55.
使用人用の風呂は男女別共用だ。漫画では小規模の銭湯みたいな光景だった。
メイドたちと仲良くなったエリカはたまにそちらに入りに行って世間話をしていた。
それで自分の体型がメイドたちと比べて女性らしくないと悩んだり、肌が綺麗と褒められたりしていた。
私は読者としてそれを知っていたからマレーナもそちらを使ったのだろうと思っていた。
でもよく考えれば菓子を食べてたメイドたちはマレーナの指示で受付メイドのエミリエに指示していた。
なのに誰もマレーナの意思を確認しに部屋を出て共有浴場に行かなかった。
それはあの時点で彼女はこの部屋の風呂を使っていたからだ。
「……この行為だけで解雇理由にはなると思う?」
浴室前から場所を移動しながら私はカーヴェルに質問する。彼は難しい顔をしていた。
「主人の寝室で寝たり、ドレスを身に纏うと変わりませんからね。ただ……」
「ただ?」
「余りにも非常識なので、ここまで堂々と隠さないのは不思議ですね」
「常識を持っていないか、行動に対する正当な理由を用意済みか……」
「そうですね。どの道マレーナさんとは面談をする必要があると思います」
私はその発言に頷く。ただ気になることが有ったので言い添えた。
「面談する時は同席するわ。もし私が無理でも決して二人きりにはならない方が良い」
「かしこまりました」
どの程度かはわからないがマレーナがカーヴェルに対し特別な関心を持っているのは先程既に分かっている。
或いは関心を持つ振りで彼の男心を擽る作戦かもしれないがどちらでも変わりはない。
私はひとまずそう結論付けて、わかりやすい方の対処を考える。
「カーヴェル、この部屋のメイドたちの勤務時間はホルガーが知っているかしら」
「レオ様付き使用人なら私に確認頂いて大丈夫です。そちらの情報の引継ぎは既に済んでおりますので」
即答えが返ってくる。彼が公爵邸を訪れて数時間も経っていない。
ホルガーは確かに息子は二日程度で働くことが出来ると口にしていたが、私の想定とは違っていたのかもしれない。
二日もあればカーヴェルは家令としての役割をこなせるということか。優秀過ぎて怖くなった。
「そ、そうなの……? じゃあアンネというメイドだけれど」
私は自分がレオの子供部屋を訪れて彼女たちがクッキーを食べていた時間をおおよそで話す。
その間にエミリエや部屋を掃除していたメイドに確認し他のメイドたちの名前も教えて貰った。
カーヴェルはメモを取り出すこともせず淡々と口にする。
「飲食をしていたメイド全員その時間は本来就業中の筈ですね」
「……やっぱり、そうなのね」
「それで気になることがあるのですが、ナタリーさんはまだ休憩時間なのでは?」
「えっ」
その指摘にナタリーと呼ばれたメイドは小さく声を上げる。私も内心少し驚いていた。
カーヴェル曰く彼女はまだ休憩時間らしいが、扉を開けた時は室内の掃除をしていた。どう見ても働いている。
「休憩時間でも働くように指示した者がいたのですか?」
ナタリーはビクリと肩を震わせた。そしてか細い声で返事をする。
「い、いいえ。私がやることが無くて勝手に働いているだけです」
「……と、答えるように指示したのは誰?」
私は横から口を挟む。驚きは呆れ混じりに怒りに変わっていた。
前世でもこういうパターンはたまにあった。
社長の私は勤務時間内だけ働いて欲しいのに、なぜか部下や後輩に休憩時間を潰させようとする人間が定期的に現れる。
休憩時間まで犠牲にしなければいけない程に逼迫しているならその旨報告して指示を仰いで欲しいのに全くそんなことは無かった。
ほぼ自分たちが仕事を押し付けていただけだ。
「ア、アンネさんです。時間前行動を心掛けるようにと」
「時間前行動って時間前から働けって意味じゃないわよ」
呆れながら言う。カーヴェルは私たちのやり取りを見ていたが静かな口調で言った。
「最年長のマレーナさんには相談などはされましたか?」
「い、いいえ。私はこの部屋では新人ですし子爵家の五女でしかないので……」
話しかける資格が無いのです。消え入りそうな声で言う。
変なことだらけだ。身分が物を言う貴族社会と言ってもおかしい。
「誰が貴方にマレーナに話しかける資格が無いと告げたの?」
「それは、その、そういう空気で……」
「つまり空気の入れ替えが必要ってことよね」
私は部屋の窓を開ける。風が入り込んできた。
冷たいが先程までの生ぬるい薔薇の香りよりはマシだ。
「この部屋のメイドを半分にして代わりに給与を上げることを考えているけれど、まともに働いているメイドを教えてくれる?」
ナタリーとエミリエに尋ねる。
二人は顔を見合わせた。




