56. 延長戦!悪役令嬢vs覚醒の転生ヒロイン【鳴り響け!涙の最終ゴング】
「何よそれ……」
ラファリィ?
『様子が変ですね』
あの子は元から変よ?
『貴女にだけは言われたくないと思いますよ?』
「ガルム様とカレリン様が既に結婚しているなら、この婚約破棄は最初から上手くいくはずないじゃない……どういう事なの?」
「どういう事って言われても……攻略失敗?」
『自分なら何でも上手くいくと思っている痛い子ちゃんなんですかね?』
ラファリィが違うって首を横にふってるけど?
「攻略なんて最初からどうでもいいし、何でもかんでも上手くいかないのは分かってる!」
「ん?あんた女神の声が聞こえているの?」
『彼女は間違いなくこの世界でトップの魔力量を保持していますから見えていても不思議じゃありませんね』
「そうよ!わたしにはその邪神が見えている。そいつが乙女ゲーム恋魔教のストーリーを破壊して、この世界を破滅に導く計画を阻止する為にわたしは本筋から外れた状況を修正しようとしてたんじゃない!」
「何ですって!?」
『――ッ!?』
どういう事なの?
「だけど邪神に騙されてカレリン様がストーリーを破綻させてしまい、もう攻略は不可能になってしまった。だからゲームで発生するこの最終イベントだけは発生させないとって……例えその後で私がどうなろうとも……」
「どうなろうと……あんたまさか!?」
「こんな中途半端な状態じゃ婚約破棄イベントを起こせば主犯の私はただでは済まないでしょ?ましてやわたしはたかが男爵令嬢……きっと極刑になるわ」
ラファリィは自分を犠牲にしてでもこの婚約破棄をゲーム通りに発生させようとしたのね――世界を救うために……
『そのようですね』
「だけどガルム様とカレリン様はとっくに婚姻関係にあって……わたしのやってきた事って……全て無意味だったって事……バッカみたい……わたしはいったい何に悩んで、何に苦しんでいたのよ!こんなの完全なる道化じゃない!!」
「落ち着いてラファリィ」
「わたしはバカだったのよ!ガルム様とカレリン様は1年も前に籍を入れていた。なら乙女ゲームの物語は最初から始まっていなかったことになるわッ!」
なるほど……
私にもラファリィの言わんとするところが見えてきたわ。
「神様にこの世界は乙女ゲームから大きく外れると崩壊するって教えられて……カレリン様はその横に立つ女に操られているって……だから……なのに……それは……」
ラファリィが悔しそうに下唇を噛み、拳を固く握り震わせている。
そう……
「私の灰色の脳細胞にも全ての謎が解けたわ……つまり……」
『つまり?』
私はビシッとポンコツ駄女神を指差した。
「ポンコツ駄女神!邪神だったのねッ!!!」
『何でそうなるんですか!?』
「カレリン様それ違う!」
「いいえ!分かっているわラファリィ……くッ!この私が騙されていたなんて」
『貴女は底なしの馬鹿ですか!!』
「カ、カレリン?それにラファリィも……いったい君達は何を言って……」
ガルム様がオロオロしだしたけど、大丈夫!
私がこのポンコツ駄女神を懲らしめますから!
『どういう思考回路だったらそんな結論になるんですか!?』
「くっくっくっ……あぁっはっはっはっ!」
何この地から響くような笑い声!?
『あいつですね』
あれは……波打つ長い闇に溶け込みそうな黒髪、全てのものを飲み込みそうな深淵の瞳、その唇は血で染められた様にぬらりと赤く艶かしい。
それは天井からゆっくりと降下してくる全身黒尽くめの美女だった。
「何だあれは!?」
「バ、バカな!」
「ちゅ、宙に浮いている……」
その悍ましいが幻想的で、あり得ないくらい美しいが背筋が凍るほど恐ろしい存在に周囲も騒めき始めた。
「ぷっくっくっ……ふふふ……あぁ笑った笑った……カレリンお前ってホントにサイコーだなッ!」
なに?この馴れ馴れしい女?
「それにラファリィも……ここまで愉快に踊ってくれるとは予想以上だった。いやぁ〜マジで楽しませてもらったぜ」
あの黒い女から、もの凄いプレッシャーが発している!
『貴女は何を遊んでいるんですか!』
「か……み……さ……」
「え?なに?」
隣にいたラファリィの呟きを捉え損ねて聞き返したんだけど……ラファリィの虫も殺さぬ可愛らしい顔が親の仇を見るように怒りで歪み鬼の形相と化していた。
まずいわ……
『彼女……理性が飛びかかっています』
「神様……あなたは……あんたは〜……」
神様?
『あの黒い女がラファリィを転生させた張本人ですよ』
それじゃああの女もしかして!
『もうボケないでくださいね』
さすがに遊んでいられる状況じゃなさそうね。
『貴女やっぱり遊んでたんですかッ!!』
「わたしを騙していたのねぇぇぇえ!!!」
「うわッ!?」
突如ラファリィの全身から白銀の魔力が噴き出した。
うぁぁぁあ!ぐッ、なんていうプレッシャーだ!だが、あれごときの薄い胸に!
『遊ばないんじゃなかったんですか!』
いや、でもホントに凄まじい力なんですけどぉ!?
『怒りで魔力が暴走気味ですね……彼女の魔力は貴女を超えていますからねぇ』
近くにいた人達がみんな吹っ飛ばされたわよ。
『ガルムも盛大に飛ばされましたね』
死んではいないみたいだから大丈夫でしょう。
『その反応は……仮にも彼は貴女の夫でしょうに』
「騙していたか……嘘は言ってないんだがな」
「何をッ!あんたカレリン様がこの世界をあるべき姿から乖離させる原因だって……」
「それは本当だろ?」
なあ、と私に振ってくる黒女。ホントに気安いヤツね。
「まあ、ポンコツ駄女神の依頼はゲームとは違う未来を作る事だったわね」
「ほらな」
「だけど……それで世界が崩壊するって……でも実際はガルム様とカレリン様はとっくに結ばれていたのに何も起きてないじゃない!」
「心外だなぁ。俺はストーリーから大きく外れると世界がどの様に変化するか分からんと言っただけだ」
激昂するラファリィをバカにする様に肩を竦めながらニヤニヤ笑う黒女。性格悪そうね――
『まあ悪いですよ』
――ポンコツ駄女神より。
『貴女殺しますよ……』
「だけど……まるで世界が終わってしまうみたいな言い方だったじゃない!」
「くっくっ……そうだったかな?」
小馬鹿にする黒女はちょっとムカつくわね。ラファリィの方は表情が絶望へと変わっていくわ。
「わたし……バカみたい……」
あ、ラファリィがハラハラと涙を流して……もう見てらんないわね。
「あんたねぇ性格悪すぎよ!」
『全くです。貴女そんなことばかりするから邪神と呼ばれるんですよ』
「邪神?」
邪神というワードにラファリィが反応した。
『ラファリィ……貴女を転生させたこの女は貴女達人間から邪神と呼ばれている存在です。まあ、貴女が想像しているのとはだいぶん違いますが』
「そんな……」
青くなるラファリィ、
それを見る黒女は薄ら笑いを浮かべ、
周囲の観衆は訳が分からず固唾を呑んで黒女とラファリィを見守る……ん?
ねえ……なんで私やラファリィ以外の人達にも邪神の姿が見えているの?
『別に見せようと思えば見せられますよ。ただ住む次元が違うのでちょっと面倒だから私はしませんが』
それってわざわざ骨折って姿を現したってわけ……ふーん、この黒女ただ性格が悪いだけではないのね。
『どういう事です?』
それは……
「それじゃあ全部わたしが……騙されていたのが悪いの?」
あ、ラファリィが泣き崩れちゃった。
『邪神の奴……追い詰め過ぎです』
「くっくっ、まあ出生時からお前には暗示を刷り込んではいたがな」
「暗示?」
泣き顔で邪神を見上げるラファリィ……さすがに可哀想なんですけど。
「ああ、俺は元々そこの女神ルナテラスに嫌がらせしたくて、元となったゲームのストーリーを再現して多様性の喪失を狙っていた。だから、お前を転生させ暗示をかけて俺の言葉を信じやすくなるように細工したのさ」
「それじゃわたしは操り人形になってこの世界を破滅させるところだったの?」
「あ〜違う違う。世界はどうもならんよ。多様性を失い可能性世界が縮小するだけで、他はどーもならん」
「じゃあ、いったい何の目的で?」
『彼女は快楽的で刹那的愉快犯なんです。自分の楽しみに忠実なんです』
「つまり、ラファリィを使って遊んでいたのね」
「まあそう言う事だ……もっとも今は世界についてはどーでもいいんだがな。もっと面白いものを見つけたからな」
『貴女の興味はどうせ女の子でしょ』
楽しそうに笑う黒女に駄女神が呆れる。
「え?え?面白いもの?女の子?」
『この腐れ女は百合なんです』
「あ、そう言えばあんたが邪神に告白されたのが事の発端だったっけ」
ラファリィが真っ青になって自分の身体を守るように両腕で抱き締める。
「ゆ、百合って……まさかわたしの身体が目当てなの!?」
そんなラファリィの懐疑の態度に黒女は一瞬キョトンとした顔をしたが、その視線をラファリの顔から徐々に下へ動かし――
「あーお前って顔は悪くないんだが……」
――残念な物を見る目に変わった。
「俺は薄っぺらい胸に興味ないんだ」
「なにぃうぉぉぉお!!!」
ラファリィの魔力が今までで最高潮に膨れ上がって暴走した。
「こいつ火に油注ぎやがった!?」
『明らかに確信犯ですね』
「俺はルナテラスくらいあるのが好みだ……そぉだなカレリンはかなり好みだ」
「私は人妻よ!ガルム様のものなんだからッ!」
なにこいつ!キモッ!
『だから言ったでしょう……ねっねっ!私が振った気持ち分かるでしょう?』
そんな同意求められても……
「この……みんなを弄んでぇぇぇえ!!」
ラファリィが激しく魔力を放出させながら黒女に殴りかかったけど……
『幾らラファリィの魔力が強くても、私達の存在する次元は違いますから無意味なんですよ……』
「この!この!……よくも!よくもぉぉぉお!!!」
逆上して自分を見失いかけてる。
『拙いですよカレリン!』
ラファリィが黒女を殴ってもスカってしまい、その余波で周囲の壁や床を破壊してしまっている――って、彼女ってあんなに怪力だった!?
『貴女と同じです!魔力を纏ってパワーアップしているんです』
私の《令嬢流魔闘衣術》を模倣したの!?
『彼女は一応ヒロインですから』
にしても荒削りで無駄だらけだけど……あの技は見ただけで使えるもんじゃないわよ――どんな天才よ!
『胸に七つの傷がある男の奥義みたいですね』
一度戦った相手の拳をおのれの分身とできるって!?
『呑気に解説できる状況ではないですよ』
「くッ!」
ラファリィが破壊するせいで建造物の破片が飛び散って周囲の人達に……私1人じゃ捌ききれない!
「わんわん!」
「フェンリル!いいところに――」
真っ白な子犬姿のフェンリルが講堂に乱入してきて、飛散した木片の一部を食い破る。
『あの堕犬タイミングを計っていたんじゃないんですか?』
今はなんでもいいわ。
「――みんなを守りなさい」
私を一瞥したフェンリルが頷いたように見えた。すぐに女生徒達の前で仁王立ちするフェンリル。さすが西方最強の魔獣ね。とっても頼もしいわ。
「ウゥゥゥ〜わんッ!」
「きゃ〜フェンちゃんが私達を守ろうと……」
「子犬なのになんて健気なの!」
ちょっと!なんで子犬のままなの!?
『開いた口が塞がりません』
あッ!飛んできた瓦礫がフェンリルに……
「キャイ〜ン……」
「まぁ!フェンちゃんが!」
「大丈夫!?」
「よしよしお姉さん達が守ってあげるから」
あ、あいつ……くぅ〜んくぅ〜んって泣きながら胸の大きな子に縋りつきやがった!
なにあの締まりのないダラシない顔!
こいつ!フツーこの状況で人気取りする!?
『もうあの堕犬に期待するだけ無駄です』
「しょうがない清掃隊員!」
「「「サーイエッサー!」」」
『彼らでは力不足では?どうするのです?』
もちろん最前線で――
「行け――ッ!進め――ッ!前に出ろ――ッ!!」
「「「サーイエッサー!」」」
「皆を守る肉の壁になれッ!!」
「「「サーイエッサー!」」」
――肉の壁にします。
『ヒ、ヒドい!!』
とにかく清掃隊員が全滅する前にラファリィを止めないと。
『清掃隊員があまりに憐れ過ぎてもう涙が止まりません』
さあ、これが本当の最終決戦よ!
『さぁて、最終ゴングを打ち鳴らしますよ!』
カァァァァァアン!!!




