3.
特に何も無い日はコルセット無しのドレスで過ごす。
出来るだけ楽な恰好で過ごしたいからだ。
ドレスの時点で楽な要素は無いのだが屋敷の女主人だと宣言したからには相応の格好をしなければいけない。
(……でもメイド服の方が圧倒的に機能的だし動きやすかったわ)
そんなことをまだ着慣れないドレス姿で思う。
用途を考えれば動きやすいのは当たり前だけれど。
多分令嬢や貴婦人は機敏に歩いたり動く必要が無いのだ。
着る物に不自由しなくなったし化粧品も十分に揃えた。
香水だけはブライアンの件のせいか苦手になった為積極的に付けることはない。
それはそれで彼の事を引きずっているようで少しだけ気鬱になる。
(いっそ香水集めでもしてみようかしら、気に入りの香りを見つけたら付ける気になれるかも)
そんなことを思いながら、部屋を出る。
今日はロンの部屋に遊びに行く日だ。昨日の夕食時に約束をした。
彼はどうやら約束をするのが好きなようだ。
厳密には約束をしてそれが叶えられるのが好きなのかもしれない。
昨日は私とロンが約束をしたのに嫉妬したのかレオが夕食後部屋に来いと言い出した。
特に急用も無いから付き合ったが彼も特に用が無かったようで侍女のシンシアに最近のレオの様子を聞いて終わった。
保護者面談のような空気の中、彼はシンシアのスカートに掴まって私たちの話を聞いているだけだったが何故か満足そうだった。
きっと部屋に誘ったのは、自分が仲間外れにされたようで気に入らなかったのだろう。
(でもロンの約束の邪魔はしなかったのだから成長よね)
そう私はレオに思う。私に対してもロンに対しても嫌がらせの類はしてこない。
活発な性質なのか庭で元気に遊んでいる様子を窓越しで見る。たまにカーヴェルがレオの供をしていたりする。
その時は遠目で見ても凄くはしゃいでいる。カーヴェルを気に入っているのもそうだが遊びの幅が増えるからだろう。
そういう様子を見る度に同世代の友人が必要なのではと思うがその為には親が人付き合いをしなくてはならない。
ケビンは期待できないから私が頑張るしか無いのだが、もう少し待ってくれという気分だった。
ロンは内向的な性格で本を読んだり絵を描いたりするのが好きらしい。
今日は私に完成した絵を見て欲しいということで部屋に誘ってきた。
外見は良く似ているが対照的な兄弟だ。
(ケビン達もそういう感じだったのかしら)
私はよく磨かれた窓を見つめ思った。ケビンとその弟のアルヴィン。
現状ケビンは子供の頃からケビンで、弟の方のアルヴィンは優秀だったことぐらいしか知らない。
そして二人はリリーに恋をしてそれが理由かはわからないけれどアルヴィンが不審死をした。
そんな惨劇があった家で又男兄弟が生まれたというのは因縁を感じる。
しかし当事者であるケビンは今のところレオとロンどちらにも興味が無さそうだ。
それが幸か不幸か私にはわからない。
「おや、エリカ嬢」
「レイン先生」
廊下の向こうから来た相手に声をかけられる。
女性にしては長身なレインが一瞬ケビンに見えて内心驚いた。
しかしこの男装の麗人はケビンとは似ても似つかない程愛想が良い。
「エリカで結構ですわ。私はもうお嬢さんでは無いのですし」
「なら私の事もそろそろ呼び捨てにしてくれないかな、雇い主は君の方なのだし」
「ではお互い現状維持で」
意味深な目配せをされて私は愛想笑いで返した。
彼女がケビンを歪んだ形とはいえずっと慕っていると私は知っているが、この屋敷では私以外知らない。
そしてレインは別に女性であることを秘匿していないが一見華奢な美男子に見える。
レインエリカと気さくに呼び合って誤解されるのも面倒だった。
屋敷に居る使用人の全員が口が堅いとは思っていない。
この程度なら大丈夫だろうと他者に話して変な騒ぎになるのはごめんだ。
(悪女イメージは別に良いけれど男好きイメージは勘弁して欲しいわ)
溜息を吐きながら異母姉ローズのことを思い出す。
彼女は自分の男遊びがばれないように私の名前を使っていた。
よくそんな真似をしていたのに公爵邸に招待してと言えたものだ。きっと私が何も知らないと思っているのだろう。
彼女の中ではエリカは世間知らずで素直な異母妹のままなのだ。
そんなことを考えていたらレインが口を開いた。




