4.
「君の異母姉だけど、結婚相手探しに奮闘しているらしいね」
「えっ」
予想外の事を言われて私は素直に驚く。
ローズが結婚したがってるというのが初耳だし、それをレインが知っていることも意外だった。
「先日私が仕事で王都に行ったことは知っているだろう?」
「ええ」
レインには抱えている患者が数名いて、定期的に訪問診療をする必要がある。
それは屋敷にお抱え医師として招く際に説明を受けたし私も承諾していた。
(王都にわざわざ呼び寄せるなんて余程レインを頼りにしているのね)
もしくは女医という存在を求めているのか。
患者の情報については当然だが詳しく聞かされていないので全ては想像でしかない。
ただ王都という場所は気になる。
原作でレインが突然結婚する相手がこの国の第二王子だからだ。
そして王子ならば恐らく王都に定住している筈。
実際「一輪の花は氷を溶かす」の中でケビンと第二王子クリスが語り合う場面は王都の邸宅や酒場が多かった。
レインと第二王子が現時点でどれぐらい親密なのかはわからないが顔見知りではあるだろう。
(現時点でクリスが彼女へ恋情を伝えているとは思えないけれど)
そんなことを考えながらレインの話を聞く。
「患者から世間話の流れで君とケビンの結婚について聞かれたんだ。変な事は話して無いから安心して欲しい」
「そう、有難う。異母姉の話はその流れで?」
そもそも私とケビンの結婚自体が変な事ではと思ったが黙っておいた。
「ああ、どちらかというと寧ろそちらが本命のようだった。あちらこちらに声掛けして婿探しをしているらしい」
「まあ……」
今更焦るのかという言葉も呑み込む。
異母姉のローズは今年二十四になる。前世なら結婚に焦る年齢では全く無い。
ただこの国では二十歳過ぎて未婚の女性はその「理由」が求められがちだ。
少なくとも貴族や裕福な女性がその年齢で結婚しないのは異常なのだ。
前世の感覚なら余計なお世話だと思うが、この世界で生きてきた異母姉のローズがそれを知らない筈は無い。
「年齢を聞いたら私と同じ年らしくてね。私はやっと周囲から結婚しろと一切言われなくなったのにと同情したな」
「レイン先生は結婚願望をお持ちでは無いので」
「そうだね。私には兄も甥もいるし手に職はあるし、無理に結婚はしなくていいかなって」
私なんて娶りたい相手もいないだろうしね。そう男装の麗人は笑う。
いや第二王子に執心されてますけどと言いたくなったが唇を引き結んだ。
「クリス……いや、飲み友達にも君に結婚は無理だって言われてるしね」
「えっ」
「私は背が高い上に華奢では無いが貧弱な体型で女性的魅力に欠けているかららしい」
「そんな……」
「いや、ここまでストレートに言われたわけではないよ。それに確かに指摘通りだし」
レインはそう説明するが私は別に結婚が無理という言葉に驚いた訳ではない。
その発言をした男が第二王子クリスだということに驚愕してるのだ。
「レイン先生はすらりとしてスタイルも良いし誰が見ても美人よ」
確かに彼女は周囲の女性に比べれば背が高いがケビンやカーヴェルよりは低い。
それに男装しているから男性に間違われやすいだけだ。この国でズボンを履く女性自体が滅多にいない。
ドレスを纏い着飾れば間違いなく美女になる。私はそれを知っている。
更に原作で彼女を着飾らせたクリスが知らない訳が無いのだ。
「有難う、でもそれは女性目線だからだろうね。それに結婚願望は無いから別に構わないんだ」
話題を断ち切るようにレインは笑う。そう言われるとこれ以上話を続ける訳にはいかない。
ただ私の中のクリスの評価が下がったのは確かだった。
レインはケビンにずっと片思いしていたから、その思いを断ち切る為にクリスは画策していたのだと考えていた。
けれどそれだけでなくレインに対し女性的で無いと言い続けていたとしたなら。
(レインを誰にも取られたくなかったのか、照れ隠しなのかわからないけれど……どっちにしろ最低だわ)
もしかしたら今のクリスはレインを女性として意識しておらず何かの拍子に突然惚れる展開なのかもしれない。
だとしてもクリスとレインをお似合いだと無邪気に喜ぶ気持ちにはなれない。
(でもレインとクリスが飲み友達だったなんて初めて知ったわ)
そんな気安い関係ならレインと接触してもおかしくはない。
彼女が王都に行った後は変わったところが無いか観察しなければいけない。
「……そう。レイン先生、王都に行く時は教えて頂いていいですか」
「構わないけれど、どうしてだい?」
「子供たちにお土産をお願いしたくて。勿論お金は支払いますので」
「成程、エリカ嬢は優しいね」
私は笑顔でレインに頼む。彼女は疑いもせず承諾した。
(レインを屋敷に招いて良かったわね。スケジュールを知りやすいもの)
彼女には既に色々助けて貰っている。
私に影響のない出来事だったとしても、不幸な結末にならないよう気を配るのは当然に思えた。




