63.
私宛に手紙を送って来たのは解雇したレオ付きメイドたちだった。
全部で三通で、しかし内容は似たような物だ。
簡単に言えば不当解雇に対する厳重抗議。
(子爵家、男爵家、伯爵家ね……全員そろって親馬鹿、いや馬鹿親とは)
私は呆れる。同日解雇したマーベラ夫人やメイドのセラの家族は比較的まともな対応をして来たというのに。
後日それぞれの家の家長が使用人と共に荷物を引き取りに来たが平謝りだった。
(いや、マーベラ夫人の配偶者はもう当主は引退していたんだっけ)
父親に連れられて来たセラは片頬を腫らしていた。彼女は貴族では無く豪商の娘らしい。
「まさか仕えている家でまで盗み食いをするとは……窃盗で訴えて頂いて結構です!」
そう大量のお詫びの品を持って来たセラの父親は言った。正直上手いやり方だなと思った。
本心でもそうでなくても最初からフルスロットル謝罪されるとこちらの気持ちも落ち着いてしまう。商売人らしいやり方だった。
私は訴える気は無いと告げ、ただセラはこのままだと社会生活を送るのが難しいのではと説明した。
盗み食いだけでなく自己保身の嘘も吐いていたのだ。
「後日他の方々にも迷惑をかけて、許した私が恥をかくような真似だけは決してさせないでください」
「はい、今後は家の中でだけ仕事をさせます。こんな娘外には出せません」
そう言うとセラの父は娘を引きずるようにして帰って行った。
私は大量の詫びの品をケビンのいる王都に送った。
次にマーベラ夫人の夫が又大量のお詫びの品と共に訪れて、深々と詫びた後に妻は精神の病の為田舎で死ぬまで療養すると報告してきた。
そして自分も彼女と生涯生活を共にし見張るので、息子たちは許して欲しいと懇願された。
少し困惑したが「解雇を決定したのはケビンなので彼に伝えて欲しい」と告げた所素直に手紙を渡して大人しく帰って行ったのでマシだ。
それも大量の詫びの品と一緒にケビンに転送した。
こんな物を一々送って来るなと大量の詫びの品が送り返されてきたのは昨日の事だ。
実は処分について軽く悩んでいる。腐りやすい食べ物ではないのが救いだった。
しかしマーベラ夫人とセラの家はそれぞれこれ以上のお咎めを受けないよう必死だった。
レオ付きメイドたちの家とは月と鼈だ。
ひたすら突然の解雇についての文句と、レオの家出の原因はエミリエで他のメイドは悪くないという言い訳ばかり。
しかもだから再雇用しろとか、紹介状を出せとか具体的な要望は書いていない。ただ文句を言いたいだけの内容だ。
解雇理由についてはカーヴェルに協力してもらい文章化してそれぞれの家に届けさせたのだが。
(直接家に押しかけないだけマシなのかしら)
眉を顰める私にブライアンが寄って来る。耳の近くで話しかけられ、背筋が粟立った。
「奥様、そちらの手紙は私が対処致しましょうか?」
「……は?」
近すぎる距離を注意しようとしたが、意外な発言に目を丸くする。
短い付き合いだがブライアンが業務に積極的な性格では無いのは理解している。
「恐らくそちらは解雇したメイドたちからの抗議でしょう。奥様も新しい家令様も御多忙ですし私が家令補佐として対処させて頂きます」
台詞を素直に受け取るなら善意の提案だが、ブライアンらしくは無い。
私もカーヴェルも忙しいのは事実だがこの案件を彼に任せたくないと直感的に思った。
「有難う。でも急ぎでは無いし私が対処するわ」
私がそう答えるとブライアンは明らかに不機嫌になった。こういうところが無理なのだと感じる。
更にぼそぼそと小さい声で何か呟いている。独り言なのか聞き取りづらい。
「私では……くあの男なら任せ……のではな……の……か?」
「は?」
「いえ、何でもございません。差し出がましい物言いをお許しください」
表情を不自然な笑顔に変えてブライアンは去って行った。
私は手の中の封筒と中年家令補佐の後ろ姿を見比べて胃が重くなるのを感じた。
彼がカーヴェルに嫉妬を覚えないよう、機会を見ては褒めたりはしてきたがその程度では満たされないらしい。
今のところカーヴェルに対し嫌がらせをしている様子は無いが時間の問題に思えた。
その後レオたち用のクッキーを作りながら私は求人に家令補佐枠も追加することを考えていた。
しかし雇って即戦力になるのは難しい。新人研修などでカーヴェルの負担が更に増える可能性もある。
そんなことを悩みながら作ったクッキーは微妙な焼き加減になってしまった。
だがそのことでレオに文句を言われることは無かった。
レオと鯉を見に行った帰りにカーヴェルが倒れたからだ。




