27.
レインは医師という地位を持つアベニウス公爵家の親戚だ。
本来なら頭を下げて同行を願ってもいいくらいだった。
しかし親切な申し出をしてくれた彼女だからこそ逆に躊躇いがある。
「本音を言えば有難いことだわ、けれどオルソン伯爵家の人間はきっとレイン先生にも酷いことを言ってしまう」
彼女が独身女性であること、そして男装をしていること。
そういうこの世界では異端と思われる部分を伯爵夫人はきっと得意げに罵倒するだろう。
最初はレインがケビンに似た容姿で公爵家の血筋であることで緊張していても、恐らくすぐに忘れてしまう。
けれどレインは私の言葉に軽く笑って答えた。
「寧ろ暴言を吐かれるのはこちらにとって好都合じゃないかな」
「レイン先生……」
「きっとエリカ嬢が私の立場なら同じことを言うと思うよ。そして私は大人なのだから利用することに躊躇わなくていい」
こんな生き方をしてきたのだから色々言われることは慣れている。
そうレインは静かな表情で言う。だからこそ余計に彼女のこれまでに思いを馳せて胸が苦しくなった。
「オルソン伯爵家が暴走を続けた結果離婚騒動に発展するのは私の家も困る。レオとロンにはまともな親が必要だ」
そう言われて子供たちの顔を思い浮かべる。
確かに彼らにはちゃんとした保護者が必要だろう。
けれど私はどの道ケビンから離婚を言い渡される筈だ。
まるでこちらの心を読んだように男装の女医は片目を閉じて見せた。
「私も少し考えたけれどね、ケビンはエリカ嬢やその実家が目障りにならない限り離婚はしないような気がする」
「えっ」
「今だって再婚したのにこの屋敷には殆ど居ない。仕事の合間に帰って来ることは可能なのに王都で友人と遊んでいる」
それは再婚する前からだったみたいだけれど。
レインの言葉でケビンに対し改めて怒りを覚える。
貴族が自らの手で子育てをすることなんてほぼ無い。今の私はそれを知っている。
だとしても荒れていた子供たちを放置し王都で遊んでいると言われれば軽蔑は抑えられなかった。
「ケビンがそういう父親だからこそ、この屋敷にはちゃんとした母親が必要だと彼本人だって理解している筈だよ」
そう冷静な思慮深い表情で告げたレインだが、何かに気付いたように付け加えた。
「まあ、アベニウス公爵家を滅ぼしたいと彼が思っていなければ……だけどね」
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その後私はアイリと新人家令補佐のダレンとホルガー、そしてレオとロン付きの侍女たちに外出を告げて馬車に乗った。
大き目の馬車は大人が三人乗っても窮屈な感じはしない。
私の横にはレイン、そして正面にはカーヴェルが座っていた。
本来は家令とはいえ使用人を同席させるべきではないかもしれない。
別の馬車を用意すべきか、もしくは護衛を兼ねて連れて来たクレイグのように並走させるか。
ただ私は絶対に子供たちに聞かれない場所でレインとカーヴェルに話したいことがあったのだ。
けれどその前に伝えておきたいこともあった。
「二人とも、既に知っていると思うけれど私はオルソン伯爵家で使用人のような扱いを長年受けて来たわ」
「使用人というか、それ以下だと思うけれどね」
異母姉ローズに私が鞭打たれたことを知っているレインは固い声で言う。
私はそれに頷き言葉を続けた。
「私は伯爵がメイドを手籠めにして生まれた娘、だから正妻とその子供からずっと憎まれて来た……」
理不尽ではある。しかしそれを理不尽ということはオルソン伯爵家では許されなかった。
「だから殺されない為にひたすら大人しく従順で無害な娘として生きて来たわ。ふふ、今とは全くの別人ね」
実際人格は完全に別人だ。エリカの肉体と記憶を継いでいるが私は前世の人格の方が表に出ている。
何故そんなことになったのかはわからない。
ケビンの言葉と行動がショックだからだと思ったが、何故気絶から目覚めた後原作とは違い前世の人格に切り替わってしまったのか。
そのことで少し考えこんだがレインとカーヴェル二人の視線に気づいてハッとした。それは今考えることではない。
「だから実家の人間の覚えているエリカと今の私は全然違う性格だと思うわ。そのことで向こうが何を言っても無視をして欲しいの」
「確かに結婚式で見かけた大人しそうな花嫁と目の前の女傑は大分違うね」
レインが愉快そうに笑う。
「まあ環境が変われば性格も変わるなんてよくある話さ。私だって十歳頃の自分が今の自分を見たら誰だこいつと思う筈だよ」
「……そう思って貰えると助かるわ」
彼女の言葉に安堵する。環境が変わったから性格も大幅に変わった。
心からそう思えたらどれだけ気が楽になるだろう。
私は自分がエリカの人生を乗っ取っている罪悪感を抱えていることに今更気づいた。
(でも今エリカに体を返してと言われても、きっと今は出来ないと私は答えるでしょうね)
子供たちの笑顔と、そしてカーヴェルとレインの今後を考えてしまう。
原作ではカーヴェルは溺死、レインは嫉妬で心を病み犯罪に手を染めてしまう。
(その未来だけは回避したい、そうならないと確信できるまで私はエリカの立場を手放せない……)
だからこその罪の意識なのだ。馬車は私たちを乗せオルソン伯爵家へ進んでいった。




