50.
レオは奥の池にいた。
やっぱりここかという納得と、何故ここに居るのかという疑問が混ざりあい複雑な気持ちになる。
そんな私に対しレオは驚きと怒りが混ざった顔で怒鳴った。
「お前っ、なんでここに来たんだよ」
「……それはこちらの台詞よ」
心からの言葉を言い返す。
本当に何故こんな場所に居るのだ。
私だってブライアンの報告が無ければ庭奥の池になんて全く想定してなかったのに。
そんなことを考えながらカンテラを持ってレオに近づく。見たところ彼は灯りになるようなものを持っていない。
だからか、最初に発見した時は体を縮こまらせるようにして池の近くに座り込んでいた。
今は気力を取り戻したのか立ち上がって私に向かってキャンキャンと吠えている。
その足元に麻袋のような物が見えた。先程までゴザのように敷いていたのだろう。
「魚を観に来たのかもしれないけれど夜に来る場所じゃないわ。帰るわよ」
私はそう言ってレオに手を伸ばす。途端、僅かな痛みを感じた。
レオが差し出した手を叩いて拒んだのだ。
「奥様」
気づかわし気にカーヴェルが呼ぶ。私は大丈夫よと返した。
「帰りたくないの? じゃあ一人でずっとここにいるつもり?」
「そ、それは……」
冷静に質問すると途端レオは不安そうな顔になる。
当たり前だ。原作と同じ性格なら彼の内面は臆病で怖がりな子供なのだから。
しかも私たちのようにカンテラも持っていない。
恐怖を感じなかったとしても暗い視界と子供の足では来た道を戻ることすら大人の倍以上かかりそうだ。
「不満や言いたいことは屋敷で聞くわ。皆心配してるし戻りましょう」
「心配なんてするもんか!」
私の言葉にレオが間髪を容れず返す。
「だったら何で捜しに来たのがお前だけなんだよ!」
「私だけじゃないわ。カーヴェルやアイリもいるもの」
「そういうことじゃない!」
顔を真っ赤にして叫ぶレオに、私は内心少しだけ後悔していた。
彼は恐らく父親のケビンか自分付きのメイドたちに見つけて欲しかったのだろう。
でも現実はそうじゃない。
彼付きのメイドたちは彼を放置したし、レオを捜そうと考えたのは私だけだった。
「侍女長は貴方に花瓶の水をかけられて入浴中と聞いたけれど?」
「それは、マーベラ夫人が辞めさせられないように父様にお願いしろって言うから……!」
「……マーベラ夫人が?」
何故侍女長とやらはそんなことをレオに命じたのだろう。私は内心首を傾げた。
「父様が俺なんかのお願いなんて聞いてくれる筈無いのに……そんなことしたって俺が父様に嫌われるだけじゃんか!」
「レオ君……」
レオの性格に問題が無い訳では無い。
しかし父親に対し自分の発言が無意味だと十歳の子供が当たり前のように認識しているのは胸が痛んだ。
「誰も俺の味方なんていない……」
「そんなことは……」
「だからお前が好き勝手する屋敷から俺は出ていくんだ!」
「なんでそうなるのよ」
突然矛先をこちらに向けられて同情していた気持ちが霧散する。
私は寧ろ好き勝手されている方だと思う。されて黙っている性格では無いだけで。
「出ていくって、出ていってどうするの。お金も住む場所も無いのに」
前世で幼い息子とこんなやりとりをしたことがあったなと思いながら私はレオに言う。
あの時は確か私が部下と再婚すると勘違いした息子の抗議行動だった。
そんな事実は無いと部下本人と一緒に説得して収束したけれど、今回はどうなるのか。
「金なら作れる、この魚を捕まえて売ればいいんだ!」
池を指さしてレオが言う。ブライアンの貴重な観賞魚が居るという説明を思い出した。
そうか。前回石投げて止められた時に注意されて覚えたのはそこの部分か。頭が痛くなる。
きっとレオが自分の子なら問答無用で拳骨を落としていた。いや今も正直そうしたい。
「この……お馬鹿っ!池の鯉が捕まえられる筈ないでしょう!!」
我慢できず怒鳴ってしまう。よく考えたらそういう問題ではない。そもそも捕まえようとしてはいけない。
「馬鹿にするな、捕まえられる!気絶させればいいんだ!」
そう言いながらレオは側に有った大きな石を持ち上げる。
もしかしてそれをぶつけるつもりなのか。そんな物を投げつけられた鯉は気絶どころか下手したら死ぬ。
「馬鹿っ、止めなさい!!」
「馬鹿って言う、っ、わあっ」
私に怒鳴り返したレオの声が途中で悲鳴に代わる。抱えた石を投げ込もうとして重さでバランスを崩したのだ。
もしその石が転んだレオの頭などにぶつかったら。私は真っ青になって駆け寄ろうとした。
しかしドレスの裾を踏んで自分も転んでしまう。
「レオっ……!」
カンテラが落ちて割れる音がした。




