6.
ロンは沢山の絵を描いていた。
物凄く上手という訳では無いが、小鳥や花瓶の花などをよく観察しきっちりと色塗りをしている。
描き慣れていくにつれどんどん丁寧で精巧になっていく。
趣味でここまで出来るなら余程絵を描くことが好きなのだろう。
だからこそ尚更ロンの絵を商品価値で判断するような台詞が気になった。
まだ八歳の子供だ。たとえばよく出来た絵を「これなら売れるかな」と思うまではわかる。
少々俗的だがそういう誉め言葉もあるだろう。
子供が作ったお菓子を食べてこれならお菓子屋さんが出来るよと大人が持ち上げることもある。
(でもロン君の台詞はもっと否定的なニュアンスだった)
何と言って良いのかわからず、デッサン帳を眺める。
そして絵が新しくなるごとに使われる色が減っていることに気付いた。
多分クレヨンのような物で描かれているのだろう。序盤は頻繁に登場していた色が使われなくなっていく。
それが気になって横で見ているロンに尋ねた。
「ねえ、どうして赤や青を使わなくなったの?」
私の質問にロンは少し困った顔をして答える。
「それは、もう少しでその色が無くなっちゃいそうだから……」
「無くなるって、無くなったら新しく買えば良いでしょう?」
私が戸惑いながら答える。ロンは不思議そうな顔をした。
「でも絵はお金がかかる遊びだから使い切ったら終わりってマーベラ夫人は言ってたよ?」
「……は?」
「だから、デッサン帳が無くならないように時間をかけて絵を描くようにしたのだけれど……」
私はロンの絵がどんどん丁寧になって行った理由に気付いた。
彼はこの遊びが出来なくなることを惜しんでいたのだ。だから一枚一枚に時間をかけることにしたのだ。
(あの女、何を考えていたのかしら)
もういなくなった元家庭教師を思う。兄弟で王と奴隷のように差別して教育しようとした老人。
まさか子供の趣味にまで口を出していると思わなかった。
そして彼女につけられた傷がロンにはまだ色濃く残っていることに改めて気づかされる。
「丁寧に絵を描くのは良いことだけれど、画材を使い切ったら終わりなんてマーベラ夫人の嘘よ」
子供たちの父親であるケビンは育児に全くの無関心だ。
そして金の使い道に無頓着でもある。だから私は遠慮せずドレスなどを買えたのだ。
金銭的理由でロンの趣味を制限するとは思えない。
「好きなように描きなさい。無くなったら新しいのを買えばいいわ」
私は力強く断言した。
少し前にケビンから子供の教育はお前の役目だろというような事を言われた。
当時は責任を押し付ける意図を感じて腹が立ったが、今はそれを利用させて貰う。
「……いいの?」
それでもロンは恐る恐る尋ねて来る。
「大丈夫よ。なんなら今日早速注文する?」
カーヴェルに頼んで取り寄せて貰っても良いし公爵邸に商人を呼んでもいい。
私が告げるとロンは目をキラキラとさせた。
「あの……姉様、我儘を言っても良い?」
予想外の台詞を言われて目を丸くするが私はすぐ笑顔で頷いた。
沢山画材が欲しいとかもっと上等な物が欲しいとかそういうのおねだりだろうか。
しかしロンの頼みはそのどれでも無かった。
「あの僕、お店でお買い物がしたいんだ……」
「店で買い物を?」
彼は自分で買い物をすることに憧れがあるのだろうか。
有り得ない話ではない。前世の息子たちも小さい頃はそうだった。
微笑ましく過去を懐かしむ気持ちはロンの言葉で霧散する。
「うん、そういうの今のうちに覚えておけば、平民になった時も役に立つと思って」
「……え?」
「レオ兄様は父様の跡をつぐけど、僕は邪魔にならないよう出て行かなくちゃ」
「ちょっと待ってね、誰がロン君を邪魔だって言ったの?」
私はロンの目を見て言う。
確かに長男が家を継いで次子以降は家を出るというのはある。
けれどロンは恐らくそういう考えに基づいて口にしているのではない。
「それは、マーベラ夫人が……」
「あの人の言っていた事は全部忘れなさい」
私はロンに言い聞かせる。けれど彼は素直に頷くことはしなかった。
「でもお婆様も、一度会っただけだけど僕をこの家から出さなきゃって言っていたよ……?」
「お婆様?」
「うん、レオ兄様に婚約者が出来る前にって……」
不思議そうな顔でロンに言われ、私は脳内で原作を必死に思い出す。
ロンの祖母、母方も父方も漫画には出てこなかった。存命なのかさえわからない。
ただもし生きているのならロンにそんなことを言った理由は心当たりがある。
過去ケビンとその弟はリリーを取り合い、最終的に片方が死ぬ事になった。
レオとロンがその再現してしまう事をきっと恐れているのだろう。
(だとしても幼い子供に話すことではないわ)
私は顔も名前も知らないロンの祖母に既に嫌悪を抱いていた。




