48. 第九死合!悪役令嬢vs(自称)天才!海の理博【ん?間違ったかな…】
「ぜぇ…ぜぇ、はぁ……はぁ……」
「何をちんたら走っているかッ新入り!」
あ~あ、ちょっと走っただけで地に膝をつけちゃった。
マーリスのヤツ全然ダメじゃん。
『彼はヴォルフより筋肉はついていますが大半が速筋で構成されていますから』
持久力の足りない白い筋肉か。
『しょせんマーリスは見た目だけですね』
「どうした!もう走れんのかッ!」
「くッ!魔法さえ使えれば……」
「貴様ッ!なぜ筋肉に頼ろうとしないんだ!」
ビシッ!!!
あッ!マリクにビンタくらった。
「な、殴ったね……」
「殴ってなぜ悪いかッ!訓練を満足に熟せない軟弱なウジ虫に人権はないッ!!!」
「お、俺はそんなに軟弱な人間かッ!?」
ビシッ!!!
『また殴られましたね。貴女の教育の賜物です』
え!?私のせい?
「2度もぶった!親父にもぶたれたことないのに」
「それが甘ったれなんだ。まともな筋肉もつけずに一人前になったヤツがどこにいるものかッ!」
「もうやらないからなッ!誰が2度とケイデンスなんか歌ってやるもんかよ!!」
ビシッ!!!
あ、3度目……
『殴るのは2度がお約束ではないのですね』
「貴様ッ!生意気なことを言うな!!今のままだったら貴様は虫けらだ!肥溜めに涌くウジ虫だ!この学園で最下層の存在だ!」
「なにぃ!」
「今の貴様らは便器に流されるクソの価値もない!」
まったく……マリクはなんて下劣な言葉をはくのかしら。
やっぱり元不良ね。品性を疑うわ。
『あれ、貴女が言ったセリフですよ……』
あ、マーリスがもの凄い形相でマリクを睨んでいるわ。
ばかねぇ。また殴られるわよ。
『まあ、これだけ罵倒されれば普通でしょう』
「か、価値は……人の価値はそんなものではないッ!我らの救世主様が仰った……確固たる意思と挫けぬ信念、人を思いやる優しさ、それらなくしては力はただの暴力でしかないと!」
もう辛抱堪らん!
『教育はマリクに任せたのではなかったのですか……』
「それでも男ですか!?軟弱者!」
ビシッ!!!
「ぐはッ!貴様はカレリン!!」
「弱い奴に価値などない!あんたは騎士を目指しているのでしょう。それなのに思いやり?優しさ?」
まったくチャンチャラおかしいのよ。
「思いやりがあれば敵が攻めてこないの?優しくすれば誰も攻撃してこないの?騎士目指すならば国を、主君を、国民を守れる力を身に付けてから語りなさい!」
こいつは自分がガルム様の側近で、騎士としてその身を守る自覚があるのかしら?
『まあ、お花畑ではありますね』
「に、人間性なくしては力はただの暴力だ……」
まだ言うか貧弱者めッ!
「途中ですぐ挫折するような軟弱者に素晴らしい人間性などあるものか!」
「ぐッ!」
言い返せまい。
『まあ、この訓練は常人ならほとんどが途中で挫折するとは思いますが』
「まったく軍曹のおっしゃる通りだぜぇ!」
「訓練を放棄した人間は人間にあらず!」
「鍛えねばその身体に筋肉はつかぬ!」
「魔法だの人間性だのくだらねぇ!上腕三頭筋まで見事に肥大した俺の筋肉を見ろぉぉぉ!」
「ひゃっは~筋力こそが正義、いい時代になったものだ」
「マッチョは心おきなく好きなものを自分のものにできる」
「ヒャッホ~~~!!」
「筋肉だ~~~!!」
なにこの世紀末ザコ集団は?
鬱陶しいザコキャラね。
『貴女が手塩にかけて育てたんでしょうに』
そうだったかしら?
「俺が一番、筋肉をうまくつけているんだぁ!」
マーリスのヤツ、なおも立てついているわね。
「この軟弱者めッ!」
あ、マリクのヤツがマーリスの胸倉掴んで持ち上げているわ。
なかなかの筋力ね――ナイスバルクッ!
「てめえの筋肉は何色だーーっ!!」
『どこかで聞いたようなセリフです』
マリクに持ち上げられてマーリスがジタバタしているけどびくともしないわね。
清掃隊員達は私の教えを守って全員桃色筋肉を手にしたようね!
『……頭の中まで桃色になっていないでしょうね』
「い、色だと?」
「貴様の筋肉は白色のみで形成された実戦で使えぬ筋肉だッ!これから貴様は使えぬ筋肉、微笑みマッチョと呼ぶッ!!」
あ、地面に投げ出されたマーリスがしょげているわ。
『まあ、筋肉自慢が簡単に持ち上げられて抵抗できなかったのですから』
「ぐッ!く、くそぉ……」
「この程度かッ!やはり貴様の筋肉はなよなよした生白い貧弱な豆腐のようだな!」
「うおぉぉぉぉぉぉぉぉ!俺の筋肉は豆腐でも貧弱でもなぁぁぁい!!!」
泣きながら走り出したわ。最初から走れば痛い目みなかったのに。
それにしても、この世界には豆腐があるのね。
『日本産の乙女ゲーム世界ですから』
びゅっ!(ザクッ!!)
っと、急に矢が飛んできたわね。
『紙が括りつけてあるみたいですよ』
矢文とはまた古風な。
『なんと書いてあるのですか?』
えーと……
果し状みたいね。
『誰からですか?』
海の理博――って誰かしら?
『なんとなく誰かが分かりました……』
「ここね……」
『学園に随分と重厚な扉の部屋があるのですね』
こんこん!
ふむ、ただの鉄製の扉ね。
反響の感じだと厚さは30cmくらいかな――大したことないわね。
『……それは貴女にしか言えないセリフです』
それにしても部屋に呼び出すなんて逃げ道がないじゃない。背水の陣のつもりかしら?
『間違いなく罠ですね……それでも行くのですか?』
私はいつ何時、誰の挑戦でも受けるッ!
だいたい日本でも有刺鉄線、電流、爆破って色々やってるじゃない。
『あれはやり過ぎだと思いました』
プロレスでは5カウントまでならどんな反則も可能よッ!
元警官レスラーが拳銃だって使用してたじゃない。
『あれは明らかにオモチャですよ』
え?あれって警察時代の銃をガメてきたんじゃなかったの!?
『当たり前でしょう!』
だ、騙された……
『いや、普通に考えれば分かることでしょうに』
くッ!この鬱憤は海の理博とやらで晴らす!
『ホントにとばっちりですね』
「海の理博さん元気ですか――ッ!!!」
『どこのレスラーですか』
ドカアッ!
まずは紙装甲の扉を蹴破り――
『いえ、重厚な鉄扉でしたよね!』
元気があれば、何でもできる!
『そんなバカな!』
そしてずんずんと部屋の中へと足を進める。
『ちょっとは警戒しないのですか?』
この道を行けばどうなるものか、危ぶむなかれ。危ぶめば道はなし。踏み出せばその一足が道となる。
『罠があるかもしれないんですよ?』
迷わず行けよ。行けばわかる。
『罠にかかってから分かっても遅いでしょう!』
出る前に負けること考えるバカいるかよ!
道はどんなに険しくとも、笑いながら歩こうぜ。
『馬鹿ですか!』
馬鹿になれ。とことん馬鹿になれ。裸になったら見えてくる。本当の自分が見えてくる。それくらい馬鹿になれ。
『少しは立ち止まって周囲を警戒なさい』
人は歩みを止めた時に……そして、挑戦をあきらめた時に年老いていくのだと思います。
『ああ、もう!って、ほらそこに罠が!』
(ビンッ!)
ん!?
何か踏んだ?ワイヤー?
『だから言ったでしょう!』
ガアァッ!
おっと落とし天井ですか。
『ちょ!カレリン!これはさすがに!』
バッ!
ドズーン……
うーん……10トンくらいかな?
『それを受け止めますか……さすがマウンテンゴリラ100頭分の女』
なんか、その言われ方は嫌ね。
『まともな行動をしてから言ってください……おや?部屋の奥に人影が』
「さすがだなカレリン!」
「セルゲイじゃない」
ずうぅぅぅんって感じで部屋の上座側にセルゲイが陣取っているけど、呼び出したのはこいつかしら?
『予想通りでしたね』
「私は五車聖の海の理博!」
こいつも地獄のブートキャンプへ送った方がよさそうね。
『ガルムの側近には碌なのがいませんね』
「ヴォルフとマーリスがあんたを地獄で待っているわよ」
「風と炎の死はムダにはしません」
いや死んではいないんだけどね。
『死ぬ寸前ですけどね』
「あいつらと違って私は天才です。必勝の策なくして貴様に勝負を挑むわけがないでしょう」
自称天才のくせに。
こいつ前の定期考査で私の前後に名前無かったわよ。
『因みに貴女の順位は?』
私?もちろんダントツの1番よ!
『前後って後ろの2位しかいないじゃないですか!』
「この部屋がきさまの棺桶となる!!」
「この部屋の罠で私が倒せるとでも?」
「なッ!罠があるとどうして分かった!?」
こいつバカ?
『真正の馬鹿ですね』
「だ、だが貴様の弱点は既に分析済みです」
「私の弱点?」
「貴様には致命的な弱点があることを教えてやるわ!!」
「面白い!私の欠陥とやらを見せてもらいましょうか」
ふふふ!少しは楽しめるかしら?
『セルゲイはかなり自信があるようですけど大丈夫ですか?』
「カレリンッ!貴様を地獄へ叩き落す必殺の罠を食らえッ!!」
壁に設置された幾つかのボタンの1つに手を掛けるセルゲイ。
「その罠を動かすボタンはこれだ」
……何も起きないけど?
「ん!?まちがったかな……」
なんかボタンを全部押し始めたわよ?
『……自分の仕掛けた罠を理解していないなんて』
セルゲイが新たなボタンを押す度に矢やら槍やらタライやらが降り注いできたけど――
『タライは必要なんでしょうか?』
――私は全て叩き潰す
『貴女にとっては矢も槍も、タライと同じコントレベルですか』
「むむう!私の罠をこうも簡単に破るとは……」
「くだらぬことを」
このレベルなの?
こいつもダメね。ふん縛ってキャンプへ強制連行しましょう。
『……待ってください!様子が変です』
セルゲイを捕縛すべく、ずんずん部屋の奥へ入ったところで――
ザザザァァァ……
四方の壁から水が滝の様に部屋の中へ流れ込んできた。
『水攻め?それにしては中途半端な……』
「これは!」
「ふはははは……カレリン敗れたりッ!」
足が思ったように動かない!?
ただ部屋を水浸しにしただけじゃない!
『こ、これは!』
「この部屋には水を吸って泥状になる土が敷き詰められているのだ!」
意外……
こいつ本当に《令嬢流魔闘衣術》の欠点を見抜いていたなんて……
『どういうことです?』
私とメイヤー先生で生み出した《令嬢類魔闘衣術》は無敵に見えて欠陥もあるの――
『いや、その技は貴女が編み出したのであって……いえ、いいです。名前大切ですよね。それで、その欠陥とは?』
――それはウェイトよ!
『体重が軽いからですか?しかし、その方が敏捷性が増し、非力な分を魔闘衣術で補うのですから寧ろ有利なのでは?』
分かっちゃいないわねぇ。これだから知識偏重のオタク女神は……
『誰がオタクですかッ!』
格闘技においてウェイトは重要なのよ。その重要性は各方面で色々とあるのだけれど、打撃だけで考えても重さが無ければ殴った時の衝撃が相手に全て伝えられず、威力が減弱してしまうのよ。
『なるほど……作用反作用が働くから、体重が足りないと押し負けてしまうのですね』
そうよ。だから私は打撃技を繰り出す時にはしなければならない事があるの。
『震脚ですね』
「くっくっくっ……私は天才です!貴様の今までの戦闘記録を分析し、天才の私は重大な事に気がついたのです」
「その解答がこの水浸しの部屋ってわけね」
戦闘記録から《令嬢流魔闘衣術》の欠点を見抜いたのね。
驚いたわ。
『少し見直しました』
「そうです!天才の私は全てを見抜いた!貴様は……」
ビシッ!と私を指差し得意げな顔のセルゲイが固まった。
「貴様は……」
意味もなくずれてもいない眼鏡をクイッ!
「貴様は……」
(がさごそ……)
なんかポケットを漁り始めたけど?
『あ、折り畳まれた紙を取り出しましたね』
「えーと……なになに……貴様は『アイテニダゲキヲアタエルサイニ、カナラズツヨクフミコムヒツヨウガアル。ソレナクシテハチカラヲジュウゼンニハッキデキナイカラダ』!」
「カンペ見ながら棒読みすんなッ!!!」
『完全に他人の入れ知恵ですね』
自分で分析したみたく言っておいて結局は他人から教えてもらったってこと!?
『救いようのない真正のアホです』
「あんた何で水で浸かった部屋が私の打撃力を減弱するか正しく理解しているの?」
「とーぜんです!何せ私は天才です!」
「じゃあ言ってみなさいよ」
「それは……あれですよ……その……あの……ほら、あれですよ!あれ、あれ!」
『どこのオレオレ詐欺ですか』
カンペをチラチラ見てるわ。
『ですが理由まで書いてはいなかったようですね』
「私は体重が軽いから打撃力が前に全て注がれないのよ。それを補うために震脚という強い踏み込みを体重の代りにするの。だから足場の不安定な場所では震脚が不十分で打撃力が激減するのよ」
『ボクシングなどの打撃系格闘技は踏み込みが大事ですからね』
「そ、それを言おうと思っていたのですよ」
「『嘘つけ!!!』」
こいつもダメだ。
『ちょっと感心したのが馬鹿みたいです』
もうさっさと終わらせましょう。
『だけど、この部屋では力を発揮できないのでは?』
私自身が欠点に気がついていないと思う?
そんな欠陥は百も承知よ。トーゼン対策はちゃんとあるわよ。
『それもそうですね』
手っ取り早く行きましょう。
タタッ!
「ば、馬鹿な!水面を走るだとッ!」
「バカねぇ。あんたが足場を用意してくれたのよ。さっきの仕掛けた罠の矢が水面に浮かんでるでしょ」
『普通の人にはできませんよそんな芸当。貴女は本当に非常識ですね』
「カレリンの力を読めなかったばかりに余計なことを……海の理博一生の不覚!!」
さ~て、おしおきだべぇ~喰らえアイアンクロー!
『なるほど……これなら体重は関係ありませんね』
「あぐわぁぁぁ!!!」
ギリギリと万力のように締め付けてやる。
『これけっこうエグいですよね』
「痛ッ!痛ッ!ノォ~!ノォ~!」
「ロープはここには無いわよ!」
『プロレスではないでしょう』
まあ、ロープがあってもこの体勢じゃ握れないし、握ってもブレイクしないけどね。
『容赦ないですね』
「カ、カレリンの力がこれほどとは!!読めなかった、この理博の目を持ってしても!!」
「最初っから最後まであんた何も読んでないでしょ!」
「痛いッ!痛いッ!……ですが私は海の理博!帝聖セルゲイ!ガルマ五車聖の筆頭!」
「何が五車聖よ!あんたらガルム様の側近としては弱すぎるのよッ!」
「うががががっ……五車聖に逃走はありません」
「2人やられた時点で少しは自分達の力不足を反省しなさい!」
「き…聞かぬ!!懲りぬ省みぬ!!」
もう!こいつも再教育が必要ね。
『こんな側近ばかりでガルムが哀れになってきました』
さあ、楽しいカレリンズブートキャンプの始まりよ!
『また貴女の犠牲者が……』




