12.終わり、そして新たなる始まり
Episode1のエピローグです。
「ヴァル!」
ユウトは、絶望の螺旋の眷属を討ち滅ぼしたヴァルトルーデへ飛びついた。力の限り抱きしめ、そのまま抱え上げようとし――挫折した。
さすがに、全身鎧相手には無理がある。サッカーでゴールを決めた選手を祝福するようにはいかない。
「あ、ああ……」
しかし、ユウトに抱きつかれているというのに、ヴァルトルーデは浮かぬ顔だった。
「まだ、息絶えぬのか……」
その視線の先を見れば、闇の残滓が地面でまだ蠢いていた。
ヴァルトルーデの《降魔の一撃》によりトリアーデとアンブラル・デーモンは祓われたものの、核となったイグ・ヌス=ザドの部分は、まだ残っているのだ。
「これ、どうにかなるの?」
「ラーシア。気配で分かるが、透明化したまま近づくのはどうかと思うぞ」
「分かるんだ、気配。そういうのも遮断する呪文のはずなんだけど……」
呆れたように声を出すラーシアの《完全透明化》を、術者であるユウトが責任を持って解除する。
「ああ、ありがと。んで、どうするの?」
「殴ればいいか?」
ラーシアだけでなく、アルシアの治療を受けながらエグザイルもやってくる。
「まだ、《ディスインテグレータ》一発ぐらいなら行けるけど?」
そして、物騒なことを言いながらヨナも。
「亜神は、通常の手段では滅ぼせないと聞いたことがあります」
「それは比喩とか、暗喩とか、レトリックとかそういうものか?」
「いや、文字通りの意味でだよ」
ヴァルトルーデから離れながら、ユウトがアルシアに補足する。
イグ・ヌス=ザドに死は存在しない。
致命傷を負ってもただ休眠状態となり、ゆっくりと傷を癒やし、数十年後には復活するのだ。
「まあ、それは最初から分かってたよ」
だが、ユウトが。大魔術師がそれを許すはずがない。
「俺が決着をつける」
準備を怠るはずもない。
「《大願》」
以前のように大振りな宝石ではなく、やや小振りな宝石を数十個どこからともなく取り出したユウトが、それを宙に撒く。
数多の宝石が、無数の粒子へと変わり地下空洞に光の雨が降り注ぐ。
黒妖の城郭では、別次元界へと放逐された、仲間たちの帰還を願った。
「絶望の螺旋の眷属たる蜘蛛の亜神に真なる死を。邪悪なる使徒に永劫の眠りを」
魔力の雨が、イグ・ヌス=ザドの残滓を洗い流していく。
魔術の本質たる現実改変。
その神髄とも言える第九階梯の呪文、《大願》によって今度こそ、イグ・ヌス=ザドはこの地上から消滅した。
「ふう……」
ようやく、片が付いたという安堵。それに大呪文を使用した疲労が重なり、いつかのようにユウトが地面にへたりこむ。
気が抜けたのだろう。
だが、それで呪文の維持を忘れてしまったのは失敗だった。
「ユウ……ト……?」
最初に気づいたのはヴァルトルーデだった。
地面に倒れ込んでしまいそうなユウトの姿を見て微笑を浮かべていたが、今は神の手を持つ造形師が作り上げたかのような美貌を凍り付かせている。
「オベリスクが……」
皆が、一斉に振り向きオベリスクに注目する。
事情を知っていたアルシアは皆の雰囲気でユウトの失敗に気づき、当事者のユウトは隠しきれるものじゃないしと密かに覚悟を決めた。
「どういうことだ、ユウト。オベリスクが、あんな――」
力を蓄え、魔力をまとっていたはずのオベリスク。
それが今や完全に沈黙し、ただのモニュメントと化していた。
半ばから折れ、無惨な姿を晒して。
「タイトルを付けるなら、栄枯盛衰ってところかな」
立ち上がりながら、シニカルな表情でユウトが言った。
「今回、だいぶ無茶をしたみたいでさ、壊れちまった。でも、それをトリアーデに知られるわけにはいかないから、《完全幻影》で隠蔽したんだよ。触覚もだませるしな。あそこで逃げられたら逆に困ったことに――」
「そんなことは、どうでもいい!」
ヴァルトルーデが激昂する。温厚な彼女が、ここまで怒りを露わにするのは珍しい。ヨナなど、自分が怒られているわけではないのに、首をすくめていた。
「美人は、怒っても美人だな」
「それもどうでもいい! これでは、ユウトが帰れないではないか……」
「ああ……。そうだな、他に帰る当ても無くってさ」
今にも泣き出しそうな彼女をどうにかしたくて。
「ヴァル子、へそくりまで使い切ったうえに無職になっちまった」
疲労した頭をフル回転させて、気の利いた台詞を捻り出そうとする。
「雇ってくれるところ、知らないか?」
「バカものが……」
ついに、あきれ果てたヴァルトルーデが抱きついてきた。倒れそうになるが、そこは男の意地で耐える。
「もう、絶対に手放さんからな。憶えていろよ」
「ああ……」
分かったから泣きやんで欲しい。
髪をなでても、抱き寄せても、ヴァルトルーデは一向に泣きやんではくれない。
だからユウトは、桜色の唇を自らのそれで塞ぐことにした。
Interlude
激戦から、一晩が経った。
王都セジュールへの報告や領民への説明はアルシアたちに任せ、ユウトとヴァルトルーデは再び城塞の地下――あのオベリスクのもとへやってきた。
目的は状況の確認。
つまり、まだオベリスクが使い物になるのか、最終的な確認をしなければならない。
「どうだ?」
恐る恐る、だが、聞かなくてはならないとヴァルトルーデが問いかける。
果たして、肯定と否定のどちらを求めているのか。それすら、分からないまま。
「う~ん」
だが、ユウトの返事は気の抜けたものだった。
思わず暴力衝動に駆られるが……それはなんとかユウトには向かわず、周囲に転がっている石ころを蹴飛ばして解消した。
「どうなのだ」
もう一度、非難にならないよう気をつけながら、ヴァルトルーデが問いかける。
「ダメっぽいな」
呪具を懐に仕舞いながら、あっさりとユウトは言った。《魔力解析》で鑑定した結果だ。まず、間違いはない。
つまり、地球へ帰還する道が絶たれたのと同意。
その割にさばさばした様子なのは、これを使うと決めた瞬間に覚悟を決めていたからに違いない。
まあ、エグザイル辺りには、半分に折れてるんだから使えないのは当たり前などと言われそうではあるが。
「そう……か」
その言葉を聞いて、ヴァルトルーデの心に得体の知れない感情が宿る。今までに経験のない、昏い歓喜。今の彼女には、それが悪しきものであることしか分からない。
「まあ、他にも似たようなのがあるかも知れないし、別の手段――例えば、呪文を開発するとか、そういうのだってあるしな」
だから、ヴァルトルーデが責任を感じる必要はない。
ユウトはそう言っているのだが、彼女の中の昏い歓喜を理性と正義感が咎め続ける。
「ユウト、私は卑怯な人間だ。ヘレノニア神から聖堂騎士の資格を剥奪されてもおかしくない。いや、されるべきだ」
「いきなり、なんの話だよ」
実際、聖堂騎士としての力を失った、道を外れた者がいないわけではない。その末路は、たいてい振り子が逆に振れるように悪に進むか、酒にでも溺れて自堕落な生活を営むようになるかだ。
「ヴァルが破門されるようなことがあったら、この世界に聖堂騎士が存在しなくなるぞ」
「私は、そんなに高尚な人間ではない!」
初めての感情を持て余し、処理しきれないまま、行き場のないフラストレーションを爆発させるヴァルトルーデ。
「私は、喜んでしまったのだ。ユウトが帰れないと分かって。私は……」
「ああ……。そんなことか」
「そんなこととはなんだ! 私は、私は……」
激高するヴァルトルーデを優しく抱き留め、ユウトはさらさらと手触りの良い髪を優しく撫でる。
「二度と放さないって言われて、俺は嬉しかったけどな」
「それは……。しかし……」
「帰れないかも知れないとか、そんな心配は俺がするから。だから、ヴァルは、少なくともヴァルだけでも、二人が一緒にいられるって喜んでくれよ」
「しかし、それでは……」
「いいんだよ。それが、愛なんだ」
「あ、愛などと……」
「違うのか?」
「違わない……が」
はっきり言われると照れるなどというものではない。
しばし見つめ合う二人。
ヴァルトルーデの胸元で、ユウトが贈った玻璃鉄のネックレスが瞬く。
不意に、その瞬きがより強くなった。
だが、ネックレスが発光しているわけではない。
反射しているのだ。オベリスクより発せられる、より大きな光を。
「なにが起こった? 力を失ったわけではないのか」
「分からねえ。だけど、さっきまでは――」
事態を把握していないながらも、ユウトがヴァルトルーデの前に立ちふさがる。
能力的なことを言えば、ヴァルトルーデがそうすべきなのだが、ここは男の意地だ。
数秒。
いや、数十秒か。
始まりと同じく、唐突に光が収まった。
体に不調も怪我もないこと。ヴァルトルーデも同じであることを確認してから、オベリスクへと目を向ける。
もう、なんの魔力も感じられないが――半分になったその根本に、人影が現れていた。
地面に倒れ伏す、細い肢体。
ヴァルトルーデにとっては、初めて見る奇妙な服を着ていた。
ユウトにとっては、見慣れた制服だった。
脳が理解するやいなや、ユウトは脇目も振らずに走り出し彼女――そう、女性だ――を抱え上げた。
体温と呼吸と。
つまり、気を失っているだけで生きていることを確認し、次いで彼女の顔を見た瞬間、ユウトは呼吸を忘れ、血の気を引く音を聞いた。
「朱音……?」
ただ、それだけしか言えない。
二年前に別れた幼なじみの名前を呼ぶだけで、精一杯だった。
「ゆう……と……?」
再会の驚きと、疑問と、哀しみと。
一瞬でそのすべての感情に襲われた朱音は、しかし優しい微笑ですべてを包み込んだ。
「やだ。本物……」
ユウトが、彼女の幼なじみである天草勇人が、今まで見た中で最も儚く透明で魅力的な微笑み。
「その……。久しぶりだな」
「みんな探してたのよ、どこ行ってたのよ」
「ちょっと、異世界まで」
約二年振りにしては冴えない再会の言葉。
それを聞いて、まるですべての役目を終えたかのように。
背後のオベリスクが砂となって、さらさらと崩れ落ちた。
ここまでお付き合いを頂きまして、本当にありがとうございます。
連載をここまで続けられたのも、読者の皆様のおかげです。
また、切りが良いところですので、よろしければ感想や評価など頂けましたら幸いです。
なお、明日よりEpisode2を開始予定ですので、引き続きよろしくお願いいたします。




