53. 最終死合!悪役令嬢vs集結ガルム連合!!!【対戦予告】
「みなさん。ついに入学式、婚約破棄の時が近づいてまいりました。ですが、そのガルム達の企てに全く気がついていないカレリン。彼女は学園生活を楽しく謳歌しております。ですが、非情にも婚約破棄は実行されるのです。そう、ガルムと五車聖とそしてラファリィの手によって。それでは!令嬢類最強!最終決戦!レディーゴー!!」
部屋の中央に円形のテーブルが1卓。備えられた椅子は全部で6脚。
テーブルの中央にある燭台の灯りのみで、部屋はとても薄暗かった。時折、ピカッ!と稲光が窓から差し込む。
その雷光に照らされ、椅子に座る者達の影が延びる。
全部で5つ。
雷の光が鎮まり、再び蝋燭の灯りが部屋を照らす。見れば5脚の椅子に座る面々が顔を突き合わせていた。
5人とも黙して語らず、偶に発生する雷の音だけが部屋の静寂を破る。部屋の薄暗さがこの者達の沈んだ面持ちを一層に陰々な雰囲気を醸し出していた。
「随分とこっ酷くやられたようだな」
徐ろに1人の男が口を開いた。
金色の髪にこの国の王家の血筋を示す黄金の瞳。誰しもが美男子と認めるだろう彼は、ここダイクン王国の第2王子ガルム・ダイクンその人である。
「天才の私をしても全く恐ろしい所でした。カレリンが帰郷して不在しているのを見抜き、天才の私が撤退の指示を出さねば全滅してたやもしれません」
ガルムに真っ先に応じたのは側近の1人宰相令息セルゲイ・ハートリフ――またの名
を海の理博。
「確かに逃げおおせたが無傷ってわけじゃない。風のヒョロいは――」
ギリッと歯噛みしたのは同じく側近の騎士団長令息マーリス・ツナウスキー――またの名を炎の修練バカ。
マーリスが最後の1人に視線を向けると、全員がそれに釣られた。
「逃げちゃダメだ、逃げちゃダメだ、逃げちゃダメだ……僕は男の娘じゃない、僕は男の娘じゃない、僕は男の娘じゃない……オカマは嫌だ、オカマは嫌だ、オカマは嫌だ……」
ずっと同じセリフを繰り返して、この場の者の視線を集めているのは側近の魔法省長官令息ヴォルフ・ハーン――またの名またの名を風のヒョロい。
「――見ての通り変わり果てちまった」
痛ましいものを見るような目をしたマーリスに、この場の全員が思った――モヒカン、肩パッドのお前が1番変わり果てているぞ。
「とにかくカレリンをこのまま放置しておくわけにはいきません」
セルゲイの言に皆が首肯する。この場にいる者の心は一致していた――だがその動機は一様ではないようだ。
セルゲイは学力でカレリンに遠く及ばず、
マーリスは武力でカレリンに全く及ばず、
ヴォルフは女性恐怖症の張本人としての、
それぞれ理由は違えども側近の3人はカレリン憎しで一致している。だが、カレリンへの罵詈雑言を口にする3人を見て、どこか悲しそうな目をするガルム。
そのガルムの様子に1人気付いて目を細める人物がいた――ラファリィである。
(ガルム様はやっぱりカレリン様のことをまだ……)
ラファリィは以前よりそうなんではないかと思っていた。ガルムはカレリンに未練を残していると。
(できればガルム様の想いを遂げさせてあげたい)
確かにラファリィにはカレリンに対する恨みがある(笑)。
それは彼女によって傷つけられた矜持(笑)、彼女の飼い犬によって踏み躙られた女の尊厳(笑)。思い返してもあの主従には腸が煮え繰り返る思いだ(笑)。
だが、それらは全て私怨であるともラファリィには分かっていた。ファーストコンタクトで敵認定したものの、破天荒な行動ばかりのカレリンではあるが、決して彼女は悪人ではないとも既に気がついていた。
カレリンの方も滅茶苦茶な思考回路ではあるが、ガルムを蔑ろにしているつもりはなさそうだ。ならば2人が結ばれても良いと、ラファリィ個人は思っていた。
(だけど、ここは乙女ゲーム『恋の魔法を教えます』の世界……)
だからゲームの設定通りに動かないと世界が崩壊してしまう――と信じきっていた。
(だからガルム様には申し訳ないのだけど婚約破棄はしてもらわないと。それに……)
ガルムはカレリンに想いを残しながらも、彼女の破天荒な振る舞いに傷つき、疲れ切っているのも事実だった。
(だからどの道このままではいけない)
ガルムには悪いと思いながらも、ラファリィは側近達の尻馬に乗ることにした。
(ゲームをなぞるなら半年後の入学式が婚約破棄の舞台になるわ。なんとか誘導しないと……)
「カレリン様は己の非を認めて改めることはないでしょう」
「俺もそう思う」
ラファリィの言葉にマーリスが頷く。
「だからもう婚約を解消する方向へ持っていくのは困難だと思います」
「救世主様の言いちいちもっとも」
お決まりのゲンドウポーズで相槌を打つセルゲイ。
「かと言ってカレリン様に力技は通用しないでしょう」
「逃げちゃダメだ、逃げちゃダメだ、逃げちゃダメだ……」
ヴォルフは……もうどうでもいいな。
「だが、王はカレリンを抱え込む意向のようだ。私の方から婚約を解消するのはもはや不可能」
「はい……ですので目指すのは婚約解消ではありません……」
「では如何様になさるので?天才の私でももはや手詰まりに思えます」
ラファリィに全員の視線が集中する。
「全校生徒が揃う中で婚約破棄を断行するのです」
「「「婚約破棄!!!」」」
驚愕する3バカとラファリィを黙ってジッと見つめるガルム。
「そうです。衆目を集める中で婚約破棄を宣言してしまえば国王陛下も諦めざるを得ないでしょう」
「た、確かに!?」
「それは天才の私にも思いつかない奇策!」
「逃げちゃダメだ、逃げちゃダメだ……」
色めき立つ3バカだったが、その様子にラファリィはホッとした。ラファリィの献策に疑問も抱かずに乗ってきてくれている。
(助かったわ。本当は婚約破棄なんて下策もいいとこなのに、3人はそれに気がついていないようね)
だからラファリィは思惑通りに進んだことには安堵したが、それと同時に罪悪感も抱いていた。3バカとガルムとの邂逅はゲーム通り果たせたが、それ以降はゲームとこの世界は剥離していく一方……
(だから今の状態でそんな事をすれば、わたし達の方が無事では済まないもの)
婚約破棄は成功しても失敗してもラファリィのみならず、この3人の将来も暗いものとなるだろう。
(それでもこの世界を救う為にはやらなきゃいけない)
ゲームでは婚約破棄後について何も語られていない。ならば婚約破棄のイベントさえすればゲーム通りと言えなくもない。ラファリィは自分を犠牲にしてでも世界を救おうと健気にも決意したのだ。
(あなた達も巻き込んでしまってごめんなさい)
ラファリィは心の中で3バカに頭を下げた。
「それで決行はいつがいいと思う?」
「ふむ……全生徒となると文化祭がいいでしょうか?」
「いいえ……文化祭では一堂が一ヶ所に集まりません。婚約破棄に相応しい式典……それは半年後の入学式です!」
「なるほど!入学式は学園の全職員、全生徒が集まる絶好の機会です」
「さすが救世主様!」
どうやらラファリィの誘導は上手くいったようである。
「それでは私の方からも1つ提案があります」
何故かゲンドウポーズをとるセルゲイに視線が集中する。
「入学式まで時間があります。それまで個別にカレリンに非を説きましょう」
「ん?今更カレリンの説得を試みるのか?」
「そ、それは……確かにカレリン様と分かり合えたなら素晴らしいでしょうが……」
セルゲイの婚約破棄とは違う突然の提案にラファリィは焦った。が、セルゲイは首を振った。
「ふっふっふ……そうではありません」
再びゲンドウポーズのセルゲイの眼鏡が怪しく白く光る。
「人は何故かお互いを理解しようと努力する……
しかし覚えておけ ……
人と人が理解し合うことは決してできぬ……
人とはそういう悲しい生き物だ」
セルゲイの背後に黒服、白手袋の顎髭オヤジのオーラが立ち昇って見えた一同はゴクリと生唾を飲み込んだ。
「で、ではいったい何故……」
「説得はカモフラージュ……その間に対化け物用の戦闘訓練を行うのです」
「なるほど、婚約破棄を突きつけてアイツが大人しくしているとは思えんからな」
「逃げちゃダメだ、逃げちゃダメだ……」
「逃げるのではありません。これは戦略的転進です」
「逃げてない?」
「そうです進む向きを変えるだけです」
「さすがは海の理博!俺達五車聖の筆頭だ」
「僕は逃げない!僕は逃げない……」
こうして入学式までの期間に行う準備について話し終えた3バカは部屋を辞し、ラファリィとガルムの2人だけが暗い部屋に残された。
この話し合いの間、ガルムは殆ど声を発していない。だが、ラファリィには彼が心の中で発していた苦痛の呻き声が聞こえたように感じていた。その理由にラファリィは心当たりがあった。
「ガルム様……まだカレリン様のことを……」
どうするべきか迷っていが、ラファリィは耐えかねて沈黙を破った。
「言うな……分かっている……分かっているんだ……」
ずっと感情を押し殺していたガルムは苦悶に顔を歪めた。
「あの3人が言うように私と婚約していたからカレリンは変わったのではない……彼女は元から破天荒だったんだ。私の目が曇っていただけ……恋は盲目とはよく言ったものだな……笑ってくれ」
「笑えません……誰しも恋をすれば同じような経験をするものです」
ラファリィの言葉にはガルムに対する気遣いがある。それが分かるから、ガルムは自嘲するしかなかった。
「君には慰めてもらってばかりだな……私は本当に情けない男だ」
「人が人に恋するのは決して情けなくはありません」
これはラファリィの本意だ。ラファリィは救世のために婚約破棄のイベントを完遂しなければならなかったが、それでもカレリンに想いを寄せるガルムに同情的だった。
だが、ガルムはそんなラファリィの憐れみに気がつきながらも首を横に振った。
「しかし、私はカレリンに勝手な幻想を押し付けようとしていたのだ。本当の彼女は貴族の枠に当て嵌る女性ではなかったのに……」
「それでも……いいえ、だからこそガルム様はより思慕を強くされたのですね」
「そうだ、私はカレリンを愛している……だがカレリンは私を好いてはいまい。私は自由奔放な彼女を私は縛り付けてしまったのだから」
その時、ラファリィの脳裏で全ての点と点が結びついて一本の線となった。
「もしやガルム様がカレリン様との婚約破棄を望む本当の理由はカレリン様を自由にしたいから……」
ラファリィの指摘に応えず、ガルムは暫く目を閉じて黙り込んだ。その様子をラファリィはただジッと見つめる。
「奔放な彼女はとても輝いている。だが、私はその光を自分の欲で翳らしてしまおうとしている。だが、もうカレリンから婚約の解消を求めることはできない。この婚約は私が望んだものだから当然のこと私から解消も無理だ」
やがて、心情を吐露し始めたガルムはカッと目を見開いた。その目に宿る強い決意をラファリィは見た。
「だから……この婚約破棄は成功させなければならない」
決意を述べて部屋を出て行くガルムの後ろ姿を見送ったラファリィは、暗い部屋の中で何かを見るわけでもないだろうに、じっと視線を前方に向けたまま微動だにしなかった。
「ガルム様の想いを遂げさせてあげたい……だけど――」
『――世界を救う為には致し方ない犠牲……か?』
俺の声にラファリィは隣にいる俺を横目でチラリと見ただけで、すぐに視線を元に戻した。
「この婚約破棄を実行すれば、私だけの犠牲では済まないもの」
『健気だな』
「そんなんじゃないわ……ねぇカレリン様に協力を求められないの?」
『無理だな……カレリンには常に奴がついている』
「奴?……邪神のこと?」
『カレリンの横に銀髪碧眼の美女がいるだろ?』
「ええ、よく一緒にいるのを見かけるわ……まさか!?」
くっくっくっ……やはりラファリィにも見えていたのか。
『そうだ、彼女は人間ではない……因みにお前とカレリン以外にあの女の姿を認知できている者は学園にはいないぞ』
「そう……対決は避けられないのね」
そう言い残すとラファリィも決意を固め部屋を出て行った。
ふふふ……これで、全て俺の思惑通り。ラファリィにも誕生時から仕込んでいた暗示がきちんと作用しているようだ。これで、婚約破棄の展開が俺の予想通りとなれば、その仕込みが発動するだろう。
くっくっくっ……あぁはっはっはっ!
転生ヒロインよ、上手く踊ってみせてくれよ……私の楽しみの為にな!




