者をまぎれ込ませていたりといったことを付け加えると、ぐっと面白くなります。


 このやり方は、読者をあっと言わせるというよりも、敵を罠にはめる快感、大勝利の痛快さを味わってもらうものです。

 まんまとねらった通りの動きをする敵のまぬけさ、罠にはまった敵の慌てぶりや悔しがるさま、意気上がる味方の活躍ぶりをうまく書き上げて、戦記の楽しさを存分に堪能(たんのう)してもらいます。

 罠が発動したあとの展開を読者に全て予想されてしまうとつまらなくなりますので、驚いた敵が意外な行動に出て思わぬ結果をもたらしたり、勝ったあとすぐに状況が変化して物語が違う方向へ動き始めたりするなど、飽きさせない工夫をした方がよいでしょう。


 よく使われる罠の一つが「変形」です。

 両軍が向き合い、戦闘が始まると、味方が劣勢になり、後退を始めます。

 敵は勢い付き、押し込みながらどんどん前進、勝利を確信した時、側面を襲撃されて驚愕します。

 味方の一部がいつの間にか側面に回り込むように移動していて、別な場所で戦っていたはずの騎馬隊も相手を負かして反対の側面と背後に回り、包囲の陣形が完成していたのです。


 これだけならただの戦術ですが、奇抜な動きにしたり、敵が味方の本陣に突入しようとしたら落とし穴があったり前に炎の壁ができたりして、敵の隊列がごちゃごちゃになったところを両側面から攻撃といった一工夫をすると、奇策らしくなります。


 また、罠は、敵がはまるのを待つだけでなく、挑発したり誘導したりして踏み入らせることもあります。

 そういう場合、自軍単独でなくちょっと変わった相手と協力させると奇抜さが増します。

 海戦で、味方の船団が負けたふりをして河口の横の港に逃げ込み、追いかけてきた敵船が河口にさしかかった時に、陸軍が上流で(せき)を壊して濁流と大量の材木で敵船を転覆させるといったやり方です。


 いずれにせよ、どのような罠なのか読者に予想されないようにして意表をつくことが肝要です。

 そのための工夫の一つとして、規模を大きくするやり方があります。

 城壁を倒すのは想像できても、大きなお城を丸ごと崩落させるとは予想しないでしょう。

 地面に掘った落とし穴は推測されやすいですが、島を丸ごと沈めるとは思わないはずです。

 読者の予想を超えてこそ奇策と感じてもらえるのです。


 五つ目は、敵の行動を予測した反撃です。


 事前に用意した効果的な対応のことです。


 罠や伏兵は攻撃のために事前にしかけておき、そこに敵を誘い込んで発動するものですが、反撃は敵の行動を予想し、その対策を講じておいて、攻めてきたところをやり返す点が違います。

 例えば、敵が味方の大将をねらってくると予測して、わざと本陣まで攻め込ませ、大将に似せた人形を置いておいて、陣内に入った敵を包囲して火を放つといった策略です。


 敵の行動やねらいを読んでいるからこそできることで、考案者の頭のよさを印象付けられます。

 敵を味方の陣内に引き込むなど危険度の高い作戦になりやすく、敵や味方がそういう行動をなぜしたかを説得力を持って書く必要があります。

 予想がはずれたり敵に察知されたりしたら悲惨な結果になりかねないため、こういう作戦を使わざるを得ない側はかなり苦しい状況にあることが多く、危うい場面を作って読者をはらはらさせることもできます。


 六つ目は、予想を超える迅速(じんそく)で的確な反応です。


 敵の動きや状況の変化に対して非常に的確で効果的な行動をとっさに取らせ、敵の意図をくじいたり裏をかいたり味方の望む展開に持っていったりすることです。


 これは一言でいうと、うまく戦いの流れを設計するということです。

 敵が思わぬ攻撃をしてきた時、軍師が素早く対応策を進言して味方の崩壊を防ぎ、さらにもう一手を打って形勢を逆転して勝利するといった場合です。


 伏線を敷き、対応に使用する部隊や道具を別な理由を付けて戦場に用意しておくと、「ここでそれを使うのか!」と感心させられます。

 意外なものや使い方だと「そんな手があったのか」と奇策に感じられます。


 このやり方の利点は頭がよい人物や名将に見えることです。

 とっさに最善の判断をして的確な手を次々に打っていくのはかなり困難なことです。

 それを軍師や将軍にさせれば、すぐれた判断力と頭脳、統率力やカリスマや魅力、(はがね)の精神力と不屈の魂の持ち主に見えるでしょう。

 ましてや、動きや戦いぶりから敵軍の作戦や弱点を見抜き、効果的な防御と逆襲で優勢に転じて勝利するとなれば、もはや天才です。

 もしくは恐ろしい敵軍師を警戒して無理をして兵力を多めに本陣に残しておいたことにするなど、先を見通す力や視野の広さを印象付けることもできます。


 アイデアというより、ストーリーの組み立ての技術ですが、うまく書ければ単なるアイデア勝負の奇策よりよほど面白い小説になります。

 これができる人はすごいアイデアを思い付けなくても名将や名軍師を書くことができます。


 ただし、奇抜な策略を書くのは相当難しいです。

 多くの場合、用意していた作戦や策略が失敗して苦しい状況にある上に、その場で思い付くものなので事前の準備はしておらず、そこにあって不自然でないものしか使用できません。

 その厳しい条件の中で、読者をびっくりさせる策略を実行して、一発逆転しなくてはなりません。

 事前に計画した作戦と逆転の策略の両方を見越して戦場の環境や双方の兵力や武器などを設計することを求められます。


 七つ目は、心を攻める策略です。


 戦闘中に敵の悪だくみの影響が味方に現れたり、内応者や裏切り者が出たりするものです。


 敵がこの策を使った場合、敵の兵数が増えて味方が減る衝撃もありますが、それ以上に心理への影響が大きいです。

 「まさかあの人が寝返るとは!」といった驚きや、「これで味方は敵の五分の一になってしまった!」といった絶望と恐怖、「小さな利益に目がくらんで味方を売ったのか!」といった怒りをうまく書くことで、物語を劇的にします。

 これを敵に対して行えば、状況が急変して青ざめ慌てふためく姿を描くことになります。

 ただ裏切らせるのでなく、その人物を説得した方法を意外なものにするなど工夫が必要です。

 まじめな人物の弱点を探して追い込んで裏切らざるを得なくし、敵が「まさかあいつが!」と仰天してそれで勝敗が決すれば、奇策に見えるでしょう。


 心を攻める場合、重要なのは落差です。

 敵が驚き、味方が歓喜しなくては面白くありません。

 勝利を確信していたところから一気に逆転されて敗北する敵のうろたえぶりを強調するのです。

 または、もう負けそうだと思っていたところで、軍師の一手で事態が好転して味方の大勝利に終わる痛快さを味わってもらいます。

 ただ単に()った策略を考えれば面白くなるわけではないのです。


 八つ目は、戦場外からの干渉です。


 敵味方以外の勢力が戦場に現れたり、戦場の外で起きたことが戦いに影響したりする場合です。


 国境で戦闘中に首都が危うくなって敵が撤退するとか、本国で政変が起きて停戦命令が来て危機を脱するとか、敵将が襲撃や病気で倒れるとか、戦場のそばで一揆(いっき)が起こって兵站(へいたん)拠点の町が占拠されるとか、戦場の真ん中に戦争に反対のお姫様が晴れ着で現れてお茶会を始めてしまうといった(たぐい)です。


 これらを奇策として使う場合は、いずれも戦いの前に仕込んでおいたことが効果を発揮したという形になります。

 戦いを読者が予想しなかった形で終わらせたい時に有効ですが、事前に伏線や布石を必ず用意しなければなりません。

 これらの策は戦いの結果を一発で決めてしまうことが多いため、使い方次第では熱い戦いを期待していた読者をがっかりさせてしまう可能性もあります。

 物語全体の展開や戦いがどんな形で終わってその後にどのように影響するかをよく考えて、かなり前から準備しておく必要があるでしょう。


 以上、八つの類型は、いずれも戦場で使われる奇策ですが、政治的な策略なども基本的な発想は同じです。

 正攻法ではなく、ちょっとひねったやり方で政敵を排除したり、頑固(がんこ)な相手を説得したり、通りにくい法案を成立させたりすれば、奇策に見えます。

 いわゆる謀略(ぼうりゃく)に類することでも、籠城中の敵を仲間割れさせたり、忠実な部下を疑わせて追放させたり、敵の武将を寝返らせたりといった策略を使う際に、一ひねりして奇抜なやり方に見せることもできます。


 奇策には大規模なものと小さなものがあります。

 アイデアの奇抜さ、工夫やひねりの程度、影響の大きさなどで、ちょっとしたものにも大がかりにも見えますが、組み立て方に違いはありません。

 その場面にどの程度の大きさに感じられる奇策が必要かを考えて調整すればよいでしょう。

 また、そのアイデアを出した人物を天才に見せるのか、少し頭が切れるくらいの印象でよいのかによっても、奇抜さや驚きの程度を加減する必要があります。


 さらに、敵を追い詰めたりする手段を比較的まともなものにするか、卑劣(ひれつ)な方法や悪辣(あくらつ)なやり口にするかで、印象はかなり変わります。

 発案者の軍師や将軍の人柄や役割に合わせて陰険さを増減すると、より人物たちの個性が際立(きわだ)ちます。


 なお、繰り返しになりますが、奇策を使うのは読者を楽しませるためです。

 物語は一つのアイデアだけで面白くなるわけではありません。

 とりわけ、長編はそうです。


 例えば、戦いを面白いものにするには、敵側に妥当で十分勝てそうな作戦を用意する必要があります。

 味方はあれこれ策略を用意しているのに敵は全く無策で行き当たりばったりでは、まともな戦いには感じられず、敵が単なるやられ役に見えてしまいます。

 敵がまともで堅実な作戦をとるなら、それを打ち破る奇策を考え出すのはより難しくなります。


 しかも、戦記物では味方の兵力は敵より少ないことがほとんどです。

 敵の半分や三分の一のことも珍しくなく、多くても敵と同数程度です。

 自軍より少ない敵を破っても当然に見えて面白くないからです。


 普通に戦って勝てるなら、奇策は必要ないのです。

 奇抜な作戦は常道(じょうどう)をはずれていて、賭けの要素が強く、失敗の可能性が低くありません。

 味方が非常に不利など、勝つのが困難と思われる状況だからこそ、特別な知恵が求められます。

 そういう厳しい条件の(もと)で、まともに進めば勝ちそうな堅実な作戦をとる敵を華麗に撃破しなくてはなりません。

 それができなければ、エンターテインメントとしては失格なのです。


 また、軍師一人で実行する策略よりも、軍師と主君と将軍の友情や連携(れんけい)があってこそ実行可能となる複雑な策略の方が、うまく発動して勝利をつかんだ時の読者の感動は大きいでしょう。

 読者が登場人物たちを応援する気持ちになれず、戦いの行方にどきどきしなければ、どんな策略にも痛快さを感じません。

 戦いに至る経緯(けいい)や世界の設定もきちんと作らなくてはなりませんし、説得力を持って書き上げる筆力(ひつりょく)も不可欠です。

 奇策は単なるアイデア一つでは成立しません。

 こういうストーリーを書きたいとか、事態をあちらへ動かしたいとか、この人物を活躍させたいというねらいを実現するために作戦を考えるのです。


 どうしてもアイデアの奇抜さに目が行きますが、そのアイデアをうまく生かして面白く読ませ、先の読めない物語を織り上げる構成力と文章表現力こそが、最も大切なのです。

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