訓練して待っていたら、やっと敵軍出撃の報を受け取りました
私達は直ちにシュタイン王国との国境の砦に赴いた。
その砦レッドスロープ砦は峠の上にあった。
標高は3000メートル、シュタイン側から急坂を登りきった所にある。
インスブルクの山間にあるそれは小さな砦だった。
しかし、両端は切り立った崖が迫っており、その崖は標高4,000メートルを越えるのだ。兵士では雪の積もった壁を越えるのは無理だろう。それを越えるには飛竜部隊がいる。でも、飛竜部隊を持っているのは大陸広しといえども我がインスブルク王国だけなのだ。
ということでシュタイン王国が我が国に攻め入るにはこの砦を越えなければいけない。
この砦は前に堀と柵を三重に張り巡らされていた我が国の誇る難攻不落の砦なのだ。
多分…………
「リディ、本当にこの小さな砦でシュタイン軍10万人と戦うのか」
レックスが呆れて聞いてくれた。
「大丈夫よ。楠木正成も幕府軍100万人とこんな砦で戦ったから」
「誰だよ、楠木正成って?」
「ああ何でもない」
私は首を振った。
楠木正成って前世の武将だった。確か鎌倉時代末期の天皇方の武将だ。
赤坂城に籠もって幕府の大軍を押し返したのだ。
前世学生時分は私は歴史小説が好きで良く読んでいたのだ。その中に楠木正成がいた。彼は寡兵で敵の大軍を何度も撃破していた。
楠木正成が出来て私ができない訳がない。
私には訳のわからない自信があった。
あれから毎日6時間、レックス達には飛行訓練を課して、逆に飛竜騎士隊には6時間の剣術訓練を課したのだ。レックス等はなんとか飛竜の後ろに乗れるようになって、飛竜騎士隊の剣術の練度も上がったと思う。
その訓練の中でレックス達と飛竜騎士隊の間に友情に近いものが生まれていた。これで戦いの間に齟齬も生まれないだろう。
更にはこの砦の兵士の数は500人。インスブルクの精兵が籠もっているのだ。
砦の兵士達もここ1ヶ月間、徹底的に鍛え上げたのだ。飛竜騎士隊20騎と500名プラス4名で最強の防衛部隊になったはずだ。
「いやあ、シュタイン侵攻の報が流れると王都の人達に動揺が広がるかと心配したんですけど、全然そんなことはないんですね。相変わらず、姫様の助けになりたいって志願兵の数が凄いですよ」
王都に連絡に行って帰ってきたザカリーが報告してくれた。
「へえ、そうなんだ。でも、その志願兵はどうしたの?」
「取りあえず、予備役として、今、徹底的に鍛えています。その数2千人ですね」
「正規軍5千に、予備役2千か、それで、シュタイン軍10万と戦うっていうのが凄いな」
アーチが感心していた。
「何言っているのよ、アーチ。実際に戦うのはここにいる500人だからね。500対10万だから」
私がはっきりと言うと、
「それって普通は絶対に防戦不可能な数だぞ。要塞の攻撃は守兵の10倍で攻撃するのが常識なのに、200倍の数が攻めてくるんだから普通は負けが確実なんだけど」
アーチが言うが、
「まあ、リディアーヌ様と俺様がいる限りシュタイン軍は1兵たりともこの砦を抜かせん」
ハワードが言い切った。
「ハワード、それ違うぞ。おそらくリディとドラちゃんのいる限りこの砦は不滅だぞ」
「そらあ、ドラちゃんには負けるけど、俺も戦力にはなるはずだ」
「まあ、そういうことは飛竜に一人で乗れるようになってから言ってくれ」
後ろから来たチャーリーが言ってくれた。
「飛竜に一人で乗るには飛竜を子供の時から育てないと無理なんだろう。今からやっても最低1年はかかるから無理じゃないか」
ハワードが文句を言うが、
「リディアーヌ様は子供の時から育てていなくても全ての飛竜に乗れたぞ」
「龍神の化身のリディと俺らは別だよ」
レックスが呆れていってくれた。
確かに私は小さい時からどの飛竜にも乗れた。どの飛竜も喜んで私を乗せてくれたのだ。
それが子供の頃から当たり前だったから、皆もどの飛竜でも乗れると思っていたのだ。しかし、普通は子供の頃から寝食ともにして育てた自分専用の飛竜にしか乗れないのだそうだ。それをどうして知ったかというと、子供の時にお兄様がどの飛竜にも乗れなくて驚いて判ったのだ。文官に特化したお兄様に飛竜に乗れとお祖父様が言うのがそもそも無茶だったのだが……
人には適材適所があるのだ。お兄様は武はからきしだけど、文官としての能力は高くて、脳筋が多いこの国の経済は、お兄様でもっているんだから。
でも、シュタイン軍は本当に遅かった。
動員がかかってから既に一ヶ月、全然姿が見えないんだけど……こんなので本当に戦えるのか?
まあ、戦慣れしていない国の軍なんてこんな物かもしれないけれど。
さすがの私も暇を持て余した。
私としては、ここまで遅いと、行軍してくるシュタイン軍を途中で襲撃して壊乱させてもいいんだけど、お兄様とお父様からはくれぐれも国からは出るなと命令されていた。
「リディが国外に出ると、そのままその国を占拠しかねないからな」
冗談では無くて本気でお兄様が言ってくれたんだけど……
さすがの私でもいきなりシュタイン王国を占領する気は無いから!
確かに、シュタインは三年間私がお世話になった国だ。知っている人も多いし……私が本気出したら城の一つや二つ簡単に占拠できそうだ。でも、それを維持できるかというと、私の頭ではなかなか難しいと思うからいきなりそんなことはしないつもりだ。いくら言ってもお父様もお兄様も信じてくれないけれど……
それよりも、私のクラスメートや剣術部の面々はちゃんと就職できたんだろうか?
私に味方したということで王宮とかから目をつけられなかったんだろうか? もし行くところ無かったら私が面倒は見るんだけど。今のところ誰も私の所には来ていなかった。
図々しい3人以外は!
「ちょっとリディ、それは酷いんじゃないか!」
「そうですよ。リディアーヌ様。どっちつかずのレックスと違って私はリデイアーヌ様にこの命を捧げているんですから」
「ハワード、俺もリディの為なら命をかけられるぞ」
「でも、国を捨てていないですよね」
「いや、だからそれは……」
「ほうら、見てみろ。やはり一番の忠義者は私です」
ハワードが胸を張ってくれるんだけど……
「まあ、貴方たちはどこでも生きていけると思うけれど、剣術部の他の奴らは大丈夫だったのかな。それに敵の中に同級生や先輩がいたらどうしよう?」
私はそれを危惧してもいたのだ。
でも、そういう時は容赦なく叩き斬れとレックスとかには口が酸っぱくなるほど言われていた。
「リディは下手に情に厚いからな。油断したすきに殺されかねない」
レックスは言ってくれたけれど、
「剣術部の面々ならば油断しても殺されないわよ」
私が反論すると、
「何があるか判らない」
「そうです。リディアーヌ様は情に厚すぎるところがありますから」
「リディは抜けているところがあるからな」
三人に反論されてしまったんだけど。抜けてはいないと思うんだけど……
まあ、あんな王太子に気絶されたこともあるし、ここは聞くふりをしておこう……
私がそう思った時だ。
「姫様!」
緊張した面持ちの砦司令官のジェフ・ロバートが私の前に現れた。
「どうしたの?」
「シュタイン軍10万が王都を出撃したそうです」
やっと来たのか。私はほっとした。このまま来なかったらどうしようとそろそろ危惧していたのだ。
「ようし、皆、やるわよ」
私は皆に気合いを入れたのだ。
私は知らなかったのだ。敵兵がこの地に来るまでにまだ20日以上もかかることを……
ここまで読んで頂いてありがとうございました。
ついに敵軍の出撃です。
次回からついに砦の攻防戦です。
リディの八面六臂の大活躍をご期待ください。








