78.
実家から渡された化粧品も香水も全部姉のお古だった。
なのでドレスを新調する時についでに新しく揃え直した。
ただ吟味する暇なんて無かったから無難な物をという指定だけして商人側に一式選んでもらった。
私の注文通りどれも無難で香水も良い香りだけれど印象には残りにくいという品ではあった。
既製品だろうし、普段なら似た香りを他人が纏っていてもそういうこともあるわよねと思うだけだろうけれど。
「ブライアンは奥様の香りを真似てこれを用意したのだと思います」
アイリが歯に衣着せず口にする。私は苦笑いを浮かべた。
「この香りが気に入っただけかもしれないし、ただの偶然の可能性もあるわ」
そう言いながら私自身が全くそんなことは思っていない。
それどころかブライアンが私を女として見ているのではと邪推さえしている。
確かにエリカの外見は美少女だ。
しかも洗練されたきつめの美女ではなく頼りなさと可愛らしさの勝る美少女なのだ。
顔つきというのは性格や表情でどんどん変わるらしいので今の私は原作エリカとは違った印象を周囲に与えているかもしれないけれど。
ブライアンとエリカは親子ぐらい年が離れている。
しかし娘のような年頃の少女を邪な目で見る男は実在するだろう。
(でも原作ではブライアンはエリカにそんな気持ちを抱いている素振りは無かった……)
カーヴェルとエリカは「一輪の花は氷を溶かす」の中では口説いたり口説かれたりは全くしていない。
エリカは公爵夫人でカーヴェルは家令なので当然ではある。
ただ心理描写でしっかり二人とも相手に異性として惹かれてるなというのはわかったのだ。
しかしブライアンは原作ではカーヴェルに対する嫉妬と憎しみの描写しかない。
マレーナなどは特に何も無かった。レオのメイドの中では最年長でリーダー役っぽいぐらいだ。
なのでこの二人が強烈な人物になったのは私の行動が引き金となった可能性がある。
そんなことを考えているとアイリが口を開いた。
「きっとブライアンは奥様が気を使って色々声をかけて差し上げたのを勘違いしたのでしょうね」
「えっ」
私は間抜けな声を上げる。アイリに冗談を言っている様子は無かった。
確かに原作のエリカに比べれば私はブライアンに関わっている。
それは彼が新人で年下のカーヴェルに嫉妬し問題を起こすのを事前にわかっていたからだ。
ブライアンの事も軽んじていませんよというつもりで接していただけなのだが。
「……私、そんな風に誤解される行動をしていたのかしら」
「いいえ、ブライアンと奥様は年齢差も親子程ある上に公爵夫人と使用人です。更にブライアンには妻子がいます」
「そうよねえ……」
妻子がいても他の女性に手を出す男がいるのは父親である伯爵の件でわかっている。
だとしてもブライアンは予想外だった。だって私はあのケビンの妻なのだ。
「……ブライアンの家族が気の毒になるわ」
私は心からそう思った。
ブライアンはカーヴェルに敵意を抱くだけではなく抗議の手紙を偽装して自分で解決することで評価を上げようとした。
これはいわゆるマッチポンプというものだろう。
そしてブライアンがカーヴェルに薬を盛る動機は明確にある。自分が家令になる為に邪魔だという動機が。
更に家令補佐の権力を使って手癖の悪いメイドを脅し利用することも出来るだろう。
(ただ原作でカーヴェルを失脚させようとした方法と全然違うのよね)
漫画「一輪の花は氷を溶かす」ではブライアンはもっと巧妙な嫌がらせをしていた。
カーヴェルの伝達不足を偽装したり、使用人にカーヴェルに対しての不信感を植え付けたりしていた。
カーヴェルが家令として仕事しづらくなりパンクするのを待つような行動をしていたのだ。
なので今回のブライアンの行動には第三者、具体的に言えばマレーナが主導していると私は考えている。
しかしブライアンの部屋を漁ってもマレーナに関わる物は一切無かった。
精々リーネが掠め取ったエミリエ作のシーリングスタンプぐらいだろう。後は睡眠薬らしき粉薬。
ブライアンとついでにリーネだけ解雇して終わらせるならここまで手間はかけていない。
「……仕方ないわね、ブライアン本人に話を聞きましょう」
私は溜息を吐きながら言った。正直彼の顔を見たくないというのが本音だ。
地下牢にはクレイグがいる。万が一ブライアンが暴れても制圧してくれるだろう。
ただブライアンの口からどんな言葉が吐き出されるのか、考えるだけでうんざりした。




