77.
ブライアンを地下牢行きにするよう命じると私は事前に用意していた鍵を取り出す。
これは彼の部屋の合鍵だ。
暫く待っているとアイリが戻って来たので彼女を連れて移動した。
屋敷の中は珍しくざわついている。
下男のクレイグがブライアンを連行する姿を何人かが目撃したのだろう。
(まあ何があったか気にはなるわよね)
そう考えるとカーヴェルはよくバレずにレオの部屋から救護室まで運ばれたと思う。
いや、バレても良かったのかもしれない。
使用人たちにとっては玄関で倒れようと子供部屋で倒れようと大した違いは無いのだろうから。
私だって最初から子供部屋でカーヴェルが倒れたと言われても、そこを不審がったりはしない。
ブライアンがわざわざ玄関で倒れたと嘘を吐いたから気になったのだ。
そんなことを考えながら歩いていると家令補佐用の個室の前に着く。
アイリが私から預かった鍵で扉を開けた。
「……ここがブライアンの部屋ね」
私は呟く。独身中年男性が寝起きするような部屋だなという以外の感想は無い。
ただ、ふわりと香る甘い匂いが気になった。
花の香りのルームフレグランスでも使っているのだろうか。
あの常にどこか面倒臭そうな態度の中年男性と華やかなその香りは結び付かなかった。
「手紙やシーリングスタンプ、それ以外に気になる物があったら教えて頂戴」
「かしこまりました、奥様」
返事をしたアイリと一緒にブライアンの部屋を漁る。
原作の事件パートでも特に指紋鑑定とかは出てこなかったが一応アイリと一緒に手袋はしておいた。
戸棚や机の引き出しを漁ると鍵がかかっている引き出しがあった。
「……見るからに怪しいわね」
私は呟くと同じ机の別の引き出しを開ける。便箋と封筒が入っていた。
どちらも見覚えがある。はっきりと言ってしまえば偽の手紙に使われていた物だ。
封筒と便箋を取り上げて机の上に置く。
すると空になった引き出しの底から小さな鍵が出て来た。
「やる気の無い宝探しみたい」
そう言いながら小さな鍵を引き出しの鍵穴に試す。見事開いたそこには小さな紙袋があった。
そっと袋に指を入れて中の物を取り出す。薬包紙と粉薬らしきものが入っている。
「奥様、それは……」
アイリが私の手元に視線を向けて言う。
「多分、この流れだと睡眠薬よね」
私はそう返した。
ふとアイリが何かを持っていることに気付く。
「恐らくお探しのシーリングスタンプかと」
「後で確認してみましょう」
私は彼女からそれを受け取って持参した籠に入れた。
部屋に入ってから数十分も経っていない。けれど十分すぎる程の証拠は揃っている。
ここまで回りくどいことをしなくても、私が即ブライアンの部屋に押し入っておけばそれで解決したかもしれない。
ただ、私のやる事にはこの回りくどさが必要だった。
「じゃあこの証拠品を持ってブライアンに会いに行きましょう」
私はアイリに指示する。ふと華やかな香りの出所が知りたくなって部屋をうろついた。
「ここね」
ベッドサイドに香油が入った小瓶が置かれていた。
私の行動に気付いたのかアイリが近寄って来る。そしてくんと鼻を鳴らすと言った。
「こちら、奥様の香水と似た香りですね」
「えっ……」
一気に鳥肌が立った。




