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花元思案 その四 軍師について

 前々回、『信長の野望』と『三國志(さんごくし)』の話をしました。

 両作品にはさまざまな武将が登場しますが、あなたはどんな人材が好きですか。


 戦の駆け引きに(ちょう)じた名将や、一騎当千(いっきとうせん)武芸者(ぶげいしゃ)ですか。

 国を富ませ民を(やす)んずる偉大な政治家や、舌先三寸(したさきさんずん)で天下の情勢を変えるすぐれた外交官ですか。

 的確な助言で味方を勝利に導く名軍師や、敵を翻弄(ほんろう)する策略家ですか。


 私は軍師が好きです。

 どれくらい好きかと言いますと、歴史ゲームをしていて、蕭何(しょうか)韓信(かんしん)張良(ちょうりょう)の三人を同時に発見したら、真っ先に張良を登用するくらいです。


 蕭何はこの三人が仕えた劉邦(りゅうほう)勲功(くんこう)第一等とした大政治家です。ゲームでは領内の開発や金銭・兵糧の増収に大きく寄与するでしょう。

 韓信は背水の陣の逸話で知られる名将です。戦場で勝利できる可能性が大きく上がるでしょう。

 張良は「()籌策(ちゅうさく)(はかりごと)を帷幄(いあく)(本陣)の中に(めぐ)らし、勝ちを千里の外に決する」と評された知謀(ちぼう)の持ち主で、中国三大軍師の一人です。ゲームでは敵の武将を説得して内通させたり敵陣営の武将の忠誠心を低下させたりするなど、効果はあるけれどしなくても戦いには勝っていけるようなことに役立つ能力です。


 つまり、三人の中で一番役に立たないのですが、私は迷わず張良を選びます。

 それくらい、軍師という存在が好きなのです。

 ですので、軍師というものについて、知っている範囲で語ってみたいと思います。



 ではまず、軍師とはどんなものでしょうか。

 軍師とは、すぐれた助言者です。

 他人へ、その人が戦いで勝てるように、負けないように、失敗しないように、有益な助言をしてあげる存在です。

 それも、誰にでも言えるような常識的なことではなく、普通は思い付かないようなすごい発想の策略を提案したり、敵味方の状態や心理をずばりと言い当て行動を予測するなど飛び抜けた洞察力(どうさつりょく)を持っていたりする人物です。


 軍師という言葉を辞書で調べると参謀(さんぼう)と書かれていることが多いですが、これは正確ではありません。

 軍隊の参謀は近代西洋以降の役職で、基本的に軍人です。

 作戦・兵站(へいたん)・情報など、仕事の内容とやり方と分担が決まっていて、誰がやってもある程度は成果が出せる仕組みができています。

 転属したり辞めたりした人がいたら新しい人が来て仕事を引き継ぎます。

 提案した作戦がことごとく失敗したとしても、罷免(ひめん)や転属にならない限り参謀であり、給料をもらえます。


 一方、軍師は職業や常設の官職ではありません。

 軍師に任じられたから作戦を提案するのではなく、有益な助言をできる人物が、お前はそれを専門にやれと、立場を公的に認められて軍師の地位や称号や官位を与えられます。

 その能力を持つ人物がいないと軍師という役職は置かれません。

 部署や組織として成果を出すのではなく、個人の能力が問われるからこそ、奇策のような教科書やマニュアルにのっていない特殊で変わった作戦を思い付く頭脳を持った人が軍師と呼ばれるのです。

 名参謀、すぐれた頭脳と洞察力を持っていて他の人にはまねのできないアイデアを出せる相談役という説明がふさわしいと思います。


 例を挙げますと、『銀河英雄伝説』のオーベルシュタインは、こういう場合は通常こうするといった模範解答や参謀集団としての提案だけでなく、彼個人のすぐれた頭脳から生み出された策略を時折(けん)じているので軍師と呼んでよいでしょう。

 捕らえたオフレッサー上級大将の処遇などは、普通の官僚的参謀は提案しない策略だと思います。


 このように、軍師はすぐれた相談役のことです。

 相談役ですので、作戦を立てるのは自分のためではなく、自分が補佐する相手や助けたい人のためです。

 ゆえに、中立のことはあまりなく、大抵は誰かを手伝う立場にいます。

 助言の内容を実行し結果に責任を持ち利益を得るのは軍師自身でないことが多いです。

 自分で実行する場合も、その可否を決断するのは助言した相手です。


 助ける相手は、主君や上官や上司のことが多いですが、夫のために妻が、父親のために息子が、兄のために妹が、弟子のために師匠が、策を立てたり助言したり忠告したりすることもあります。

 そのため、上司や同僚との付き合い方、友人関係のいざこざの解決、恋愛を成就(じょうじゅ)させるためなどに助言する場合も、比喩(ひゆ)的に軍師と呼ぶことがあります。


 もし女性が夫や子供の相談に乗り、「そういう時はこうしなさい」「そんな相手と付き合ってはいけない。あっちの人と仲良くしなさい」と助言して全て当たったら、軍師のようだと言われるかも知れません。

 軍師の肩書を持たなくても洞察力や発想がすぐれていれば、周囲や読者から軍師だと思われることがあるのです。

 しかし、助言が当たらなかったら誰もそう思わないはずです。

 自称もしくはまわりから軍師と言われている人がいたとして、立てた策略や助言がことごとくはずれたり裏をかかれたり敵に読まれたりしたら、軍師失格と思う人が多いでしょう。


 このように、立てた策の恩恵(おんけい)を受けるのは助言を受けた相手や主君であり、軍師が称賛(しょうさん)されたり民の人気を得たりするわけではありません。

 助けた結果、軍師自身も得をすることはありますが、それはあくまでも余波(よは)やおこぼれのようなものであるのが普通です。

 全般に、軍師は私欲が薄い傾向にあるのです。

 中国三大軍師と呼ばれる張良・諸葛(しょかつ)(りょう)劉基(りゅうき)はそうでした。

 張良は「広い領地をやろう」と言われて「さほど大きくない町で十分」と言い、劉基は「宰相(さいしょう)に任じよう」と言われて断って隠居し、諸葛亮は丞相(じょうしょう)という蓄財(ちくざい)し放題の地位に長くいながら死後残された財産はあまり多くなかったそうです。

 日本の軍師とされる人物も、もっと領地を増やしてくれと文句を言ったとか、待遇に不満を持って敵に寝返ったといった逸話は聞かず、師弟や親友といった固い絆で主君と結ばれていた場合が多いように思います。


 知的に非常にすぐれた人物に共通して見られる特徴として無欲さがあります。

 人は強い感情や欲求が心に()くっていると、物事や置かれた状況や自分の行いを冷静に見られません。

 求める結果を得ることが優先されて視野が狭くなりがちで、得られそうなら多少の無理がある作戦でもよしとし、得られそうになければ焦って賭けに出るなど、心を満たすための行動に走りやすくなります。

 無欲な方が、私欲や自己の都合をまじえずに、物事を突き放した視点から落ち着いた気持ちで客観的に眺められます。


 知的な人は、天下が統一されて平和になるとか民の暮らしが豊かになって安定するといった大きな理想は好みます。

 不正やおかしなことを正したりするような、かくあるべきことがそうでない状態を何とかしたいとか、筋を通してあるべき姿を実現させたいといったことにも積極的です。

 しかし、自分が贅沢(ぜいたく)をしたいとか異性にもてたいといった気持ちはさほど強くないのです。

 論じることは好きでも、何かを成し遂げる野望や意欲や執着(しゅうちゃく)(とぼ)しいことも珍しくありません。

 ゆえに、多くの賢者は大きな野望を持つすぐれた人物を探し求めて仕えようとします。

 よい主君を得ることで賢者自身も実力を存分に発揮できるのです。


 ですから、すぐれた軍師になる人物は、助言相手からの信頼と感謝を得られ、天下統一といったみんなの大きな目的が達成されれば十分で、他人の成功のために力を貸して尽くせる人が多いです。

 三国時代の馬謖(ばしょく)はこの点でも軍師失格です。

 自分の才能に(おご)ったり誇示(こじ)しようとしたりする人は軍師としては大抵二流三流です。


 もう一つ、軍師は参謀と違うところがあります。

 師のように扱われて礼遇(れいぐう)されることが多い点です。


 中国の歴史を書いた本には「師父(しふ)」という言葉がしばしば出てきます。

 自分の父親のように(うやま)い親しむ立派な先生という意味です。

 二十代くらいの若い将軍や君主が、六十代くらいの学者や徳の高い僧侶に頭を下げて教えを()い知恵を(さず)けていただくイメージです。

 学者や僧侶は家臣ではありません。

 家臣になったとしても、お金や権力が目当てで仕えてくれているわけではありません。

 主君が威張(いば)って命令や指図(さしず)をできる相手ではなく、失礼のないように大切に扱い、自分も立派な君主であるように努めなければ、「お前は助ける価値がない」と言って去ってしまうかも知れません。


 軍師の「師」も同じ意味合いです。

 軍師と呼ばれる人物が年上とは限りませんが、知恵のある人物に敬意を払う伝統があったから、劉備は諸葛亮に三顧(さんこ)(れい)をつくしたのです。

 ゆえに、軍師という称号には、知的な面だけでなく、人格もすぐれているというニュアンスがあります。

 師事(しじ)して言葉に耳を傾けたくなるような立派な人柄が期待されるのです。

 軍師は主君や他の武将や兵士たちが「この人の作戦・策略なら勝てる」と信じて協力してくれないと力を発揮できません。

 (みずか)ら敵軍に突っ込んでいって大暴れすれば実力を見せ付けることができる個人武勇にすぐれた武将とは違うのです。

 賢い人は普通、傲慢(ごうまん)な振る舞いや他人を露骨に見下し差別するような言動はしないものです。

 三国時代の李儒(りじゅ)のように、悪だくみが得意な人もいますけれど。


 諸葛亮のような名軍師が生涯忠実であったため、劉備の評判は大いに上がりました。

 人格や見識にすぐれた賢人(けんじん)が忠誠を誓ってくれることは、名君の(あかし)でもあるのです。

 逆に、荀彧(じゅんいく)のような立派な人物を自殺させてしまった曹操は、非難されることになりました。


 『三國志』のゲームでは、袁紹(えんしょう)の軍師であった田豊(でんほう)沮授(そじゅ)は、曹操の軍師の荀彧(じゅんいく)郭嘉(かくか)に比べてやや低い能力になっています。

 もし、覇者(はしゃ)となったのが袁紹であったなら、評価は逆だったでしょう。

 軍師にとってどんな主君に仕えるかは非常に重要であり、すぐれた軍師に選ばれる人物こそが英雄になる資格を持っているのです。



 なお、まぎらわしいものに、知将(ちしょう)があります。

 これは、字の通り知恵にすぐれた武将のことです。

 頭を使った作戦で敵を倒します。

 軍師と違い、自分のために策を立てます。

 主君や上役のためのこともありますが、多くの場合、自分も兵を率いて参加している戦いで知恵を出します。

 兵士を指揮する立場にない人は武将ではありませんので、知将とは呼びません。


 軍師との違いは、自分で戦うことです。

 軍師は自分では戦わないのです。

 作戦は立てますが、軍勢を指揮したり、武器を振るって敵と斬り合ったりはしません。

 少なくとも、中国の張良や諸葛亮や劉基といった軍師のイメージはそういうものです。


 剣を帯びていないことも多く、かわりに羽扇(うせん)を持っていたりします。

 自分で戦うわけではないので、武将や軍人である必要はありません。

 官僚や文人や非戦闘員のことも多いです。

 僧侶や忍者や商人、女性や老人や子供であっても、誰かに助言して導くことができるなら軍師と呼ぶことができます。

 諸葛亮は総大将として軍勢を率いて戦場へ(おもむ)きましたが、他に任せられる人物がいなかったからそうしたのです。

 劉備や関羽が生きていたら、喜んで助言役に徹したと思います。


 私は自分が軍師の出てくる小説を書いているものですから、軍師の出て来そうな小説や戦記物の小説を見付けると読むようにしています。

 主にライトノベルですが、軍師の出てくる小説は多いです。


 これらの中には、自分で剣や弓で戦う軍師が出てくることがあります。

 作戦も立てるけれど、戦闘にも出て武器を振るって活躍するのです。

 周瑜(しゅうゆ)のように将軍でありながら軍師のような活動をした人もいますが、軍師としては本来は例外のはずです。


 小説の中のこうした人物は、軍勢を率いて戦うよりも個人の武勇を発揮する場合が多いので、将軍とは呼べませんが、ただの助言役でもありません。

 また、事実上の大将であることも多いです。

 軍師なのか、将軍なのか、武芸者なのか、曖昧(あいまい)になっています。


 これは恐らく、ただ助言したり作戦を立てたりするだけでなく、個人としても活躍させたいという物語を作る上での都合もあるでしょうが、日本での軍師のイメージも影響していると思われます。


 日本の軍師というと、戦国時代の竹中半兵衛(はんべえ)・黒田官兵衛(かんべえ)・山本勘助(かんすけ)宇佐美(うさみ)定行(さだゆき)・片倉小十郎などが有名ですが、彼等は全員武士です。

 ゆえに、刀を帯びていますし、武芸の鍛錬(たんれん)をし、戦場で槍を振るったり兵士を指揮したりします。

 竹中・黒田は五千石から数万石程度の領主で城主なのでお殿様です。

 つまり、日本で軍師と言われている人は、武将であり、武芸のできる人であり、兵士たちの主君なのです。

 そういう人が、もっと多くの領地を持つ大名に仕えて、助言したり使者になったり作戦を立てたりしているのです。

 恐らく、知恵にすぐれていたとされる彼等を、江戸時代に中国の書物に出てくる軍師になぞらえたのでしょう。

 こうした理由で、助言や作戦立案はするが戦場では守られて見ているだけという軍師を日本の小説、とりわけライトノベルで見付けることは少ないです。


 なお、ここまで述べてきたような軍師のイメージは、中国でも日本でも、軍記物や講談など、物語の中で生まれたものです。

 中国で軍師だったとされている実在の人物たちは将軍だったり官僚だったりします。

 科挙(かきょ)に通った高級官僚が軍職や日本でいう県知事のような地位に就き、兵を率いて反乱を鎮圧するのは珍しくなかったのです。



 では、続いて、軍師の仕事について考えましょう。

 日本の戦国時代には出陣や合戦に適した日取りを(うらな)うといった役割があったようですが、ここで扱うのは物語に出てくる軍師です。


 軍師の仕事は助言や作戦立案ですが、得意とする分野で分類が可能です。

 大きく分けると、内政系・人事(人材推挙(すいきょ))系・外交官系・戦略系・戦術系・謀略(ぼうりゃく)系・政略系・発明系の八つがあります。

 一人の軍師がさまざまな系統の助言をすることは珍しくありません。


 まず、これらを考える大前提として、勢力には目的があることを押さえておきましょう。

 何を目指して行動し、戦っているかということです。

 『信長の野望』や『三國志』なら、ゲームの中の世界を統一することです。

 そのための政策や方針や駆け引きに軍師が助言をするわけです。


 まず、富国強兵を実現し民の暮らしと領内の治安を安定させるための具体的な施策、つまり内政があります。

 そのための人事に関する助言や人材の推挙を、軍師がすることもあります。


 次に、他国や他の勢力との関係の調整や交渉や駆け引き、つまり外交への助言も軍師の重要な役割です。

 外交は基本的には戦略系に含まれ、大方針系と、交渉事系と、はかりごと系に分けられます。


 大方針系とは、あの勢力と同盟を結びましょう、あの国とは戦っても勝てないので友好関係を築きましょう、あの国とあの国を争わせて漁夫(ぎょふ)()()ましょうといった助言をすることです。


 交渉事系とは、同盟を結んだり、あの国を一緒に攻めようと密約を交わしたり、捕虜の返還を求めたりする際に、どうすれば相手がこちらの要求を承知するかや、誰を使者にするとよいかや、相手を(おど)すまたは断りにくくさせる方法や、使えそうな弱みや(えさ)の指摘と用意といったことです。

 自身が使者になって相手をうまく言いくるめて交渉をまとめてくるなら外交官系でしょう。


 はかりごと系とは、「あの城主は主君に不満を持っていますのでそそのかして独立させれば敵の勢力を弱められます」とか、「我々がA国と戦っている間にB国に攻められないように、C国にB国を攻めさせましょう」といったことです。

 使者を送ってそそのかすなら交渉事の範疇(はんちゅう)ですが、(にせ)の手紙を拾わせたり、うその噂を流して両国を仲違いさせたりするようなことは「はかりごと」と呼べるでしょう。


 ところで、戦略とは、勢力の目標をかなえるための方針といった意味合いで使われる言葉ですが、狭い意味では戦争や軍事行動の大きな行動計画を表します。

 政略は武器を使わない争いなのに対し、戦略というと軍隊を使った争いが前提となります。


 具体例としては、ある勢力との戦いに備えてそちらに軍勢を集めたり砦を新設したりすることや、あの勢力を攻撃する際まずどの城から攻めるか、そのためにどの勢力と同盟や共同作戦をし、他の方面はどのように守りを固めるかについて助言したり計画を立てたりします。

 兵力の増強や訓練、武器や兵糧(ひょうろう)の生産計画と実行、街道や橋や補給拠点の整備といったことも戦略に入ります。

 また、複数の部隊を動かす場合、どの将軍の部隊はどの道を進み、別な将軍の部隊は他の道を……といった計画の立案もそうです。


 さらに、戦術系です。

 これはずばり、会戦や攻城戦や籠城戦の作戦を立てたり、戦場で味方を勝利に導く策略を考えたり、敵の動きを予測して伏兵を配置したり、火計などの(わな)をしかけたりといったことです。

 戦略は日本全体の地図の上で行う行動の計画や準備で、戦術は関ヶ原など軍勢同士が激突する場所周辺だけの地図で考える作戦です。

 軍師というと戦術系を連想する人が多いらしく、ほとんどの軍師物はこの役目をさせます。

 ただ、『三国志演義』などを読むと、戦術系は軍師の役割の一部で、戦略系や外交官系や謀略系のエピソードが多いことが分かります。


 なお、騎馬突撃とか、鉄砲の一斉射撃とか、城門を開いて斬り込むといった部隊単体での行動は戦法(せんぽう)と呼び、戦術とは違います。

 戦術とはその戦場にいる味方の全部隊全兵力をどのように行動させるかであり、大抵は複数の部隊を動かします。

 戦術は多く場合事前に計画があるのに対し、戦法は敵を前にしてその場の判断で実行されることも多いです。

 戦略、戦術、戦法の順に対象となる範囲が狭まっていきます。


 そして、謀略系です。

 守りの固い城を落とすために内部分裂をはかったり、敵の将軍を説得して内応させたり、敵の進路上で(がけ)を崩す・一揆(いっき)を起こさせるなどして足止めしたり、敵国の政情を混乱させて内乱を引き起こしたり、悪い噂を流して有能な将軍や政治家を更迭(こうてつ)させたりすることです。

 邪魔な武将を排除するために実際に動くのは軍師の役目ではありませんが、暗殺するように(すす)めたり、敵の主君に家臣を疑わせる方法を献策したりするのは先を読む眼力やすぐれた知謀の持ち主がすることでしょう。


 さらに、政敵を失脚させたり、密約を結んで政治を思う方へ動かしたり、民衆を扇動(せんどう)して暴動を起こさせたりといったこと、即ち政略にも軍師は関わります。

 戦略と違い、一つの国や勢力の中での権力争いや内輪もめについて使うことの多い言葉で、勢力や人々の行動や関係を自分たちに都合のよいように変えようとする策略のことです。

 政略結婚という言葉がそのよい例です。

 人の弱みを握ったり醜聞(しゅうぶん)を流したり敵派閥に仲間割れを起こさせたりするような策略を提案できるには、人間という生き物をよく知り、敵味方の心理を洞察する力が必要です。


 発明系は、強力な武器や兵器、新しい携帯(けいたい)食料や移動輸送手段などを生み出して戦いを変えてしまうような人物のことです。

 農業や商業に役立つ道具や画期的な商品を作って国を富ませる場合もあります。

 既存(きそん)のものの新しい利用法を考案したり、より強力なものに改良・改造したりすることも多いです。

 ただ創り出すだけでなく、それを使った作戦まで立てて味方を勝利に導けば、軍師と呼んでよいでしょう。



 こうして見てくると、上記のようなことができる人物を登場させれば面白い軍師物が書けそうに思われるかも知れません。

 それは違います。

 軍師物を書くのは実はかなり難しいのです。


 魅力的な軍師を書くには、まず、頭のよい人の知恵を借りなければならないやっかいな問題や複雑な政情、困難な戦いがなければなりません。

 常識的なやり方ではうまく行かない状況を考え出す必要があるのです。

 それを驚くべき方法で快刀乱麻(かいとうらんま)()つように解決させるのです。


 そうした問題を作るには、道具立てをそろえなければなりません。

 同盟を勧めたり交渉して実現させたりするには、自国と敵国以外に最低一国が必要です。

 それも同盟して力を借りることで戦局が変わるくらいの国力を持つ国です。

 複雑な外交関係を書きたければ、全体で五ヶ国以上必要でしょう。

 国を作るということは、国やそこに所属する人物たちに名前と個性を与えて書き分けることです。

 国土の大きさや形・気候風土・文化・歴史・宗教・産物・他国との関係の他、砂漠の国と雪国と密林の国、王国と共和国と部族連合といった違いを設け、読者が混同しないようにイメージを持ちやすくするのです。

 これを国の数だけ考えることを求められます。


 同様に、政敵を失脚させたければ、それだけの勢力を持つ人物や取り巻きや悪徳商人を生み出さなければなりません。

 戦術の巧妙さを描くには、敵側に手強(てごわ)い将軍がいて、これに勝つのは難しいぞと読者が思うような妥当な作戦をとらせなければなりません。

 読者が呆れるような愚かな部隊の動かし方をする相手を破るために奇抜で大胆で賭けの要素の強い作戦を使うと、「牛刀(ぎゅうとう)をもって(にわとり)()く」になってしまいます。

 他国にも恐るべき知謀の政治家や策士がいないとライバルにならず、弱い者を踏みつぶすように見えてしまうかも知れません。


 さらに、軍師は作戦を立てるだけですので、実際に戦う勇敢な将軍が必要です。

 作戦によっては個人の武勇に優れた猛者(もさ)や忍者や密偵も登場させることになります。


 また、軍師自身や助言をする相手、つまり本人と主君の人柄も重要です。

 卑怯(ひきょう)なことが嫌いな人物にすると、読者には愛されるかも知れませんが、敵を(おとしい)れたりだましたり裏切ったりする策は使えなくなります。

 非道で陰湿な策略を描きたければ、そういう行いをためらわない主君や軍師を面白く描くという困難が待ち受けていますし、彼等の策略の犠牲になる人々や勢力を用意する必要があります。


 しかも、軍師が策略を使ったら全て解決してめでたしめでたしとは通常なりません。

 推理小説は謎が解かれたら中心部分は終了ですが、軍師物は戦争物や歴史物であることが多く、一つの戦いに勝っても他の勢力や多くの登場人物が残っていて、物語がまだまだ続くことはよくあります。

 軍師の活躍を書くだけでは物語として形が整わないのです。

 戦記物は壮大で長大になりがちで、戦いが十回あれば、十通りの違う展開や策略を考え出さなければなりません。

 登場人物もどうしても増えますので、彼等一人一人の物語もあります。

 長い年月にわたる場合は軍師や主君や他の人物たちが恋をしたり結婚したり子供が生まれたり死んだりします。

 つまり、多くの人物の人生をうまく書くことを求められるのです。


 よい軍師物は行き当たりばったりでは書けません。

 こういう作戦を使わせようと計画を立て、敵味方の諸設定を作っていく作業が必要です。

 第二話以降は既にある設定にしばられるので一層困難です。

 単に奇抜な作戦だけを書きたいのであれば、長編にせず、敵味方の勢力や人物が一作ごとに異なる短編集にする方がよいでしょうが、それもまた大量の設定を重ならないように作ることになります。



 軍師物の小説を書こうとすると、膨大(ぼうだい)な設定と詳細なプロットが必要になります。

 それこそ、すぐれた知謀の人物に助言を受けたくなるくらい、執筆は困難で手間がかかるのです。

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