45. 第九死合!悪役令嬢vs復讐の鬼!炎の修練バカ【激闘直前】
部屋の中央に円形のテーブルが1卓。備えられた椅子は全部で6脚。
テーブルの中央にある燭台の灯りのみで、部屋はとても薄暗かった。時折、ピカッ!と稲光が窓から差し込む。
その雷光に照らされ、椅子に座る男の影が延びる。
全部で2つ。
雷の光が鎮まり、再び蝋燭の灯りが部屋を照らす。見れば2脚の椅子にそれぞれ男が座して顔を突き合わせていた。
2人とも黙して語らず、偶に発生する雷の音だけが部屋の静寂を破る。部屋の薄暗さが男達の沈んだ面持ちを一層に陰々な雰囲気を醸し出していた。
昨日まではもう1人いたが、それも還らぬ人となってしまった。2人のうちの1人、赤毛の男がその還ってこない男が昨日まで座っていた、今は寂しく空席となった椅子に視線を向ける。
「どうやら風が返り討ちにあったようです」
その赤毛の男は沈黙を破り、沈痛な面持ちで口火を切った。彼はガルムの側近の騎士団長令息マーリス・ツナウスキー――またの名を炎の修練バカ。
「大口を叩いておいてこれですか?風には失望した」
テーブルに両肘をついて、口元で両手を組んだ状態でマーリスに応える様に非難がましい言葉を口にしたのはガルムの側近の1人宰相令息セルゲイ・ハートリフ――またの名を海の理博。
「まあ……奴は五車聖の中でも最弱……」
ドンッ!!!
マーリスがテーブルに拳を強く打ちつけた。
「風は立派に戦った!仲間を貶める発言はよせ!」
「ですがカレリンに敗れ、情報も持ち帰れなかった風の落ち度も事実……」
淡々とした口調で仲間を詰るセルゲイをきつい目つきで睨むマーリス。しかし、殺気にも似た強い視線を受けながらも、セルゲイはゲンドウポーズのまま全く意に介さない。時折、部屋の中に侵入する稲光にキラリと眼鏡が白く光るが意味は無い。
「奴は五車聖の面汚しよ……」
ふんっと鼻を鳴らしたセルゲイが再びヴォルフを切って捨てる言葉を口にした。マーリスはぎりッ!と歯噛みした。
「風の犠牲を嘲笑うのか?」
「嘆いたら風が戻ってくるのですか?」
「――ッ!だが……」
ピカッ!!!
マーリスが何かを言い返そうとした時、眩しい雷光が部屋を襲った。その強い光にマーリスは一瞬たじろいだが、セルゲイはゲンドウポーズのまま微動だにしない。
「時計の針は元には戻らない。だが、自らの手で進めることは出来る」
「なんだと!?どういう意味だ海!」
「すべて私のシナリオ通りです」
「なッ!!??」
セルゲイの冷淡な言葉にマーリスは絶句した。
「それでは風の犠牲も海の計算の内だったと言うのか!?」
「あれは私の意向を無視して風が勝手に自滅しただけ……」
ゲンドウポーズのまま少し肩を竦める器用なセルゲイ。
「やれやれです。独断専行、作戦無視。まったく、自業自得もいいとこです」
「だが、そうすると海のシナリオから外れてしまったのではないか?」
「構わん、囮くらいには役に立った」
「しかし、俺たち五車聖も2人になってしまったぞ!」
「問題ありません。もう1人の予備が届く」
「な…ん……だと?」
セルゲイの手の影で口の端が吊り上がった。
「ああ、全てはこれからです」
「予備だと?何を言っている!俺たち五車聖はガルム殿下に絶対の忠誠を誓った仲間だぞ。風の代りは他にはいない!!」
ガタッ!
突然、マーリスは椅子を蹴って立ち上がった。そして身を翻すとセルゲイを一顧だにせず扉へと歩き出す。
ピカッ!
稲光がマーリスの背中を照らし、ゲンドウポーズで決めるセルゲイの眼鏡を光らせる。
「待て炎……どこへ行くつもりです」
「知れたこと」
ここでやっとマーリスは肩越しに振り返り、セルゲイに視線を向けた。その瞳はカレリンへの怒りの炎が燃え上がっているのが見て取れた。
「ヤツを…カレリン・アレクサンドールを……討つ!!!」
「……勝手なことをしないでください」
「海……お前が風の予備があると言うのなら、俺の予備でも用意しておけ。俺は俺の道を行く」
それだけ言い残すとマーリスは部屋を出てバタンっと扉を閉じた。その閉じた扉の前で暫しの間マーリスは目を閉じ、海との決別に少しの悔恨を感じ苦悶の表情を浮かべた。
しかし、カッ!と目を開くともうその目には迷いは無かった。
「カレリン!よくもわが盟友風のヒョロいを!!」
おもむろにマーリスが剣を抜く。
「《捏斗炎上剣》!」
その瞬間、その刀身から勢いよく炎が立ち昇った。
「わが身に触れるものは怒りの炎に包まれる!!」
マーリスはぶんっ!と一振りして刀身の炎を四散させると、剣を鞘に戻し歩き始めた。
「この俺を敵にしては何者も生を掴むことはできぬ。カレリンきさまもだ!!」




