21.
「ロン君が熱?」
「はい、そこまで高くは有りませんが……」
表情を曇らせてロン付きの侍女マーサが言う。
ロン君の私室に向かった私を待っていたのは暗い顔をした二人の男女だった。
「泣きじゃくりは収まりましたので今はベッドで安静にして頂いております」
「そう……」
やっぱりあの後ロン君は泣いたのか。私は侍女の言葉に頷いた。
「体調が悪いから普段より感情的だったのかしら」
「そのような申告はございませんでしたが、ロン坊ちゃまは大人しい方なので……」
「体調不良が分かりにくい子という訳ね」
「だとしても私がもっと目を配るべきでした……」
自分を責めているマーサはロンが寝かされている寝室を振り返った。
「きっと部屋から出たのも私が戻ってくるのが遅かったせいなのです」
「貴方は貴方で何かあったの?」
「備品を取りに倉庫に向かったのですが鼠を見つけてしまい、捕まえるまで出られなくて」
「……鼠は仕方ないわね」
伯爵家で使用人の仕事をしていた私は頷く。
見つけたら絶対すぐ仕留めた方が良い。
逃がしたら増えるかもしれないし何に齧りつくか分かったものではない。
「今回鼠が現れた付近に鼠捕りを増やすよう手配致します」
「お願い」
カーヴェルの言葉に私は頷いた。
「マーサはカーヴェルにロン君の事情は聞いている?」
「はい、でもロン坊ちゃまは本心では無かったと思います!」
珍しくマーサが語気を強めて言う。
そう否定しないとロンの立場が不味いと思っているのだろう。
私は静かに首を振った。
「本心であったとしてもレオ君は責めないわ。彼は自分の過去の言動が原因だと理解しているから」
「えっ……」
目を見開いてマーサが驚く。レオの態度が彼女には心底予想外だったようだ。
「だから怒っていないし過去の奴隷発言も謝罪したいと申し出ているの。ただ今は無理そうね」
「そうですね、もしロン坊ちゃまの熱の原因が病だとしたら移るかもしれませんし……」
「ロン君ってもう眠ってしまっている?」
私がマーサに尋ねると彼女は違うと答えた。
「熱のせいか酷く泣いたせいか興奮していらっしゃるので、中々寝付くのが難しいようです」
「なら私にロン君と少しだけ話をさせて貰えないかしら?」
「奥様とですか? ロン坊ちゃまに確認しても宜しいでしょうか」
「大丈夫よ、お願い」
私が答えるとマーサは一礼して寝室へと消えた。
幼い子供は体調を崩しがちだ。そして感情は体調に左右されやすい。
ただロン君の場合は溜め込んだ感情が爆発した結果、興奮して熱が出た可能性も否めなかった。
ロンの私室で二人で立って待っているとカーヴェルが私に差し出がましい申し出ですがと話しかける。
「奥様では無く私がロン様とお話し致しましょうか」
「私に病気が感染することを心配しているのね。大丈夫よ」
寧ろロンが本当に感染病の場合罹患して困るのは執事のカーヴェルの方だ。
彼を意識不明だと偽り部屋に隔離していた時の惨状を思い出す。
「かしこまりました。それで画材店ですが別の商店を利用するという事で宜しいでしょうか」
「そうなるわね、その場合直接店で購入をするのは難しいと思うけれど」
「だとすると商人を招いての注文になるでしょうか。ロン様は承諾されるでしょうが……」
「いいえ、ロン君の買い物をしたいという願いは絶対叶えるわ」
私が言い切るとカーヴェルは眼鏡の奥の目を少しだけ見開き、その後淡く微笑んだ。
「……奥様が仰るならロン様の夢はきっと叶うのでしょうね」
何故か喜びが滲んでいる彼の言葉が終わると同時に寝室の扉が開かれる。
「奥様、ロン坊ちゃまはお話をされても大丈夫とのことです」
「わかったわ」
私はマーサに言われロンの寝室に向かう。
「私も同席して宜しいですか?」
しかしそんな私にカーヴェルはそう尋ねて来た。
暫く考えて許可を出す。
そこまで引き下がらないなら彼もロンにどうしても伝えたいことがあるのだろう。
私は家令を伴ってロンの寝室へと足を踏み入れた。




