小さな魔女と王宮魔法師4<完>
お題:スポーツの俺 必須要素:時限爆弾 制限時間:2時間
頬に伝わる温もりは、知ってはいけないものでした。
色を留めぬ二つの虹は、見てはいけないものでした。
呼ばれてしまった言の葉は、どこまで知られているのでしょう。
どこまで覗かれているのでしょう。
魔女は恐怖に目を瞑りました。
ロドラックは魔女の頬に手を置いたまま、手袋を咥えて抜き取りました。形の良い鼻筋と滑る白金の絹髪が、魔女の額を掠めます。
剥き出しになった指先で優しく頬を撫でられて、魔女は肌を泡立たせました。
「やめてください死んでしまう! 死んでしまう!!」
震える唇に温もりが落ち、小さな水音をたてました。
「ぁあ、ぁ……どう、し」
瞼を開ければゆらゆらと虹の光彩が揺れています。
心は今すぐ逃げだしたいのに身動き一つ取れないのは、魔法をかけられているからでしょうか。
「――分からない?」
宥めるように囁かれ、もう一度唇が重なります。
「それとも、分からないふりをしているの?」
「だって、貴方が死んでしま」
言葉尻はすくわれてしまい、三度唇が離れました。
紫色にひび割れていた魔女の唇は艶と色味を取り戻し、今や熟れた果実のようにそこだけ輝いておりました。
「わ、わたしはっ、毒、なのに……!!」
水晶の外套が広がり、魔女の身体を覆いました。
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さて、13人の姫には、それぞれ呼び名がありました。
一番上の姫から順に、輝く金の髪を持つ華やかな顔の太陽姫。
二番目には、涼やかな目元と優美な物腰の三日月姫。
そして三番目の姫には、沈む陽光に似た瞳から、夕暮れ姫と。
手紙を届ける役割は、上から順に三人の姫が引き受けることになりました。
姫達は病床の王に頼まれて姫達が旅をしていた途中、巨大な一つ目烏が月桂樹にとまるとガラガラ声で歌いました。
カア カア カアァァ
たった一人の姫さんが 喰われていればよかったものを
王子が生まれていたものを
十の山越え 三つ海渡り
雲より高く切り立つ崖の
天辺登ったその先の
地の果てに住む 魔女の家
辿れていれば よかったものを
カア カア カアァァ
約束破った王様は
間も無く おっ死んじまうだろう
烏に向かって姉達は罵り、石を拾って投げつけました。
夕暮れ姫だけは、黙ってその歌を聞いていました。
そうして姉達が先へと進むのを見送ると、切り立つ山へと向かったのです。
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愛さない。
そう強く心に誓い、魔女は旅をしてきました。
地の果てに住む魔女の代わりに、世界中の呪われた品を集めるために歩き続けました。
代償魔法の成熟賛歌で苦しむ人々を救う度、背は縮み、皮膚はたるんでひび割れて、髪は縮れて抜け落ちました。呪いの毒は魔女の身体に入り込んで僅かな命を蝕み続けました。
辿り着いたどの国でも、どの町でも、行き交う人々は皆彼女を睨み、疎んじ、出て行けと怒鳴り、石を投げつけ追い出しました。
ですから、留まらずともよかったのです。
ですから、愛さずに済んだのです。
これでいいのだと言い聞かせ、魔女は歩き続けました。
大好きな父様と母様、12人の姉と妹に、生まれたであろう一人の王子。
それから、大切な自国の民が安心して過ごせればそれでいい、と。
「お願いです。わたしは呪われた身体です。
留まればその地は汚れ、愛した相手は腐ります。
どうか、先へと向かわせてください」
長く美しい指先が魔女の顔を包みました。
「君は、命が切れるまで歩き続ける定めで」
出来物のある肌を数度撫でれば、滑らかに白く。
「僕は、この地がある限り留まり続ける定め」
膨れた鼻がするすると縮み、愛らしい尖りを取り戻します。
瞼の際を指腹がなぞれば、漆黒箒が夕陽の上を昏く長く彩りました。
顔の全てを撫で終わると、王宮魔法師は拳をつくりました。
ややあって、開いたそこには、渦巻く闇を固めたような小さな珠が乗っていました。
「──ねえ、ぼくと試してみない?」
にっこり笑うと、ロドラックはその球を口に入れ、こくり、と飲み込んでしまいました。
「僕達が互いを分け合い続けたら一体どうなるのかっていう、遊び」
ぽかん、と口を開いた魔女の身体を美しい魔法師は抱きかかえると、ふわりと宙に浮かびました。
そうして、二人はそこから消えたのでした。
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<補足>
【王宮魔法師ヴィリアード・ロドラック】
澄んだ水晶のような外套を羽織った美しい姿は、この国の貴族や魔法師ならば誰もが皆知っている。
物質の加工出現、瞬間移動、優雅に魔法をこなす国の顔のような存在。
軽やかでありながら身持ちが固く、そのつれなさ故に貴族女性の誰が落とすかの賭け事に使われている。
元はその瞳を持つが故に忌み児として嫌われ、禍々しきものが好む目玉だと生贄の運命を持つ少年であった。
彼を探していた魔法師が置き去りにされたロドラックを連れ帰って弟子とし、少年は初めて大切にされた期待に応えたいと懸命に魔法を覚えて優秀な成績を修めた。
定期的に連れていかれていた聖なる土地の嫉妬深い女神に愛されているため、誰とも結ばれてはならず国から出ることも老いることもかなわなくなった。
結局は国を守るために利用されたのだと気付いたものの、元は食われる運命だったためそういうものだと納得している。
白に近い金髪はさらさらと指が滑る。
何色でもない瞳は瞬きをする度に光彩が変わる。
魔女に近づいたのは、自分と同じ代償を伴う魔力を感じたため。似ている存在だと共感している。
【旅をしていた魔女】
苦しげに潰れた声は魔法を詠唱する時だけは伸びやかになる。
腐敗に近い沼の生き物の言葉が分かる。
忌み嫌われる生き物に触れては呪いを分けて(相手は魔力を持つ)負担を軽くしている。
腐敗に近いものを浴び、触れ、接種することで蝕む呪いを鎮静化させて生き永らえている。




