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言わぬが花 第十四回 悪役と人生

 戦国時代、ある大名家でお家騒動があったとしましょう。


 すぐれた当主の死後、まだ若い息子が後を継ぎました。

 しかし、前当主の弟つまり叔父が、若い甥の継承に異を唱え、当主の座を奪おうと新当主の追放をたくらみました。

 それを新当主側が察知し、叔父を捕らえて処刑して、甥の継承が確定しました。


 こういう場合、正当な当主に謀叛(むほん)をたくらんだ叔父は悪人とみなされ非難されます。

 しかし、これは本当に悪事なのでしょうか。


 武田信玄は父から、上杉謙信は兄から当主の座を強引に奪っています。

 今川義元は弟と当主の座を争って戦い、相手を殺して当主になりました。

 織田信長や伊達政宗や毛利元就(もとなり)は当主の座を奪おうとした弟を殺しています。


 こうした行いが後世非難されないのは、彼等がすぐれた人物だったからです。

 もし彼等のせいで家が滅んでいたら、暴虐な暗君とされ、謀叛が成功した方がよかったと言われたかも知れません。


 このように、悪や正義は見方によって変わるものです。

 上記のお家騒動も、謀叛を起こした叔父は、家の存続のため、家臣や領民のために必要なことだったと信じていて、悪いことをするという意識はなかった可能性があります。

 叔父が勝利して名君になっていたら、実力のない甥でなく彼が当主になってよかったと言われたでしょう。



 吼狼国(くろうこく)物語は戦乱の時代のお話です。

 封主(ほうしゅ)たちは互いに争い、外交や謀略を駆使して有利に立とうとしています。


 主人公たちはその中で正義を行おうとします。

 敵対した者たちは悪役となり、やっつけられます。


 しかし、彼等は必死なだけかも知れません。

 生き残るために必要だから、裏切ったり、だましたり、奪ったりするのです。

 悪いことをしているという意識はない可能性が高いです。

 むしろ、彼等の邪魔をする主人公たちこそ、道理を知らず無用に乱を起こす者たちだと怒っているかも知れません。


 物語の演出上、悪役は悪どさを強調されます。

 ずるく、卑怯で、信用ならず、強欲で、強引で、多くの人に迷惑をかけ、悲劇を引き起こす人物のように描かれます。

 ですが、彼等は本当に憎まれ嘲笑われるような人物なのでしょうか。

 彼等のような自分勝手で、人の気持ちを考えず、自分の欲望のために動く部分が、私たちにはないのでしょうか。


 いいえ、あります。

 私たちも程度の差こそあれ、そういうわがままな部分を持っています。

 人は人生を一生懸命生きているつもりで間違いを犯します。

 大きな利益が目の前にあると、誘惑に負けて手を出そうとしてしまいます。

 損害を避けよう、身を守ろうと動くこともあります。

 そうした行為の結果、大きな失敗をすることがあります。

 時には他人を傷付けてしまいます。

 人は皆、彼等と同じなのです。


 常に正しい行動を選べる人などいません。

 何が正解だったのか、後になって分かることは珍しくありません。

 それでも、人は目の前の現実に対処せざるを得ず、選択を迫られます。

 その時自分が正しいと信じることをするしかありません。

 悪役とは、その選択を誤った人たちなのです。


 はたから見れば、彼等は愚かしく、みっともなく、哀れですが、自分は間違っていないと信じて行動したのです。

 自分の悪さを自覚しない悪役は、生きることの醜さや人間という存在の滑稽さを浮き彫りにします。


 彼等に勝利すると、読者は主人公たちと一緒に喜びます。

 しかし、単純に喜び笑えない部分もあります。

 それを作者が意識しているかどうか、どう書くかが、物語の深みに大きな影響を与えると思います。

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