26.
公爵邸の図書室は使用人たちも利用するらしい。
そのせいかは知らないが女性向けの雑誌や娯楽本が充実していた。
何冊か恋愛小説らしきものを取り出し、少しだけ読んでみた。
ヒロインの異母妹が悪役な話に続けて当たったので無言で元の場所に戻した。
複雑な気持ちだが、貴族の目線から見れば愛人の娘という存在は悪役に適しているのだろう。
そういう思想の下地があるからローズは私を悪女だと言い触らしたのかもしれないし、世間もそれを鵜呑みにしたのかもしれない。
(もしかしてケビンもこの手の小説の愛読者なのかもね)
私を悪女扱いしている氷の公爵を思い出しながら考える。
思い込みが強そうな男だから小説を鵜呑みにしてもおかしくは無かった。
そんなことを考えながら図書室を歩き回り新聞や最近の雑誌などを手に取る。
本日付の新聞にはケビンと私の結婚が小さいが記事として載っていた。
(今年十七歳になるオルソン伯爵家次女エリカ・オルソンね……)
つまり私の年齢は十七歳で、この国の成人年齢もそうだという事か。
念の為辞書を引いてみたが男性の成人年齢も同じようだった。
確かケビンも十七歳でリリーと結婚した。エリカと同じように早婚だ。
そこまで考えて引っかかりを覚える。
(レオは今年十歳で、ケビンは二十七歳よね……)
つまり結婚する前、さらに言えばケビンが成人する前からリリーは妊娠していたのではないか。
げんなりした気持ちになりながら私は新聞に意識を移した。
求人欄をチェックする。今のところ私に出来そうな仕事は無かった。
ただ提示されている月収を見ればこの国の平民として暮らす為に毎月どれだけ必要かの参考にはなる。
(離婚の時に多分慰謝料は貰えるだろうけれど、具体的な金額がわからないのが不便ね)
私は「一輪の花は氷を溶かす」の序盤を思い出す。
ケビンが王都で王太子と話しているシーンで彼はこう言っていた。
第二王子が結婚したら約束通り自分は離婚させて貰うと。
一見、いや二度見しても意味わからない発言だがこれには理由がある。
独身貴族をまだ謳歌したい第二王子クリスと彼に身を固めて欲しい王太子マーセル。
兄の説教にうんざりしたクリスはある日条件を付ける。
リリーを亡くして以来独身を貫いている友人ケビンが再婚したら自分も結婚を考えると。
正直引っぱたかれても仕方ないレベルのデリカシーの無さと傍迷惑さだ。
ケビンの友人をやれるだけある。
そんなわけでケビンは半分王命のような形で再婚を強いられ、渋々エリカと結婚した。
本来はローズと結婚する筈だったが、彼女が当然嫌がった為異母妹の私になった。ローズはある意味勘が良い。
そしてケビンが文句を言わず私と結婚したのは相手が誰でも構わなかったからだ。
ケビンが王太子に取り付けた約束は、命令通り結婚するが一年後には離婚するという内容だった。
なのでケビンがエリカを好きにならなかった場合は一年後に離婚を切り出される筈だ。
妻側からすれば男連中があまりにも勝手すぎて絶句する。
しかしケビンにそういう打算があるなら悪女という噂がありメイドの娘である私を娶ったのもある意味納得なのだ。
(世間もそんな娘なら離婚されても仕方ないって思うでしょうしね)
私は新聞に掲載されている大衆小説の宣伝を眺めながら思った。
離婚された後に伯爵家に帰るつもりは当然無い。慰謝料をケビンから直接貰ってそのまま失踪するつもりだ。
万が一慰謝料が手に入らなくても、公爵家を出て一人で暮らしていけるだけの生活資金は欲しかった。
欲しいというのは簡単だが手段が思い浮かばない。
(ドレスや宝石を大量に買って売るとかは横領になりそうだし……)
前世の仕事で培ったノウハウを携帯やパソコンの無いこの国で活かすのも難しそうだった。
私は傍らに置いた絵本や児童書を横目で見つつああでもないこうでもないと先行きを考える。
「あの、今お時間宜しいでしょうか……?」
突然声をかけられ視線を上げる。
そこにはメイド服を着た三十代ぐらいの女性と、彼女に隠れるようにロンが立っていた。
女性とは初対面だがどこか見覚えがある。私は椅子から立つと言葉を返した。
「ええ、大丈夫よ」
「有難うございます奥様。私はマーサと申します。ロン様の侍女をさせて頂いております」
そう言ってお辞儀をする女性の正体に私は納得する。見覚えがあったのは漫画内にも登場していたからだ。
彼女はエリカが来るまでロンの唯一の味方だった。出番こそ多くないが心優しい常識人だった筈だ。
「知っているかもしれないけれど私はエリカよ。二人とも何か御用かしら」
名乗りを返す。するとマーサが優しくロンを自分の前へと出した。
どうやら私に用があるのは彼らしい。
腰をかがめて彼に視線を合わせる。
レオとよく似た、しかし内気そうな顔がこちらを見て来た。
「あの、庭で……助けてくれてありがとうございました」
私は目を丸くする。けれどすぐ笑顔を浮かべた。
「どういたしまして。お礼を言えるなんて良い子ね」
褒めるとロンは照れたのかマーサの後ろに隠れてしまった。
私とマーサは微笑ましいものを見る目でそんな彼の様子を眺めた。
この屋敷に来て初めての心和むひと時だった。




