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47. 第九死合!悪役令嬢vs脅威、(自称)天才!海の理博【壊滅秒読み前】

 

 部屋の中央に円形のテーブルが1卓。備えられた椅子は全部で6脚。


 テーブルの中央にある燭台の(あか)りのみで、部屋はとても薄暗かった。時折、ピカッ!と稲光が窓から差し込む。


 その雷光に照らされ、椅子に座る男の影が延びる。


 全部で1つ。


 雷の光が鎮まり、再び蝋燭の灯りが部屋を照らす。見れば部屋には1人だけ男が座してゲンドウポーズを取っていた。



「炎も逝ったか……」



 他に誰もいない部屋でセルゲイは呟いた。


「ククク……だが風も炎も五車聖の中でも最弱……」


 セルゲイの含み笑いは、しかし寂しく部屋の中に響くのみ。


「しかしカレリンごときに負けるとは五車聖の面汚しよ…」


 誰もいないのに独り言の多いやつである。


「こうなっては私が出るしかあるまい」


 もうお前しか残っていないんだから当たり前である。



 トントン!トントン!



 突然のノック。


 もう五車聖の誰も訪れるはずのない部屋にだ。だが、セルゲイは驚く様子もなく、ゲンドウポーズのまま微動だにしない――


「来たか……」


 ――ただ、手で隠された口の端が僅かに吊り上がっただけである。



「失礼します」



 入室してきたのは学園の制服に身を包んだ男であった。


 中肉中背の標準的な体格で、取り立てて見るべきものがなさそうな男であったが、その表情はどこか無機質で、その瞳にはまるで感情の色が見えない。


 扉はセルゲイの座る位置からテーブルを挟んで真正面にあるため、セルゲイと入室してきた男はちょうど対面している状態であった。



「ご依頼の件の完了報告に来ました」

「もうですか……早いでね」



 ゲンドウポーズのセルゲイの眼鏡が怪しく光る。



「さすがですねトラップ君」

「恐れ入ります」



 セルゲイの称賛にトラップと呼ばれた男は軽く頭を下げて礼を述べたが、その表情には喜ぶ色は見えず、入室時と変わらず無表情であった。


 この男の名はトウ・トラップ。トラップ伯爵の次男である。


 一見すると地味で目立たない男であるが、成績は常にトップクラスに入る英才で、魔力も高い上に、性格は冷静沈着、将来を嘱望されている有望株である。


 彼がセルゲイの言っていた「もう1人の予備」であろうか?


 トラップは部屋の奥へと進みテーブルの前に立つと、脇に挟んでいたクリップボードを手に持ち変えた。



「これが工事の内容の詳細と掛かった費用の請求書です」



 どうやら唯の事務報告だったらしい。



「ああ……そこに置いておいてください」


「それからご依頼のあった例の対象者(ターゲット)の戦闘を隠し撮りした記録媒体スフィアとその分析報告がこちらになります」



 セルゲイのその言葉にトラップは書類をテーブルの上に置くと、持っていた鞄から淡く光る球体と書類を入れた封筒を取り出し、併せて提出する。そして、素っ気なく「では」と一言だけ口にすると(きびす)を返して部屋を出ようとした。



「時にトラップ君……」



 扉のドアノブに手を掛けたところでセルゲイに呼び止められ、トラップは少しだけ眉を(しか)めたが、特に苦情を述べる事もなくセルゲイの方へ振り返った。



「まだ何かご依頼でも?」

「いえ、依頼という程のことでもないのですが」

「必要ないのであれば私はこれで……」



 表情にこそ出てはいないが、トラップはどこか(わずら)わしそうである。



「必要だから呼んだまでだ」

「ご依頼でないとすると……どのようなご用件で?」

「そう警戒しないでくれ。君にとっても良い話です。実は――」



 やはりゲンドウポーズのままのセルゲイが用件を述べようとしたちょうどその時、ぴかっ!と窓から雷光が部屋に差し込んだ。


 その光はセルゲイの眼鏡を怪しく光らせ、トラップは目を焼かれて盛大に顔を(しか)めた。



「――我らガルム殿下の忠臣である五車聖に欠員がでてしまいました」

「それはご愁傷様です」


 トラップは全くの無表情で、全然気の毒そうではない。


「かねがね君のような優秀な人材こそ五車聖には相応しいと私は考えていました。どうでしょう、この名誉あるグループに……」

「遠慮しておきます」


 セルゲイに最後まで言わせず、トラップは切って捨てた。彼の無表情は崩れ、今度は光にではなく忌避感で盛大に顔を(しか)めていた。全くもって不本意極まりないといった風情だ。


「私は忙しいので、遊んでいる暇はないのです」

「――なッ!」

「私が言う事ではありませんが、ガルム殿下の側近を名乗るなら、こんな部屋で油売ってないで殿下のお側にいた方がよいと思いますよ」


 トラップの素っ気ない拒絶に絶句し言葉を失って呆然としているセルゲイに追い討ちを掛けてトラップはさっさと扉に手を掛けた――


「あぁ、それともう1つだけ」


 ――が、そこで、何か思い出したように振り返った。


「真昼間に部屋暗くして何で窓には投影魔法で景色を雷雨にしているんです?外はすっごくいい天気なのに」


 ここ数日、ダイクン王国は雲一つない快晴であった。


 辛辣な言葉を投げられゲンドウポーズのまま呆然としているセルゲイを無視して、トラップは話は終わったとばかりにさっさと部屋を去って行った。



 少しして我に返ったセルゲイは暗い部屋で1人ぽつねんと残されているのに気がついた。


「何故だッ!」


 バンッ!とテーブルを両手で叩きながら激昂(げっこう)するセルゲイ。



「おれは五車聖の誰よりも高得点を取ることができる天才だ!!だが誰も認めん、誰も私の言う事を聞こうとはせん!トラップも私の天分を認めようとしなかった」



 意を決して立ち上がるセルゲイ。


「こうなれば何としてでも私の手でカレリンを倒す――どのような方法を用いても!」


 セルゲイの眼鏡の奥でギラリと瞳が怪しく光り、狂気の色合いを見せた。



「そう、どのような汚い手段を用いても……きっと他の五車聖は私を非難することでしょう――」


 意を決してセルゲイは暗闇の部屋から出る。


「――そうだとしても、私は私の道を行くだけだ。たとえ他の五車聖と敵対することになろうとも」



 廊下に出たセルゲイはもはや後ろを振り返らない。



「もはやここまでだカレリン!!」



 廊下に出るとセルゲイは窓から外を眺める。



「せめてこの学園でガルム様の匂いとともに果てるがいい」



 セルゲイの視線の先は、雷雲どころか雲一つない空が広がり、太陽は燦々と輝いていた……


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