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58. 延長戦!悪役令嬢vs覚醒の転生ヒロイン【らすとばとるッ!!!】

 

 カレリンはラファリィの間合い(ふところ)に飛び込み、掴みかかってきた彼女の手を最小限の接触で捻り、ラファリィの開いた両足の間に自分の足を差し込み、ラファリィの力を利用して地に倒すとそのまま拳を叩き込んだ。


 少し効いたようで、ラファリィは顔を苦痛に歪め――


「グッがぁぁぁあああ!」


 ――狂獣の咆哮を放って蹴りを繰り出す。


 しかし、カレリンは既に彼女の間合いを離れており、その蹴りは虚しく空を斬る。が、ラファリィはその蹴りの勢いで一回転して立ち上がるとカレリンへ襲いかかった……



「予想以上の展開だ」


 ニタニタと薄笑いを浮かべる邪神が私の横に立った。私はそんな彼女を一瞥しただけで、すぐに2人の戦いに目を戻した。



『貴女……彼女に何かしましたね』

「あぁん何の事だ?」


 カレリンに両腕を振り回してその暴威を振るうラファリィの両の瞳にはもはや正気の欠片もない。


『いくら魔力が暴走したと言っても今のラファリィの状態は異常です』

「くくくッ……まあちょい精神暴走(バーサーク)しやすい暗示はかけた……かな?」



 両腕を大きく広げて襲いくるラファリィに、まだ彼女の力量を測りかねているカレリンは身を低くしてラファリィの脇を潜り抜けて彼女の後背を取る。


 どう見てもカレリンの方が圧倒的に技量が上で、一撃ももらわずラファリィに何度も痛撃を加えている。だがラファリィは全く無傷。


 一方、ラファリィの攻撃を受けもせずにいるカレリンはラファリィに近接する度に浅いが次々と傷が増えていっている。


 額から、頬から……破れた袖より露わになった腕から……舞うたびに翻るスカートの裾より見える脚から……血が滴り、彼女の武踏に合わせて汗と共に飛散する。


 ズタボロで凄惨なはずの彼女の舞い(すがた)は、それでも優雅で惹きつけられる。



 カレリン……



 彼女が圧倒的な存在感を持つ絶世の美女だから……

 彼女の一挙手一投足には無駄がなく優美だから……

 彼女の見せる数々の技がとても優れているから……


 そんな陳腐なものではない。



 ただただ一心不乱なカレリンに感動するのです。



 だから私は言葉を失って見惚れた。なのに……


「中々の趣向だろ?」

『……悪趣味なだけです』


 ……無粋な。


「そうは言うがルナテラスも我を忘れて見入っていたじゃないか」

『それはカレリンが今まで(つちか)ってきた武の集大成が体現されているからでしょう』


 私がチラリと邪神を見やると、それに気づいた邪神が視線を寄越してニヤッと嘲笑(わら)った。


「それも俺の見事な演出のおかげだろう?」

『脳みそまで腐りましたか真正変態の百合ビアン』


 本当にイライラさせてくれるクソ女です。


 こんな女に目を付けられたばかりに……痛ましい程に正気を失い、ただがむしゃらに腕を振り回すラファリィに少し同情する。


『ラファリィは思い込みの激しいところはありますが、素直で優しく思いやりのある娘でしょうに、無闇矢鱈と弄ぶものではありませんよ』

「おや?世界を壮大な実験場にして人類を弄んでいる創造神様とも思えぬ発言だ」

『私は観察者であって愉快犯ではありません!あたら生命が散っていくのを楽しむ趣味は私にはありません』


 私がキッと睨みつけると、邪神は肩を竦めてこわやこわやと(おど)けて、私の感情を逆撫でる。


 分かっている……コイツは私が感情を露わにする様を見たいのだ――


「やっぱりお前は澄ました無表情より、そうやって怒った方が魅力的だ」

『ふん!』


 ――だから私は邪神を無視して、再びカレリンとラファリィへ意識を戻した。



 袖は破れ、スカートは裂け、胸のリボンは千切れ、両者とも身に纏う制服は見るも無惨なありさま。


 一見すれば2人とも痛ましい状態なのですが、その実情は違います。カレリンは服装と同様に全身傷だらけで満身創痍といった感じです。しかし、ラファリィは破れた服の下から露わになった白い肌は綺麗なままで全くの無傷。



「グゥルゥゥウ!」



 まともに人語を発せず猛獣の如き唸り声を上げる忘我の状態。制服は原型を止めずまるでぼろ布を纏う未開の蛮族。目から理性の光は失われ、口から涎を垂らし、身に宿した膨大な魔力をただ物理に変えて破壊衝動にのみ従うその姿はまさに狂戦士(ベルセルク)



「はッ!……ふッ!……」



 その暴風の様に荒れ狂う力そのものを舞う様に華麗に躱し、魔法なのではと思わせる技でいなし、拳を、掌を、肘を、肩を、膝を、足を、その身の全てを武器と変え戦う令嬢は目に強い意志を宿し、口の端を僅かに吊り上げ妖艶に微笑(わら)う美貌の達人。



「ガアァッ!」

「セイッ!」



 ただ自らの圧倒的な魔力(絶対の暴力)を振るい、振り回されるラファリィと練り上げた魔力(鍛え抜かれた技)を披露する対照的な2人の戦いは人の領域を遥かに越え、人が踏み入る事は叶わない。


 だから無謀な観客(ギャラリー)も私と邪神の2人だけ。



「これだけのスゲェ死合(ベストバウト)の観戦者が俺達しかいねぇのは勿体無いな」

『……』



「ダァぁぁあ!」

 豪ォォおお!!


 ラファリィの凶悪な程に強大な魔力を宿した拳が振り回される度に、その枯れ木の如く細い腕からは想像できない力の奔流が産み出す暴風に壁が、床が、天井が引き裂かれていく。



「ぐがガガガッ!」

 轟ォォぉおん!!


 ラファリィの絶望的なくらい絶大な魔力を纏った蹴りが繰り出される度に、小柄で華奢な少女のものとは思えない絶対の暴力が気流のうねりを産み轟音を発して地を穿つ。



 そのラファリィの騒々しい魔力(ちから)によって、天井(てん)は堕ち、壁は撃ち抜かれ、()には無数のクレーターが……彼女達の激突から1分と経っていないのに、もう講堂はその役目を果たす事の叶わぬ瓦礫の山と化してしまいました。



「ふッ!……てやッ!……」


 それとは正反対にカレリンの拳は、手刀は、掌底は、肘鉄は、蹴りは……彼女の全身はラファリィを正確に捉えて、彼女の力の全てをラファリィにだけ注ぎ込む。だから周囲には全く干渉しない彼女は激しく動き回っているのにその流れはとても静かで、動作に音の無い様はまるで無音の世界にいるよう。



「ふふふ……」



 そしてカレリンはとても楽しそう。


 ラファリィの姿だけを見て、ラファリィの雄叫び(こえ)だけ聞いて、ラファリィの身体にだけ触れて、ラファリィの動きだけに合わせて、ラファリィだけを感じている。


 そして、カレリンはラファリィだけに己の全力を、力を、魔力を、技を、持てる全てを注ぎ込む……


 その姿はとても美しく、とても生き生きとして、とても煽情的で、とても躍動的で……だけどそれは全てラファリに向けられるもので……



「くくくッ……嫉妬かルナテラス」

『――ッ!』



 邪神の不躾な指摘に魅入っていた私はハッと我に返る。



「2人を見る顔が悔しそうに歪んでいるぜ」

『何を馬鹿な――』

「そんな嫉妬に燃えるお前の表情も(そそ)るがな」

『貴女、死になさい』


 私はニタニタ(いや)らしい嘲笑(わら)いを浮かべる変態に吐き捨てる。


「俺を百合ビアンなんて呼んでたくせに……」

『私のはそんなのではありません!』


 全く誰が嫉妬ですか!


「なあなあ、いいじゃねぇか。俺やお前でカレリン囲ってさぁ。気にかけてんなら胸は足りんがピンク頭も入れていいぞ……そうだなぁ、後は攻略対象どもは奴ら同士で絡ませてよぉ……くっくっくっそれも愉しそうだ」

『攻略対象同士って、貴女はそっちの気もあったのですか!?』

「女は女同士、男は男同士の方が美しいだろ?」

『このド腐れ百合腐女神(ふじょし)!』


 決められた(ルール)を壊しまくるとんでもない破戒神です!


「格調高く貴腐神(きふじん)と呼んでくれ」

『ホントに死ねッ!』

「そんなカッカしなさんな」

『誰のせいですか!ラファリィは正気を失い、カレリンはあんなに傷ついているのですよ――ッ!!』



 突然、ラファリィが右拳を脇に引き、左足の踏み込みと共に突き出した――正拳突き!


 ブオォン!


 カレリンは意表をつかれながらも大きく左足を前に出し、姿勢を低くしてラファリィの拳を掻い潜って逆にアッパー気味な拳を打つ。


「グガッ!」



 ラファリィは顔を歪めながらも耐え、クルリと背を見せたと思ったらカレリンの顔目掛けて蹴りを放った――中段回し蹴り!!


 ゴォッ!


 カレリンはそれを受けず、身体を左に寝かせ、左手で自身を支えながらラファリィの軸足を狩る。そして、サッと立ち上がると宙に舞ったラファリィに踵落としを見舞った。


「ギャッ!」


 (つたな)い技量ですが、それでも技と呼べる動作を狂った状態のラファリィが!?



『カレリンの動きを見て技を盗んでいるのですか?』

「ほぅ……ラファリィのヤツ想像以上の天才だな」

『何を呑気なッ!』

「心配すんな」

『ですがこのままではカレリンがどんどん不利に……』

「大丈夫だって……もう結着がつく」


 ラファリィの動きは次第に洗練されていき、時間の経過と共にカレリンは疲弊していく。この状況のどこにカレリンに勝つ要素が?


「さっきの攻撃でカレリンは正確に掴んだみたいだ――ラファリィの防御力を」

『それではカレリンは今から――ッ!!!』



 突然、ラファリィの動きが信じられない速度でカレリンに迫った。



「ちッ!マジか縮地じゃねぇか」

『カレリンの歩法まで!?』



 横で見ていてあのスピード……カレリンからすれば殆ど消えた様にしか思えないでしょう。あっという間に目の前に迫られカレリンの表情が強張ったのが分かります。


「ダァッ!」

「くッ!!」


 ラファリィの小柄な身体からは想像もできない豪腕がカレリンに肉迫し、躱せないと判断したカレリンは腕を交差して防御姿勢を取る。



 バキッ!!!



 初めて綺麗にもらったラファリィの右ストレートにカレリンは大きく後方へ吹き飛ばされた――完全なクリーンヒット!



 ドゴォォォオン!!!



 瓦礫の山に衝突し、もうもうと砂埃が舞い、カレリンの姿を隠す。


『カレリン!!!』


 私は思わず彼女の名を叫び、駆け寄ってカレリンの安否を確認するが返事がない。



『カレリン!返事をしなさい!!』


 私はどうしてこんなに取り乱しているの?

 ううん……そんな事は今はどうでもいい。


「だ、大丈夫よ……生きてるから……」


 ガラッと音を立てて瓦礫の一部が崩れ落ち、彼女の身体が現れる。私は近寄って膝をついて覗き込むが、とても大丈夫とは思えない。


『カレリン……貴女……』

「なぁに?泣いてんの?」


 カレリンの手が触れることのできない私の顔に添えられた――私は泣いている?


「はは……あんたの泣き顔……初めて見るわね……澄まし顔や何考えてるか分からない微笑よりもずっと綺麗よ……」


 力無く笑って(おど)けるカレリンに、私は釣られて笑った。


『バカ……その殺し文句は邪神みたいですよ』

「それは嫌だなぁ」


 よっと掛け声と共に立ち上がったカレリンだったが、その左腕はダラリと垂れた。


『貴女その左腕!?』

「ん?凄いわね。一応インパクトの瞬間に後方へ飛んで力を削いだのに、それでももってかれた。折れてるわね」

『カレリン!もうラファリィは諦めなさい……このままでは貴女が……』

「大丈夫よ。ここまでラファリィがやるなんてね。だから――」


 満身創痍で左腕まで失ってなおカレリンは笑った。


「――ラファリィの才能はこんな形で失うのはもったいないと思うの」

『ですが、もう貴女の身体がもたないでしょう』

「大丈夫だって、もう掴んだから……次の一撃でキメるわ。だから――」


 真剣な眼差しでラファリィを見据えるカレリンは、だけどその表情に悲壮な印象は1ミリもない。


「――ラファリィを救って……そして私は彼女と霊長類最強を目指すの!」

『ラファリィは多分そんなものを目指してはいないと思いますよ?』

「問題ないわ。これだけ暴れればきっとラファリィも筋肉(パワー)の虜になっているはず!」


 全くこの娘はどこまでも……


『……本当に大丈夫なのですね?』

「大丈夫よ!まっかせなさ〜い!!」


 カレリンはそう言うと右拳を腰だめに構え、全身から魔力を(ほとばし)らせた。


「《令嬢流魔闘衣術・奥義!完全武装(フルアーマー)モード》!!!」


 全身を覆う凄まじい魔力。今まで使っていた《ドレス》の比ではありません。おそらく短期決戦用の全魔力を使う技。


「ラファリィ!!!」


 カレリンの叫びにラファリィが反応し、天へと大きく両腕を伸ばした。まるで獣が敵を威嚇する様に。


 カレリンの大きな魔力に警戒しての本能的に畏れた故の構えだったのだろうが、これは明らかに悪手――胴がガラ空きになった。



「いま私の全てをあんたに献げ(ぶつけ)る!!!」

「グゥルゥゥゥ!ガ、カ、カぁレぇリぃ〜ン!!!」



 カレリンを見るラファリィの瞳に一瞬だけ正気の光が灯った。怒り、羨望、憎しみ、憧れ……それはきっと彼女のカレリンに対する複雑な想い。



 それを目にしたカレリンは刹那ニッと笑い前へと突出した。


 その速度は神である私でも完全には追いきれず、ラファリィにはもう何が起きたか判断できなかっただろう。


 何故ならラファリィがカレリンの姿を認識した時には既にカレリンの右拳がラファリィの腹にめり込んでいたのだから……


 見事な渾身の一撃……


 ラファリィは後方へは吹き飛ばされず、寧ろ前にのめり込む様な姿勢となり、カレリンの肩に身体を預けている。


 余すことなくカレリンの拳の力が加わった証左。



「ぐッ……がッ……うぅ……カレリン……さま?」

「ラファリィ……もうぜんぶ終わったわ……今は眠りなさい……」

「は……い……」



 ラファリィはカレリンに身体を預けたまま意識を手放した。


 その眠るように堕ちた彼女の顔は安堵に緩み、とても安らかな幼女の様な表情でした……


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