36. 第八死合!悪役令嬢vs道化の転生ヒロイン[マッチング不成立]
さあ、いよいよ待ちに待った入学式よ!
これまで色々あったけど、ほぼ予定通りね。
孤児院での幼少期は魔力量を増やすことに成功したし、5年前倒しの9歳でマット家に引き取ってもらえた。お陰で魔力量、学力、礼儀作法は申し分ないはず。
魔法も補助魔法を使えるようになったし、在学中のイベントを熟せば、光の魔法を習得して回復魔法も使えるようになるわ。
能力面は完璧ね。
後はこれから始まるゲームのイベントを取りこぼさなければバッチリよ!
まずはオープニング強制イベント――《スリズィエの木の下でガルム・ダイクンとの出会い》よ!
庭園のスリズィエの木のところへ行きましょう――
――ッ!
驚いた〜。
イベント通りに振り向いたらガルム様が私を見つめていて心臓がドキドキで爆発しそうだったわ。分かっていたけど、ガルム様ってホントカッコいいのね。
頭が真っ白になって危うくイベントを失敗するところだった。危ない危ない……ここではまだ顔見せだけなんだから。
さて、まず最初のイベントはガルム様の側近の1人、騎士団長令息マーリス・ツナウスキー。
彼は騎士団長である父を尊敬し、立派な騎士になるべく強さを求め鍛錬を積み重ねる真面目で努力家の素敵な男性よ。ちょっと偏屈で融通が効かないのが玉に瑕ね。
彼はツナウスキー家に伝わる《魔法剣》の使い手でもあるの。だけどイベントを進めていくと彼は純粋な剣技の試合で負けてしまう……
秘伝の《魔法剣》を使えばおそらく勝てる相手。しかし、純粋に剣のみで戦えば勝てない。この時マーリスは強さとは何か?という疑問にぶつかってしまうの。
自分は《魔法剣》に依存し過ぎていないか?そもそも、魔法絶対の世界で剣の強さとは何なのか?
そう悩み苦しむ彼に、ヒロインは真の強さを説くの!
「本当の強さは剣や魔法の力じゃない。ただ力があるだけではいけないわ。確固たる意思と挫けぬ信念、そして何より人を思いやる優しさ……それこそが真の強さ。それらなくしては剣も魔法もただの暴力でしかないわ!」
って……
だけどこの言葉もマーリスの好感度が低いと彼の心に届かないから序盤のイベントでしっかりポイント稼がないと。
彼との最初の出会いイベントは確か剣闘場。そこで一心不乱に剣を振っているの。この頃の彼は強さを求めて邁進している。試合に負けるとそこで思いつめた表情をして剣をジッと見つめるスチルになるのよね。
さあ剣闘場に着いたわ。ここでマーリスが鍛錬しているはずよ。赤い短髪で精悍な顔立ちの長身のイケメンだからすぐに見つかるはず……
私がキョロキョロと辺りを見渡せばマーリスが広場中央にほらい――た?
マーリスが思いつめた表情で自分の剣をジッと見つめている……あれ?
剣闘場で一心不乱に剣を振って――ない?
え?どうして?なんで既にイベントが進んでるの?
意味が分からない。好感度の上がっていない状態で果たして彼に介入しても良いものか。
わたしは一瞬迷ったが、マーリスの悩む姿を目の当たりにして、攻略だとかイベントだとかどうでもよくなった。
困っている人がいる、苦しんでいる人がいる、助けを求めている人がいる……それ以上に誰かに手を差し伸べる理由があるだろうか?――いや無い!
確かにこの世界は乙女ゲームだけど、その中で暮らすわたしは……わたし達は現実なんだ!
今わたしの目の前でマーリスが苦しんでいる。困っている人がいるのにゲームだとかイベントだとか言っていられないじゃない。
「どうかなさいましたか?」
わたしの声掛けにマーリスは初めて私の存在に気がついたみたい。驚いた表情をしているわ。
「お前は?」
「ラファリィ・マットと申します。男爵令嬢の身でありながら不躾で申し訳ありません」
ゲームだといきなり話し掛けるんだけど、当然そんなのNGよ。
「本当はいけない事だとは承知しておりましたが、あまりに貴方様が思い詰めていらっしゃったものですから」
「思い詰める……そうか俺はそんなにも情け無い顔をしていたのか……」
「――ッ!」
あれ?このセリフ……試合に負けた後のイベントと同じだ!
「実は……強さについて行き詰まってしまってな」
わたしが驚いて黙っていたら、マーリスが勝手に話し始めてきたんだけど。
「俺はマーリス・ツナウスキー。現騎士団長サリウス・ツナウスキーの嫡子だ」
「まあ!騎士団長様の……お噂は伺っております。この国一の剣の使い手だとか」
「ああ、親父は強いよ。あれはまだ俺が5歳の時――」
お父さんについて語るマーリスのセリフは確かにゲームと同じね。だけど、彼の嬉しそうな表情はとっても生々していて、だから彼はやっぱりゲームのキャラじゃないって思えて――だからわたしは少し恥ずかしくなった。
この世界は現実、息づく人達はキャラクターじゃなく本物。そう思っていたつもりだったけど……まだ頭のどこかでゲームと当てはめていたのね。
「親父は俺の憧れ、俺の目標だ。だから子供の時から鍛えてきたし、実際に俺は強くなった――はずだった……」
表情が一気に曇るマーリスを見てわたしの胸はキュッと締め付けられた。
「俺の剣が全く通用しない相手に出会ってしまった。俺は自分で思っているほど強くなかったらしい」
「だから強さについて悩んでいたの?」
「ああ……強さってなんだろうな。強さを求める意味ってなんだ?どんなに鍛えても才能ある奴がちょっと本気になればあっという間に追い抜かれてしまう。俺のやっている事に意味はあるのかってな」
自嘲気味な寂しい笑い顔で再びジッと己の剣を見つめるマーリス。強い男の弱い部分にわたしはちょっとキュンときちゃった。
わたし達の間に沈黙が流れる。悩んでいるマーリスを見ながらわたしは決意した。わたしには使命がある。この世界の流れを正常に戻さないといけないって。
だけどそのためにマーリスを見捨てるのは違うと思うの。
「本当の強さは剣や魔法の力じゃないと思うの」
「え?」
わたしの言葉にマーリスが再びわたしに顔を向けた。
「ただ力があるだけではいけないわ。確固たる意思と挫けぬ信念、そして何より人を思いやる優しさ……それこそが真の強さ。それらなくしては剣も魔法もただの暴力でしかないわ!」
「マット嬢……」
「マーリス様のされている鍛錬は決して無意味なんかじゃありません。そんなただの暴力に立ち向かう事のできる素晴らしいものです。例え圧倒的な力を前に敗れても、誰かのために立ち向かい、何度でも立ち上がる勇気と意思があるなら……必ず最後には――ッ!」
ちょっと!?マーリスがわたしをぎゅって!ぎゅって抱き締めてくるんですけどぉ!
「マーリス……さ…ま?」
「うっ…くっ……すまない……」
顔を上げようとしたわたしの頬にポタリと雫が落ちた。
涙だ……
「俺は……俺は……」
「いいんです。誰にだって弱音を吐きたくなる時はあります……」
わたしは顔を上げず、そっとマーリスの背中に手を回し優しく撫でた。
「そして、弱さを曝け出し、泣いてもなお顔を上げて前を向けるなら……マーリス様はまだ…きっともっともっと強くなれます!」
しばらく泣いていたマーリス様はわたしをその腕の中から解放すると、わたしと真正面から目を合わせた。
「マット嬢!君に誓おう!俺はきっと強くなる……殿下を守るため、そして君を守るために!」
「そんな……わたしなんかのために……」
「いや!今日からマット嬢は俺の友だ!何かあれば力になろう」
それにしても試合イベントはまだ先なのに、いったい誰がマーリスを打ち負かしたのかしら?
わたしはちょっと気になってそれをマーリスに聞くと――
「カレリン・アレクサンドール……あいつの武威の前には俺の剣なんて子供のお遊びだった」
――ッ!悪役令嬢カレリン!!!
「俺は殿下を守るためヤツと戦ったが……全く相手にならなかった。あれは…あれは……人が踏み込んではいけない領域――絶対の暴力だッ!」
こうしてマーリスは出会いイベントが一瞬で攻略イベントに早変わりしてしまった……
まあ、順調なのはこの世界を守るためにはいい事なんだけど――
カレリン・アレクサンドールの名前がわたしの頭の中にこびりついて離れない。
なんだか嫌な予感がする――
――さて、次は魔術省長官令息ヴォルフ・ハーンね!
ヴォルフは魔法師の大家ハーン家でも魔力量が大きい。そして幼い頃より様々な魔法を習得した麒麟児なの。
彼はそんな才能に自惚れ軽い言動が目立つチャラ男で、可愛い子を見つけては声を掛けまくる女ったらし。
だけど、それは実家への彼なりの反抗……
ハーン家は大魔法師の家系だけに魔法絶対の風潮がより濃厚。幼い頃から厳しい魔法の修行をさせられていた彼は自由に憧れていた。
ヴォルフとの最初の出会いはナンパから始まる。
おちゃらけた彼の態度にヒロインは最初あまり良いイメージを持たない。
だけどイベントを進めていくと、魔法学園に入学するまで魔法に関して負けた事がなかった彼が初めて敗北を喫する――悪役令嬢カレリンに!
彼女の魔力量はヴォルフを遥かに上回り、繊細な魔法も使い熟す。しかもカレリンはヴォルフが努力して身につけた魔法の数々も容易く習得してしまう。
ハーン家にとって魔法の価値は絶対。しかもハーン家とカレリンの実家アレクサンドール家は仲が悪い。
両親から責められ、より厳しい修行を課せられたヴォルフにはもはや自由など無かった。
いつもナンパしてくるヴォルフが学園の庭園で意気消沈している姿を見つけたヒロインが心配で声を掛けると、彼は顔を向けて薄ら笑って軽口を叩こうとする。
だけど全く生気のない表情と声にヒロインは悩みを尋ねる。その時に初めて彼の自由への渇望を聞くの。
そこでヒロインは彼を一喝する。
「自由が欲しいなら何で戦わないの?本当は自由になる事が怖いんでしょ。親の庇護を失い、貴族の権利が無くなるもの。自由って好き勝手に生きる事じゃない。自由には多くの責任が伴うの。自由って苦しくて大変なんだから」
と……
ヒロインに諭されたヴォルフは自由とは何か、自分が渇望しているものは何か自問し、それを探すためヒロインと友好関係を結ぶようになるのよ。
長くなってしまったわ。
さて、彼との最初の出会いイベントは――庭園でのナンパ!
確かヒロインがベンチで小鳥に餌をあげているとこに声を掛けてくるのよ。
「そこの可憐なキミ……」
こんな風にね。
人の気配に驚いた小鳥達が飛び去って行く。
わたしが顔を上げれば白銀の長髪と甘いマスクに笑みを浮かべ――ッてない!
何だか思いつめた表情してるんですけどぉ!なんか少しヤツれているんですけどぉ!!完全に生気を失っているんですけどぉ!!!
「キミは不思議な感じがする……」
どうしよ!どうしよ!
またまたイベントが先に進んでません?
わたしは内心で慌てたんだけど、ヴォルフの今にも自殺してしまうのではないかと思わせる顔を見ちゃうと、ここは腹を括らないと。
ヴォルフに分からないよう小さく深呼吸すると、わたしはベンチを手でポンポンと叩いた。
「隣……座りますか?」
「いいの……かい?」
「今のあなたを追い払うほど、わたしは非情な人間ではありません」
わたしの言葉にヴォルフは薄く笑って「ありがとう」と礼を述べて、わたしの隣に腰掛けた。
「僕はヴォルフ・ハーンだけど……知ってる?」
「お名前は存じ上げております。わたしはマット男爵の娘ラファリィです」
「ふふふ……僕の事…知っているんだ」
「ハーン家の麒麟児、魔法を極めし者、稀代の大魔法師……大の女好きの女ったらし」
「ぷっ!くっくっくっ……なんだいそれ?」
わたしがヴォルフの肩書きを述べていくと、彼はおかしそうに笑った。
「何って……あなたの噂?」
「ははは、噂なんて当てにならないものだね」
ヴォルフはベンチに背をもたれて空を見上げた。
「鳥はいいねぇ……翼があって…自由に飛び回れて」
わたしも空を見上げれば、数羽の鳥の飛び去る姿が目に入った。
「鳥には鳥の苦しみがあると思いますよ」
「そうかな……いや…そうだね、きっとそうだ」
今度は俯いて地面に視線を落としたヴォルフは両の手を組み、指を絡ませる。
「僕はそんな大した魔法師じゃないよ。むしろ落ちこぼれさ……それから女好きでも女ったらしでもないかな」
「……」
わたしはゲームの設定を知っている。彼がナンパをするのは家への当て付け――
「むしろ女の子が怖いんだ」
――じゃないんかいッ!
「子供の頃はキミの聞いた噂の通りだったんだけどね。ある事があってから女の子が怖くて近づけなくなったんだ」
「え?それじゃわたしに近づいても……」
「そうなんだ……キミは怖く感じないんだ……どうしてだろう?」
ヴォルフは不思議そうにわたしをマジマジと見た。
それってもしかしてヒロイン補正なんじゃない――
ヴォルフの視線がわたしの一部で止まり、軽く納得したように頷いたのをわたしは見逃さなかった。
――無いからか!胸が無いからなのね!男はやっぱり胸のサイズなの!?
くっ!どうせわたしの胸は小さいわよ!
服着たら胸の膨らみなんて分かんないわよ!
なんなら絶壁よ!
こいつはやっぱり女の敵よ!
くそぉぉぉ!
容姿はこんなに可愛いのに、わたしはどうして胸がこんなに小さいのぉ!?
お、落ち着けわたし……今はヴォルフとの関係を構築しないと。
「その……女性が苦手になった出来事をお尋ねしても?」
「え…あ…うん……」
ヴォルフは口元を手で覆いながら少し考え込む。
話すべきか迷ってるのかな?
だが彼はすぐに意を決して話し始めた。
「実は数年前にとある人物にコテンパンに打ちのめされてね……」
「魔法の勝負に負けたのですか?」
「魔法の勝負だったらどんなに良かったか……いや、良くはないよ負けるのは……だけど、どんなにマシだったろう」
彼はグッと拳を握った。
彼にとって魔法は絶対なのだから魔法勝負以外で負けたなら問題ないのでは?
「僕はね…この魔法絶対優位の世界で魔法を使って素手の女の子に負けたんだッ!」
「は?」
意味が分からない。
素手相手に魔法がどうやったら負けるのか?
第一相手は女の子?
「僕の言っている意味が分からないだろ?」
「は、はぁ……何か卑怯な手段でも取られたのですか?」
ハニトラにでもやられたのだろうか?
ヴォルフならありえる。
「正真正銘真っ向勝負で敗れたんだ。僕の魔法が全く通用しなかった」
「本当は魔法を使っていたのでは?」
「いや、間違いなく彼女は魔法を使っていなかった。その為、僕はハーン家の面汚しと親に詰られ厳しい修行の毎日さ」
「だから自由な鳥を羨んだのですね」
ヴォルフはこくりと頷く。
「修行は地獄さ……今の僕に自由なんてどこにもない。それに引き換えあの女は――」
「あの女は完全無欠の自由人!最凶最悪の歩く傍若無人――カレリン・アレクサンドール!」
「――ッ!」
またも悪役令嬢カレリン!
いよいよもってカレリンがこの世界の破壊しようと活動を始めているの?
「マット嬢……ありがとう。キミに打ち明けたら気持ちが少し楽になったよ」
「いえ、わたしは何も……」
「聞いてくれただけでありがたいよ。今の僕は他の女の子とは会話もできない」
それは胸か!この学園には胸のサイズが大きい女しかいないからか!
「そうだ!僕と友達になってくれないか?」
くっ!こんなパイオツ星人なんてゴメンよ!って言いたいところだけど、今は血の涙を飲んでも耐えねば。
わたしはとびっきり可愛い笑顔をヴォルフに向けて右手を差し出した。
「わたしなんかで宜しければ喜んで!」
ヴォルフは本当に嬉しそうな笑顔でわたしの手を握った――
――最後は宰相令息セルゲイ・ハートリフね。
彼との出会いイベントが済めばガルム王子ルートの条件を満たせるから、いよいよガルム王子と接触できるようになるわ。
セルゲイは黒髪、眼鏡の腹黒枠よ。物静かで落ち着いた雰囲気が素敵な男の子。彼は成績優秀で冷静沈着なガルム王子の懐刀よ。
セルゲイとの出会いイベントは図書館――
「貴女がラファリィ・マット嬢か!?」
――じゃないやんけ!ここ廊下!
イケメン腹黒眼鏡が泣いてわたしの足に縋りついてるんですけど!
「マーリスとヴォルフから聞いた!貴女は救世主だと!」
え?落ち着いた雰囲気?
「助けて!もうダメなんだぁぁぁ!!」
え?冷静沈着?
「あの史上最悪の天上天下唯我独尊女――カレリン・アレクサンドールから殿下を救ってくれぇぇぇ!!!」
「急にそんなこと言われてもぉ!」
「お願いだぁぁぁ!!!」
この動転した状態ではまともに会話にならないわ。
「お、落ち着いてください!また、今度お話はお伺いしますから」
「今度っていつだぁぁぁ!!!」
「ですから…またいつかきっと……」
「いつかなんて日はいつだぁぁぁ!!!」
そんなどこぞの名言吐かれても!
「とにかく今日から我らは盟友だ!」
「えええぇぇ!!!」
わたしまだ何もしていないんですけどぉ!?




