2.
「……いい加減しつこいわね」
私はうんざりしながら呟く。
最近異母姉ローズがやたらと手紙を送って来る。
昨日返信を送り返したのに本日又届いた手紙を私はゴミを見るような目で見た。
私がアベニウス公爵家に嫁いで一ヶ月が経過していた。
初夜に前世の記憶を取り戻してから本当に色々あった。
弟は兄の奴隷というとんでもない教育を子供たちに行っていたマーベラ夫人を最初に解雇した。
続いてレオに買収され私への嫌がらせを繰り返したメイドのセラを解雇。
そしてやる気の無い勤務態度だったレオ付きメイドを数人解雇した。
更に同僚の物を盗んだリーネと職場内不倫した上で殺人に発展しかかっていた家令補佐のブライアンとレオ付きメイドのマレーナも罪を暴いた。
この三人はケビンに連行され王都まで連れて行かれたがその後の行方は知らない。
そして穴を埋める為に新しい人員も補充した。
ぎっくり腰で家令を辞めたホルガーの代わりに息子のカーヴェル。
公爵家の常勤医師としてレイン。そしてレオ付きの侍女に元乳母だったシンシア。
更に新しい家庭教師としてイルザ夫人。
家令補佐はダレンという青年が最近勤務を開始した。二人ともレインの紹介だ。
イルザ夫人はレインの元家庭教師をしていた女性で外見は穏やかな雰囲気の美女だ。
夫亡き後男子三人を女手一つで育て上げたらしく勝手に親近感を持っている。レオやロンへの対応も手慣れて安心感があった。
ダレンは今年二十二歳になる金色の髪のがっしりとした体形の青年だ。
顔立ちは幼いが仕事に対しては熱心でカーヴェルを初日から先輩と呼んで慕っている。
彼はレインの家の執事の息子らしい。好奇心で執事の名を聞いた所、私は驚いた。
(ゴードンって……カーヴェルの次に家令になったキャラと同じ名前じゃない?!)
原作「一輪の花は氷を溶かす」で登場したゴードンは金髪に同色の髭を生やした寡黙な中年男性だった。台詞も出番も多くなかった。
念のためレイン家の執事の外見を確認したところ同じだった。
つまり原作ではレインの家の執事を取り上げてアベニウス公爵家の家令に補充したということだ。
試しにゴードンの方を公爵家の家令にとケビンに言われたらどうするとレインに訊いたら、困った顔で家が大変なことになると言われた。
何となく申し訳ない気持ちになった。
こんな感じで問題が有り過ぎる使用人たちを解雇し新しい使用人を雇い入れた。
他にレオ付きのメイドから一人をロン付きメイドに異動し、マーサの一人勤務状態も解消するなどした。
これを駆け足で行ったのでここの一ヶ月は本当に忙しかった。ケビンがあの日以来王都に行ったきり帰ってこないのが有難く思えた。
そしてやっと一息つけると思ったら実家のローズから手紙が来た。
簡単に言えばそろそろ落ち着いたでしょうから遊びに行ってあげるという内容だ。
目にした瞬間破り捨てたくなった。
確かに原作漫画でもこのようにローズがアベニウス公爵邸に来ようとする回はあった。
けれどそれはエリカとケビンが目に見えて良い雰囲気になってからだ。
氷の公爵ケビンが妻のエリカを大切にしているという噂を聞いたローズが、異母妹への嫉妬と見下しからケビンを誘惑してやろうと乗り込んで返り討ちにされる内容だった。
「貴様のような性悪女とエリカが姉妹など信じられない。貴様はきっと木の股から生まれたのだろう」
ローズを漫画内で悪魔扱いしていたケビンを思い出す。その台詞を吐くケビンの前に大きな鏡を置きたくなった。
今ここにケビンはいない。なのでローズが公爵邸に遊びに来ようとする理由もわからなかった。
「ケビン目当てなら王都に行けばいいのに」
そして帰ってこなければいいのに。
私はそんなことを思いながら断りの手紙を書き上げ封蝋をするとカーヴェルに渡した。
「オルソン伯爵家に届けるよう手配して頂戴」
「かしこまりました、奥様」
「それと今日の夕食もレオ君ロン君と一緒に摂るわ」
私はすっかり家令として落ち着いたカーヴェルに伝える。
一昨日から私は子供たち二人と夕食を共にし始めていた。
レオが移動式遊園地に遊びに行きたいとねだって来たからだ。
私はロンと一緒ならと許可を出した。
しかし外歩きや集団行動経験が無い二人を急にそんな場所に連れて行くのは危ないと思った為、複数人での行動に慣らしている途中なのだ。
なので本当に異母姉になんて構っている暇はない。
「私も忘れるから、向こうも私なんて忘れればいいのに……」
ローズからの手紙を暖炉の火にくべながら思う。
今は遠く離れた場所で別人のような暮らしをしているから彼女への憎しみは薄れている。
鞭打たれた傷だって、背中だから見ることも無い。
前世の記憶が戻ったせいか、それとも年月が経ったせいか痛みの記憶も今はぼんやりとしている。
このまま他人になるのが一番良いのだ。エリカに取ってもローズやあの家に取っても。
『貴方だってきっとそうするわ』
実家を巻き込んで破滅しようとしていたマレーナの言葉を思い出す。
私にだって母を殺した伯爵家への憎しみはある。けれど古い憎しみに囚われるぐらいなら忘却の箱に入れて捨て置きたかった。
「……向こうがそう望まないなら話は別だけれど」
私は火に飛び込む蛾の様に燃える手紙を見つめ呟いた。




