67.
「しかし睡眠薬を飲ませるとか何考えているのかしら、医者に診せればすぐわかるでしょうに」
「それですが……そもそも私が診察されると想定しなかったのでは?」
私の疑問に身を起こしたカーヴェルが答える。
同意するようにレインが頷いた。
「家令が急に倒れたのに医者を呼ばないなんてことある?」
「過労で倒れたと原因がわかっていれば、一日ぐらいは寝かせて様子見する家は多いだろうね」
「そうですね。目が覚めた後何事も無ければそれで終わりになるでしょうし」
レインとカーヴェルの回答を聞きながら、そんなものかと思う。
確かに伯爵家時代のエリカは多少具合が悪いぐらいでは薬すら貰えなかった。
しかしあの環境はまともでは無いので参考に出来ないと考えていたのだ。
「犯人たちは睡眠薬を飲ませたから眠ったとわかっているからね。時間が経てば起きるから大事にはならないと考えた筈だ」
確かに小賢しいね。そうレインは呆れたように言う。
「……つまりあの連中は大事にはしたくないってことね?」
私は唇だけで笑みを作った。
「なら大事にしてあげましょう。とりあえずカーヴェルは私が許可を出すまで眠り姫続行よ」
「えっ」
「一日で起きれば問題無い、でも次の日もその次の日も目が覚めなかったら大問題でしょうね」
驚いた顔をするカーヴェルに私は告げる。
今回は睡眠薬のせいとはいえ彼に疲労の気配があったのは事実だ。この際、しっかりと休んでもらおう。
「しかし奥様、私が寝たきりになればレオ様や屋敷のことが……」
「構わないわ、数日程度まともな稼働が出来なくても。突然家令が交代したのだから想定範囲内よ」
「ですが……」
「それに家令補佐を解雇するから今後貴方の負担は益々増えるわ。だから今の内に体力を養って欲しいのよ」
室内でなら軽い運動したり読書していても良いから。私はカーヴェルにそう提案する。
するとレインが横から口を挟んだ。
「家令補佐を解雇するということは、ブライアンだっけ。彼が犯人だと思っているということかな」
「犯人の一人と推測しているわ」
「その根拠は?」
「ブライアンって常にやる気が無い態度だけれど、私がカーヴェルを診察して貰う為にレイン先生を呼ぶよう指示したら怒鳴る勢いで反対したのよ」
「怒鳴るとか……公爵夫人にそんな態度をするなんてその時点で解雇されてもおかしくないな」
「ブライアンは普段から態度は悪いけれど嫌がる時もやる気ない感じだったのよね」
当時はカーヴェルに対する敵意と嫉妬のせいかと思ったけれど、今は医者が来たら不味いという焦りに思えた。
「確かに彼は私が先程屋敷を訪れた時、一瞬だが悪魔を見たような顔をしていたね。てっきりケビンと私を間違えたのかと」
思い出したようにレインが言う。
確かに彼女はケビンと似ているが当主と間違えてその反応も家令補佐としてどうかと思う。
そんなことを考えていると、他にも不審な点が幾つも浮かんで来た。
「……カーヴェル、届いた手紙の管理って家令職が担当しているのよね」
「はい、奥様」
「受け取った手紙について、差出人の一覧とか作ってる?」
「父から引き継いだ管理台帳があって、そちらに毎日記載しております」
「ホルガーが受け取った時も?」
「はい、そうです。ただ彼は積極的に手紙の受け取りはしないので頻度は少ないのですが」
「そう、わかったわ……レイン先生」
私はカーヴェルからレインに視線を移す。
「おや今度は私に質問かな」
「質問では無くお願いになります。もし誰かにカーヴェルについて尋ねられた時、カーヴェルは絶対安静だと話して頂けますか?」
「それは事態を大きくする為に?」
「はい」
私が断言するとレインは面白そうに笑った。
「いいよ、協力する。もしよければ何日か泊り込もうか?」
「そこまでして貰って大丈夫?」
「構わないよ。うちは医者一家で私一人欠けても問題無い。分家として本家使用人の腐り具合をそのままにする方が叱られそうだしね……それに」
「それに?」
「薬を無断で他人に飲ませるという行為がどうしても許せなくてね、これでも一応医者だから」
そう唇だけで笑うレインの目は怒りに満ちていた。
医者としては当然の感情だろう。
(……でも漫画の中では彼女自身がエリカに無断で薬を飲ませようとするのよね)
そう考えるとやはり「一輪の花は氷を溶かす」のレインはまともな状態では無かったのだと思う。
きっとエリカに対する嫉妬でおかしくなっていただけではない。
「公爵邸にいる間、レオについて私もある程度関わらせて貰うよ。これでも親戚だし、未来のアベニウス公爵家当主を少しでも軌道修正したいからね」
レオの現状は主治医としてメンタルケアを怠っていた私の罪でもある。
そうレインは苦い顔をして私に言った。




