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花元思案 その一 トランプ大統領と『信長の野望』

 少し前のことです。

 ニュースを見ていたら、興味深い報道がありました。

 トランプ大統領が日米同盟の破棄もありえると発言したというのです。


 それを聞いて私は思いました。

「トランプ大統領は『信長の野望』をプレイしたことがないのだな」と。


 ここで想定しているのは『信長の野望 創造』です。

 日本とアメリカの関係は、徳川家と織田家の関係に似ているのです。


 徳川家は(おけ)狭間(はざま)の戦いのあと、今川家から独立します。

 そして、織田家と同盟を結びます。


 徳川家は結構強い家です。

 家康自身や徳川四天王など優秀な武将が多いからです。

 ゲームでもしばしば今川家を滅ぼして勢力を拡大します。

 しかし、織田家には決して攻め込みません。

 同盟があるからです。


 徳川家は非常に困難な位置にあります。

 西の尾張に織田。

 北の信濃に武田、そのさらに北の越後に上杉。

 東の今川は義元の死後弱くなりますが、その向こうには北条。

 南は海。

 つまり、周囲を全て石高が数倍ある大大名家に囲まれているのです。


 ですので、どこかとの同盟は必要で、織田家を選んだわけです。

 その状況で生き延び、最も弱い今川を攻めて五十万石に成長し、本能寺の変後は百五十万石まで勢力を拡大した家康は、たとえ天下を取らなかったとしても、間違いなく名将と呼べると思います。


 ゲームを織田家でプレイすると、東を徳川家が守ってくれるので、本拠地尾張を(から)にして(いくさ)に行くことができ、とても助かります。

 もし、徳川家が敵に回ったら、織田家は困ります。

 武田や北条と同盟して攻めてきたら苦戦するでしょう。

 尾張の兵力は城を守るため出撃できなくなり、織田家の勢力拡大の速度はぐっと低下します。


 同様のことは毛利(もうり)家と大内(おおうち)家についても言えます。

 大内家は信長の登場以前は最強クラスの大名で、吉川(きっかわ)家や小早川(こばやかわ)家など、多くの小大名を傘下(さんか)に収めていました。

 その一つである毛利家は、当主元就(もとなり)両川(りょうせん)など優秀な家臣団の力もあってどんどん勢力を拡大します。

 それでも、大内家には攻め込まないのです。

 毛利と敵対したら、大内は大苦戦します。


 アメリカは超大国です。

 日本はその子分になって自国を守っています。

 日本はアメリカから見ればアジアの入口であり、中国やロシアの太平洋方面への進出をさえぎる位置にあります。

 そこに基地を持つことは大きな牽制(けんせい)になるでしょう。


 ハワイやグアム島にも基地がありますが、アジア東部で紛争が発生したような場合、空母が日本の港から向かう方が早く到着できます。

 しかも自衛隊は世界的に見ても強力で、自国も米軍基地もある程度は防衛する能力があります。

 さらに、戦車を修理してほしいとか、こういう部品や弾薬を製造してほしいと言われれば、すぐに応えられる工業力と技術力が日本にはあります。


 もし、日本がアメリカと敵対した場合、どこかとの同盟が必要でしょう。

 それは中国やロシアかも知れません。

 三十年もの間停滞しているとはいえ、まだまだ経済力や技術力で大国である日本がそちらの陣営についたら、アメリカは困るはずです。

 アメリカには多数の同盟国がありますが、日本はその中で最も重要な国の一つだと思います。


 トランプ大統領は同盟破棄をちらつかせて日本に揺さぶりをかけ、貿易交渉などを有利に運びたいのでしょう。

 しばらく前に見た記事では、日本の人口はこのまま行くと、今世紀の末には四千万人まで減るそうです。

 それくらい日本が弱くなれば、同盟にこだわる意味はなくなるかも知れません。

 ですが、現状では、日本との関係にひびを入れて敵対する陣営に接近させるのは、徳川家を武田家や北条家の方へ追いやるようなもので、アメリカにとって大きな不利益だと思います。


 今のところ、日本国民の多くは、ロシアや中国を好ましい同盟相手と考えていないでしょう。

 とはいえ、同盟を破棄するような発言をされるのは、日本が(あなど)られているからだと思います。

 どうせアメリカから離れられっこないと思われているのです。

 実際、これまでの日本の姿勢を見れば、そう思われても仕方ありません。

 トランプ氏はビジネスマンですから、その辺はドライで足元を見るのです。


 徳川家康は織田信長に忠実であり続けました。

 嫡男(ちゃくなん)信康(のぶやす)を殺すように信長に命じられた時も家康は従いました。

 しかし、ただ利用されただけではなく、経験を積み、実力を(たくわ)えていました。

 本能寺の変以後も生き残り、勢力を拡大して地位を高め、秀吉の死後に天下を得たのです。

 まだまだ実力のある日本が敢えてアメリカの手下に甘んじることで、うまく行っている部分はあるでしょう。

 将来アメリカが現在の力や地位を失った時、日本という国のあり方が問われると思います。

 天下統一間近だった強大な織田家が、明智光秀の突然の謀叛(むほん)であっと言う間に崩壊したのですから。


 トランプ氏はアメリカ・ファーストだそうですが、だからこそ『信長の野望』をお薦めしたいと思います。

 織田家の都合だけでなく、徳川家の立場や思惑を体験できます。

 さらには、武田家・北条家・上杉家・足利家、周辺の小大名やもっと遠い地域の大名家で同じ状況からプレイしてみることで、立場が変わると見え方や受け止め方が大きく変わることがよく分かると思います。



 この文章を書いてから数年、世界は随分変わりました。

 同盟とか、戦略とか、軍隊の必要性とか、力を持つことの意味や恐ろしさといった問いが日本人に投げかけられています。

 ますます、さまざまな立場から世界や今の暮らしを見つめてみることの大切さを感じます。


 ウクライナで戦争が始まりました。

 プーチン大統領はロシア人の住む地域は全てロシアの勢力圏であるべきだと考え、旧ソビエト連邦の領域まで支配を拡大したいようです。

 彼や支持者によればロシア帝国はキエフ大公国の継承者であり、キーウ(キエフ)はロシア人にとって特別な思い入れのある土地なのだそうです。

 その町が今は隣国ウクライナの領土です。

 ウクライナがNATOに加盟すればロシアは手出しができなくなり、キエフを「取り戻す」のは不可能になります。

 それを阻止しようと侵攻を決断したのかも知れません。


 中国はロシアを支援する姿勢ですが、それは中国の立場で言えば、台湾がアメリカと正式に同盟したりNATOに加盟したりするのと同じ状況だからということもあるでしょう。

 もし、北海道が独立を宣言して、「自分たちは日本人ではない。北海道国の北海道人だ」と主張し、日本への復帰を拒んだらどうでしょうか。

 北海道を取り戻して日本を再統一しようというスローガンに日本人の多くは反対しないのではないでしょうか。

 北海道の資源や経済的発展の可能性、地理的な重要性は言うまでもありません。

 北海道国をロシアが支援して統一を邪魔し、軍事同盟を結ぶとなったら、日本人はロシアを憎むでしょう。

 同様に、台湾を取り戻すことに反対の中国人は少ないだろうと想像します。

 武力を使うことには否定的でも、併合には賛成する人が多いでしょう。

 そう考えると、ロシアの人々のウクライナ戦争への思いは複雑なものがありそうです。

 プーチン氏やロシア人のそうした感情の根深さと重さを欧米が認識していれば、侵攻は起きなかったのかも知れません。


 とはいえ、ウクライナのことはウクライナ国民が決めるべきです。

 彼等は欧米へ接近しロシアと距離を置くことを主張する人物を大統領に選んだのです。 

 相手の意思を無視し、武力で自分の都合を押し付けて命令に従わせようとするのは、嫌がる人と無理矢理結婚しようとするようなものであり、人間の自由や尊厳を否定する行為です。

 ウクライナを属国のように見なし、小国は大国に逆らうなというプーチン氏のやり方には、彼の傲慢(ごうまん)さが表れていると感じます。



 相手の気持ちや立場を考え、互いの意思を尊重することは、平和を維持して共に繁栄するために不可欠です。

 徳川家でプレイすれば、なぜ家康が信長と同盟し、それを固く守ったかが分かります。

 武田家でプレイすれば、越後の上杉と関東の北条に挟まれた信玄が駿河や三河をねらった理由が推測できます。

 ゲームは創作物であり、現実とは違いますが、考えるきっかけにはなるかも知れません。

 漫画でも、アニメでも、テレビドラマでも、見る人にそのつもりがあれば、社会や人間を理解する手助けになるのではないでしょうか。

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